第四十七話 ぱぷてすこくおうとのえっけん
「こちらが、マオール様からご所望されていた調査対象であると思われます」
士官服を着こんだケモミミ少女ことシルフィ中佐は、その耳を士官帽で隠しつつ、後ろについてきている上司のゼクスに報告をする。
「どうです、マオールさん」
ゼクスは隣で首を捻っている魔王に声をかける。
「うむ。たぶん、そうだとは思うのだがな……」
魔王は歯切れ悪く回答をした。
ダライ・トカズマ帝国の中央山脈に建造されている帝国軍秘密工廠『中央研究所』。
帝国軍の装甲人形の主要な部分の製造を一手に引き受けている大規模工廠でもある。
その内部は帝国軍の一部のものにしか開示されておらず、中を覗き見ることができる者は、帝国内でも極めて少数だ。
情報を秘匿するため、内部で活動するエンジニアなどの人員は、数年という単位で外部との接触を禁じられ、さらには外に出られたとしても、魔法による精神制御により、工廠内での記憶を忘却させられる。
すさまじいまでの防諜に対する念のいれようだ。
「……やはり、確証が持てん。仕方がないから専門家に見てもらうか」
そういって、魔王は、服のなかに手を入れて、何か紐のようなものを取り出すと、地面に丸く置いた。
「まあ、簡易的なものだが、ここの結界程度ならいけるだろ……『開門』」
魔王の魔術が発動され、何もない空間に黒色の大きな『穴』が突如出現した。
「ゼクサイス様! 私の後ろに」
ゼクスの前に出て、刀を構え警戒をするシルフィ。
「大丈夫ですよ。シルフィ。ほら、見てごらんなさい」
ゼクスが、指を指したところで、ちょうど、ゲートから何者かがずいっと、出てきた。
「……やれやれ。せっかく我輩、ゆっくり休んでいたというのに。で、我輩に用事があるのは誰であるかな……と。おや? これはこれは魔王殿であったか」
赤と緑のストライプのモヒカンヘアー。
顔は骸骨。
そして服装はダブルスーツに白衣。という、奇妙な格好の骸骨男が、漆黒のゲートから、ひょいと現れ、周囲をキョロキョロとし始めた。
「ヘイシル。俺の名前はマオールだ。何度言えばわかる。それと、その顔をどうにかしろ。ここには、一応、人間がいる」
「そうであるか。これは失敬、マオール殿」
そういって、顔をごしごしとすると、そこには、微妙に変顔の男が現れた。
幻術とか、そういった類いのものではないが、なぜか違和感を感じる顔だ。
「これでよいのであるか? さてさて、そこにいるお二方はどなたかな? 特にそこの可愛らしい娘子が気になるのであるが」
「うむ。こいつらは、俺の友人のゼクスと、その部下だ。……で、こいつは、俺の友人かつ部下でもあるヘイシル。まあ、よろしく頼む」
「ゼクスと申します。こちら側で、商人の真似事をさせていただいております」
「し、シルフィと申します。よ、よろしくお願いいたします」
ゼクスはにこやかに手をさしのべ、ヘイシルと握手をするが、シルフィは警戒しているのか、距離をあけつつ一礼にとどめる。
「これはこれはご丁寧に。我輩、ヘイシルという者。実は我輩も商いを多少しておるゆえ、まずは、かわいらしい貴女との出会いの印に、こちらをプレゼントしたい」
そういって、ヘイシルは、一切の気配を見せずに、シルフィの懐に潜り込むや、その手に「それ」を握らせた。
一瞬遅れで、自らの懐に入り込まれたことに気づいたシルフィは、一足飛びに後ろに飛びすさり、冷や汗をかきながらも手の中の「それ」を見つめた。
棒状のそれは、さわり心地は人肌くらいで、すべすべしている。そして、念じると、なにやら動き出した。魔法のおもちゃだろうか。
「こ、これは……?」
「それは我輩が開発した『バイブ』というもの。使い込めば、だんだんと貴女という人間を学習し、最も気持ちが良い動きを見せてくれるのである」
