第五十三話 はだかのつきあい
「ソニヤよ。我は『銭湯』なるものに行ってみたいぞ」
「はい? 何を寝ぼけたことを言っているのですか、ナレン。王宮にも風呂場はちゃんとありますよ。しかも、たっぷりとしたお湯をはった立派な湯船がね」
「それは、いつも入っておるではないか。そうではなく、市井の民草が普段利用しておるようなところに入ってみたい、ということよ」
「うーん。つまり、銭湯の視察がしたい、ということ?」
「そう、そう。それよ。しかも、我らはお忍びでなくてはならぬ」
「お忍びねー……」
……ふむ。
たしかに、ナレンのような世間常識がなっていない生粋の皇族を、マトモな会話ができる人材にしてやるためには、そういった教育も必要なのかもしれないわね。
そんなことを考えながら、私は首肯した。
「そうね。一応、前に使ったことがあるところがあるから、そこに行ってみる?」
「うむ。それでよい。さあ、ソニヤよ。我をはよう案内するが良い」
ワクワクした顔のナレンが、急いで自分の部屋へと準備のために戻っていった。
私は侍女のカミーナの方を振り返ると、にこやかに微笑んだ。
「そういうわけで、カミーナも一緒ね」
「……はい。承知いたしました」
カミーナはそう言って一礼した。
◆◇◆◇◆
魔王の常宿『白鷺亭』の近くにある公衆浴場。
なんとなく、もしかしたら魔王とナレンが鉢合わせをするかも、そうなったらそうなったであまり良くないかも、とは思いながらも、手っ取り早くいける浴場としては、ここしか知らないので仕方がない。
「おお。ここかここか」
脱衣場でぱっぱとマッパになったナレンが、何も隠すことなく堂々とした態度で、浴場の方へと向かって歩きだした。
なかなかのプロポーションだ。
女性らしい体型に、適度に鍛えられた肉体。
そして赤い長髪が、胸のあたりにちらちらとかかり、その二つの膨らみを強調している。
じつに形が良い。
眼福。眼福。
「……どうしたのじゃ、我の方ばかり見おって。ソニ、じゃなかった。アインスよ」
「え? ……な、なんでもないのよ。はは。あはははは……」
「……?」
とりあえず、笑ってごまかしておいた。
これではいけない、と目をそらしてみるが、今度はカミーナの肢体が視界に入ってきて、ついその身体を眺めてしまう。
白くて細い身体だ。
鍛えられよく引き締まっており、無駄なぜい肉がついていない。
しかも、出るところは、ちゃんと出ている。
こちらも黒色の長い髪の毛が、ちょうど胸元に垂れており、なかなかにそそるものがある。
大和撫子といった風情だ。
「……いかがされました?」
カミーナがきょとんとした顔をしている。
私は慌てて手をふった。
「な、なんでもないのよ。……あ、えーと。そ、そういえば、カミーナと入るときって、普段は服を着たカミーナに背中を流してもらっているから、こうやってお風呂に一緒に入るのって珍しいかなー、って」
とりあえず急いで言い訳を考える。
決して、やましい気持ちでカミーナの裸を見ていたわけではないの。本当に。
「そういえば、そうでございますね。ですが、こういった場所で服を着て入るのもおかしなものですから」
「当然よ!」
ちょっと大きな声が出てしまった。
「……?」
不思議そうな顔でカミーナがこちらを見ている。
「……ま、まあ、軍人というものは、同じ釜の飯を食べ、共に水浴びをし、その団結力を養うみたいだから、これは、そう。ある種の軍事教練と言えるかも知れないわね」
「……? 市井の民草の視察ではないのですか?」
「ま、まあ、そうとも、言うわね」
「おーい、そなたら、さっさと来ぬか!」
ナレンが騒ぎだしたので、私たちは顔を見合わせ頷くと、そそくさと風呂場へと向かった。
◆◇◆◇◆
女風呂では、私以外の客としては、紫色のさらさらとした髪の毛をした可愛い少女と、薄水色のセミロングの髪をした女の子がいる。
んー。どちらもどこかで見たような……?
ま、いいか。
「ふふふ♥️ カミーナには、いつも世話になっているわね。今日は私が特別に背中を流してあげるわ」
「ソ! ……アインスさん。それは申し訳ないです」
「まあまあ、いいからいいから」
そういって、まごつくカミーナの背中を、石鹸をたっぷりとつけたスポンジ?のような布で洗ってあげた。
相変わらずこの世界の科学技術は変なところで優れている。
……うーん、しかし、カミーナの背中の、なんというキメの細かい肌! そして実に柔らかい!
にひひ。役得。役得♥️
「か、カミーナ。私に任せて! から身体中きれいに洗ってあげるからね」
「は、はぁ……」
「なんじゃ、アインスよ。そなた。今、かなぁーり、気持ち悪い顔をしておったぞ」
ナレンが、疑い深そうな顔つきでこちらを眺めてきた。
はっ!
い、いけない、いけない。
我に返った私は、改めて目の前の作業に没頭する。
それはもう仏像や銅像を丁寧に磨く職人のごとく。一心不乱に。
カミーナの全身を隅々まで洗ってさしあげた。
……しかし、こんなときに、私は気がついてしまった。まあ、前々から薄々とは気がついていたのだけれども。
このようなシチュエーションであれば、通常の『男』というものであれば、紳士として心の中で飼っている、一匹の獣が大暴れするのが常である。
しかしながら、今回、カミーナの背中を洗ったところで、まったくそういった感情がわいてこない。
カミーナを見て、愛でたい!
