第三十五話 ぱらでぃんさん こんにちわ
「……ところで、だ。なぜ、お前たちがここにいるのだ?」
魔王様がちょっと不審そうな声で尋ねた。
俺たち……いや、私たちが、感謝祭の会場である中央公園に向かってみると、そこで、ゼクスとカミーナという珍しい組み合わせと、ばったりと偶然にも、出会ってしまったのだ。
「ふふふ。どうもマオールさん。それに、アインスさん、かな。今は」
「……あ! ソニ……むぐぐ」
侍女のカミーナが何か言う前に、急いで、その口許に手を当てる。
そして、人差し指を口の近くにあて、シー、シーっと静かにするようにカミーナに懇願する。
「……。えー、こほん。こちらこそ、アインスさん? が、今なぜここにおられるのかお伺いしたいのですが」
魔王を見て、一瞬で状況を理解したカミーナだが、私がなぜ、城から抜け出してきたのかと、いきなり問うてきた。
「あ、えーと、それは……」
口を濁す私。
「たしか、お前はアインスの同僚のカミーナと言ったか。久しぶりだな。それと、何か誤解しているようだが、アインスは俺が無理やりここまで連れ出してしまったのだ。すまんが借りるぞ」
私がなにか言おうとする前に魔王が口を開いた。
「お久しぶりですね、マオール様。しかし、マオール様がソニ……アインスさんを無理やり連れ出したのですか。それはちょっと……」
困惑した風に呟くカミーナ。
「……カミーナさん。ここは、僕の顔に免じて、あまり深く探りを入れないでいただけますか?」
ゼクスが隣からカミーナへと微笑みかけた。
「……え。あ、はい。ゼク、ス様がそうおっしゃるなら」
顔を真っ赤にして下を向いてしまう、カミーナ。
今まで、カミーナがこんな顔を見せたことないから、非常に驚いてしまう。
しかし、なんだってまた、この組み合わせで、こんなところに?
自分のことなど完全に棚にあげ、心の奥底から野次馬という名の獣が鎌首をもたげる。
……も、もしかしてこの二人。
どうやら、私のにやつく表情が顔に出てしまっていたらしく、カミーナが、顔を真っ赤にして、手をぶんぶんと振りながら、あわてて言い訳をし始めた。
「ち、違うんです、これは! ゼ、ゼクス様はわ、私の兄弟子なんです!」
兄弟子ー?
んー、とゼクスの顔を見つめる。
そういえば少し前に、カミーナの父親と、知り合いだー、みたいなことをゼクスが言っていたような。
「カミーナさんの父上は、僕の剣の師匠にあたりましてね。『剣聖』なんて言われている方ですから。まぁ、そういうわけで、剣に関しては、同一の師匠の元で修行をしている同門で、僕はカミーナさんの兄弟子にあたる、というわけです」
ふむ。なるほどねー。
そういえば、そんなことをちらと前に言っていたかしら。
しかし、世の中は狭いものねー、などと思ってしまう。
「こ、この前の南方への旅行のときに、ゼクス様が、わ、私の兄弟子だと判明いたしまして。しかも、父が私に常日頃から目標にせよ、と言っていた御方なのです。私の憧れの……」
そこで熱い視線をゼクスに向けるカミーナ。
おいおい。こちらの方が恥ずかしくなってくるじゃないの。
「ふふふ。そこで、僕を慕ってくれる可愛い妹弟子のために、兄弟子としては、何かプレゼントをしなければいけないな、と思いまして」
「か、可愛いだなんて……」
ぶつぶつと何かを呟いているカミーナ。
おーい、帰ってこーい。
「カミーナさんには迷惑かもしれませんが、こうして、買い物に一緒に来たわけです」
「! め、迷惑だなんて……」
下を向きながら、顔を真っ赤にして、カミーナが全力で首をぷるぷるとふっている。
ぐふふふ。カミーナさん。
ツンデレさんかと思いきや、めっちゃ、乙女回路を内蔵しているではないですか。
「ふむ。なるほどな。状況はわかった」
魔王様は、顎に手をあてながら、謎は全て解けた、みたいな顔をされている。
え? あなた、本当にわかっているの?
「……えーと。こんなことを聞くのは野暮かもしれませんが、結局、何を買ったんです?」
「え、えーと。こ、こちらをいただきました」
そういって、カミーナが腰から二振りの刺突剣を見せてくれた。
「……迷惑かとも思ったのですが、事前にカミーナさんのために注文をしておいたのですよ」
「い、いえいえ。迷惑だなんで全然! ……ほ、本当に嬉しいです……」
最後の方は消えいりそうな声で話すカミーナ。
いつものカミーナの覇気がない。
私相手の時の、あの底冷えする声音はどこにいっちゃったの?
