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第三十五.五話 閑話 せいきしたち

……時間は少しさかのぼる。


ソニヤ姫が、魔王たちと中央公園にて感謝祭を堪能しているとき、王都トルテにある教会の一室に訪問者があった。


教会の正式な黒の礼装を着た者が二人、オクトーバー司教を訪ねてきたのである。


「久しぶり」


「我らを呼び寄せたということは、ネズミの尻尾を掴んだということか?」


可愛らしい風貌をした、赤茶色の髪の毛の背が低い子と、坊主頭で手足がひょろりと長い、長身の男の二人組だ。


「おお。ジャヌアリーに、ノーベンバーか。思っていたよりも到着が早かったな」


「ま。『飛行(フライト)』を使って文字通り飛んできたからね。しかし、僕たちを呼び寄せたってことは、当たりを引いたってことでいいのかな?」


赤茶毛のジャヌアリーが皮肉めいた声音でオクトーバーに問い合わせた。


「計器が言うにはオーバー十だ。お前らを呼び寄せても、まだ足りないかもしれんがな」


「……この前出会った、悪魔(ベリアル)やもしれんぞ」


坊主頭のノーベンバーがボソッと呟く。


「俺も一応その危惧をしたんでな。対悪魔術式の装備を一通り揃えてある。お前たちも出動時には装備をしておいてくれ」


「取り越し苦労だといいんだけどね」


「拙僧としては、悪魔が相手なれば、我らの面目躍如というもの。是非もない」


「ま。今回は威力偵察だがな。一応、『帰郷(リターンホーム)』の儀式魔術もかけておくぞ」


「……うむ。しかし前回と同じく相手がベリアルであれば、対策を練っているやもしれぬな」


「ベリアル相手なら、対悪魔術式でなんとかなるんじゃないの?」


「それもそうであるか」


ジャヌアリーの軽口に、ノーベンバーが重々しく頷く。


「どうする。演習しとくか?」


「用意は?」


「魔術書で封印してある、脅威レベル十の上級悪魔(グレーターデーモン)ならすぐに用意できるが」


……脅威レベル十であるとオクトーバーは簡単に言うが、そのレベルの悪魔であれば、人間にとり十分以上な脅威であり、小国であればそれだけで国が傾くような悪魔である。


「ま、肩慣らしにはちょうどいいんじゃない?」


「悪魔相手に、肩慣らし。是非もない」


「よし。そんじゃ、ちょっくら待てや」


オクトーバーが、壁際の本棚に近づき、鍵のかかった頑丈な鉄の扉を開け、一冊の本を取り出した。

その本の表紙は何らかの動物の皮で作られているのか、一見生物めいている。

しかも、腐蝕が進行しているからなのか表紙の変色が激しく、さらにトゲやら、牙やらが無数に表紙より生えており、見るからに禍々しい。


「……よし。始めるぞ」


そういって、オクトーバー司教は、本を床におき、墨を使い、なにやら、床に複雑怪奇な紋様を描き始めた。……召喚陣だ。

そして、その召喚陣に、火を灯した蝋燭を置き、香を焚き、さらに首を落とした鳥などの供物を捧げ、抑揚をつけた呪文を唱え始めた。


その呪文の詠唱に伴い、召喚陣に変化が現れた。


「……しっかし、仮にも司教様が、悪魔術にも通じているなんて、敬虔な信徒の皆さんが知ったら驚きのあまり、ショック死しちゃうんじゃない?」


「気を抜くなジャヌアリー。くるぞ」


「ノーベンバーは心配性だねー」


ジャヌアリーは、笑うと、無造作に腰から薄紫色に光輝く剣を抜き放った。

これこそ、彼の二つ名『神剣』の名前の元となった、教会に伝わる伝説の神聖剣『コリコリコルヌ』である。

その刀身には、びっしりと神を讃える『聖言(マントラ)』が刻み込まれている。


「来たぞ!」


ノーベンバーは、武器を持つことなく、その拳を固め、構えをとる。

その動きには一切の無駄はなく、彼が拳法の達人であることを物語っている。


召喚陣の中央に、たちまち四メートルはあろうかという炎の柱が燃え上がる。教会の石造りの建物は堅牢で、その天井は高いが、その炎はその天井まで届きそうな勢いで燃え盛っている。

そして、しばらくすると、その中心に、何者かが現出した。


人間、牛、羊の三頭の巨大な首、赤黒い鎧で全身を覆い、右手には旗を、左手には長大な槍を持ち、異形としか形容しようがない爬虫類的なすべすべした皮膚をもった生き物に股がって現れた。