そういって、ヘイシルはしてやったり、と頷いている。
「……??」
初なシルフィはこの変態が何を言っているのかが理解できない。
「シルフィ。それは、ヘイシルさんにお返ししなさい」
「あ。はい」
いつもより気持ち強めのゼクスの言葉に素直に従い、シルフィはそれをヘイシルに返却した。
「ふーむ。まことに残念であるな。きっと満足していただけると思ったのであるが」
「おい、ヘイシル。遊んでないで。こいつをみてくれ。俺だとよくわからん」
「これですかな。さて」
そういって、ヘイシルは、鎮座している装甲人形ーーゴーレムーーや、その製造に使われていると思われる巨大な工作用の機械類をさわりだした。
「ふむふむ。そうですな。我輩がもう何百年も昔に作製したもののコピーみたいですな。まあ、一部はオリジナルみたいですが」
「これらは、正規品か?」
「この古さから察するに、『我が軍』で不要になったものが処分されず、『こちら側』に来てしまった可能性が高いでしょうなあ。遺憾ながら」
「横流し、か」
「そうでありましょう」
そういって沈黙する魔王と、ヘイシル。
「……マオールさん。どうやら、黒みたいですね」
「そうだな。……ゼクス。こちら側の問題なのに協力してもらってすまなかったな」
「いえいえ。ところで、こちらの工作用の道具類はどうなさるのですか?」
「処分する。本来、これらはこちら側にあってはならないものだからな」
「そのとおりですね。では、僕もお手伝いいたしましょう」
そういって、どこからか取り出した巨大な黒い戦棍を目の前のゴーレムの一体に振り下ろした。
轟音とともに、ゴーレムがひしゃげ、圧力に耐えきれずに四散した。まるで、爆弾が爆発したかのようだ。
「とりあえずこの辺りに置いてあるものは予備機なのでしょうね。ほとんどが、石像人形や、木造人形を素体に鉄板で補強されている程度のものです」
「鋼鉄人形とかが混じっていると色々と面倒ですが、ここにはいないみたいです、ゼクス様」
ゼクスの呟きに、シルフィが同調する。
「侵入者か!」
「警護の者を呼べ!」
「俺は、三号機で出撃する」
先ほどの爆音で、さすがに侵入者がいたことに気が付いたらしい。
扉の向こう側から、鎮座している装甲人形たちと同型のものが、がしゃがしゃと音を立てながら近づいてきているのがわかる。
「では、僕たちが、彼らの相手をいたしますので、マオールさんたちは、ゴーレム関係の工作用機械の破壊を優先してください」
「うむ。そうだな。では、ヘイシル任せたぞ」
「うーむ。相変わらず魔お……ーる殿は人使いが荒い」
ぶつぶつと言いながらも、駐機しているゴーレムに手早く魔法をかけていくヘイシル。
魔法をかけられたゴーレムたちは、突如暴れだし、手近な道具類を猛烈な勢いで破壊し始めた。
「まったく。操縦桿による半自動式などという無駄な機構を詰め込めんで。我輩的にはもっと賢く動かす機構があると思うのである。例えば、精霊を埋め込んでみたり、生物の脳ミソを移植したりすれば、操作者など要らぬと思うのであるが」
「まあ、こいつらも創意工夫で、こういったものを作ったのだろ? なかなか頑張っているじゃないか」
無造作に工作機械と思われる鉄柱を一つ引っこ抜き、なんでもないようにへし折った魔王が感心するように言った。
「ただ、もうちょっとオリジナリティが欲しいよな」
魔王様の辛口の採点が下った。
◆◇◆◇◆
「おお! ソニヤ殿! よくぞ参られた!」
「お初にお目にかかります。陛下」
パプテス王国国王アマシンから声がかけられた。
私の父親であるメルクマに似て、脳筋な感じのおじさまだ。
陛下の隣で立っている美人さんがきっと奥様ではないかな。なんとなく、シロット殿下の面影がある。
