第五十二話 そらからふってくるもの
戦いはワンサイドゲームだった。
森を抜けて敵が奇襲をしかけてくることなど、パプテス王国軍は、まったく予期していなかった。
そのため、パプテス王国軍はその側面をゴーレム軍団に痛打され戦線が崩壊しかけた。
だが幸運なことに、パプテス王国軍には戦力の余裕もあり、さらにシュガークリーからの義勇軍も本陣に詰めていたため、現在、本陣の守りを、その予備の兵と騎兵、さらに、義勇軍による敢闘でもって、なんとか薄皮一枚、戦線をたもっている、という戦況である。
しかし、その奮闘も虚しく、もう間もなく本陣へと敵が雪崩れ込むという状況に追い込まれている。
「あ、アラン様! どちらにいかれるのですか!」
「こ、これは、せ、戦略的撤退なのである。決して逃げようなどとは思っていないのだな。ふひー」
シュガークリー王国からの義勇軍は、本陣にて今や最前線で戦う羽目になっている。
さすがのシュガークリーの精兵といえども、ゴーレムが一糸乱れずに隊伍を組み、一列に槍を構えて突撃をしかけてくることを防ぎ切ることなどできない。
本陣の丸太でできた壁の内側から火矢を放ったり、投石器でゴーレムの動きを止め、少しでも侵攻を遅らせるのがせいぜいである。
そんな激戦の最中、義勇軍の総司令官であるアラン辺境伯が敵前逃亡をしようとしているのである。
この状況での逃亡は下手をしなくても戦犯。
戦後のことを考えたら、連座で捕縛される可能性がある副官が、必死になって上官の逃亡を諌めようとするのは至極当然のことであろう。
「つ、捕まって処罰されるときになったら、それは、そのときなのだな。ま、まずは、い、今、現在、生き残ることを考えないとな。ふひひひ」
生きることに凄い粘着力を見せるアランが、なんとか死地から逃げ出そうと懸命にもがいているとき、帝国義勇軍の装甲人形師団を率いていた、司令官のエルメルは、愛機のアイアン・ゴーレムの上で皮肉な笑みを浮かべていた。
「話にならんな。これほど敵兵が脆弱とはな。これでは陛下が食い散らかすディナーがなくなってしまう」
そんなことを傲慢にも呟いたときだった。
視界の端に、キラリと光るなにかを感じた瞬間、天空から、巨大な黒い隕石のようなものが、轟音を立てて地上へと落ちてきた。
地上への激突の瞬間、すさまじい衝撃波を周囲へと放つ。
「な、なんだっ!」
その衝撃波をまともに受けた何台かのゴーレムたちが吹き飛ばされた。
あれだけの巨体が宙を舞う様は、いっそ非現実的である。
つい先程までの激しい戦いが鳴りを潜め、今や、その地上へと降り立った物体の回りを、ゴーレムたちが注意深く警戒を行う。
そこにいたのは隕石ではなく、不思議な光沢の金属でできた黒き鎧に身を包んだ騎士が、一人、佇んでいた。
いや。一人ではない。その両脇には可憐な少女を二人抱えている。
その片方の顔を認識して、エルメルは、悲鳴にも似た叫び声をあげてしまった。
「へ、陛下ぁっ!」
動揺が、帝国兵士たちへと次々と伝わった。
◆◇◆◇◆
時間は少し遡って、空の上。
私は、暗黒騎士さんに、小脇に抱きかかえるられるようにして、お空のピクニックを楽しんでいた。
