第四十三話 しろっとおうじとのさいかい
怒号飛び交うライナー王国での会議から、シュガークリー王国へと帰国して、すでに一週間が経っている。
国の主だった重臣たちは連日連夜、対策会議を開き、討議を重ねている状況だ。
ちなみに、ライナー王国では、あの後、魔王に引っ張られて、あちらこちらへとシュタイン君も連れて、ちょっとした冒険をすることになったのだが、その事はまた別の機会に語るとしましょう。
ちなみに魔王様は、会議のあと行方をくらましてしまい、その後の足取りがつかめていない。
非常に怖い状況だが、私としては魔王を探すだけの器量はないので、諦めている。
最悪、ベリアルを使えばわかる気もするが、どれだけの代償を支払わなければならないか心配なので、今は行使できない。
さて、何回もの対策会議の末、我が国の結論としては、うちの国でも魔王軍と正式に休戦協定を結ぼうという方向で動くことになった。
やはり、思いの外、防衛戦による国庫の負担が重かったっぽい。
「……では、こちらにサインをお願いいたしますね」
「はい。こちらも、ここにお願いいたします」
魔王軍との休戦協定の締結は割とスムーズに進んだ。
協定締結においては、実際に刃物を突き合わせていた武人たちよりも、お互いにソフト路線でということになり、シュガークリーの全権大使として私が任命され、出席することになった。
魔王軍からは妖精さんや、エルフたちが出席している。
「失礼ですが、あなた様がソニヤ姫でいらっしゃいますか?」
休戦協定にサインをしていたピクシーの一人が、こちらに話しかけてきた。
「え? あ、はい、私がソニヤですが」
「まあ。まあ。あなた様が、あの……」
なぜかそこで言葉を切るピクシー。
『あの』の続きはなんですか?
気になるんですけど。
「……コホン。えーと、姫殿下。ところで、我が軍では、何人ものあなた方の国の人々を現在保護しているのですが、此度の休戦協定の発行に伴いまして、それらの方々をお返ししたいと考えているのですが。……まあ、一部、帰還を拒否されている方々もいるので、そういった方には、無理強いはしないつもりですが」
「えーと、それはとてもありがたい話なのですが」
何を代償にその捕虜の引き取りを飲めと言うのか。こちらから持ち出せるものなんて何もないよ。
「いえいえ。そんなに警戒なされなくとも。……今回のご決定は陛下が下したもの。我が軍といたしましても、これによる利益を我らが得ようなどとは考えておりませんので、ご安心下さい」
「……はあ。陛下、ですか」
まあ、そういうことならば、こちらとして文句を言う筋合いではない。せいぜい、私の手柄とでもしておきましょう。
「事務的な話といたしましては、後ほど返還者のリストをお送りさせていただくのですが……」
そこで話を濁らすピクシー。
「??」
私は首をかしげて、先の話を促す。
「……えーと、今回、そのリストの筆頭に書かせていただいている方なんですが」
「ふむふむ」
「姫殿下の許嫁のパプテス王国のシロット殿下でありますが……」
あー、いたな。
私に対する数々の背信行為により、有罪が決まっている御仁だが、そんな彼でも、一応は、公式には私の許嫁だ。無下にはできない。
「一応、リストには載せておりますし、我々も説得をしているのですが……」
「説得……?」
「……あー。あとは、実際に姫殿下がお会いして、お話ください」
結局、ピクシーはそこで話を中断し、お茶を濁してしまった。
何があったのか、気になるじゃないかー!
