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第三十三話 きょうかいからのしかく

なんだか、楽しかったのか、そうでなかったのかよく分からなかった南部への旅行から、王都へと無事に俺達は戻ってきた。


で、戻ってきて早々に、カミーナからの『トレーニング』と称した、地獄のしごきが再開したことについては、ちょっとだけ悲しかったことをここに告白しておきたい。


「姫は、だんだんにタフになられておりますな。この老骨にとっても、うれしくおもいますぞ」


「あははは……あ、ありがとう、ポストフ」


トレーニングの教官でもある、元衛士長のポストフが、好々爺然とした、裏表のない笑みを向けてくる。

私に対して裏表なく優しくしてくれるのは、ポストフ。もはやあなただけよ。


「……」


十キロ近くの走り込みを、私と一緒に回っていたカミーナは、息一つ切らすことなく、隣で無言を貫いている。

その瞳は、まだまだしごきが足りなかったかな、みたいな猛禽類の眼をこちらに向けており、なるべく刺激しないようにと、その視界に入らないよう、ポストフの影にこそこそと隠れてみる。


少しだけ木陰で休みながら、ふと、南部での思い出を思い出す。

頭の中にふーっと浮かぶのは、二人の裸体。

そういえば、例の魔王の妹とやらも、あれから姿をあらわしてはいないなあ。

しかし、あの裸体は綺麗だった……。

それに引き換え、辺境伯の件は早急に脳裏から消去したい。

精神衛生上の健康を保つためにもこれは必須のことである。


「では、姫様。そろそろお城へとお戻りになる時間です」


カミーナがトレーニング終了のお知らせをしてくれた。

お。もうそんな時間か。


「ふう。なんとか今日も無事にやり終えたわね……」


タクティクス系のゲームだったら、これだけトレーニングを繰り返していれば、私は、もうかなりのレベルアップをしているはずなんだけどなあ。

クラス『姫様(プリンセス)』だから、きっと魔法特化型のはずで、そろそろ『隕石召喚(メテオストライク)』あたりの禁呪をつかえてもよい頃合いだとは思うが。

しかし現実には、いまだにメラもファイアも、エネルギーボルトなんかの初歩クラスの魔法すら使えない。

所詮、エロゲーの姫様。魔法使い系の才能は無い模様だ。

しかたがないから、剣術や、体術を極めるしかないのか。

道のりは遠い……。


◆◇◆◇◆


「ソニヤ様。お客様がお待ちかねです」


執事の一人が、私が城に戻ってすぐに、駆け寄ってきた。


「え? 予定では、今日は誰も私との会談はなかったはずだけど」


「はい。そうだったのですが、教皇本庁からの使者の方が参りまして……」


城へと戻ってすぐに、教会からの使者の来訪が告げられた。


なんでも、『魔王軍に対する西方諸国家の統一的な基本方針を定めるための準備会合』とかいう会議を来月あたりに開催をしたいとのこと。


長ったらしい名前だなあ。

それに、実に官僚っぽい名付けの仕方だなあ、などという感想をついつい持ってしまう。


「ふーん。で、その、なんちゃら会合とやらを教会が開催したいとという主旨はわかったんだけど、それと、私になんの関係が?」


正直、私との接点が見えない。


「はい。その使者の方が言うには、どなたか、王族より代表を会合に出席して欲しい、とのご意向のようです」


なるほど。なるほど。

その魔王軍への対策会合に、うちの国からも、ちゃんと代表を誰かだせ、ということね。

でもなあ。そんな大事そうな会合ならば、王族限定とはいえ、私なんかよりももっと適任者がいるでしょうに。


「こういった、大事なことは、お父様やお兄様がたが対応をすべきでは?」


このような軍事・政治・戦略に関わるような重大な会議は、通常ならば父王が出るし、それが無理ならば、私の優秀な兄たちの誰かがでるのが通例だ。

まかり間違っても、残念な子である(ソニヤ)にはお鉢が回ってこないのである。


「いえ。そのようなことはございません。姫様。……陛下からは、ソニヤ様を推薦するように、との言伝てを預かっておりまする」


「……え……えー! わ、わたし!?」


まさに青天の霹靂である。


「はい。教皇本庁の方が、陛下からの推薦書類を持参して参りました。我々臣下にて、一応、書類を改めさせていただいたところ、たしかに、真性であることは間違いございません」


「ちょ、ちょっと、私にも見せて!」


引ったくるようにして、父王からの推薦文の書類に眼を通す。


……


たしかに、父メルクマのサインがある。

書状によれば、この前の戦勝報告の誤報騒ぎの件(第二十七話参照)で、私ならば適切に、教会主催の会議を分析出来るに違いない、とかいう父の過分にして、明らかに間違っていると思われる期待感があるらしい。

