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第五話 えすけーぷ!

「ひえっ!」


思わず情けない声が口から漏れる。


「姫様! もう少し頭を低くしてください!」


「わ、わかっているって!」


ガイコーク砦へと火を放ち、突入してきていた魔王軍の中で混乱を発生させた。

そして、混乱のさなか、南の城門の兵力が手薄になったところで、馬に騎乗し、兵たちを何組にも分けて城門を走り抜ける。

運が悪い何名かの者は、矢に射ぬかれ落馬している。

その生死を確認する術は、今の俺にはない……。


俺は衛士長のポストフの背中に強くしがみつきながら、ひたすら頭を低くする。

一応、頭には鉄兜をかぶり、背中には、固い皮でできたバッグパックを背負って、即席の防御手段を構築してはいるが、魔王軍のあの黒光りする強弓から繰り出される矢を受けたら、それこそ、薄い鉄兜の防御力など、バターのように柔らかく、あっさりと貫通してしまうであろう。


「神様、神様、神様……」


俺は、ただひたすら、ぶつぶつと神に祈りながら、頭を低くする。

たぶん、生まれてこの方、ここまで神仏に祈ったことはないはずだ。


「ひっ!」


ひゅん、と耳元をかすって、なにかが飛来してきたのを感じる。

危なかった。あと数センチずれていたら、たぶん、俺の頭に大きな穴が空いていた。


……。

…………。

………………。


……いったい、どれくらい馬を走らせただろうか。

気がつくと、あたりは木々に覆われたような景色になり、少し、坂がつき始めた。

だんだんと、木々が生い茂り、馬が通りにくくなってきている。


「そろそろ馬上での移動はむずかしいかと」


ポストフが、こちらを振り返りながら言ってきた。


「……では、このあたりからは徒歩にてまいりましょう」


「はっ! 姫様。承知いたしました」


ポストフは、身体のあちらこちらから血を流しているものの、ほとんどは魔王軍の兵士の返り血であり、どうやら軽傷のようだ。


私たちの他にも、何騎かが合流に成功した。


「姫様もご無事で!」


侍女のカミーナが駆け寄ってきた。

彼女は馬術の心得があったのか、単騎で城門を抜け、駆けてきたが、傷一つない。


「か、カミーナ! 無事で何より」


思わず目頭が熱くなってくる。


俺たちは、どうやら無事に、南の城門を強行突破して、なんとか南の大森林地帯『黒の森』までたどり着けたらしい。


正直、強行突破中の俺たちに向けて、次々に矢が射かけられ、周囲を死の矢が飛び交う光景は、さすがに肝が冷えた。というか、実際にちびりました。


……無理です。本当に無理です。


「ありがとうございました。ポストフ」


「当然のことをしたまででございます」


俺は同乗させてくれた衛士長のポストフに感謝を述べた後、馬から降りる。

さすがに、足腰ががちがちに強ばっていた。


「では、この子たちは、別の方角へと走らせますね」


「お願い」


カミーナが馬の首筋を叩いて、いずこかへと馬を走らせた。

馬を俺達とは別の方向へと走らせ、陽動に使う。

少しでも敵の追っ手が分散してくれたならば本当にありがたい。


ここからは、徒歩にて森林地帯を抜けなければならない。


森に詳しい兵士を道案内として、思いきって、山の中へと分けいる。

鬱蒼と生い茂っている木々のお陰で、遠くの方までは視線が届かない。


「……姫様、足元にお気をつけください」


「ありがとう」


隣で周囲を警戒しながら歩いてくれているポストフが気遣ってくれる。

彼は、鎖帷子(チェインメイル)に、短弓(ショートボウ)という格好で、周囲を警戒している。

こんなときは、実に頼もしい。


『黒の森』は、森林地帯ではあるが、山地でもあり、その起伏は激しく、舗装もされていないため、獣道程度しか人間が歩ける道が存在しない。メイド服だと本当に歩きにくいが、この際文句は言っていられない。


だが、まぁ、俺たちも諦めたように、さすがに馬なんかでは、森林の中まで追いかけてはこれないらしく、今のところは追っ手がやってくる気配はない。


今は、何名かのグループにそれぞれが別れて、別々に『黒の森』を抜けている。


大勢で移動するとそれだけで目立つし、別々に移動をすれば、一グループを追える敵兵士を分散させることができる。


「ソニヤ様、水をどうぞ」


カミーナが近くの湧き水を汲んで、俺にくれた。

ありがたくて涙が出る。


「ありがとう、カミーナ。あなたの忠義には、いつも感謝をしているわ」


「そんな水くさいこと言わないでください」


なぜか、プイッと顔を背けてしまった。

もしかして、カミーナってば、ツンデレさん?

俺はニヤニヤと笑ってしまった。


「静かに皆さん!」


突然、隣を歩いているポストフが緊張した声で、警告を発してきた。

一同に緊張が走る。

俺たちは、息を潜め、木陰へと身を潜めた。


俺たちが歩いていた道を、何人かの人影がやってきた。

あの姿には見覚えがある。


ゴブリンだ。


たしか、ゲーム内では要領が悪いという設定だったので、とりあえず様子を見る。


俺たちが隠れている雑木林の側を、槍や剣で武装したゴブリンの集団が歩いていく。


ここでゴブリンを仕留めるか、それとも、隠れてやりすごすか、という二つの選択肢が脳裏に浮かんだが、この状況での戦いは下策。

今回はいかに隠れてやりすごすかに集中する。


だが、周囲を警戒しているゴブリンたちは、執拗に森の中を探索している。

お前たち、要領が悪いっていう設定じゃなかったのかよ!

