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第三十九話 らいなーおうこくでのであい

「こちらはマオール様のためだけにご用意させていただいた最高級品になりますの。是非とも御賞味下さいませ」


机を挟んで反対側に座っている美女が、微笑みを浮かべながら、魔王へと話しかけている。

先ほどからこちらには、一瞥すら向けてこないが。


「うむ。これはなかなかの味だな。そうは思わんかアインスよ」


カップに入っている琥珀色のお茶をすすりながら、チラリと魔王の方を一瞥する。


「そうですねー」


とりあえず、話をふられたので同意だけはしておく。

ライナー王国はお茶の著名な産地らしく、さらに、今の時期は一番美味しい茶葉がとれる時期だとか。

でも私はそんな繊細な舌べらを持っているわけではないので、ある一定のレベル以上になると、どれも同じようにおいしく感じてしまうので、なんとも評価しづらい。


「お口にあえばとても光栄ですわ。ところで、マオール様は……」


目の前の美女がなんとか魔王の気を引こうと懸命に話しを続ける。なかなかに涙ぐましい努力だ。


「俺はこのキュウリのサンドイッチをもらうぞ。お前はタマゴのサンドイッチな」


「はぁ」


魔王は美女のそんな繊細な駆け引きなどには一切気付くこともなく、いつも通りマイペースを貫いている。

サンドイッチの味は割と普通で、可もなく不可もなくといったところね。

それよりも、このサンドイッチがのっている磁器の、赤や青の花柄の意匠の出来映えが素晴らしく、どこかでお土産として買っていきたいなー、などとどうでもよいことを考えていた。


現在、私たちは目的地でもあるライナー王国の首都へと予定より三日も早くに到着してしまったので、シュガークリーの一団はまだ到着していない(正確には先見隊はいるが、紛れ込むのが難しい)。

合流するにはまだ少し時間が早すぎるということで、ライナー王国の首都にて時間を潰すことになった。


魔王様は町中へと入るための入場手形をどこからかちゃんと手に入れていた。

街の入場門にて衛士たちが、その手形を見たときのあのあわてふためき具合から想像するに、相当、レベルの高い特権を手に入れてきたな、とは予想できた。

なにしろ、ボディチェックの一つもなかったし。


……しかし、これは。


私たちの目の前。机を挟んで反対側に座っている、品の良さそうな美女を観察する。


なんでも今回の旅のパトロンの娘さんらしいが、どう考えても為政者層の人間だろう。

そして、彼女にしてみると、今ここにいるメンバーの中では、一番、素性の知れない人物は、たぶんこの私で間違いはないだろう。

周囲の彼女の従者と思わしき人々からは品定めされるような視線がちくちくと突き刺さってくる。

ちなみに、旅の時に一緒にいた、例の喋らない魔王の付き人たちは、町に入る少し前に、いつの間にかいなくなっていた。それこそ存在が最初からなかったかのように。


「アインス。このふたつに分けたパンの小さい方をお前に下賜してやろう」


「……はぁ、ありがとうございます」


魔王の声で現実に引き戻される。

この目の前のお嬢さんは、先ほどから私と視線すら合わせてこない。どうやら、私という存在を徹頭徹尾、無視するつもりらしい。

まあ、下々の者とは会話すらしたくないという信念でもあるのかもしれない。

それならそれでこちらとしてもボロがでなくて助かるのだが。


「アインスよ。お前は先ほどから生返事ばかりだぞ。疲れているのか?」


「そういうわけではないのですが」


気疲れはしているかもしれない。


「……ところで」


目の前の美女がキラリと瞳を光らせ、ついにこちらに視線を向けてきた。

微笑みをたたえ、慈愛深い声音とは裏腹に、その視線は刺すように鋭い。

どうやら決戦の火蓋が切っておとされたらしい。


「マオール様。そちらの女性はどのような方でしょうか」


ついにきたか!

ここで応対を一つ間違えると、後々、色々と面倒なことになりそうだ。


「うん。アインスか? そういえば、お前たちはお互いの挨拶がまだだったな。……とりあえず、こいつはアインス。まあ、俺にとって便利な奴というか、そんな感じだな。そして、こいつはオリーブ。ここライナー王国の公爵家の娘だ。たしか、現国王の姪だったよな」


「左様でございます、マオール様」


そういって、恭しく礼をするオリーブ。

しかし、魔王様、色々なところにコネクションがあるのですね。しかも、国王の姪である公爵令嬢自らが接待って、正直ドン引きです。

ライナー王国は、取引が活発で、農業の産業が栄えている国で、シュガークリー王国よりも、やや国土や人口が多い。だが、それでも大国と呼べるほどでもなく、うちとはドングリの背比べだと思う。


「とりあえず、予定の会合まではしばらく時間があるからオリーブの家のところで世話になることにした。アインスも俺と行動を共にしてもらうことになるからそのつもりで」


「え? そうなのですか?」


一応、資金は余裕をもって持ってきているので、三日くらいならば、大過なく適当に過ごせるのになー。

久しぶりの自由の日々。観光でもと思っていたのに。


「そちらの方もご一緒に、でございますか?」


平静に見えるオリーブ嬢だが、その瞳には、こちらに対する好意的な色は見えない。


「ああ。こいつも客として扱ってくれよ」


「……承知いたしました」


何かをぐっと我慢するような声音だった。

私としては、この場で、お気になさらずー。私は自由にさせていただきまーす! とか、能天気に言いたかったのだが、どう考えても、そのような戯れ言が言えるような雰囲気ではない。

仕方がないので、借りてきた猫のように大人しく弱々しい声で返事をした。


「あ、あの。ど、どうぞよろしくお願いいたします……」


一瞬、殺気に満ちた視線を向けられたような気もしたが、気付かなかったふりをして、微笑みを返した。もしかして選択肢ミスった?

