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第四十四話 おひるねってきもちいいね

「……うーん、することがないなー」


いきなり暇になってしまった。


シロット王子との破局は、一応シュガークリー王国の宮廷内での最高機密ではあったのだが、人の口には戸を立てることはできない、という昔からの格言のとおり、あっという間に宮廷内に広まり、さらには、宮廷内だけに留まらず、国中にも知れ渡ってしまった。


こういった醜聞の拡散は早い。

そこで、私には長期の休暇が与えられた。

まあ、いわゆる、ほとぼりが冷めるのを待つというやつだ。


建前上は、傷心ということになっている私のことを(おもんぱか)ってのことらしい。


本当のところを言うと、傷心なんていうことのほどでは、まったくないんだけども……。


それにもう一つの理由としては、魔王軍との休戦協定が無事に締結できたおかげで、国王(おとうさん)が王都トルテに戻ってきており、私の仕事がほとんどなくなった、という理由もある。


でもまぁ、休暇には罪はない。私は喜んで休ませていただくことにする。


部屋にいてもやることはないので、私は今こうして、白鷺亭の主がいない部屋へとやってきている。

魔王は、まだ帰ってきてはいない。


部屋にはベッドが二つと机が一つあるだけで、他はがらんとしている。

魔王の私物は全然何もない。


「どこにいっちゃったのかな……」


私はそう呟くと、ベッドの一つに寝転んだ。

そして、ぼーっと、天井を見つめる。


宿屋の親父さんは、私のことを見知っているので、魔王の部屋の合鍵をなんの疑問も懐かずに貸してくれた。


「旦那さんと喧嘩でもしたの?」


「は? 旦那じゃないですけど?」


つい、むきになって反論してしまった。

なんてことを言うんだあの親父さんは。


しかし、魔王。いったいどこをほっぽり歩いているんだか……。


頬に風があたる。

最近は少し涼しい日が増えてきた。


残暑が厳しい日もまだまだあるのだが、今日は窓から吹いてくる風がとても気持ちがいい。


あ、ね、眠い……。


一人でベッドに横になり、考え事をしていたら睡魔に襲われた。


……。

…………。

……はっと気がついて、飛び起きた。


どうやら、うたた寝をしていたらしい。


う、うーん。

最近は色々と忙しかったので、つい、寝入ってしまった。


そして、首を捻って気がついた。

机には、魔王が座って、静かに本を読んでいた。そして、こちらに気がついたのか、視線を向けてきた。

まだ寝ぼけていたのか、私は口の端によだれがついていたことに気づいた。急いでぬぐう。

……うう。ちょ、ちょっと気恥ずかしい。


「い、いつからそこに?」


「うん? 先程こちらに戻ってきてな」


「わ、私が部屋にいて、びっくりしませんでした?」


「宿屋の主人が奥さんと喧嘩でもしたのか、なんて入り口で言っていたからな。お前が来ているんじゃないかとは思っていたよ」


「そ、それなら良いんですけど」


「……起こさないように静かにしていたつもりだったんだが、騒がしくしてしまったか? すまんな」


そういって、魔王が柔らかく笑った。

私は目線を合わせられず、そっぽを向いてしまう。

数回深呼吸をして、気息を整えると魔王に向き直った。


「お帰りなさいませ、マオール様」


「うむ。ただいま」


「ところで、どちらにいかれていたんですか?」


「ちょっと実家に戻っていてな」


「実家、でございますか?」


「ああ。少しだけ、気になることがあってな。そのための指示を少し、な。それと、一応、たまには顔を出しておかんと。こう見えても、色々と面倒事を抱えておるのだ」


「ははあ。なるほど」


そういって私もベッドから起き上がり、魔王の対面の椅子に座る。


「……ところで、最近、ソニヤ姫への手紙を預かっておりませんが。新しいものを託されなくても良いのですか? ライナー王国に行く前にお預かりしてから、しばらく時間が経っておりますが」


少しだけ気になっていたので聞いてみることにした。


「うん? まぁ、あいつとは一度くらいは会って、じっくりと話をしてみたいとは思っているがな。……しかし、最近、ちょっと思うところもあってな」


ふむ。

もう魔王は、(ソニヤ)のことには興味をなくしつつある、ということかな?

