第六話 きんじられたであい
「んー。快適だなー」
今日も朝から快晴である。
まるで俺の心の中の風景が、そのまま空へと析出したような感じすらする。
うん。実に清々しい。
俺は、部屋の中の大きなベッドの上でゆったりと寛ぐ。
ふふ。外から入ってくる明るい朝の光が目にくすぐったい。
そして、ベッド脇のテーブルの上に置いてある、バスケットからクッキーを一つ掴み、口の中へと頬張る。
うーん。これこそが勝利の味わいだな。
……あの悪夢のような魔王軍の襲撃から、もうすでに一ヶ月が過ぎている。
命からがらガイコーク砦から逃げだした俺たちだったが、黒の森を越えて逃げ込んだ砦から、さらに南へと場所を移し、シュガークリー王国の中心付近にある王都トルテへと、無事に逃げきることができた。
今は、王都の中心にある王城の自室にて、引きこもり生活を堪能している。
王城がある王都トルテは、俺が襲われた国境付近のガイコーク砦とは様相が異なり、その城下町である街区は、幾重もの城壁により複数の区画に別れ、その防備は固く、魔王軍といえども容易には攻略できまい。……と思う。たぶん。
まぁ、実際問題、魔王自身が王都まで出張ってくれば、こんな防衛網など、紙切れにも等しいとは思うが、まさか、魔王御自ら、こんなところにまでやってくることはあるまい。
その点、俺は心配をしていない。
王都トルテは、一応首都なだけあって、商いも盛んだ。それにやはり、人の数も多い。
ただ、まぁ、庭園の広さとかに関してだけは、国境付近の城下町で見たものに比べると、やや手狭な気もする。都会だし、当然と言えば当然かな。
王城に戻って来た後は、重臣たちが右や左の大騒ぎ。
連日、対策会議を開く、といった有り様だ。
でもまぁ、無理もないか。
無事に俺とともに逃げ帰った面々である、衛士長のポストフや、侍女のカミーナなんかは、魔王軍の現在の状況や、逃げた時の情報などについて、根掘り葉掘り彼らに聞かれている。
こんな状況になってしまうと、魔王軍の情報については、どんな些細なことでも、一つでも多く欲しいだろうし、当然かなとは思う。
ちなみに、俺に関して言えば、心労のため、とか、気分が悪い、とかいった適当な理由をでっち上げて、そういった会議への出席は現在、免除されている。
一応、ガイコーク砦からの、今回の脱出計画の立案者としての責務として、そのあらましだけは、手紙にしたため、父である国王メルクマには既に報告してある。
一応、国家機密という位置付けである。
なにしろ、国の重鎮、宰相が魔王側のスパイで我が国を裏切ったのである。
とても大っぴらにできることではない。
そして、つい先週、国境地帯にて、いまだに魔王軍を警戒している父であるメルクマから、俺宛の返事が返ってきた。
曰く、俺たちがガイコーク砦内へと火を放ち、砦の内部へとすでになだれ込んでいた魔王軍に対し、大きな混乱を与えることができたこと。
そのため魔王軍の進軍が国境地帯にてとどまり、それ以上の進軍が抑制されたこと。
そして、その隙に、父率いる騎士団が防備を整え、前線での攻防が一進一退にできたこと。
……などなど。
父からの手紙では、まるで、俺が救国の英雄であるかのように、誉められていた。
ふふ。ちょっと、くすぐったいぜ。
なお、今は、国境付近での騎士団と魔王軍との戦線が、膠着状態に陥っており長期戦の様相を示してきているらしい。
まぁ、我が国の騎士団が、魔王軍相手に善戦をしているということならば、それはそれで結構なことである。
うむ。実に素晴らしい。
……でもまぁ、俺にはあんまり関係ないことなんだけどね。
ふー。今となっては、無事に五体満足で魔王の魔の手から無事に逃げ切れたことについて、俺自身、自分の叡知(と強運)を一番に誉めそやしたいわけですが。
あと、パプテス王国のシロット王子に関しては、あの騒ぎの中で、怪我といえるような怪我もなく、大事な人質として丁重に扱われている、と婚約者である俺に対して報告があった。
きっと、この国で一番、気にしていることだろうから、と。
……んー。まぁ、シロット王子に怪我がなかったことは、それはそれで素直に素晴らしいことで、よかったとは思う。
だが、特段、それ以上の感想は浮かばない。
正直、ゲームと違い、殺されずに済んで良かったな、といったくらいだ。
まぁ、がんばってくれよ、と、明後日の方向を見つめながら、俺は心の中で最大限の敬礼をしてみせる。
今は亡き戦友に敬礼、といった心境だ。
さて、俺は頭を一つふり、心の中のどうでもよい考えをさっさと忘れ去ると、バスケットからもう一枚クッキーを取り出し、口の中へと放り込む。
実は最近、城の警備状況や、侍従たちのスケジュールのだいたいのリズムを分析し、誰にも気付かれずに城から抜け出し、戻るコツを覚えた。
正直、王城の警備はザルである。こんなんで良いのか、と警備主任に対しても文句を言いたくなる。
そして、城へ出入りしている御用商人から、変装用の平民風の服装なんかもひそかに手にいれることができたので、ほんの少しの時間だけだが、変装をして、お忍びでちょくちょくと城下町へと買い出しにでている。
ん。何のためかって?