い、胃が痛い……。


◆◇◆◇◆


……とりあえず、半日、放置された。

欲しいものがあれば、従者の人に頼めば、すぐに持ってきてくれるのだが、外出は中庭に制限され、街中へと出歩くことは許されていない。

曰く、お客人を警護する兵の数が足りないので外出は控えて下さるように、とのことだ。

明らかに軟禁よね?


ま、三食昼寝付きの身分と思えば、腹もたたないか。

そう思考を切り替えて、とりあえず、お茶とビスケットを持ってきてもらい食す。


うまい。


何もすることがないので、オリーブ嬢の屋敷の書庫へと案内してもらい、読書でもすることにした。


書庫から、面白そうな神話関係の本と、ライナー王国の歴史の本を借りて自室で読んでみた。

まあまあ面白い。


ビスケットを口に咥え、片手にお茶のカップを持ち、挿し絵がいっぱいの神話関係のロマンスものの英雄譚を読んでいると、なんだか、ダメ人間ライフを堪能しているような気になってくるが、気にしたら負けだと思って、能天気に本を読み続ける。


……こんこん。


そんなとき、ドアがノックされた。


「はい、どうぞ」


「失礼します」


可愛らしい小さな男の子が部屋に入ってきた。しかも一人だ。

品が良さそうな子供で、着てる服も絹の高等な代物であり、まかり間違っても使用人が着ることができる服ではない。

そう考えると、オリーブ嬢の身内なんだろうな、と見当をつける。


「ええっと、あなたは?」


「名乗りが遅く、申し訳ございません。私はライナー王国シュガット家の次期当主。シュタインと申します。オリーブは私の姉です」


「まあ、オリーブ様の弟君であらされますか。どうもご丁寧な挨拶をありがとうございます。私は、シュガークリー王国からやってまいりましたアインスという者です。ソニヤ姫の奉公人を勤めさせていただいている商人の娘ですので、私に敬語など不要ですよ」


「いえ、女性には常に礼儀正しくあれ、というのが我が家の家訓です。それに、アインス様は我が家の客人。どうして、粗末な扱いができますでしょうか」


……すごい。

この子、見た感じの年齢は七、八歳くらいなのに、すでに、完璧な処世術を付けている。

それに、この端々から滲み出る気品。


……おかしい。

私の周りにも貴族が多かったのに、こういった滲み出る気品、風格といったものがここまで洗練されている者にはなかなか出会えない。

そういった意味で、このシュタインという少年は稀有な存在な気がする。


「では、シュタイン様。どのようなご用件か、お伺いをしても?」


「……はい。ところで、不躾な質問をよろしいでしょうか?」


「質問にもよりますが、なんなりと」


そこで、緊張をほぐすために、カップにてお茶を一口含む。


「これだけははっきりさせていただきたいのですが、アインス様はあのマオール様とはどのようなご関係で?」


ぶーっ!


口に含んだ、お茶をついつい吹き出してしまった。


「げほっ、げほっ!」


「だ、大丈夫ですか!」


「あー、うん、平気ですよ」


気を取り直して、腕を組み、頭を捻る。

うーん、私と魔王の関係か。


「……なかなか、一言で表すのは難しいのですが、知り合い、の域は出ないと思います」


「単なる知り合い程度の者が、一緒に旅に出ますか?」


じっとこちらを見つめるシュタイン君。

うぐっ。

なかなかに鋭い突っ込み。お姉さん、賢い子供は嫌いじゃないわよ。


「そ、そうですわね。……実は、ここだけの話、私、ソニヤ姫の密命を受けて、マオール様の人となりを探っているのです。ソニヤ様がそのような命令をなさった理由は存じ上げておりませんので、わかりかねますが、なんでも重要な任務である、と」


とりあえず、ソニヤ姫に全ての理由付けを丸投げした。秘技、黒幕は全て知っている、である。これで、私がなぜ魔王に付き従っているか、の理由はでっち上げることはできた。ふー。


「!? ……なるほど。きっとソニヤ姫はわかっておられるのですね」


ひとしきり頷く、シュタイン。

何が、わかっている、なのかはわからないんだけど。

そして、顔を引き締めると、私の手を掴み、真剣な声音で話しかけてきた。


「アインス様、私にご協力ください。……私は姉を止めなければならない」


「オリーブ様を?」


「姉は、魔王軍に協力しています」


「……。……!」


とりあえず、ひどく驚き、恐怖しました、といった顔をしておいた。

私にとっては自明なことだけど。この子にとっては自明じゃないよね。

こ、これは、なかなかに難しい状況になったなー。

どうしよう。

顔がだんだんとひきつってくるのがわかった。


とりあえず更新です。

次回更新も来週できるように努力します。

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