第四十話 しんぺんちょうさ
シュタイン君の頼みにより、彼の姉オリーブ嬢の魔王軍への協力阻止に助力することになった。
まあ具体的に何をするのかは謎だけど。
「では、シュタイン様。まずは証拠などはあるのでしょうか?」
「ええと、それは……まだないです」
「証拠がないのでしたら、シュタイン様の誤解、という可能性は?」
「……この前盗み聞いてしまった話の内容や、うちに新たに出入りするようになった業者の身辺調査をしてみたところ、裏社会との繋がりのある人物でしたし……」
「つまり、状況証拠としては、とても怪しい、と」
「そうなります」
彼も明確な物的証拠があるわけではなさそうだ。
盗み聞きした内容や、近辺に現れる人物の身辺調査をした、その断片から推測しているという段階ね。
「それでしたら、まだ疑惑の段階ですよね」
「……それは否定しません。ですが疑惑の段階でも相当に問題ですし、しかもそれが本当だった場合には目も当てられません。それに私個人としては……」
そこで、目を伏せるシュタイン君。
まあ、心証的には真っ黒、と。
「……シュタイン様のご懸念はわかりました。しかし、私に協力してくれ、というのは発想がやや飛躍し過ぎかと思うのですが。しかも私は部外者ですし。あっ! 当然秘密は厳守しますよ。私はこれでも口は固い方なんです」
えっへん、と胸を張ってみる。
「私はこれでも人を見る目はありますよ、アインス様」
シュタイン君がはにかんだ。
窓から差し込む太陽の光が、シュタイン君の栗色の髪の毛にあたってキラキラと輝いてキレイだ。
「……それと、この話をあなたにするのは心苦しいのですが。あなたと共に我が国に来られたマオール様。あの方は、魔王に相当に近しい重要人物らしいのです」
「……。!! ま、マオール様が」
いったい、何を当たり前のことを言っているんだ、と思ってしまい若干反応が遅れてしまった。
普通の人ならば、自分の連れが魔王関係者だと指摘されれば驚くだろうしね。
驚いた顔を急遽つくってみた。
……しかし、重要人物か。
近しい人物というか、まあ、本人だしね。
シュタイン君。断片的な情報から推測しているだけのはずなのに、ほぼほぼ正解までたどり着いているのは、正直すごいな、という印象を受ける。
たぶん、この子は天才だ。
でも、どうしようかなー。
「では、シュタイン様の推測が正しいとして、仮にオリーブ様と魔王一派との繋がりが判明したといたします。でも、それを公にすることは、公爵家にとっても大変な醜聞。正義感だけで動くのは得策ではないとも思いますが?」
ここは年上のお姉さんとしての貫禄を見せつけてやるために常識的な指摘をしてあげる。
「……そうですね。私も次期当主の身。お家を守らねばなりません。ですが、このまま姉を放っておけば、それこそ、我が家の一大事。いえ。ここライナー王国の消えない汚点ともなるでしょう!」
あー。うちのシュガークリー国では、かなりの有力者(宰相含む)も魔王シンパだったし、ギルドとも不可侵条約を結んでいるくらいだから、そこの陣営に他国、しかも小国の公爵家の娘が一人くらい追加されたところで、問題にはなりにくいかなー、なんて思っちゃうけど。
でもまあ、シュタイン君、君は真面目なんだね。
ふふっ、と、優しい微笑みをついつい浮かべてしまう。
「な、なんですか、アインス様。急に笑い出したりして」
少し、早口にいうシュタイン君。
でも、ほっぺは真っ赤で、恥ずかしそうだ。
「……いえ。あなたのような方がいれば、ライナー王国は安泰だな、と安堵いたしました。……よろしいでしょう。ことの真偽はさておき、まずは情報収集をいたしませんと。生憎、私は屋敷から出ないように、と言い含められておりますが……」
「大丈夫です。僕と一緒に行動をしていただければ、じゃまはさせません!」
顔を真っ赤にしながらも健気に話しかけてくるシュタイン君。
私はそんなシュタイン君の栗色の髪の毛を優しく撫でて上げた。
嫌ではないらしく、くすぐったそうな顔をしている。
「ふふ。では、お願いしてもよろしいかしら、騎士様?」
「は、はい! このシュタインにお任せください!」
目をキラキラと輝かせ、私の手をぎゅっと握ってきた。
うーん、かわいい子や♥
◆◇◆◇◆
「……あれは、単におしゃべりをしているだけのようにも思えますが」
カフェで端の方の席に着席し、慎重に、オリーブ嬢と魔王とがお茶を楽しんでいるのを遠目に観察する。
まあ専ら笑顔を浮かべているのはオリーブ嬢で、魔王はいつもどおりの仏頂面だが。
というか、あの顔はあまり楽しんでいない顔だな。間違いなく。
「アインス様。断定は危険です。もしかしたら、私たちを欺くために普通を演じているだけかもしれません」
演じる必要なんてないと思うけどなー。
それに魔王はあんまり細かいことを気にする質ではないし。
私たちも紅茶を注文した。
シュタイン君はミルク派らしく、紅茶に牛乳をたっぷりと入れて飲んでいる。
あ、ちなみに私はミルクや砂糖をたっぷりいれて飲むのが大好きです。
それに、ドライフルーツたっぷりのケーキも頼んだ。こちらにも蜂蜜をたっぷりとかける。
「……アインス様のケーキ。とても甘そうですね」
「とてもおいしいですよ? シュタイン様もいかがです?」
「遠慮しておきます。……しかし、二人が何を話しているのか聞き取れませんね。もう少し近くに行きますか?」
「それだとばれちゃいますよ。あ、それと、私のことを呼ぶときに『様』付けなんて不要ですよ」
