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第五十話 ふぉっくすはんと

え。ちょっ、まじで……。

冷や汗が、だらだらと頬を伝う。


「さすがです、ソニヤ様。まさに姫がおっしゃっていたとおりでございますね」


「ま、まあね……」


私とカミーナは森の中で小声で言葉をかわす。

調査に出した先遣隊からの報告をまとめると、森を抜けた先の村落に、駐機姿勢のゴーレムたちが、百体以上確認でき、さらに、多くの兵士達も(たむろ)しているとのことだった。

これは、本当にヤバいやつだ。


「先遣隊からは、相手が油断している今こそ、千載一遇のチャンス。この機会を逃すことなく、攻撃を加えるべき、という提案……」


「却下」


カミーナからの報告を全部聞くことなく断言する。

もう、私は十二分に仕事をしました。なぜにこれ以上、危険な橋を渡らねばならぬのか、と。


「さあ、早速戻って、アマシン王に報告をしないとね」


「……そうでございますね」


私の言葉にカミーナが頷いた。

まさか、本当にいるなんて思っていなかったので、正直びっくりだ。

森の中には、大型の動物も動ける獣道がいくつかあり、ゴーレムの馬鹿力を考えれば、移動に支障はない、という判断を下す。


「じゃあ、みんなに撤収するって、伝えてくれる?」


「承知いたしました」


とりあえず私は撤退をすることを決断したんだけれど、そこに、飛び込みで伝令がやってきた。

しかも男の子を一人連れている。

彼は急いでいるのか、やや大きい声で報告をしてきた。


「ほ、報告いたします!」


「声が大きいって!」


小声で返す。


「す、すみません。しかし、緊急事態にございます。我が軍の一部と敵軍とが交戦状態に入りました!」


「えっ! ちょっと、本当に!?」


「それと、この子は、森の途中で保護しまして、村から逃げてきた、と証言しております」


大人しそうな子供が、必死な形相でこちらを見つめてくる。


「お、お姉ちゃんたち。お父さん、お母さんを助けてよ……」


すごく必死だ。

でも……。


「姫様。ここも間もなく危険になります。今すぐに撤退をいたしましょう」


そう。それが一番正しい。

しかも、たぶん、私たちが村に攻撃をしかけたら、もっと悪いことになる。

村を戦場にするわけにはいかない。


「うん。わかってる。でも……」


逃げ遅れている兵士や、村人のことは気になる。だけど……。


「姫がいったところでどうにもなりません! それよりもまずは、姫様の安全を保つことが先にございます!」


「……うん。わかった」


私は一つ頷いた。

兵士達に撤退のためのいくつか指示をだし、子供も連れて逃げることにした。

それと、出発間際に小声で呼び掛けた。


「ベリアルいる?」


「……ここに」


なにもない空間から声だけが響いてくる。


「先遣隊のサポートに入って撤退を手伝ってあげて。それと、村人が危害を加えられそうだったら助けてあげて」


「しかし、ソニヤ様。御身の護衛は?」


「カミーナたちがいるし、それに、あなたが、騒ぎを起こしてくれれば、それだけでも十分牽制になるわ」


「……承知いたしました。しかし、それでも、御身が危ういとわかりましたら、駆けつけますので、ご承知おきを」


「わかったわ」


ベリアルの気配が消えた。

よし。これで、当面の私ができることはやりおわった。


「お父さん、お母さんはちゃんと助けてあげる。でも、まずは、あなたも逃げないとね」


子供に優しく微笑んだ。


「それじゃあ、みんな逃げるわよ!」


私は周りを勇気づけるために、明るい声で、笑顔で宣言をした。


◆◇◆◇◆


「敵だと?」


「はい、陛下。パプテス軍の偵察部隊だと思わしき一団と交戦。現在、追撃しております」


曲がりくねった装甲を持つ黒い甲冑に身を包んだ、大柄で厳つい顔の偉丈夫。

ダライ・トカズマ帝国パプテス王国義勇軍の総司令官であるエルメルは、臣下の礼をとりながら皇帝ギリナデスに報告をする。


「ここに我らがおることを読んでいる者がいる、か。なるほど。相手にも頭が切れる策士がおるな。余は楽しいぞ」


ギリナデスはニヤリと笑う。


「では、いかがいたしますか陛下?」


「……もはや、これ以上ここで待機していても仕方がない。当初の作戦タイミングに比べればやや早いが、もう十分ひきつけたか」


ギリナデスは頭の中で、すばやく計算を行う。


「よし。エルメル。そなたは、装甲人形(アームド・ドール)師団を率いて、急ぎ森を抜けよ」


「しかし、陛下、よろしいのですか? まだ本体による引き付けが完全ではないのですが」


「ここの存在に気付き、奇襲を仕掛けてくるような相手だぞ。すでに作戦はばれていると思え。……だが、襲撃の規模が小さいことからも、まだ、パプテス王国軍は一枚岩ではないと判断する。ゆえに、われらはそこにつけこむ。相手が体勢を整える前に叩く!」


「はっ! 陛下の御心のままに」


ギリナデスのその断乎とした言葉に、エルメルはただ平伏する。

ギリナデスの赤い髪がまるで燃え上がる炎のように、その内面の苛烈な意思を表している。


「だが、その前に森へと逃げ込んだ狐どもを早いところ処分せんとな。私は狩りが大好きなのだ……。親衛隊(ロイヤル・ガード)を召集! 武装は甲種一型。全機に振動剣(ヴァイブロ・ブレード)を装備させよ。さあ、狩りの時間だ!」