そりゃ、お菓子なんかを自分で調達するためさ。
やっぱり、自由を愛する現代人としては、自分の為の自由な時間も作らないとな!
それに、物を購入するということは、経済学的には、国の経済活動に貢献している、ということでもある。
つまり、今の俺のこの活動(城からの抜け出し)は、国のためにも、また、俺のためにも貢献している、まさに『善なる』活動なのである。
だが、今は、お忍びでの外出中ではなく城の中。
鏡を使って自分の姿を仰ぎ見る。
……しかし、自分のこのドレス姿はどうにかならんもんかなー。
スカートのすそを掴みながらいつも思う。
常にこんな風に着飾っていると、さすがに面倒だし、疲れる。
まぁ、政治関係の会議は免れているとはいえ、貴族や、有力商人たちなどとの会食や、会合、社交の会議、それに儀典などへは、それこそ毎日、何時間かは出席しているので、仕方がないといえば仕方ないんだが。
「失礼いたします、ソニヤ様。そろそろお時間でございます」
「うん。わかった」
侍女のカミーナが、恭しく連絡をしてきた。
さて、そろそろ予定の時間か。
俺は重い腰をあげて、部屋を出て馬車へと乗り込む。
「ソニヤ様。本日の式典の式次第でございますが……」
カミーナが、細々と式典における礼儀作法や、発言の内容等を説明してくる。
あぁ、うぅ……。面倒くさい。
ちなみに今日の式典は、父である国王が、一次的に王都へと帰還することを祝する式典だ。
俺は儀礼上、王都の城門にて、出迎えなければならない。
面倒ではあるが、仕方がない。
こういった、式典での、姫として演技こそが、今の俺の仕事なのだ。
「……以上になりますが、ソニヤ様。ご理解いただけましたか?」
「あー、うん。たぶん、大丈夫」
「はぁ……。お頼み申しあげますよ」
もう、これ以上突っ込んでも仕方がない、とばかりに、あからさまなため息をつくカミーナ。
いや、本当に大丈夫だって。理解したって。
馬車の中での一連のカミーナの指導により、儀式での一連の作法も思いだし、国王を出迎えるセリフを心の中で暗唱する。
「では、姫様、こちらに」
「ん。オッケー」
どうやら、城門前に到着したようだ。
最近、カミーナからの指導が細かい。
一週間前の概略説明、前日の詳細説明。そして、当日の事前の最後の確認、と、やけにチェックが綿密な気がする。
もしかして、カミーナ。俺のことを全然信用していない?
やや物悲しさを感じながらも、城門前にて姿勢を正し、国王がやって来るのをしばし待つ。
さすがに、国王という貴賓を待たせるわけにはいかない。
そうして、しばらく待っていると、白馬に乗った堂々たる偉丈夫。このシュガークリー王国の国王であるメルクマ王、すなわち俺の親父さんが現れた。
……ふむ。あれが、国王か。
実はゲーム内ではこの親父のCGがなかったので、実物(?)を現物で見るのはこれがはじめてだ。
国王は立派な白い髭をたくわえている偉丈夫で、その上腕二頭筋の太さといったら、俺の頭くらいあるんじゃないか?
