第四十二話 まおーさま ごたいじょー
「ま、魔王だと! 衛兵! 衛兵!」
「た、助けてくれー!」
「きゃー! 魔王様、すてきー!」
王族連中の悲鳴(?)が響き渡る中、周囲を固めていた全身鎧の衛兵たちが、王族たちを守るために前方へと飛び出してくる。
そして、回廊の方からも続々と援軍が集まり、魔王の周囲が槍衾に覆われる。
私も、鎧騎士の間に隠れるようにして、そーっと、前を覗き見る。
衛兵たちは隊伍を組み、槍を一列に構え、そして、一斉に魔王へと槍を突き入れる。
……まあ実体がないホログラムなので当然なのだが、その刺突した槍の穂先は、意味もなく空を切る。
「ふっ。礼儀を弁えぬ、蛮族どもだな」
そういって、ホログラムの魔王様が手をすーっとあげると、衛兵連中は次々と意識を失って昏倒していった。
私は、他の些事などには目を向けずに、居眠りを決め込んでいる魔王をじっと観察してみた。
ときたま、手を右や左に動かしている。
これは何か魔法でも使っているわね。
もはやホール内の最初の恐慌状態は鎮まり、今はただ恐怖だけがこの場を支配をしている。
オクトーバー司教は、苦渋の表情を浮かべながら、コートの裾に腕を入れ固まっている。
だが、そのオクトーバーを始め、誰もが身じろぎ一つしない。
魔王の本体がどこに潜んでいるのかわからない状況であり、さらに何かしたところで、防ぐことができない魔法攻撃の餌食になることがわかっているからだ。
恐ろしいまでの静寂が室内に充ちる。
まるで、最初に物音をたてた人間に対して、魔王が牙をむき、襲い掛かるのを警戒しているかのように。
そんな中、周囲が萎縮しているのを威厳をもって眺めながら、魔王様が宣う。
「千年の自治を人間族に許してきたが、間もなく期限を迎える。……此度はその自治の結果を確かめにきた」
そして、魔王のホログラムは手元のワイングラスを弄びながら、周囲に視線を向ける。
「ただ、そなたらにも、千年の永き時の出来事を集め分析をし、そして報告書をまとめるのに時間もかかろう」
そうして魔王は一つ頷いた。
「そこで、寛大な余は、そなたら人間にしばしの猶予を与えようと思う」
周囲を見回してみると、何人かの連中が頭を垂れている。
内通者なのか、事前に話がわかっている連中なのか、はたまた、単に魔王の威光にひれ伏しただけなのかはわからないけれども。
でも、なんとなく腑に落ちないことがある。
私は一つだけ疑問があったので、挙手をしてみた。
実物の魔王様(居眠りしているように見える)の方を向いて質問をするのはさすがにまずいと思うので、一応、ホログラム魔王様の方を向いて話す。
「すみませーん。一つだけ質問させてくださーい」
「……む。アイ……。何かな人間族の少女よ。質問を許す」
「ありがとうございます。さて、私の質問は一つだけです。なぜ、私どもの城、シュガークリー国へと攻め込んだのですか? 前交渉もなく、奇襲的に?」
あえて空気を読まない感じに発言をしてみた。
眼の端で、居眠りをしているふりを続けている魔王様(本体)が、身体を捻ったりするのが見えたが黙殺する。
なんだか、魔王様の集中がところどころ途切れているのか、ホログラムがたまにぼやける。
「むう……。余は交渉の使者を何カ国かに事前に送ったのだがな」
「我が国へは?」
「余は自治区内の政治制度には立ち入らぬことになっていてな。登録されている国のみであるな」
「登録されている国……」
「左様。使者を送ったもののまともな返事がなかったものでな。催促の意味もあって、仕方がなく自治領の端へと兵を進めたのよ。……まあ、余の協力者たちの推薦もあったが」
えー。それじゃあ、うちの国ってば、地政学的に魔王領に近かったからという理由だけで、襲われたの? それって本当に単なるとばっちりじゃない。もしくは、宰相たちの悪巧みの結果といえるのかな。
しかも、その城にたまたまいた、というだけの理由で慰みものにされるところだった、私。
あまりにも可哀想過ぎる。
「他には質問はないかね? ……ふむ。なさそうであるな。さて、先ほど話した猶予の期間としては、寛大な余は半年を与えることにする。どのような結果が出てくるのか楽しみにしておるぞ、人間たちよ」