ギリナデスが獰猛な笑みを浮かべた。


◆◇◆◇◆


「……はっ! はっ!」


「お急ぎください、ソニヤ様! 追っ手がすぐそこまで迫っております」


「わ、わかっているって!」


あのあとは無我夢中で走った。

途中、敵の兵士に見つかりそうになる度に、あるときは静かにやりすごし、また、あるときは仲間の兵士が迎撃に向かってくれた。

今は私とカミーナ、それに助けた子供の三人だけで森をぬけている。


……うう。彼らが無事にやり過ごしてくれていればいいけど。

だけど、他人の心配ばかりしている暇はない。

まずは、自分の身の安全を考えないと。


「君、大丈夫?」


「大丈夫。あと、僕の名前はペル」


「私はソニヤ。そして、そっちのお姉ちゃんはカミーナね。もう少しだからがんばってね、ペル」


子供の手を引き、一緒に逃げる。

この子は大事な証人でもある。

敵の手に渡すわけにもいかない。


……耳をそばだてると、何者かがこちらに近づいてきているのがわかる。

キーン、と甲高い音が徐々に近づいてきているのが非常に不気味だ。


「姫様!」


「え!?」


咄嗟に、カミーナが覆い被さってきた。

髪の毛の数センチ上を矢が凄い勢いで飛んでいった。

血の気が引く。


「姫様は私の後ろに」


カミーナが私の前に立つと、槍を構えた。

あのキーンという甲高い音が、徐々に近づいてきた。


「私の側から離れないで、ペル」


「う、うん」


そして、そいつらは現れた。

身の丈、三、四メートルはあろうかという黒一色の鋼鉄の巨人が四体。

しかも、ご丁寧にも、全身にさらに鉄鎧を装備している。

ちなみに先頭の一体は所々に銀色の金属にて補強されている。隊長機のようだ。


巨人の頭の部分には、鋼鉄の壁越しに、椅子のような者に座った全身鎧の騎士たちがみえる。

報告にあったとおりの、重機のコックピットみたいだ。


「くくく。見つけたぞ!」


先頭の、銀色の金属で補強された巨人に乗り込んでいる赤い鎧を着こんだ騎士が叫んだ。

声から察するに女性のようだ。


「しかし、女、子供、か。このようなところでなにをしている、と聞くのは野暮だな。……しかし、その顔はどこかで」


そこで、言葉を一旦止める赤い騎士。


「ほほう。そなた、シュガークリーのソニヤだな」


そういって、赤い騎士は壁越しに乗り出すや、兜を取った。


「余は、ダライ・トカズマ帝国皇帝、ナレン・ギリナデス・ルーン・テオドア・トカズマである」


若い女だった。赤い髪が印象的で、目力が強い。すごく意志が強そうだ。


「あ。わた……」


とりあえず名乗ろうと声を出そうとするが、何か発する前にギリナデスが手のジェスチャーで止めてきた。

そして、早口に(まく)し立ててきた。


「抵抗せぬのならばそなたを捕虜として待遇するが。……いや、武士(もののふ)にそのような言葉をかけるのは失礼であるな。どうかご容赦願いたい」


そう一方的に声をかけ、私が何か言葉を発することも許さぬ早さで、兜をつけ直し、ゴーレムに腰掛けた。


「え。ちょっ!」


いやいや! 少しくらい、私と交渉しましょうよ!