息子であるシロットはそこまで顔つきや体つきは厳つくはなかったので、彼はきっと母親似だったのだろう。よかったね。
私たちはシュガークリー王国を出発し、一週ほどでパプテス王国に無事に到着した。
距離としては、飛ばせばもっと早くに到着できたのだけれど、これだけの人数と補給物資をもっての移動だと、どうしても時間がかかってしまう。
それでも、きっちりと援助物資などを欠けなく持ち込めたのは幸先が良いように思う。
ちなみにこれらの補給物資は私がお父様に無理をいって集めさせたものだ。
戦いはまずは暖かい食事からなのです。
それと、いったい今、パプテス王国で何が起こっているのかを正確に知るために情報を集める必要がある。
そこで、パプテス王国の騎士団にも協力をしてもらい、各地にシュガークリー軍人の斥候を放っている。
やはり、情報と補給は、戦では何にもまして重要なのです。
ちなみに、アラン辺境伯は、なれない旅路と、その重責の影響からか、体調を崩し、現在、パプテス国王から提供された屋敷で休んでいる。
ねえ、しゃんと、してよね。
まあ、そのおかげで、例の恥ずかしい鎧?を着ていなくてもどこからもクレームが来ないので、脱いでいるが。
その代わり、シュガークリー軍の士官服みたいなものを着ている。
これならば、活動がしやすい。
「しかししばらく見ぬうちに美人になって。メルクマ殿は息災であるか」
相好を崩すアマシン王。
「はい。父も元気に過ごしております。私が今回は父の名代として出頭させていただきましたが、少しでも陛下のお力になれたらと祈っております」
「なんのなんの。そなたが来てくれただけでもわしとしては大助かりよ。シュガークリーからの武具や、食料などの援助物資は大変助かっておる。お父上にも感謝の言葉を伝えてもらいたい」
「わかっております。それよりも、まずは、パプテス王国の平和の達成を最優先にしませんと」
「そうであるな。……そなたに心苦しい気持ちにさせたこと。わしのバカ息子の不祥事に続き、そなたには苦労をかけ続けておること、国王として、父として申し訳ないと謝罪させて欲しい」
そういって、頭を下げてきた。
「! お、お顔をお上げください、陛下。我がシュガークリー王家とパプテス王家との縁に従い、当然のことをしているだけです。此度も微力ながら、陛下に力添えできること。まことに嬉しく思います」
「そうかそうか。うむ。……しかし、あれじゃの。そなたの美しさはまさに戦意を高揚させるものであるな。わしももう少し若ければ……って、痛い痛い」
隣のお妃様が明後日の方向を向いている。
何かしました?
「……えー。ごほん。さて、今回は我が弟が王家に弓引く行為に出ており、つい先日、我が国の正式な騎士団の一つである銀輪騎士団に対して危害を加えたことが判明した。よって、もはやこれ以上の交渉は無意味であると判断し、我らはついに雌雄を決することとした」
「え。もうですか?」
パプテス王国に到着して早々に決戦とか早すぎる。
「我らにはそなたたちが迅速に駆けつけてくれたおかげで、戦意が高揚しつつある。それに対しあやつらは、どうやら、内部に混乱が生じており、その動きが鈍い。そうであれば、この好機に逆賊を撃ち倒し、ダライ・トカズマ帝国が我が国に介入する口実を事前に摘み取ることこそを優先すべきである」
うーん。まあ、そうかもねー。
でも、もうちょっとだけ相手のことを調査してからでも良くない?
「戦の女神は、今まさに我々に微笑んでおる! 皆の者。戦支度をせよ!」
「おおー!」
うーん。士気だけはたしかに高いけど、大丈夫かなー?
少しだけ心配になってしまった。
なんとか更新。
次回更新は来週を目途に。




