第五十五話 しっぱいはせいこうのはは
「ここをこうして。うまくはまるかな……ん。よし、できた!」
私は今、自室を工房とし、近未来技術の開発に勤しんでいる。
最近、例の婚約解消騒動から始まった、一連のパプテス王国内での内乱騒ぎという面倒な案件があらかた片が付き、暇ができたこと。それと、現在の城内改修工事に伴う、豊富な工作用資材が大量に手にいれることができた、という二つの大きな理由のため、これ幸いにと、現代人の力を下々の者どもに見せつけるべく、ものづくりを試しているのだ。
今回、手始めに、まずは発明品を一つで良いので、とりあえず完成させてみよう、と努力を傾けてみることにした。
その結果、ソニヤ重工業試作第一号機として、魔王からだいぶ前にもらった例の振動装置(遠隔からの魔法で震える、魔法の板。第二十一話参照。)を、私の知識により改造することを試みた。
とりあえず、この板が振動するだけでは、現状、着信に気が付きにくい、という技術的な課題を解決することとし、装置が震えるとベルが鳴る仕組みを考案してみた。
仕組み自体はいたってシンプルで、板の震えを、単に木製の部材でもってその振動を、大きな音が鳴る金属のところへと導き、ベルを鳴らすという、金属と木の板だけでつくった単純な機構だ。
ベルが鳴ると微妙に電話の着信音っぽい音がする。もしかして、振動の仕方を、色々と変えることができれば、様々な応用が可能かも。
例えば、モールス信号とか。
このことについては、今度魔王に相談してみようかな。
「……ところで、ソニヤ様。いったい何をなさっているのですか?」
少しだけ開いた扉から、感情を感じさせない瞳でカミーナがこちらを凝視している。
だから、顔半分を隠しながら、目だけで、こっちを見ないでよ。
怖いよ!
「あぁ、これ? その、なんというか、たいしたものじゃないわ」
「では、なんなのですか?」
「え、えっと。……そう。こ、これは芸術作品よ。私の心の中の抑えきれないアートへのパトス。その情熱が迸ってしまったのよ。ほほ。おほほほ……」
「はあ。情熱ですか」
最後は、おほほほ、と笑ってごまかした。
ごまかせたかな?
カミーナが私にたいして、あまり信用していませんよ、という目つきで、じーっと見つめてきた。
私は明後日の方向を向きながら、ボロが出ないように、一生懸命に耐えた。
……普段の行いのおかげなのか、とりあえず、その場は丸く収まった。
……そして、何日かたったある日。
私は一つの遠大なる計画、それと大いなる野心を持って、ここ、王宮裏手の庭園に作られた、湖近くにある掘っ立て小屋へと、夜間、一人で来ていた。
目の前の机の上にはランタンの火が怪しげに揺らめいている。
……机の上には他に、木炭、複数種類の黄色っぽい石と、白っぽい石とが、どちゃっと、机いっぱいに無造作に広げられている。
硫黄と硝石は見た感じよくわからなかったので、それっぽいものをとりあえず、片っ端から複数、持ってきた。
とりあえず、色々と試さないと。
……そう。
私は今、異世界にやってきた現代人が作りたくて仕方がない必須のスーパーマストアイテム、『黒色火薬』を、ソニヤ重工業試作第二号機として開発しようと、ここに思い立ったのだ。
我が社(現在、社員一名)、ソニヤ重工業が重化学技術を手に入れるかどうかという分水嶺に立っているといっても過言ではない。
現代技術を弄ぶ、という危険な火遊びに興じていることを重々承知の上、それでもこれは避けては通れぬ道である。
……くくく。愚民どもよ。さあ、我を恐れよ!
心の中で邪悪なマッドサイエンティストちっくな声音で自らを奮い立たせる。
さて。いざ、調合開始。
……細心の注意を払い、木炭と、硫黄(っぽい石)、それに硝石(っぽい石)を混ぜ合わせ、すり鉢で摺る。
ドカン、といかれても困るので、ごく少数を混ぜ合わせてみる。
さぁ、どう。これでできる!?