捕虜。良いじゃない。戦場では生き残った者が勝者なのよ。

大丈夫。生きて虜囚の辱しめをうけず、なんていう考え方を私は持っていないから。


「では、改めて。……ゆくぞ!」


ギリナデスが、叫びながら突進してきた。

その声の調子からして交渉の余地はなさそうだ。


ギリナデスが駆るゴーレムは、手近の巨木をなんの抵抗もないかのように、易々と切り裂いて近づいてくる。

あの剣の切れ味。普通じゃない。


ゴーレムが、カミーナに向けて長大な剣を振り下ろそうとしている。

カミーナは、受け流すつもりなのか、槍を構えている。


「だめ! カミーナ、避けて!」


無我夢中で叫んだ。


カミーナは、構えている槍を使って、まるでポール高跳びの要領でジャンプするや、くるりと跳躍する。

途中、カミーナの槍と、ゴーレムの剣とが接種したが、まるで、豆腐を切る包丁のような滑らかさで槍が切断された。


「ほほう。余の振動剣を見切るか」


まるで、舌なめずりでもするかのような声音でギリナデスが声をかけてくる。

明らかに遊んでいる。


……だが、それでいい。

こちらを舐めてくれているのならば、まだ、勝機はあるというものだ。


目の前では、ゴーレムの致死性の攻撃を、ひらりひらりと紙一重で避けるカミーナの姿があった。だが、余裕はまったくない。


他の三体のゴーレムたちは、私たちが逃げないように、遠巻きにこちらを監視しているだけだ。

どうやら皇帝の戦いには手を出さないみたい。

カミーナの両手には、ゼクスからもらった一対の刺突剣(レイピア)をもっているが、ゴーレムにどれだけ有効かは怪しい。


「が、がんばって、カミーナ!」


それでも、叫ばずにはいられない。


「……うるさい。少し黙れ」


ひらりひらりと攻撃をかわされ、頭に血が上ったギリナデスが、私の方に向かってきた。

そして、無慈悲な死の一撃を加えんと振りかぶる。


え。ちょっと。ま、まずい。


「姫様!」


カミーナが私を勢いよく押し倒し、レイピアを身体の前でクロスさせ、剣の一撃を受け止めた。

刹那、カミーナの身体が、吹き飛ばされる。


「カミーナ!!」


カミーナは吹き飛ばされ、木に叩きつけられ、動かなくなった。

でも、真っ二つに切断される、とかはない。


「ふん。魔法の武器を持っていたか」


ギリナデスが嘆息する。


「よくも。カミーナを!」


私はペルを背中に庇いながら叫んだ。


「まあ、これで、邪魔者はいなくなったか。ガキも、我が帝国の軍事機密を知られた今、生かして返すこともできぬ。貴様らは大人しく死ね」


まるで、舌なめずりをするかのような声音だ。

明らかにサディストな感じを受ける。


「ぺ、ペル。私が囮になるから、あなたは逃げなさい」


「で、でも……」


「あんたは小さいから、私よりは見つけにくいわ。さあ、行きなさい!」


「う、うん!」


ペルが走りだそうとしたが、無慈悲にも、残り三体のゴーレムたちがその行く手を阻んだ。


「……う、うう」


ペルが絶望のあまり、膝をくずす。


「ペル。立ちなさい。どんなときでも、最後まで足掻くのよ!」


残念ながら、私は生きることに執念をもっているのだ。

こんなことでへこたれてなんてやるものか。


私は、カミーナと、ペルを背後にしながら、不敵な笑みを浮かべた。


「さあ。私が相手になるわ」


「くくく。威勢だけは一人前だな。良かろう。まずは貴様から死ね」


ギリナデスは、躊躇も容赦もなく、無慈悲に大剣を振るってきた。


「ベリアル!」


「承知!」


突如現れた大悪魔(ベリアル)の拳が、ギリナデスの振動剣の一撃を防ぐ。