「あのー、ダーク・ナイトさん。そろそろ森を抜けるんですけども」
「うむ。そうか」
「……ご主人様。私が今回の戦いを見事、止めて見せますので、見守っていて下さいね♥️」
「あー。まあ、よろしく頼むぞ」
「……」
私は、可愛らしい声をあげて、反対側の手で抱えられているギリナデスを見る。
たしかに、こいつが声をかければ、ゴーレム軍団は動きを止めるかもしれない。
……それでも、皇帝の直接の指揮下にはない王弟の動きは読めない。
でもまあ、帝国さえ降伏してくれるならば、それはそれで、この戦乱は終わりかな。
なんとか無事に終わった、と感じる。
なんとはなしに肩の荷がおりたような気持ちになってきて気分は大変よい。
そんなことを思っていると、あっという間に現地に到着した。
「よーし! いくぞ!」
「うー! ひゃああああー!」
ぐんぐんと、地上が恐ろしい速度で近づいてくる。
やばい。怖すぎてチビりそうだ。
「ぶっ、ぶつかっ!」
そして、地上スレスレ。まさに間もなく地面に激突する、というタイミング。
ダーク・ナイトは、逆噴射をかけ、落下速度を相殺し、地上へと、きっちりとタイミングよく降り立った。
魔法かなにかにより、慣性を制御していると思われるものの、それでも着地の瞬間、身体中に衝撃を受け、一瞬、気が遠くなりかける。
……朦朧とした意識が徐々にはっきりとしてきて、目の前には、ゴーレムたちが手に手に槍や斧を持ち、こちらを遠巻きに包囲しているという光景が飛び込んできた。
周囲を見回してみると、シュガークリーの兵士を中心に、本陣で頑張っているところだった。
どうやら間に合ったらしい。
「このような茶番はもう終わりだ。大人しく武装解除し、闘いを終わりにせよ」
ダーク・ナイトさんが、私たちを地上に下ろしつつ、厳かな声音で告げた。
「停戦する。皆の者、大人しく投降せよ!」
ギリナデス皇帝が、部下たちへと呼びかける。
「……陛下!?」
「陛下だって?」
「本物なのか……」
「停戦! 停戦! か、彼の方は、ほ、本物の陛下であらされる! 皆の者、控えおろう!」
「「ははあー!」」
アイアン・ゴーレムを操縦していた、とげとげした黒い鎧を着こんだ大男が、慌てて外に飛び出してきて跪いた。
他の帝国兵士たちも、その大男の動きにあわせて次々に跪く。
「うむ。此度の我々の遠征は、ここまでである。我々は王弟殿への義理は果たした。また、装甲人形は、本来の所有者へと返還することになったので、その場に捨て置くことを命ずる!」
「よ、よろしいのですか、陛下?」
「……くどい」
「は、ははあ! 陛下の仰るとおりにいたしまする。よし、では……」
帝国の大男が部下たちに何か指示を出そうとしたときだ。
「まだだ! まだ、終わっていない!」
一人の馬上の騎士が、叫んだ。
兜をかぶっておらず、顔は見えるが、誰だかはよくわからない。なんとなく偉そうだ。
男は、背丈の割には顔が大きい印象を私に与える。
「我らを裏切るなど許さぬ! ことここにいたったならば、貴様も道連れだっ!」
そういって、騎乗の男は、見馴れぬ鉄の筒を構えた。
……『ライフル銃』!