それだけ言って魔王の幻影は欠き消えた。
そのあとは本当の意味での怒号が飛び交った。
「どういうことだー、誰か説明をしろー!」
「千年も昔のことなんて時効だー!」
「魔王様ステキー!」
とかまあ、周囲のこの阿鼻叫喚の状況を眺めていると、もうこの会議では何も決められないなあと思う。
「……えー、皆様。此度の会合ではございますが、いくつかの国の代表の方から、本国へと照会をする必要があるので、閉会の申し出がございました。我が教会といたしましても、事の重大さに鑑みまして、いま一度、考えを整理するための冷却期間を設ける必要があるものと思料いたします」
オクトーバーが、声を張り上げた。
「これにて閉会いたしますので、各国に戻られた後、今後のお考えをまとめていただき、我々教会の方へと後日、ご連絡いただければと思います」
あー。まあそうなるよね。
でも教会を介しての各国の話し合いをするって言ったって、もうこれだけ、各国、裏がありそうだと、疑心暗鬼にかられてしまっているから、纏まるものも纏まらなくなるだろうなー。
しかし、じゃあ、今この瞬間に決めてくれと言われても、話のスケールが大きすぎて、今来ている代表団だけで決めるには荷が重すぎる。
もう、西方諸国家で、まとまった戦略は立てられないんじゃないかとすら思われる。
しかし、それでも、私は心の中に、ある一つの『想い』だけが膨らんでくるのを自覚する。
そう。とりあえず、我が国へと魔王軍が襲いかかったことで受けた被害についての賠償金を、魔王からの連絡を受けて黙殺していた国々へと請求したい。切実に。
それと、これが最も大事なことだけれど、私が受けた精神的な被害に対する慰謝料。これはとても、そう。とても高額だ。
……くくく。賠償金と慰謝料をあわせてたっぷりと請求してあげるわ。しかも倍返しで。
心の中で、暗い暗ーい、情念が燃え上がるのを自覚した。
◆◇◆◇◆
会合が終わった後、宿泊施設へと一度戻り、とりあえず、死んだように眠った。
魔法の素養がない人間が、魔法を強制的に使うと、その反動として、体力やら、場合によっては生命、寿命すら失いかねないのである。
ベリアルの魔法を最大レベルで使うと、私の命なんかでは到底、購いきれないので、最小限に絞って使ってもらっている。
それでもやはり反動で、体力を使いつくし、このように精も根も尽き果ててしまう。
で、次の日。私は自らの生命を削って、またもや魔術を行使してもらうことにしたのだ。
「ソニヤ様、顔色が悪いのですが大丈夫ですか?」
「ん。ちょっと気分が優れないだけだから、大丈夫よ」
カミーナが心配して声をかけてくれるが私にはやらなければならないことがあるのである。
……オリーブ嬢の家へと、ソニヤ姫が伺うことを事前に伝えてあったので、スムーズに客間へと通された。
隣国シュガークリーの姫が、ライナー王国の王家にも繋がる公爵家を訪問するとあって、現当主の公爵を始め、皆さんが出迎えてくれた。
彼らに一通り挨拶をした後、オリーブ嬢と会談をすることになった。
年が近い彼女と是非とも親交を深めたい、という名目で。
「ようこそいらっしゃいました。ソニヤ姫。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます。オリーブ様」
部屋の中へと通される。
そして、ソファーに着席し、召使いが持ってきたお茶を一口飲み、唇を湿らせる。
「……ところで、ソニヤ様。私にお話がある、ということでしたが」
「はい。是非ともお話ししたいことがありまして」
「……ところで、ソニヤ様とは先日の会合でお会いしたかと思うのですが、他にもどこかで……?」
私の方を見ながら、小首を傾げるオリーブ。
今回は前以上に『偽装』の魔術強度を抑えているので、違和感がより強いのだろう。
でもまあ、もうこの部屋にはオリーブしかいないので、不可視状態のベリアルに合図を送って、『偽装』を解除させた。
「きゃっ!」
いきなり、目の前のソニヤ姫が、他の女性の顔に変身したので、驚きの声をあげてしまうオリーブ。
私はうっすらと微笑んだ。
「ごきげんよう、オリーブ様」