「……我は、アスモデ。憤怒と情欲を司るものなり。小さきものよ。我を召喚せしはそなたたちか」


「アスモデよ。俺たちは西方統一聖教会に所属する神の敬虔なる僕である。現出して早々に悪いが。神の名において、お前を討たせてもらう」


「ふっ。我を呼び出すだけ呼び出して、滅すると宣言するか、小さきものよ。……よかろう。我の力を存分にその身に教え込んでやろう!」


悪魔アスモデのそのセリフが終わらぬうちに、アスモデの人間形の顔の口が、耳元まで裂け、その強大な口から、紅蓮の炎が吐き出された。


「余裕だっての!」


その炎を軽々と避けたジャヌアリーは、目にも止まらぬ速度で、アスモデの懐に入り込むと神剣を一閃させる。


「ぐぎゃっ!」


その一閃を受けて、人間形の首が切り落とされた。


「小癪な! 深淵より現れ出でし……」


アスモデの牛の首が魔術詠唱を朗々と唱え出した。


「そんな長い詠唱など許さぬぞ悪魔! はぁぁぁぁ! 闘気術! 『百裂拳弾(バーサークブリット)』!」


摺り足でアスモデの近くまで音もなく近づいたノーベンバーが、手足に闘気(オーラ)を纏わせ、拳や蹴りの連撃のコンビネーションを喰らわせる。

しかも、これら拳や蹴りは、悪魔の肉体に直接届いていないものの、その闘気の弾丸が次々にアスモデに叩きつけられる。

この、闘気の弾丸こそが、彼の二つ名『魔弾』の名の元になっている攻撃である。

その魔弾に耐えかね、儀式魔術を詠唱していたアスモデの牛の首が、陥没するように変形し、沈黙する。


「俺もやるしかないかねー」


オクトーバー司教は、両手にもった小刀を逆手にもち、腰を低くする。


「来い! 小さきものよ!」


アスモデは股がっている爬虫類的な生き物の上から、長大な槍を構え、オクトーバーめがけて突き出した。

たいていの騎士であれば、その一撃で致命傷を与えられるような、強力な刺突だ。


「遅いねー」


オクトーバーは、その槍をギリギリで小刀にて受け流し、その勢いのまま、壁を蹴り、天井を蹴り、アスモデの最後に残った羊の首付近まで近づく。


「……絶技『死之舞踏(ダンスマカブル)』」


低く呟くと同時、その姿が掻き消えた。

そして、次の瞬間、オクトーバーは地面に着地すると同時に、小刀を、かちり、と鞘にしまう。


「……お、おぉ」


その鞘にしまう音を合図にでもしたかのように、何かを言いかけた羊の首が、粉微塵に粉砕された。

そして、どうという轟音、地響きと共に、アスモデはその身体を崩れさせる。


そして、はらはらと、その赤黒い鎧の身体と、股がっていた爬虫類風の生物とともに、塵と化して消えていく。


「……よし、少しは暖まってきたか」


「それじゃいこっか」


「少しは骨のある敵が相手だと拙僧としてはうれしいのであるが」


三人の聖騎士は、異形の仮面を被ると、音もなく部屋から消えた。

まるで、これからの狩りが待ち遠しくてたまらない、と言うかのように。


◆◇◆◇◆


……オクトーバーはハンドサインで、結界を張った旨を仲間に知らせた。

ジャヌアリーと、ノーベンバーの二人も、注意深く、公園脇の林道を歩いている三名の者に意識を向ける。


女が二人に、男が一人。


女の一人は相当の武術の達人であり、注意を向けるべき者である。

また、男は、聖騎士の気配探知能力をもってしても一切の気配を感じることができない。

それが逆に、この男こそが本命であることを炙り出せていた。

そして、最後の一人の女は、完全に普通人だ。なんの脅威も感じない。

間違ってこの場に来てしまったのではないかと疑わせるほどだ。


しかし、もう作戦は実施されてしまっている。

仮にここで巻き込まれてその女が死んだとしても、それは、教会にとっては必要な損害であり、許容される。


「気をつけてください!」


女の一人が叫んだ。

そして、前方へと進み出、腰に吊り下げているレイピアを一動作で構えている。


こちらの気配を完全に絶っていたと思ったのかだが、どうやら相手も相当に骨のある人物らしい。

オクトーバーは、仮面の下でにやりと笑った。


「おい。そこに隠れているものどもよ、出てこい」


男が、なんでもないことのように声をかけてきた。

どうやら、奇襲は失敗したらしい。


オクトーバーは、ハンドサインで陣形と、作戦を仲間に伝達すると、音もなく、林道へと姿を表した。

背後でジャヌアリーと、ノーベンバーも戦闘態勢を取りつつあるのが気配でわかる。


……まずは、男を始末し、可能であれば追っ手となる可能性のあるレイピアの女も殺す。最後の素人の女は、場合によっては見逃してもよい。


そんな風に計算していたオクトーバーの耳元に、その素人の女が驚いたような声音で声をかけてきた。


「あ、『聖騎士(パラディン)』の皆さんじゃないですか!」


……どうやら、この女は何かを知っている人物らしい。

始末をするターゲットとして、その女も認識する。


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