この前、やけにソニヤ姫を高く評価している、みたいなことを言っていた気もするんだけど。


まあ、私の日々の努力の賜物かもしれないわね。ふふふ。


……でも、なんでだろう。良い方向に向かっている気がするのに、これはこれでちょっと張り合いがないかも、なんて思えてしまう。

この感覚はいったい全体なんだろう?


そんなことを考えていたとき、不意に扉がノックされた。


「入れ」


魔王が声をかけると、ドアを開けた外から店主が顔を覗かせ、紅茶の差し入れをしてくれた。


「ご注文の品でございます」


「ご苦労」


「え? ここって、ルームサービスまでしてくれるところなんですか?」


VIPサービスでもあるまいし。


「マオール様は、特別なのですぜ。へへへ。……では、ごゆっくりー」


主人は、ニヤニヤ笑いをしながらドアを閉めていった。あれは、明らかに別のことを考えている顔だった。

ちょっ、あなたっ!

変な誤解をしていかないで!


……ふうー。深呼吸、深呼吸。

紅茶を飲みながら、窓から外の景色を見つめた。

きれいな夕焼けだった。


こういった日がいつまでも続くといいな、なんて思う。


◆◇◆◇◆


「……パプテス王国の件はどうなっている?」


玉座に座った燃えるような赤毛の美少女。

周囲に侍っている部下たちに問いかけた。


そのうちの一人で、曲がりくねった装甲を持つ黒い甲冑に身を包んだ、大柄で厳つい顔の偉丈夫が前に進み出て、臣下の礼をとりながら答えた。


「はっ! 陛下。お答え申し上げます。シュガークリー派の次期国王候補であった長子シロット王子が廃嫡(はいちゃく)され、シュガークリーとの関係が一次空白になったとのこと。また、王弟派が盛り返し、我が国との国境沿いの軍の掌握が完了したとのことでございます」


「うむ。そうか。……マナルはおるか」


「お呼びでしょうか」


白髭を蓄えた老人が前に進み出る。

髪の毛は生えていないのに、長い白髭だけは立派だ。


「余の装甲人形(アームド・ドール)部隊の準備はどうなっている?」


「調整が終わっておりますのは二個装甲人形師団四百体にございます」


「よし。そろそろ開演の準備が整いつつあるな。折角お膳立てしてやったのに、前回会合では結局流れてしまったしな。そうであれば、我ら自身の手で踊らねばなるまい」


そういって居並ぶ部下たちの顔を見渡す。

どいつもこいつも百戦錬磨。実に頼もしい顔つきだ。


「パプテス王国で内戦を始めさせよ。我らは王弟の支援要請を受諾し、義勇軍として参戦することとする。総司令官はエルメル。そなたを任ずる」


「はっ!」


先ほどの偉丈夫が再び臣下の礼をする。


「投入兵力は四個師団七万。装甲人形師団も二個投入せよ」


「内戦支援にしては、兵力がやや多すぎるような気もいたしますが」


マナル老が髭をいじりながら意見を述べる。


「わかるか? 此度の戦では、内戦鎮圧の後、電撃的にシュガークリーも叩く。そして、魔王領への橋頭堡(きょうとうほ)を築いた後、そのまま進軍する」


「へ、へ、陛下! そ、それでは、『約定(プロトコル)』に違犯してしまいます!」


今まで這いつくばって、一言も発していなかった、首席法務官のホンジャが、汗をふきふきしつつ、叫ぶように諌める。保身的な彼でも、さすがに事の重大性から、自らの職責を思い出したらしい。


「そこについて、適法な理屈を捻り出すのがお前の仕事であろう。しっかりと考え出せ」


「……ぎょ、御意」


力なく項垂れるホンジャ。


「くくく。久々の実戦だ。楽しみだな。余も当然、一兵士として参戦するからな。貴様ら、とめるなよ」


「わかっております陛下。陛下の楽しみを奪うような不粋な真似など、臣下一同いたしませぬ。そんなことをすれば逆賊の謗りを免れませんからな」


はっはっは!


