第四十五話 ぎゆうぐん
「姫様。陛下がお呼びでございます」
「え? お父様が」
自室のベットで寝転びながらクッキーを頬張って、本を読んでいた私のところに、侍女のカミーナが呼びに来た。
一週間くらいは本当に暇にしていたので、このままずーっと、自堕落な生活が続けられるんじゃないかと、半ば希望を持っていたところだったので、ちょっとだけ残念な気持ちになる。
でも、お父様、私にいったい何の用事だろう。
「えーっと、カミーナ。お父様の要件が何かは聞いているのかしら?」
「申し訳ございません。急ぎの用事、としか聞いておりません」
「むー。そう……」
しばし、思案をする私。でも、お父様の命令は絶対なので「断る」という選択肢は私にはない。
「……わかったわ。身支度をするからカミーナも手伝って」
「承知いたしました、姫様」
恭しく頭を下げるカミーナ。
こうして、私たちは大広間へと向かった。
◆◇◆◇◆
大広間では重臣たちが勢揃いしており、明らかに何か、大事なイベントっぽい。
しかも、よくよく見ると将軍たちの顔ぶれが多い気がしている。
なんとなく、嫌な予感しかしない。
「おお! よくぞ来た。我が愛しき娘よ!」
「御召しにより参上いたしました。陛下」
片ひざをつき、国王に跪く。
「うむ。ご苦労。……さて、今回、こちらに来てもらったのは外でもない……」
そこで、一旦、口を切り、そわそわとしだす。
ん。どうしました。
「……あー。パプテス王国のシロット王子との件については、ソニヤ。そなたの嘆きはいかばかりかと思う。父として、そなたを慰めねばならぬところではあるが、国を治める君主として、他に考えねばならぬことが多いことを許せ」
「国王陛下のなんと慈しみ深きお言葉。このソニヤ。その言葉をいただけるだけで、どれだけ心強いか。伏して感謝の言葉を述べさせていただきまする」
そういって、恭しく礼をする。
あー、つまり、シロット王子との婚約が完全に解消したことを諸将に伝えたかったのかしら。
「うむ。ところで、だ。心労が絶えぬそなたに、このようなことを頼むのは非常に心苦しいのだが……」
そういって、口を閉ざす国王。
えー、さらに何か頼み事をするんですか?
正直、面倒なことは嫌ですよ。
「陛下の忠実なる臣である私が、陛下の御心をどうして煩わせることができましょうか。どうぞなんなりとお申し付けください」
でも、口からすらすらと出てくるのは肯定の言葉。
ああ! 今の立場に順応しすぎている自分が嫌になる。
「おお! さすが我が娘よ! 自らが傷ついているときでも、役目を忘れぬその忠義。天晴れである。……では、恥を忍んで、そなたに託したい事柄がある。……ソニヤよ。パプテス王国へと向かってくれ」
「……パプテス、王国?」
ん。なんでそうなるの?
ねえ。さっき、そこの王子さまと破局したばかりだと私達確認しあいましたよね?
なんで、傷口に塩塗るようなこというの、この筋肉だるまは。
……でもまあ、個人的には気にはしていないから、むしろ、なぜ、そのような無体なことをこの場で、こちらに投げてくるのかが気になってくるが。
「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「当然だ。そなたには聞く権利がある。さて、現在のパプテス王国の状況は聞いておるな?」
「……はい。おおよそは」
私も一応王族の端くれなので、近隣の国の現状は聞いている。
そもそも私がシロット王子と婚約したのだって、政略結婚のためだし。
シロット王子の祖国パプテス王国は、うちの国と昔から懇意にしている家柄で、お互いに婚姻関係を結んでいる。
だが、パプテス王国の王弟は、パプテス王国の隣国でもあるダライ・トカズマ帝国からの皇族を娶り婚姻関係を結んでしまった。
要するに、あの国にはシュガークリー派と、ダライ・トカズマ派とで国が二分している状況なのである。
うちと組む分には独立を保った関係を維持できるだろうが、帝国と組むということは、どうしたって力関係が違いすぎるから、守護国と保護国みたいな関係になってしまうのだろう。
「……パプテス王国の現国王。私の従兄弟になるから、そなたからすると大叔父になるのだが、現国王アマシン殿からの依頼でな。王弟派への牽制の意味もこめて、ソニヤ。そなたの派遣を依頼されたのだ」
「私、ですか?」
「うむ。此度の婚約破棄により、表面上、我が国とパプテス王国との関係が悪化したように見えてしまっており、王弟派が盛り返してきてしまっているらしい。そこで、そなたを派遣することで、パプテス王国と我が国との友好関係がまったく損なわれていないことを国内にアピールしたい、ということだ」
「……なるほど」
その理屈はわかる。
要はシュガークリーとパプテスとの友好関係のアピールのためのシンボルになれ、ということね。
しかし、そうすると一つだけ疑問が残る。
「私が派遣されることは承知いたしました。その必要性も理解いたします。ですが一つだけ気になります。私一人の派遣を決める会合といたしましては、ここにいらっしゃる方々が……その……将軍閣下を初め、軍のお歴々の方々が多いように感じられますが」
先程から気になっていた面子について聞いてみた。
外交問題を解決するための謁見にしては、やけに物々しすぎる。
「……うむ。さすがソニヤ。良くできた娘じゃ。しかし本当にその慧眼、恐れ入るな」
そういって父であるメルクマ国王は微笑んだ。
「……実はな。もう一つ問題があってな。……あー、隠しだてしても仕方がないから言うが、パプテス王国で内戦が起こる可能性が高い」