「そういえば、『武器』のように、尖っていたり、伸びていたりするものは、心理学的には、ダンコンのメタ……」
「はーい、ストップ!」
私は急いで魔王の口元を手で覆う。
「むぐぐ。いきなり何をするのだ、アインスよ」
「マオール様。それ以上、発言してはなりません」
魔王を見つめるゼクスの瞳が、気のせいか、ゆらゆらと揺れているような気がするので、これ以上、魔王に何かをしゃべらすのは危険だ。
「あ。せっかくですから、ゼクス様と、カミーナさんもご一緒にどうです? 今、ちょうど私とマオール様とでお祭を見て回っておりましたものですから」
とりあえず魔王のお守りを増やすこととする。
私が、マンツーマンで、魔王のお側係としてかいがいしく尽くすような状況は避けたい。
しかも、いちいち色々な疑問を聞かれるものだから、正直鬱陶しくなってきたのだ。
「よろしいですか?」
カミーナが、恐る恐る聞いてきた。
なぜか、私ではなく、ゼクスに。
「……本当に申し訳ありませんが、僕はここでお暇させていただきます。次の用事が入っておりますので」
「お気になさらずー」
私は、手をひりひらと振って、ゼクスに別れをつげる。
「……それならば仕方ありませんね」
心底悲しそうなカミーナ。
「ふふふ。カミーナさん。また、今度お会いしましょうね。それと、アインスさんに、マオール様もまた今度」
「ではな。また今度頼むぞ」
魔王が鷹揚に頷いたところで、ゼクスが去っていった。
「えー、私個人といたしましては、思うところはあるのですが、ゼクス様の手前、これ以上は申し上げません。……しかし、お二人でお祭りを楽しんでいるところ、お邪魔をしてしまって申し訳ございません」
カミーナが謝罪をしてきた。だが、目はまったく謝罪の意思を表していない。
ゼクスがいなくなった途端に元のいつものカミーナに戻ってしまった。
「え、えーと、カミーナさん。変な誤解をしないでいただきたいのですが、別に私はこの方の恋人とか全然違いますからね。単に、こうしてお祭りに付き添いとして一緒にいるだけですから。変な誤解はしないでくださいね? ね?」
本当に誤解しないで欲しい。
私は単なる魔王の付添人、お守としてここにいるだけですから。
いや、もっと言えば、被害者と言えるかもしれない。
「ふむ。まぁ、今回は許してやろう」
腕を組んで、魔王様が首を鷹揚にふっている。
魔王よ。なぜ、そんなに君は尊大なんだ。
「じゃ、じゃあ、せっかくだからカミーナも一緒に見て回ろ」
「……はい」
「うむ」
私の合図にカミーナと魔王が素直に従い、三人でお祭りを見て回ることになった。
薄暗くなり始めたところなので、灯りがあちらこちらのランタンに灯され、ちょっと幻想的な雰囲気だ。
うん。これは、悪くないね。
……しばらく、ぶらぶらと感謝祭の出店を見て回る。
「あ、そこの白身魚のフライと、ポテトをください」
「まいどありー」
「あ、そこの、飴細工ください。ナメクジみたいなやつ」
「これ、一応、青龍だからね。ナメクジとか言われるとおじさん悲しくなっちゃうよ」
「あはは! そうでしたか。すみませーん」
ああ、色々と面白いものが売っており、目移りしてしまう。
「……」
先程からカミーナは黙ったままだ。
なんとなく表情は呆れたものを見る目付きだ。
「……アインスよ。たしかに、俺が付き合ってくれ、とお願いしたのだが、先程からお前ばかり買い食いしていないか?」
白身魚とポテトの揚げ物を口の中いっぱいに頬張りながら魔王の方を見つめる。
「ふへ?」
「いや。もういい」
魔王は一つため息をつき、歩き始めた。
わたしとカミーナもその背中についていく。
うーん、しかし、こういうお祭りの雰囲気は悪くないね。
友人たちと、気軽に祭りを楽しんでいる感じだ。
「……しかし、やはりというか、誰も戦っていないな」
「それは、先ほど説明させていただきましたよね?」
魔王様。その危険な誤解を、早いところ解いておいてください。
「ソ……アインスさん、マオール様。そろそろフィナーレの花火の打ち上げ時間かと」
日が沈んでしばらくたった後、祭はフィナーレを迎えた。
巨大な松明を公園の真ん中で燃やして、回りで様々な衣装を着たペアが踊っている。
この踊りが終わった後に花火を打ち上げて祭りは終わりだ。
……ふと、なにげなしに思いつき、魔王に声をかけてみる。
「マオール様もご一緒にいかがですか?」
「ふむ。まぁ、この民族舞踊は知らないが、少しだけ試してやるか」
「では、お手柔らかにお願いいたしますね」
くくく……。
玄人の私が、素人の魔王のために、ちょっとだけ指導をしてやろう。
「……ふむ。こんな感じか」
「……な。ちょっ」
私がリードをしてやろうとしたのだが、魔王、めちゃくちゃ踊るの上手だった。
くっ、くやしくなんかないもん!
「……ま、マオール様。な、なかなか上手でしたね」
「ん。あれくらいならば造作もないが。しかし、アインスよ。お前も踊れたんだな。意外だったぞ」
こいつ、私のことをどんな風に思っていたんだ。
「あ。ソ……アインスさん、花火ですよ」
「わっ!」
真っ暗な夜空に、一輪の炎の大火が花開いた。
ああ。元の世界でも、この世界でも、花火は変わらないなー。
そんな風に見とれてしまった。
「よし。そろそろ帰るか」
「はい」
「……アインスさん。帰ったらわかっていますよね」
「……はい」
夜もだいぶ遅くなってきたので、私たちも帰ることにした
公園脇の林道をとぼとぼと歩いて帰る。
しかし、ふと気づくと、私たちの周囲から、人気がなくなってきた。
先ほどまであんなに多くの人間が家路についていたのに。
「気をつけてください!」
突如、カミーナが叫んだ。
そして、私の盾となるべく、前方へと進み出、腰に吊り下げているレイピアを構える。
「おい。そこに隠れているものどもよ、出てこい」
魔王が、公園の木陰に向かって、なんでもないことのように声かけをした。
それを合図にしたのか、木陰から、黒装束の者が三名出てきた。
三人とも顔は奇っ怪な仮面で覆われている。
ちなみに、私には、その仮面の姿にゲームにて見覚えがあった。
「あ、『聖騎士』の皆さんじゃないですか!」
全員が、私の方に顔を向けた。
あ、しまった。




