第五十六話 ひみつかいぎかいさーい
「すみませーん! ちょっと遅れました」
やってきたのは市場にある、私、行きつけのパン屋兼喫茶店。
ゼクスたちと、待ち合わせをしていたのだ。
「大丈夫ですよ。アインスさん。僕たちも今、ちょうど来たところですから。ところで、そちらは……」
「うむ。ゼクサイス殿。また会うたな」
「ナレンさん。あなたを呼んだ覚えはないのですが」
「まあまあ、固いことを言うでない。そなたと我の仲ではないか」
「どんな仲ですか」
ゼクスが苦笑している。
……私が店に着いたとき、ゼクス以外にもすでに先客がいた。
ゼクスの隣で腕を組んで座っている、短く刈り込んだくすんだ金髪の、がたいの良い男。
見覚えがある。
教会本庁のオクトーバー司教だ。
「おや。あなたは……」
オクトーバーは私を認識すると、いきなりこちらの方につかつかと歩いてきて、その場でひざまづき、手の甲にキスをしてくれた。
「ソニヤ姫。相も変わらず美しく」
「ちょっ!」
ちょっと!
外でいきなり何をしてくれるの、こいつは。
他の客たちが、いったい何事かと、こちらをジロジロと見ているじゃない!
私は慌てて小声で文句を言う。
「お、オクトーバーさん。すみませんが、こういった公共の場ではアインス、と偽名でお呼びください! それとこのような公共の場でのキスとか、そういった行為は禁止です! 目立ちすぎます」
「おや。それは、失礼いたしました。お嬢様」
そういって、オクトーバーは立ち上がると、優雅に一礼をしてきた。
だから、そういうのはやめてと言っているでしょ。
「……それと、そちらのお美しい方は?」
「我はナレン。よろしく。ところでそなたは教会の関係者かな。微かに漂う魔力が、聖なる気配を感じさせる」
「……」
すーっと、目を細めるオクトーバー。心なし、少しだけ屈んでいるような。
「やめなさい。オクトーバー。ナレンは大丈夫ですよ。僕が保証します」
「貴様がそういうならば、わかった」
渋々といった体で、緊張をとく、オクトーバー。
ふー。とにかく君は血気盛んすぎる。
「そういえば、アインスさんは、オクトーバーと知り合いでしたね。ちなみに、彼。僕の友達でもあるんですよ。まあ、もっと突っ込んで言ってしまうと、僕の親戚の親友? でもあるんですが。……そして、その親戚というのが」
「ストーップ! 黙れ、ゼクサイス。それ以上は言うな」
オクトーバーがすごい勢いでゼクスの首を絞めあげている。
あははは、とゼクスは笑っているが、結構、本気で絞めてない?
しかし、あなたたち、仲良しね。
「では、失礼して、座らせていただきますね。あ、ナレンはここに座って」
「うむ」
気を取り直した私は、上着を一枚脱ぎ、椅子の背もたれにかけ、そのまま座る。
スカートの裾がはだけているので、きれいに整える。
最近は少し寒くなってきたので、ニーソックスはかなり分厚い生地のものを履いている。
しかし、絶対領域だけは寒いけどしっかり確保。
おしゃれは姫様の義務なのです。きりっ。
さっと、メニューに目をとおし、店員さんへと注文をする。
「あ、すみませーん! こちら、注文お願いしまーす」
「はい」
「えっと、カフェオレをホットで。それと、ブレッドには、ジャムとカスタードクリームをたっぷりとお願いしますね。ナレンはどうする?」
「では、こやつと同じものを」
「かしこまりました」
店員さんが、オーダーを伝えに厨房の方へと行ってしまった。
ここのパン大好き♥️
「しかし、なんだってまた、この店を指定したのですか? まあ、私は好きなのですが」
「はい。この前、カミーナさんに、アインスさんは、こちらのお店を贔屓にしている、という話を聞きまして。せっかくですから、さっそく情報を活用しようかと思いまして」
「ふーん」
そっかー。カミーナは時間をつくって、ゼクスと密会したりしているのか。
なかなか、やるじゃない。
「そういえば、ゼクスさま。いつもお側に使えている青い髪の女の子は、今日は見当たらないようですが?」
「シルフィですか? 彼女は用事があって外に出ております」
「なるほど……」
そうか。彼女、シルフィって名前なんだ。
覚えておこう。
「ところで、ソニ……アインスさんは、こういったカジュアルな店が好きなのですか? それでしたら、他にも良い店を知っているので、今度、私と食事でもいかがですか?」
オクトーバーが馴れ馴れしく声をかけてきた。
まあ、こいつの奢りならば、特に問題はないけど。
「まあ、時間が合えば……」
「我を誘っても良いのだぞ!」
ナレンが会話にのってくる。
「ま、まあ、お時間が合えば」
なぜか、言葉を濁すオクトーバー。
そのあとは、しばしゼクスたちとおしゃべりをして過ごす。
新しいお店がどうのこうの、貴族のだれそれの奥さんが不倫しただのどうのこうの。
割とあなたたち、詳しいわね。
もしかして、我が国の醜聞を集めるべく、スパイ活動に従事したりしてしない?