気分はもう、知識の最奥へと至ったマッドサイエンティスト。
現代技術の勝利は目前である。
くくく、と片眼を押さえるポーズをしてみて、一人悦に入ってみた。
もしかして、私ってば天才なのかも。
そんな気分に浸っていたところで、扉がガチャッと開いた。
「ひー、 めー、さー、まー」
地獄の底から亡者があげる言霊のごとし。
カミーナが、扉の隙間から、すごい目付きをしてこちらを見つめていた。
「ちっ、ちがっ!」
こ、これは違うの!
抑えきれない知性の輝きが、隠しきれずに煌めいただけなの!
そう言おうとして、慌てて振り向いたところ、運悪く、肘が机に当たってしまい、机の上に置いてあったランタンが横倒しになってしまった。
「……あ」
「ソニヤ様! 危ない!」
私は間一髪、カミーナに抱き抱えられて、外に逃げ出すことができた。
火はあっという間に部屋内に燃え広がる。
目の前では、私の臨時の、秘密の研究所が赤々と燃えている。
「わ、私の夢が。……私の野望が」
「あなたたち! 湖から水を持ってきて! 燃え広がらないように、近くの木は斬り倒すのです!」
カミーナの迅速果敢な陣頭指揮のもと、駆けつけてきた庭師や兵士たちが、一生懸命に延焼を防いでいる。
なんとか鎮火したのは、それから、数時間が経った後のことだった。
◆◇◆◇◆
「……ソニヤよ。今日は一晩、地下牢にて反省するがよい」
「……はい」
国王がやれやれ、といった口調で命ずる。
庭師や兵士たちの協力の元、延焼を食い止め、なんとか鎮火はできたものの、国法に照らして、私に対して罰を与えない、ということはありえなかったので、後日、一晩だけ牢屋に入れられることになった。
王族の不祥事としては前代未聞らしい。
地下牢で、汚い毛布にくるまって眠る。
その石畳の床は、冷たくて、とても固かった。
それでも、私の心の中の、燃え上がるような科学への情熱は消えることはなかった。
「次はもっとうまくやってやるわ」
私は心の中で、次の計画を思い浮かべるのであった。
◆◇◆◇◆
「ゼクサイス様。こちらを」
「……やはりありましたか」
特殊陸戦隊のシルフィ中佐が差し出した一本の巻物の中身を見て、目を細めるゼクス。
「どこにありました?」
「これは、『教会』の教皇座にあった古い書庫の一つに眠っておりました。他にも、現物は確認しておりませんが、ライナー王国や、ダライ・トカズマ帝国などの古い家系の家柄にも残されているみたいです。それに、当然、ゼクサイス様の……」
「まあ。そうでしょうねえ。オリジナルも複数。そしてそのコピーも複数残っている、と考えた方が無難ですね」
「ここまで、現存している証拠が多いとなると、すべてを隠蔽することは、おおよそ不可能であると思われます」
「この事実を伏しておきたい勢力の筆頭としては、教会だろうとは思いますが。まあ、隠しとおせるものではないでしょうね」
「そうしますと、例の半年間の猶予は……?」
「戦争という愚かな選択肢を選ぶ者はいない、と期待したいところですが。とりあえず、僕たちとしては『魔法帝国』に対して少なくとも誠意を見せる必要があると判断します」
「では、跳ねっ返りどもについては……」
「特殊陸戦隊の全部隊を各国の動向把握に動員してください。それと、僕たちにできることは……」
「出来ることは?」
シルフィが、可愛らしく首を傾げる。
「少しでも努力をしている姿を見せることくらいですね」
ゼクスは苦笑しながら頭をふった。
なんとか更新です。
次回も、来週には更新したいなー、と。