という強い気持ちは出てくるのだけど、
襲いたい!
という獣の気持ちは鳴りを潜めている。
やはり、もう、男性としての心は消え失せてしまったのだろうか?
「アインスさん、どうなさったんですか?」
洗う手を止めて、ぽーっと、虚空を見つめている私のことを、不審に思ったのか、カミーナがこちら側に向き直って聞いてきた。
少し心配そうな顔をしている。
「……ううん。なんでもないの」
私は柔らかく笑いかけた。
ちなみに、男の裸を見ればどうなのかというと、前に魔王のマッパを見たときには、特段、何の気持ちもわいてこなかった。
まあ、恥ずかしい人だな、と冷静に分析する気持ちはあったと思うけど。
決して、某エロゲーのように、子宮が疼く、なんてことはない。
こ、これでは、本当に、私はもう、『紳士』としてこのゲーム世界を最大限に楽しめないらしい。
そんな気分でいるときに、ナレンが声をかけてくれた。
「今度は我がやってやろう」
そういって、不器用ながら、ナレンが私の身体を洗ってくれた。
ときたま、ナレンの柔らかい胸が背中にあたる。
……う、柔らかい!
ありがとうございます!
私は心の中で幻の鼻血をだしていた。
ふと周りを見回すと、私たち以外には、もう薄水色のセミロングの髪をした女の子しかいなかった。
しかし、その子がすごい目でこちらを凝視していた。
私が見たのに気付いたのか、ふいっと、視線を逸らし、髪の毛を洗い出した。
うーん。気のせいだったのかな。
なんとなく、怒っているようにも思えたけど。
「……こ、これが『はだかのつきあい』というものなのですね」
カミーナが頬を赤らめながら、もじもじとつぶやいた。
「……あー、うん。そうかも」
……これはこれでいいかも。
そんなことを思った銭湯への視察だった。
◆◇◆◇◆
「……私のおすすめはこの、フルーツ牛乳ね」
「ほう。これかの」
私たちは風呂上がり、瓶型の容器に入ったフルーツ果汁入りの牛乳を購入した。
火照った身体を冷やすために、浴衣みたいな湯上がり用の衣服に身を包んでいる。
私は腰に手を当てつつ、片手にもった牛乳を一気に飲み干す。
「ぷはぁーっ♥️ この一杯のために私は生きている、という感じね」
……うーん。風呂上がりの一杯は格別ね!
「ほほー。そうやって飲むのが流儀であるか。こうか? ……ごくごくごく……ふぅーっ。たしかに、これは生き返るのぉ」
ナレンも美味しそうに飲み干した。
なんとなく銭湯仲間ができた感じだ。
カミーナの方を見てみると静かに座りながら飲んでいる。
こちらのことなど、我、関せず、といった風だ。
むしろ、敢えて見なかったことにしている?
そんなとき、不意に声をかけられた。
「ぬ。そこにいるのは、アインスたちか?」
「あ……。マオール様」
湯上がりな感じで、手に巾着袋のようなものを持った魔王が現れた。
やっぱり、ここのあたりは、魔王のテリトリーらしい。遭遇確率が異様に高い。
「隣にいるのはカミーナ? と、それと、そこの女は……?」
「我の名はナレンという。そなたはアインスの友であるか! そうであれば我の友ともいえる。よろしくな!」
どうやら、ナレンの頭の中では、魔王と暗黒騎士は同一人物として繋がらなかったらしい。
「……ふむ。しかしお前とはどこかで?」
「わー! わー! ま、マオール様はいったいどうしてここに!」
とりあえず慌てて話題をそらしておく。
これ以上の面倒は御免だ。
「どうして、って。それこそ俺の方のセリフだ。俺はいつもここを利用しているからな」
「おお、そうであったか。マオール殿、といったか、ここはよく利用されるのか?」
「ん? まあな。奥の方に俺専用の……」
「わー! わー! え、えーっとマオール様はこの後、何をなさるのですか?」
自分専用のお風呂があるなんていったらどんな騒ぎになるか。
なんでそんなものがあるのか、という話になれば、単に金持ちだから、という言い訳で済むが、ナレンがその風呂に入りたいとかいうとこれまた非常に面倒だ。なので、この話題はここで切っておく。
「ふむ。この後か。……俺はこのまま部屋に戻ろうとは思っていたのだが」
そこで目をしばし閉じる魔王様。
「この後、お前たちに時間があるのであれば、飯でも食べに行くか?」
魔王が珍しく、意外な提案をしてきた。
私が「時間がないです」と断ろうとする前に。
「おお。それも良いな。市井の民草の食事というやつだな。是非とも連れていくがよいぞ!」
隣の馬鹿が即答してしまった。ぐっ
……。
「ふふふ。実はまだ、詳細は秘密なのだが、俺プロデュースの店を、市場で準備していてな。食材もちょうど調達でしかたみたいだし、お前たちを食事のモニターとして今回、使ってやろう。喜べ!」
どや顔をしている魔王様の顔を見ながら、これはどう見ても悲惨な結末しか予測できない、私であった。
えらく早く更新できちゃいました。
とりあえず、次回更新は来週を目標に。