「そろそろ、最後のお客様がいらっしゃいますよ」
そのゼクスの言葉と相前後して、店のドアが開き、ドアに設えてあったベルが、カランコロンと大きな音をたてた。
魔王が入ってきた。
今日も、真っ黒な上下の服を来ている。
あれか。魔王は黒じゃないといけないとか決まりがあるの?
「お、お前は!」
そんなことを言って、オクトーバーが、懐から何か光るものを取り出そうとした。
しかし間一髪、隣のゼクスが、その手を押さえこんだ。
「よーく、確認してくださいね」
ゼクスからやんわりとたしなめられ、オクトーバーは渋々といった体で片眼鏡を取り出し、魔王を凝視するが、やがて片眼鏡をしまった。
そして。ふーっと、ため息を一つ吐いた。
強ばっていた顔つきが、少しだけ柔らかくなっている。
なにやら、疑念が晴れたらしい。
魔王は、どかどかとこちらへと真っ直ぐにやって来ると、私の隣の席に許可も受けずに座りこんだ。
そして、こういったところでの注文になれているのか、流れるように紅茶とクリーム入りのパンを注文していた。
ふふふ。魔王様も甘党なんですね。
「ふむ。アインスも呼ばれていたのか。それと、そこの女は前にあったか? あとは、ゼクス。誰だ、そこの男は?」
あれ?
確か魔王様、前にあっという間にオクトーバーを叩きのめしていたような(第三十六話参照。)?
なので、まったく面識がないわけではないはずだけど、すっかり忘れているのか。
まあ、オクトーバーは、記憶をベリアルに操作されて覚えてはいないと思うけど。
「こちらはオクトーバー。私の友人です」
「そうか」
その一言で、魔王様はオクトーバーには興味がなくなったらしい。
「で、ゼクスよ。俺を呼び出して一体何のようだ? 俺は忙しい身だからな。手短に用件を話せ」
はぁー?
あなた、万年ニート魔王でしょうが!
むしろ私の方が忙しいわ!
色々と突っ込んでやりたいところだが、深呼吸をして落ち着かせる。
明鏡止水、明鏡止水。
……しかし、この机の面子、滅茶苦茶、目立っている。
まあ、この人たちみんな、黙っていれば、ムダにイケメン、アンド美少女だしね。
中身はあれだけど。
私たちと魔王が注文したものも揃い、少しだけ場が静かになったところで、ゼクスが口を開いた。
「さて、皆さん。今日集まっていただいたのは他でもなく、僕の家で見つかったお宝につきまして、是非とも皆さんに鑑定していただこうと思った次第です」
「ほう。お宝とな」
ナレンがキラリと瞳を輝かせている。
あなたは、相変わらず、好奇心だけは人一倍ですね。
ゼクスが、一本の古い巻物を、背後に置いてあった木の箱から取り出した。
「こちらになります」
ゼクスが、怪しく眼鏡をキラリと光らせ、ニヤリと嗤った。
とりあえず更新しました。
次回も、来週にでも更新できたらうれしいなー、と。