「それなら私も『様』付けはいりません」
「うーん。じゃあ、シュタイン君と呼んでもよいですか?」
「はい! では、私……僕もアインスさん、と呼んでも良いですか?」
「どうぞどうぞ。好きなようにお呼びくださいね。シュタイン君」
「はい」
少し照れ臭そうだ。
そんなやりとりをしていたら魔王たちのところで、動きがあった、オリーブ嬢の近くに大柄な男が近寄り、その耳元に顔を近付け、なにやら報告をしている。
そして、こちらに目を向けてきた。
オリーブ嬢の目がギロリとこちらをにらみ、非友好的な眼差しが向けられる。
そして、その視線の方向を追って、魔王もこちらを凝視した。
「お。アインスじゃないか。なんだ、お前もここに来ていたのか。声を掛けないなんて、水くさいぞ! それと、このガキは誰だ。ん?」
そういって、私たちの空いているところの椅子に、私の許可もとらずにどかっと座ってきた。
「!! ま、マオール様であらされますか。私はオリーブの弟のシュタインと申します」
直立不動で立ち上がり挨拶をするシュタイン君。
「ん。まあ、よろしくな。坊主」
気楽に手を上げ、挨拶をする魔王様。
とりあえず、名前を覚える気はないんですね。
ひとしきり挨拶をした後、魔王が街中で見つけた面白いものを色々と説明してきた。
なんでも、ライナー王国では美術館や博物館が整備されており、王都にも立派なものがあるらしい。
そして、今度そこを見てみよう、という話になってしまった。
「……ところで、マオール様はこちらで何をされていたのですか?」
「ああ。オリーブの知り合いに頼んでな、会合の席を確保してもらった。これで、俺も潜り込めるな」
どや顔で魔王様が言いはなった。
どうやらオリーブ嬢をたぶらかして、例の会合の席をちゃっかりと確保したみたいだ。
ぬぐぐ。このままだと、会場で、ソニヤ姫として本当に魔王と鉢合わせになるんじゃないか?
どうにか、先に手をうっておかないと。
「ま、マオール様! この後は、先ほどお話した方と!」
聞き耳をたてていたらしく、じっと静かにこちらのやり取りを聞いていたオリーブが急に話に割り込んできた。
「あー。そうだったな。ま、仕方がないか。……というわけで、アインスよ。俺はちょっと野暮用があるからこれから出かけねばならん。お前は抜け駆けなどせずに、ちゃんとオリーブの家で待っていろよ」
「……あー、はい」
「じゃあ、またあとでな」
そういって、手をヒラヒラとさせて、外に出て行ってしまった。
それを見送っていると、オリーブがいつの間にか近くまでやって来ていた。
その瞳には怒気すら混じっている。
「あー……」
何か言おうとしたが、あまり言葉が浮かばない。
「シュタイン。これはどういうことか、と聞きたいところですが、私もこの後、大事な用事があります。あなたもすぐに帰宅なさい」
「……僕がどこでなにをしようと、姉さんには関係はないです」
「ふん。言うようになったわね。ま、いいわ。でも、私の手を煩わせることだけはやめてちょうだいね」
そういって、出て行ってしまった。
「もしかして、お姉さんと仲が悪い?」
「昔は優しい姉だったのです……」
悲しそうに俯いている姿が、少し可愛そうだ。
◆◇◆◇◆
ことことと石畳の上を馬車が走っていく。
目の前のシュタイン君は膝の上に手をおき静かにしている。
私はその手をそっと握って上げた。
「……昔は姉は優しかったのです」
「うん」
「ですが、ある時から急に荒れてきて、去年の王子の婚約発表の日を境に、人間が変わってしまったようになってしまったのです」
「……あー」
「僕は、その頃から魔王一派の影を確認するようになりました。時期的なことからも、姉さんがそのあたりから魔王一派に操られているものと推測しました」
「ん」
「なので、魔王一派と手を切ってくれれば、あの優しい姉さんが戻ってきてくれんじゃないかと」
「……えーと、つまりシュタイン君はお姉さんが魔王たちに騙されている、と」
「……はい」
とりあえず、オリーブ嬢が被害者みたいな感じで話しておくが、当然、私の頭のなかでは別のシナリオが浮かんでいる。
あなたのお姉さんは騙されているのではなく、自発的に協力をしているのよ、と。
しかし、公爵家の令嬢か。
たしかに符合は合致するな。
しかも、王子の結婚って。
「……もしご存じでしたら教えていただきたいのですが、もしかして王子の結婚相手って」
「僕も細かい話はわからないんですけど、あまり身分は高くないみたいです。一応貴族だ、という話ですが、噂話では養子に入って貴族になっただけで、平民の出ではないか、とか。あ! すみません。アインスさんを侮辱しようとかそういうのではないです!」
「大丈夫ですよ、シュタイン君。私は気にしませんから」
穏やかに微笑みながら、シュタインの手を優しくなで続けた。
しかし、私の中では疑念が確信に変わったので、魔王たちと手を切らせるためには、少しばかり、オチャメな手段を取らないといけないことだけはわかった。
でも、自分で主体的にアレを使ったことがないので、少しだけ怖い気持ちもあるが。
「とりあえず、今度、王都で開かれる教会主催の会合があります。お姉さんのことは、そのあとで、私がなんとかしますから。そこまでは辛抱してくださいね」
「アインスさんが?」
「私にいい考えがありますので、お任せください」
私は精一杯にニヤリ、と笑ってみせた。
更新しましたー。
とりあえず次回更新も来週を目標に。
でも、そろそろ別作品も同時並行で書き始めるかも?