「あ、あなたは、アインスとかいうマオール様の下女! な、なぜ、あなたがソニヤ姫になりかわって!?」
私が魔法を行使した、つまり魔女であるとでも思っているのか、オリーブの声音には若干の恐怖の色が浮かんでいる。
「アインスというのは仮の名。この私こそが、正真正銘のソニヤ姫ですよ」
そういって、ニッコリと笑ってやった。
「……ひっ!」
なぜか、腰が砕けたようにして、その場にしゃがみこむオリーブ。
「……。まあ、いいでしょう。さて今回、こうしてオリーブ様にお会いしたかったのは、魔王様との関係をきれいさっぱりと切っていただこうかと思いまして」
「魔王様?」
「はい。あなたがマオール様に積極的に近づいているのは、魔王狙いだからなのでしょう?」
「!? そ、それは誤解です! あのマオールという方は魔王軍と懇意にしている有力な方だと。そしてあの方に取り入れば、色々な便宜が図っていただける、ということでしたので、最大限おもてなしさせていただいただけです!」
悲鳴のような声をあげる、オリーブ。
「……あら。あなた、あの方がまさに魔王であることを知らなかったのね」
なーんだ。この娘、単に、マオールが実力者だから取り入ろうと思っていただけの小物か。
「あ、あの方が魔王……」
顔面を蒼白にしながら、歯をかたかたと鳴らすオリーブ。
「ま、魔王様のこと、ソニヤ様のこと。だ、誰にも言いませんから! い、命だけは! 命だけは!」
双眸から涙をボロボロとこぼしながら、土下座を始めるオリーブ。
ちょっ。やめてよね。まるで、私が極悪人みたいじゃないの。
何やら、相当、怖がらせてしまっているなー。
私は別にそんなつもりはないんだけれども。
「ふぅー。……ベリアル」
ため息を一つついた後に控えている悪魔を呼び出した。
「……お呼びでしょうか、ソニヤ様」
背後にベリアルが顕現した。片ひざをついて、恭しく頭を垂れている。
「……!」
またもや声にならない悲鳴をあげ、壁際まで逃げ去るオリーブ。
そして、狂ったように首をふっている。
安心してね。と言っても安心はしないだろうから、もうこうなったら、ちゃっちゃと事務的に処理しちゃおう。
「ソニヤが名において命ずる。この娘の魔王に関する部分の記憶を書き換えなさい」
「御意」
「ああああぁぁぁ……」
ベリアルが恭しくお辞儀をすると同時、ベリアルの顔が歪み、そこからいく本もの触手が延び始め、オリーブの方へと絡み付いていく。さながら、蛇や蔦が獲物や樹木に絡みつくかのように。
しかし、魔術の行使には色々なやり方があると思うけど、これは、傍目にもかなりホラー色が強い。もしかして、楽しんでやってる?
「……あ、……あ」
恐怖のあまり、口も聞けなくなったオリーブの顔に触手が絡みついていく。
いく秒かの後、何事もなかったかのように、触手が消え去り、ベリアルが背後で恭しく礼をする。
「終わりました。ソニヤ様」
「あー。ご苦労様。下がっちゃって」
「御意」
出てきたときと同様に、霞のように姿を消すベリアル。
「げほっ」
つい咳き込んでしまう。口の回りをハンカチで拭うと、少しばかり血が混じっていた。
うう。やはり、記憶操作の魔術を私の意思で行使してもらうには代償が大きすぎる。耳鳴りがして、頭もガンガンするし。
「オリーブ様。オリーブ様」
痛みに耐えながら、とりあえず、オリーブを起こす。
「……。あ、ソニヤ様。すみません。突然倒れてしまい申し訳ありません。少しばかり調子が悪いみたいでして」
「ふふ。良いのよ」
「……えーと、私達何の話し合いをしていましたか……?」
「安心して。ちょっとした世間話よ。さて、私もそろそろお暇させていただくわ。あなたも少し疲れているようだから、お休みになりなさい」
「……はい。ソニヤ様」
「ふふ。ところで、あなたの弟さん、可愛いわね。大事にしてあげなさいね」
「? ……はい。もちろん」
そういって、オリーブ嬢が満面の笑みを浮かべた。まるで憑き物が落ちたかのようで、曇っていた瞳がキラキラとクリアになっている。
私は一つ頷いた。
なんとか更新できました。
やっぱり、遊びまくると執筆時間がとれないですね。。。