思わず叫びたくなる。


しかも連中、なんだか、鼻をひくつかせているが。

もしかして、ゴブリン、鼻がよい、とか……。

まさか、そんな設定ない……よな。

まさか、な?

……ま、待て待て待て。

……やばいやばいやばい。


緊張のあまり、思わず、もっと見つかりにくいところに隠れようと、少しだけ動いた拍子、バランスを崩してしまい、一歩だけ、勢いよく地面を踏んでしまう。


……パキッ。


何かを踏み折った音が、あたりに響いてしまった。


ゴブリンたち一行は、その音に敏感に反応し、警戒感を高める。

周りのポストフや、カミーナたちが、視線をかわし、弓や、短剣を持つ手に力を込める。


……あぁ、もうだめだ、と思った矢先、俺の足元から、かわいらしいウサギがひょっこりと現れ、ゴブリンたちの方へと飛んで跳ねていった。


ゴブリンたち一行は、そのウサギを見るや、獲物に完全に興味を失い、俺たちに特に気がつくこともなく、どこぞへと姿を消した。


その後ろ姿が消えてからも、俺の身体中には緊張が残る。

そして、ゴブリンが消えてから、だいぶ時間が過ぎさった後、みんなの身体から、徐々に力みが消えていく。


はぁー、緊張した。


俺はあまりにも力強く拳を握りしめていたので、手のひらの中は汗でぐっしょりだ。


しかし、先程、ゴブリンの近くに、紫色の髪の毛をした女の子がいたような……。まぁ、気のせいか。


……こうして、ゴブリンたちの一団をやり過ごした俺たちは、少しだけ休息をとった後、また行軍を開始した。


結局、俺たちはその後、新たな追手に出会うこともなく無事に、『黒の森』を抜けることができた。


森林を抜けるのに、尖った葉っぱなどで浅い切り傷なんかを身体のあちらこちらに負ってはいるが、こんなもの全然平気だ。

むしろ名誉の勲章だといってもいい。


ただ、メイド服があちらこちら破れ、人が見たら、ちょっとした嗜虐心をくすぐられる格好にはなってしまっているが。


エロゲーならば、きっと良い感じのイベントCGが出来上がっていることだろう。

そう、まるで、鞭でいたぶられた後のような、ボロボロな格好だ。


俺たちは、無事に『黒の森』を抜けて、砦の反対側にある集落の民家へと転がり込むや、少しだけ休憩をさせてもらった後、近くまで偵察に来ていた、近隣の砦の兵士たちと幸運なことに合流ができた。


「姫様、ご無事でしたか!」


「カミーナやポストフたちのお陰で、なんとかね」


出迎えにきた兵士たちが感涙に咽ぶ。


俺たちが護送されて近隣の城塞の中へと入ったとき、安堵のあまり、腰が抜けてしまった。

怖かったことは事実なんだが、それよりも、俺の中では無事に災厄から逃げ切れた、という安堵感の方が上回った。


そして張りつめていた緊張の糸が切れてしまったので、さすがにもう立っていられなかった。


「姫様、大丈夫でございますか?」


腰を抜かした俺の側へとカミーナが駆け寄ってきた。


「……ははははは」


俺は言葉を発することが出来なかったので、ただ、笑うことしかできなかった。


そう。俺は心の中で喝采をあげていた。


やった! やった! やったぞ!

俺は運命に打ち勝ったんだ!


……だけど、運命とは残酷なもので、まぁ、そんな感動は、長続きはしなかったんだが。


◆◇◆◇◆


「申し訳ございませぬ、魔王様」


「……ふむ」


シュガークリー王国襲撃の顛末についての報告をサイクロプスが恐る恐る上奏する。


襲撃自体は完璧で、魔王軍にはほとんど被害がない。

相手の軍に関しても、たいていは軽く蹴散らすことができ、さらにはパプテス王国の王子ら重要人物の捕縛にも成功したので、全体としては文句がつけようがない作戦の成果だ。

ただ、上奏する作戦総監のサイクロプスにとっては、そんなことなど些事にすぎず、魔王が気にかけていたただ一点が達成出来なかったことに関し、自分の首がいつとんでも、まったくおかしくない状況である、と覚悟していた。

そう、魔王の逆鱗にふれれば、サイクロプスの首など物理的に簡単にふき飛んでしまうのである。


「……シュガークリー王国の姫、ソニヤなのですが、砦内に絶妙なタイミングで火を放ち、まるでこちらの手のうちを読んでいたかのように最も警備が手薄で、しかも混乱していた南の城門を突破いたしました」


「……ほう」


珍しく魔王の瞳が輝く。

彼が下界のことに『興味』をいだくなど珍しい。


「……人間の小娘だと侮っていたが、なかなか興味深い」


「しかも、南の城門にて生け捕りにしました捕虜を尋問したところ、ソニヤはメイド服を着込み、カモフラージュをした上で、南の『黒の森』を目指した、と」


「ふむ。用意周到なことだな」


魔王の瞳が、爛々と輝く。


「……そして、申し訳ありませんが、やつらを取り逃してしまいました。内通者からの情報によれば、森を抜けた別の城塞へと匿われている、と。いかがいたしますか。魔王様。我が軍の戦力なれば、いかようにもできますが」


「……よい」


「はっ!」


「此度の遠征、奴等への見せしめ。これ以上の進軍は認めぬ」


「御意」


「では、下がれ」


「はっ!」


サイクロプスは、自らの失態が免れたことに安堵の息をそっと吐き、急ぎ、御前より退出する。


「……おもしろい」


玉座に一人座っていた魔王様が、独り言を呟いた。


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