だが、ベリアルの輪郭がぼやけた。


「ソニヤ様。残念ながら魔力残高が少のうございます。早急な撤退を」


「ベリアル。何人、ここから連れて逃げることができる?」


「申し訳ありません、ソニヤ様。ソニヤ様の魔力からすると、一人が限界にございます」


ギリナデスの死の一撃を拳であしらいながら、こちらの問いかけに冷静に答えるベリアル。


「くっ。こやつ、何者だ!?」


振動剣による打撃を苦もなくあしらうベリアルに驚愕の視線を向けるギリナデス。


「ソニヤ様。もうこれが限界にございます。最後の魔力を用いて、この場から撤退いたしましょう」


冷静な声音で私一人だけの撤退を進言してくるベリアル。

私はその言葉に一つ頷くとベリアルに命じた。


「ならば、ソニヤが命ずる……ペルを連れて逃げなさい」


「! ですが、ソニヤ様!」


焦った感じでこちらを見るベリアル。

顔に驚愕の表情を浮かべている。


「命令に従いなさい」


「……御意」


そういうや、ベリアルは回し蹴りをギリナデスが駆るアイアン・ゴーレムに撃ち込み、転倒させ、身を翻すや、ペルの額に指を突き付け、悔しそうに呟いた。


「『転移』」

「お、おねーちゃん!」


そうして、ベリアルとペルは、この場から掻き消えた。

一瞬だけ場に静寂が包まれる。


「ふははは。天晴れよの。そなたが真っ先に逃げ出すと思うておったが、殿(しんがり)をしっかと勤めるとは。まさに武士よ」


嬉しそうな声をだすギリナデス。


「じゃ、じゃあ、その勇気に免じて、私を捕虜にしてくれたりはしません?」


「……残念ながら、それはノーじゃな。そなたを殺して、その勢いのまま、パプテス王国軍を蹂躙する。容赦はせん」


そういって、私とカミーナの周りに四体のアイアン・ゴーレムが、私を囲うように集まってきた。


「さあ。ソニヤよ。そなたの名誉ある行動、このギリナデス、しっかと記憶した。誉れを抱いたまま……死ね!」


ギリナデスが駆るアイアン・ゴーレムの振動剣が、私の頭上に無慈悲に振り下ろされた。

さすがに避けきれない。

……たまらず、私は目を瞑った。


……。

…………。

…………って、あれ? 痛くない。


なかなか、身体が引き裂かれる痛みが押し寄せてこないので、恐る恐るそーっと瞼を開ける。


そして目の前に飛び込んでくるのは、黒光りする鎧騎士の背中。

鉄とは色合いが違う不思議な色の漆黒の金属の光沢に包まれた騎士が、両手持ちの大剣を用いて、ギリナデスの死の刃を受け止めていた。


「……え?」


口から変な言葉がまろびでた。


「大丈夫か、アインス。……じゃなかった、女よ」


「あ、あのー、あなたは、もしかして、まお」


「違う。我は断じてそのような者ではない。我が名は『暗黒騎士』。そう暗黒騎士(ダーク・ナイト)だ!」


仮面を被っているので中の顔は見えないが、絶対に今、どや顔をしているに違いない。

そんなことを思いながらも、へなへなと腰が抜けて座り込んでしまう。


あまりの安堵のために目に涙が溢れてくるのがわかった。


「だ、暗黒騎士(ダーク・ナイト)様。た、助けてください」


「うむ。任せろ」


そして、暗黒騎士が、大剣を構え直した。


「さあ、ここからは我が直々に相手をしてやるぞ、盗人どもよ!」


ダーク・ナイトさんが、大剣を横一文字に構えながら宣言した。


結局、六千文字くらい書いてしまった。

次回更新は、来週を目標に。

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