「内戦、でございますか」
穏やかな単語じゃないなー。
「うむ。すでにダライ・トカズマ帝国には派兵の動員がかかっているという話でもあるし、パプテス国王のアマシン殿からも、我が国に対し、義勇軍としての兵力派遣の依頼もあわせて来ているのだがな。……ただ、その」
歯切れが悪いな。お父様は。
「……つまり、だ。我が国は魔王軍と講和条約を結んだとはいえ、まだ、お互いに最前線で完全な武装解除が実現できていない。そうすると、やはり、防衛任務を完全には放棄をすることはできず、派兵できる絶対数がどうしても少ない、という状況でな」
「あー。つまり、パプテス王国への大規模な戦力は派遣できない状況、ということでございますね」
「うむ。恥ずかしながらな。……そういうわけで、ソニヤよ。そなたを派遣することは、すなわち、パプテス王国の背後に我が国が後見していることを内外に示すことであり、戦略的にはダライ・トカズマ帝国に対する大きな牽制となるものなのだ!」
ちょっと、最後、声が大きくなっていたけど、要は、兵士は派遣しないけど、連帯感は示すよ、ということね。
なんだかなー。まあ、お金の問題とかも含めてうちの状況が厳しいことはわかっているから、仕方がないけれど。
「……承知いたしました。では、我が軍は派兵せずに私だけが応援に向かう、ということでございますね」
「いや。少数ではあるが派遣するぞ。具体的な数としては、四千は派兵するつもりである。……ほとんどはパプテス王国に地理的に近い南部からの派兵になると思うがな」
そこで一旦口を閉じ、満面に喜色を浮かべる父親。
とても嫌な予感しかしない。
「喜べ、ソニヤよ。南部諸侯の一人に、ある正義感溢れる若者がおった。その者は、そなた一人を危険な地へと派遣することなど断じて看過できぬ、と申してな、なんと二千もの私兵を出すことを約束してくれたのじゃ!」
ほへー。二千名ですか。
四千派兵する予定の中で、その半分も賄ってくれるなんて。
地方貴族としては、よっぽど忠義に篤いか、ボンボンかの二択ね。
「……そこで、じゃ。そなたを我が国の全権大使とし、その南部の正義感溢れる若者を我が軍の総司令官として、派兵することとした」
「承知いたしました。陛下。微力ながら、このソニヤ、職責を全ういたします。……ところで、その南部の方ですが、お名前をお伺いしても?」
なんとなく、ぞくぞくとする背筋の震えに恐れ戦きながらも、私とともに死地へと向かう勇者の名前を聞いておかないといけない。
「うむ。その者の名は『アラン辺境伯』。我が国の南部の要衝を守護する勇者よ」
走馬灯のように過去の記憶(第三十二話参照)が、くるくるとめくるめき、私は目の前が真っ暗になったのを自覚した。
◆◇◆◇◆
「はあー」
「おやおや。ため息ばかりついて、どうしたのですか、アインスさん」
「こいつ、先程からずっとこんな感じでな。よっぽど困ったことになったみたいだぞ」
シュガークリー王国での魔王の居城、白鷺亭のいつもの部屋にて、私はひたすら、ため息をついていた。
あの変態野郎が、まさか、このような搦め手を使ってくるとは。
しかし、持てる手は相手が一番弱っているときに差し伸べるのが効果的、という戦術的な観点からは、アラン辺境伯はただのバカではないことはわかる。
お父様のアランに対する好意ポイントが高まったのを感じて、自らが、また、別の意味で危機に陥ったのを感じる。
うう。胃が痛い。
「……実は、また、ソニヤ様とともに隣国のパプテス王国へと向かうことになりまして」
「パプテス王国か……」
「……(ニコニコ)」
魔王は腕を組み思案に耽り、ゼクスは何を考えているのかはわからないがひたすら微笑んでいる。
こいつらに頼んだって、むしろ、状況が悪化するだけのような気がするんだよねー。
でも、ついてきてもらえちゃったりすると、百人力ではある。
「そういうわけで、また、私はしばらく留守にします。申し訳ないのですが」
「まあ、仕事であれば仕方がないであろうな」
「頑張ってくださいね、アインスさん」
あれー。二人に相談したのは、もしかしたら、良い知恵を持っていて、魔法のように状況を解決してくれるのかも、なんて、少しばかり期待していたところがあったのに。
気のない返事を聞いて、がっくりしてしまう。
「俺たちは少し、ダライ・トカズマ帝国に用事があってな。パプテス王国の近くまで行くようならば顔を出すつもりだが、しばらくはお前とは別行動だな」
「僕としてもアインスさんと一緒に行動できないのはとても残念なのですが」
そういって二人にはふられてしまった。
うう。……なんやかんや言って、強力な二人に守ってもらえるならば、心穏やかに戦場にも赴けるのに。
今回ばかりは、私の力で何とかするしかないか。
大悪魔使うのに、いったい、どれだけの対価を要求されるのか、今から考えただけでも気が重い。
「まあ、アインスさん。そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。きっとなんとかなりますよ」
ゼクスが、何の保障もなく空手形を発行してくれる。
ふんっ! あなたたちに頼らずとも、この私がなんとかしてみますよーだ。
「まあ、元気でやってこいよ」
朗らかな顔で魔王が、親指を上げて(サムズアップして)ニヤリと笑い顔を向けてきた。
こいつはいつかしめる。
今回は、割とあっさりと更新。
次回更新は、一応、来週を目標とさせていただきます。