こんなごっつい親父さんから、ソニヤ姫のような可憐な娘が生まれるというのは、さすがゲームとしか言いようがない。
あー、でもまぁ、母親次第では、現実のDNA的にもありうるのか?
そんなことを頭の中でぼんやりと考えていると国王メルクマは、白馬から颯爽と飛び降り、こちらに向けて猛然と駆け寄ってきた。
なんというか、闘牛が突進してくるみたいな迫力がある。
……こ、こわい。
「へ、陛下。ご無事にお戻りくださったこと、このソニヤ。心よりお喜び申し上げます」
国王のあまりの圧迫具合に一瞬、怯んでしまったが、なんとか、当初予定していた発言をすることができた。
顔がややひきつっていたのは勘弁願いたい。
「うむ。ソニヤこそ、大儀であった。……此度のそなたの働きがあってこそ、我がシュガークリー王国の防衛がうまくいったものだ。わしとしては、お主のような英明な娘がおって、本当に鼻が高いぞ!」
そういって、親父がぎゅっと、俺を抱き締めてきた。
……く、苦しい。
それと同時、国王の背後にて見守っていた騎士団の連中が歓声をあげる。
「シュガークリー王国万歳! メルクマ国王万歳! ソニヤ姫万歳!」
大歓声だ。
俺は親父の抱きつき攻撃をなんとか掻い潜ると、騎士団たちの方に向き直り、手をふる。
笑顔を振り撒くのも忘れない。
「「おおおぉぉぉー!!」」
ソニヤ姫、大人気である。
でもまぁ、シナリオに則った演技だ。
これで少しは騎士団の士気が高まってくれれば笑顔の一つなど安いものである。
バーゲンセールで格安で売ってやる。
「よし。では、我が城へと向かおうぞ!」
「はい。お父様」
俺はしずしずと、国王の後ろをついていく。
そして、共に同じ馬車へと乗り込む。
メルクマ国王とその秘書、それに俺とカミーナの四人が馬車の乗客だ。
「……最近の城での様子はどうだ?」
「はい、お父様。……城では、かわりなく過ごさせていただいております。私、体調不良のときもございますが、精一杯、王家の者としての勤めを全うできますように、日々、勉強をさせていただいております」
「うむ。よい心がけだな。だが、そなたは戦場から戻ったばかり、無理をせぬようにな」
「はい。お優しい心遣い、まことにありがとうございます」
殊勝に受け答えをしておく。
ほかにも、道中、色々と適当に最近の話をふっておいた。
衛士長のポストフや、侍女のカミーナたちとの冒険譚。城での会議の様子、街の様子。などなど。
元々、俺たち父娘は、あまり一緒に生活をしていなかったらしい。
なんというか、共通の話題が少ないのは、個人的にはたいへん助かっているのだが。
正直、子供の頃の話とかをいきなりふられても困るしな。全然知らないし。
……実は、カミーナから事前に、どんな話題を父親へとふるべきか、も指導されている。
ありがとうカミーナ!
本当に何から何までカミーナにおんぶにだっこ。世話になりっぱなしである。
ここまでくると、俺としては、可能ならばカミーナと結婚をすることを推進したいところだ。
「……ん?」
そんな感じで、たわいもなくおしゃべりをしていて、ふと、窓ガラス越しに馬車の外の沿道を見た。
国王の王都への帰還、ということで、その盛大なパレードを一目みようと、住民たちが、大挙して押し寄せ、おしあいへしあいしているのだが、そんな中、俺の目に、たった一人の男の姿が飛び込んできた。
な、なぜ、やつがここにいる!
一瞬、心の中が真っ白になる。
あってはいけない現実に、理性の理解が追い付いてこない。
あの黒髪。あの長身。
そして、ムダにイケメンな風貌に、あの全てを射抜くような鋭い眼光。
そこには、エロゲー『鬼畜陵辱姫』の主人公。『魔王』その人が、馬車を見つめて立っていた。