はぁー……。

やれやれ。めんどくさいなあ。

しかも、王家を代表するなんて、責任重大で嫌だなあ。


「では、姫様。よろしく、お願い致します」


「……う、うう」


すでに、周囲の退路を全て塞がれてしまった状態であるので、もはや辞退する、という選択肢すらない。

自らの不幸を呪いながらも、私は覚悟を決めて、客間へと歩を進めるのであった。


◆◇◆◇◆


「……お待たせいたしました。お客様」


客間にて、ソファーに座って待っていた教会からの来客が立ち上がり、こちらへと歩いてきた。


風貌としては、短く刈り込んだくすんだ金髪。目つきはかなり悪い。

全身、黒色の服を着込んでおり、この辺りは、微妙に魔王と被る。

だが、体格は、やけに鍛えた体つきをしており、魔王よりも一回りほどは大きい。


「ソニヤと申します。本日は王家を代表して私が応対させていただきます」


やる気はないが、笑顔を浮かべて応対する。

私の十八番だ。


「ほう。あなたがソニヤ姫ですか。お噂はかねがね」


「噂ですか? 教会の方々へと私のことが知れわたっている、というのは不思議な感じがしますが」


「ふふふ。ご謙遜を。……シュガークリー王室の宝石に讃えられる、姫とお会いできたこと、まさに行幸にございます」


そういって、教会からの使者は、私の前で跪き、手の甲へとキスをしてきた。

本当に流れるような、無駄の無い動きだ。

こいつ、聖職者という割には女性慣れしている感じがする。

しかも、所作が貴族くさい。


「私はオクトーバー。教会本庁で、司教の職を勤めさせていただいております。弱輩者ですがどうぞよろしくお願いいたします」


「オクトーバー司教様ですね。どうかよろしくお願い致します」


……ふむ。司教か。

私の持っている教会知識だと、『教会』、正式名称『西方統一聖教会』内の聖職者の序列としては、教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭、といった感じの順列だったはず。

そしてその組織は教皇本庁を頂点としたピラミッド構造であり、本庁の下に大司教が治める大司教管区が置かれ、その下には司教管区が網の目のように西方諸国を覆っている。

各司教管区は司教を筆頭責任者とし、複数名の司祭、助祭、そして、一般信徒により構成されている。

『教会』という俗称の方が浸透していることからもわかる通り、この大陸では、ほぼ唯一といえる宗教団体であり、ほぼその他の宗教人口は存在せず、あったとしても邪教扱いされている。

シュガークリー王国も、当然、教会の影響下にあり、王国全土を範囲としてシュガークリー大司教管区が置かれ、そして各地域には司教管区が置かれている。

ちなみに、王都トルテにも、トルテ司教管区が設定されている。

なお豆知識として、大司教が住む大司教座は王都トルテではなく、宗教の影響がより強い、旧都に置かれている。


……そういった前知識から推察すると、このオクトーバーという男は司教であるので、シュガークリーの国レベルで言えば、幹部級といったところか。


しかし、この男の若さ、たぶん二十代であろう、で司教ということは、相当に異例な抜擢なんだろうな、とも思う。

親が大貴族かなにかで、コネだろうとは思うのだが。


しかし、先ほどから気になっているのだが、このオクトーバーという男、やけに鍛えた体つきをしている。

それに、まとってるオーラと言うべきか雰囲気が、荒事にも慣れてます、といった感じだ。


なんというか、牧師様というよりは、軍人ですと紹介された方がしっくりくるなあなどと思う。


「オクトーバー様。早速ではございますが、会合についての打ち合わせをさせていただきたいと思うのですが」


オクトーバーの図体がでかいので、どうしても見上げる感じになってしまう。

魔王やゼクスたちとは違い、第一印象としては、質実剛健で実直な武人肌といった印象だ。


「そうですね。我々が考えているのは……」


私たちは、会議の実務的な日程の調整や、現在の諸王国の状況の、パブリックな分析なんかを披露しあった。


「……現状、魔王軍によって我が国の領土であるガイコーク砦は、占拠されたままとなっておりますが、それ以上の魔王軍の侵略は許しておらず、我が国に対する損害は軽微なものと考えております」


「ふむ。では、ソニヤ姫は、早期の魔王軍を駆逐するための攻勢作戦は必要ではない、とお考えなのですか?」


興味深そうにオクトーバーが視線を向けてきた。

ふむ。どう答えたものか。


「……軽々しく答えることはできませんが、領土が国の根幹である以上、魔王軍との何かしらの交渉は必要であるとは考えています。ただ……」


「ただ?」


「国内的には、ギルドからの借入金を使い、魔王軍に対抗するための備品等の物資を購入したりしていますので、特需といえるような経済の活況状況が続いております。そういった意味では、我が国の経済的な側面からは、少なくともマイナスの点ばかりではない、ということはいえるかもしれません」


調子にのって、どや顔で言ってしまった。


ん。もしかしてここは、教会の立場に忖度して、魔王軍は駆逐せねばならぬ、とか言っておいた方が良かったかな?

まあ、今さら、もう遅い感はあるが。


ふむふむ、とオクトーバーが頷いている。


「ソニヤ姫は、なかなかに面白い観点で分析してますね。……そうですか。……たしかに、最近、シュガークリー王国が活性化しているな、とは思っておったのですが。なるほどなるほど……」


そこで、オクトーバーが、一旦言葉を切り、私の方をじっと見つめてきた。


あれ?

もしかして、選択肢ミスった?


「……いやはや。しかし、本当に人の噂とは当てにならぬものですな」


そういって、私とお互いに見つめ合う。

……う。そんな真摯な目で見つめないで欲しい。

とっても恥ずかしい。


「私は、ソニヤ姫。あなたという個人についてとても興味が湧いてきましたよ」


「あ。……えーと」


いや。興味なんて湧かないでくださいよ。

教会から目をつけられて、魔女裁判の挙げ句、火炙りの刑とかに処されないかと心配してしまった。


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