……事前協議はそれで終わり、後日、返還者リストが送られてきた。
筆頭にはシロット王子がたしかに記載されている。
これはこれで、まあ、目出度い。
パプテス王国には外交ルートを通じて、すでに連絡をだしており、シロット王子の関係者(シュガークリー王国に対して融和的な派閥の方々)は大喜びしているとのことだ。
ちょっと前からパプテス王国では、派閥争いが激しい。
国王を筆頭とするシュガークリー派は、パプテス王国はシュガークリー王国などと連携し独立して魔王軍と対抗すべしと主張しており、もう一方の派閥である王弟の公爵家はダライ・トカズマ帝国の庇護下に入り魔王軍と戦うべしという、国を二分する国家戦略論争で揉めているらしい。
そういった意味で、彼らの内輪揉めの観点からも、シロット王子の無事な帰還は、シュガークリー派にとっては得点なのである。
ちなみに、元宰相(すでに、その職は解かれている)の名前はリストには記載がなかった。
後日、魔王軍に照会してみると、本人の強い意向で帰還を拒否しているとのこと。
仲よくなったピクシーさんからは、彼は、今、魔王軍の顧問的なポジションにいることも聞いていたので、何も不思議には思わないが。
やつ目を、どうやって粛清していくかは、次回以降の課題としておこう。
くっくっくっ……。
◆◇◆◇◆
シロット王子を含めた捕虜解放の立会人には、当然というべきかも知れないけど、私が指名された。
そのため、直ぐに北方の城へと向かうことになった。
「ソニヤ様。まだ魔王軍の罠という可能性もございますから、私の側を離れませんよう、お願いいたしますね」
「カミーナは心配性ね。大丈夫だから安心なさい」
魔王が決めた決定ならば、魔王軍の誰一人、反対することはなかろう。
そういった意味で、私は何も心配してはいない。
懐かしの石造りのガイコーク砦を仰ぎ見る。
ああ、あれから半年くらい経ったのかなー。
感慨深いものを感じる。
今日の私は胸元が大胆に開いた白色のドレスを着て髪型もアップに整えている。
久しぶりに、ティアラなんかもつけている。
なにしろ、一応、許嫁との再開だ。
最大限の誠意の証として、おめかしを見せないとね。
私たちは、謁見室へと通された。
実に懐かしい。まあ、あのときは私が謁見される側に立っていたのだけれど。
……でも、何かが違う。
前に私が滞在していたときに比べて、なんだか部屋内に、バラとかの花が多く飾られていません?
それに、赤い絨毯やシルクのカーテン、美しい彫刻品や、絵画なんかも壁に飾られているし。
前はもうちょっと武骨な感じで、砦といった感じが強かったのに。
今やなんとなく、宮殿といっても差し支えないような華やかさがある。
そんなことを思っていると、奥の扉が開きシロット王子があらわれた。
すごく久しぶりにその顔を見る。
しかし、シロット王子、前と違ってどこか印象が変わっているなあ。
そこまで強い印象はないけれども、前に出会ったときと比べると、なにやらさらに貴族然とした雰囲気が醸し出されているような。
なんというか、実にクールな感じだ。
「し、シロット殿下。ご無事でなによりです」
そういって私は頭を下げる。
「いや、良いのです姫。今回、休戦協定がこのように平和のうちに、正式に結ばれたこと。大変嬉しく思います」
そういって薄く微笑む。
ん、なんだか、笑ったときにちょっとした違和感を感じた。
なんだろう?
雰囲気は全然違うのは間違いないんだけど、もっとなにかこう、根本的に変わってしまったような違和感だ。
「では、シロット殿下はこれにて晴れて自由の身。どうぞ、我らと共に戻りましょう」
引き渡しの協定書面に署名をし、私の公式な仕事も終えたので、シロットにも声をかける。
一応、一緒に帰らないといけないしね。
しかし驚いたことに、シロットは薄く笑いながら首をふった。
「……すみません、姫。申し出は大変うれしいのですが、それはできません」
そういって、後ろの方を向いた。
私に事務的に笑いかけるのとは違い、心からの恍惚とした笑みを浮かべている。
その視線の先には男なのか女なのかとっさにわからないイケメン(?)が立っていた。
肌が恐ろしいほどに白い。
そして、シロットの横顔を見ていて違和感の正体がはっきりと判明した。
シロットの犬歯がやけに立派だった。
「ソニヤ姫。申し訳ありませんが、この手紙を父母に。……そして、あなたとの縁談も大変申し上げにくいのですが、お断りさせていただきます」
いきなり爆弾発言を放ってきた。
まあ、私個人としては縁談を破断にしてもらったところで、まったく困らないのだけれど、私にも一応、面子というものがある。
若干気色ばんだ演技をしつつ、怒った声をだす。
「説明を!」
「……一言でもうしますと、私に主人ができました」
そういって、いつの間にか近くに来ていた例の肌白の人物にもたれかかる。
その人物も口元から二本の犬歯が見える。
あぁ、この人たち、吸血鬼の一族ですね……。
背後にある、赤や白、青いバラが咲き乱れている花瓶が、まるでその場の雰囲気を形作っているかのように効果的な演出を見せてくれている。
この二人の寄り添う姿を見た私は、あぁ、これが耽美の世界というものか、と一発で理解してしまった。
末期症状ね……。
「……シロット殿下が、そこまでおっしゃるならば、私からはもう何も言うことはございません」
私はうつむき加減に頭を下げた。
ああ、二人の未来に幸多からんことを!
今回は、そんなに長くない感じで更新です。
次回更新も来週を目途に。