私には直感的にそれが、なんとなくどんなものなのかが、わかってしまった。
「危ない!」
「死ねっ!」
私がギリナデスに飛び掛かかり押し倒すのと、
男の持つその鉄の筒が人為的な爆発を引き起こし、鋼鉄の矢尻を打ち出したのとは同時だった。
「……つ!」
腕が熱い。
どうやら、完全に避けきれなかったらしく、腕を少しだけ、かすってしまった。
急いで、その手を抑え止血する。
そしてゆっくり手のひらを握ったり開いたりしてみる。
よし。ちゃんと、動く。
どうやら、筋はやられていない。本当にかすっただけですんだようだ。
「……なっ!」
男が驚愕の眼差しを私に向けてきた。
よもや、今の攻撃を先読みするとは思っていなかったに違いない。
まあ、私としても、なんとなく男の手に持っていた鉄の筒が、銃の一種だと、勝手に推測しただけなんだけど。
……ギリナデスも、驚愕した顔で私に語りかけてきた。
「……な、なぜ?」
私はそれには答えず、ただ、微笑みを返した。
そして、視界の端で凄まじい突風が巻き起こるのを感じ、反射的に叫んでしまった。
「だめえぇっ!」
私が叫んだと同時、私たちを射撃した馬上の騎士の首もとに、ダーク・ナイトの剛剣が突きつけられていた。まさに叫ぶのが一瞬でも遅かったら、その首は、宙を舞っていたであろう、というタイミングだった。
「……こいつは、アインスに傷をつけた。万死に値する」
今まで聞いたことがないような怖い声だった。その鎧からも微かに負のオーラのような黒い霧がにじみ出ており、恐怖のあまり本当に震え上がってしまう。
でも、勇気を振り絞って、恐怖を振り払った。
「ダメです。私の前でだけは、どうか、どうか、人死には避けてくださいませ」
私は祈るように囁いた。
うう。腕の傷がいたい。
でも、そう。これはエゴだけど、私の前でだけは、どうか、どうか、そのような悲しいことはしないで欲しいのだ。
「……。お前がそういうのであればな。だが……『電撃捕縛』」
「うぎゃあああぁぁ!」
ダーク・ナイトが、手のひらを鉄の筒を持った男に向け、無慈悲な声で呟いた。
ダーク・ナイトの手のひらから、光輝く投網のようなものが飛びだし、男に絡み付く。
どうやら、その投網は相当の苦痛を与えるものらしく、ただ、ただ、男の悲鳴だけが辺りに鳴り響く。
「……貴様は殺さぬ。だが、アインスが受けた苦痛の分だけは、きっちりと味わってもらうぞ」
そう、吐き捨てた。
この戦場で、最早、何かをしようというものはいない。
ただ、皆、声を潜めて、黒き騎士が何かを言うのを待っている。
「……ここのゴーレムは全て回収する。そなたたちには過ぎたおもちゃだ。それと、残りのことは、ここにいる、えーと、なんという名だったか……」
「ナレン・ギリナデス・ルーン・テオドア・トカズマ。『ナレン』とお呼びくださいませ」
「あー、うむ。ナレンと、それと……ア」
「あー、はい。お任せください」
私はダーク・ナイトが何かを言う前に遮って返事をした。
とりあえず周りの兵士に止血をしてもらったけど、まだ、腕が痛い。
「む? そうか。あとはそうだな……」
ダーク・ナイトは私の近くにやってくると、その手を私の腕に近づけ、言葉を紡いだ。
「『大回復』」
「……あ」
私の腕の痛みが面白いように引いていく。え。ちょっとすごいんですけど、これ。
「……では、あとのことは、そなたらに任せた。では、さらばだ」
そういって、ダーク・ナイトさんは消えた。百体近くもあったゴーレムもろとも。
その場にいた両軍の兵士たちは、その後、先ほどまでお互いに殺しあっていたことなどすっかり脇において、すぐさま休戦協定に署名し、軍を引き払った。
◆◇◆◇◆
その後の経緯を簡単に述べておこう。
王弟軍は武装解除後に、王弟のダユンが、本人の意思とは別に教会へと軟禁された(私に銃撃をくれた男が王弟だった)。
そしてダライ・トカズマ帝国の義勇軍は祖国へと帰還した。
それに呼応して、私たちシュガークリー王国軍も撤兵した。
それこそ、まさに救国の英雄として。