エルメルを筆頭とする居並ぶ武人たちが笑い声をあげる。


「……しかし、それでも、供の者だけはつけさせていただきますぞ」


「わかっておる。わかっておる。……さあ、開演だ。これから開くショーは誰も彼も指を咥えてじっと観戦なんてさせてやるものか。皆が皆、演者なのだから。さあ。誰も彼も、上手に踊るが良い! くっくっく!」


大広間に少女の声が響き渡った。

ダライ・トカズマ帝国第五十二代皇帝ナレン・ギリナデス・ルーン・テオドア・トカズマ。

帝国臣民六千万の頂点に立つ皇帝である。


「お父上の悲願。西方領域の統一事業に乗り出すぞ! まずは、西部のパプテス王国へと進軍せよ!」


「「御意!」」


ギリナデス皇帝の決断は下された。

帝国の巨大な官僚機構の歯車が力強く動き出す音が聞こえてくるかのようであった。


◆◇◆◇◆


「……やれやれ。やっぱり彼女は動き出してしまいましたか」


「ゼクサイス様。いかがいたします? よろしければパプテス王国に前方展開している部隊は引き揚げさせますが」


シュガークリー王国の王都トルテにある商工組合(ギルド)内の執務室にて、特殊陸戦隊指揮官のケモミミ少女こと、シルフィ中佐は上司であるゼクスに、直立不動で報告をする。


現在、パプテス王国にはゼクスの手勢である特殊陸戦隊の四個組、おおよそ、四十名が活動している。

人数は少なくとも、一騎当千の強者集団であり、様々な任務を遂行できる。


「彼女たちの目的は?」


「現時点で予想されているのは、パプテス王国の内戦へと介入し、自分たちの派閥である王弟派に肩入れをすること、というのが表の理由ですね」


「裏は?」


「そのままの勢いでシュガークリーへとなだれ込み『約定』を骨抜きにすることかと」


「ふー。彼女はまだ夢を諦めていないようですねえ。お父上があれだけの代償を支払ったというのに」


「きっと、リベンジマッチだとでも思っているのではないでしょうか」


辛辣な口調で評価を下すシルフィ。


「まあ、それならば、それで良いでしょう。シュガークリーまで軍を進められると面倒ですね。どうにか、シュガークリーからも援軍を出す方向にして、なんとかパプテス王国内で膠着状態に持ち込めるように手配いたしましょう」


「しかし、よろしいのですか。ゼクサイス様。連中、『装甲人形(アームド・ドール)師団』も持ち出しているみたいですよ?」


「……まあ、その件に関しては、まともに戦ったら、パプテス王国や、シュガークリー王国の正規兵力では、歯が立ちませんね」


そこで黙考するゼクス。


「やはり、正規兵力で対応できないとなると、僕たちが取れる手数は少ないですね。仕方がありません。不本意ですが、『姫』を活用するといたしましょう」


「お言葉ですか、ゼクサイス様。『あいつ』を連れていったところで何の役に立つというのですか!」


耳をピンと立たせ、威嚇するように言うシルフィ。


「まあ、彼女が動けば、皆も動きますから。そして、僕たちが助力すれば、装甲人形たちはなんとかできるのではないでしょうか」


朗らかな笑顔を浮かべながら、シルフィの頭を撫でるゼクス。


「ぜ、ゼクサイス様は楽観がすぎます」


はにゃー、という(とろ)けるような笑みを浮かべながらも口答えをするシルフィ。


「……しかし、あれだけの数の半自動式のアイアンゴーレム部隊を作り上げるなど、帝国の技術力だけでは、明らかに無理でしょうに。どこか裏がありそうですが」


「申し訳ありません。ゼクサイス様。帝国内の諜報網は弱く、そこまでの情報は手に入っておりません」


「わかっています。まあ、十中八九、あの人のお家の事情だとは思いますけどね。ふふふ」


そういってゼクスは笑みを浮かべた。目は笑っていなかったが。


HJネット小説大賞落選しましたー。

うーん。なにか、根本的にダメなのかなー……。


次回更新は、来週できるようにがんばります。

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