しかし、気に入らないのは、アレン辺境伯が、まるで自分の手柄のように今回の戦いのことを周囲に吹聴して回っていることだ。
でもまあ、帰国後の戦勝報告会では、どうやら、心ある人間が、真実をお父様に伝えてくれたらしく、思ったほどの報酬はアラン伯には出なかった。
「ふ、ふひひひひ。へ、陛下。く、勳一等の私の活躍に対し、こ、この褒美は、い、いかがなものでありましょうか!」
「……私の方に上がっている報告が真実であったとすると、褒美ではなく、本来であれば別のことをする必要があるのだが。だが、まあ、実際に兵を多く提供してくれたことも事実。それらを加味した裁定であるが、不服かね?」
そういって、チラチラと壁にかかっている斧を見つめる。
アラン辺境伯は、のどをごくり、と飲み込んだあと、小さな声で「御意」と呟いた。
私は、心の中で、安堵の溜め息を吐いた。
アラン辺境伯を今回の報償で辺境侯(公爵相当)へと昇進させ、私の許嫁にする、などという危険な陰謀が進んでいるという噂を聞いていたからだ。
お父様の方に向けて、コクリと頷いておく。
目があったお父様が私に向けて口を開いた。
「そういえば、一つ、お前に言わねばならぬことがあるな」
「なんでございましょうか?」
「……あー、うむ。実はな、ダライ・トカズマ帝国のギリナデス皇帝がな、退位されたのだ」
「……え? ギリナデス皇帝が?」
頭の中で、赤い髪の美少女の姿が浮かぶ。
そうか、彼女は責任を取ったのか。
私は微笑みを浮かべる。
これで、彼女も少しは肩の荷がおりたのかもしれない。
今回は敵同士だったけど、最後には少しはお互いに、年相応の人間としてふれることができた。
彼女のあの明るい性格ならば、もしかしたら私と友達にでもなれたのかもしれない。
私はふふふ、と微笑みを浮かべた。
「……ということだから、わかったな、ソニヤよ」
何かお父様が言っていたらしい。
よくわからないけど。
「ふふふ。承知いたしました。お父様」
「ふー。そうか。お前に断られなくてよかった。これで、わしの肩の荷が一つおりるというもの」
……ん?
何か、私にお願いしたの?
でもまあ、いいや。
とりあえず、報告会も無事に終わり、自室へと戻る。
入り口でカミーナが、待ってくれていた。
そして、一礼をしてくる。
「お客様がすでにお待ちでございます」
「……ん? ああ、お客様ね。わかったわ」
とりあえず、自室の扉を開ける。
「お待たせいたしました。私、シュガークリー国が、第一王女ソニ……って、え?」
私は目の前で優雅にお茶を飲んでいる、赤い色の髪の、ドレス姿の美少女を見つめたまま、入り口で立ち尽くす。
「おお。ソニヤよ。この前は世話になったな。これからは、こちらの城で世話になるからな。まあ、よろしく頼む」
そこには、ギリナデス前皇帝が気さくな感じで手をふっていた。
「って、ええ!? な、なんでええ!?」
「む? お父上から聞いていなかったのか?」
不思議そうな顔を向けてくるギリナデス。
「余は退位した後、やることもないしな。魔王軍との第一線で努力されているシュガークリー国にて外交官の一員として滞在し、助力しようと思ってな」
朗らかに笑いかけてきた。
「え?」
この人、何を言っちゃっているの。
「しかし、この国では、我には知り合いは全然おらぬ。そこで、余をサポートをしてくれる者としてそなたを指名させてもらったのよ。まあ、これから頼むな」
「え、ええ……」
「それと余のことは、これからは、ナレンとファーストネームで呼ぶがよい。はっはっはっ」
「あー。う、ううう……」
「まあ、お前の近くにいれば、ご主人様に会える可能性も高そうだしな」
小さな声でギリナデス改めナレンが何か呟いていたが、私の耳にはその言葉は入ってこなかった。
ふー。なんとか、これでパプテス王国内乱編は終了です。
ちょっとキャンペーンとしては長かったかなー。反省。
次回からは、また、メインストーリーを進めます。
来週更新できるかなー。今度は、もうちょっと軽い話を書きましょう、と。




