第三十一話 けっせん! いぞぎんちゃく(かり)
「えーっと……」
いきなり、俺を売女呼ばわりするとは、この失礼なゴスロリ少女は、いったい何者だ?
頭の中のデータベースを、超速に検索してみても、該当するような人物はひねり出せなかった。
うーん、特に、誰かに恨みを買った覚えはないんだけどなあ。
それに、お兄様って……。
「あのー、どちらさまです?」
いつまでたっても決めポーズを解かない、目の前のゴスロリ少女に対して、こちらから口火を切ることにした。
こういったヤバそうな手合いとは、あんまり話しをしたくはなかったのだが、このままだと話が進まないし。
「ふふふ。聞いて驚け!」
そこでまた、ポーズ変えて、あざと可愛いらしく、ポーズを極めるゴスロリ。
「我れの名はエミー。夜の支配者にして闇の女王!」
しかしこの子、ポーズをくねくねと変えながらも、恥ずかしげもなくさらさらと言葉を紡ぐなあ。
そのことには、少しだけ感心をしてしまう。
「はぁ、左様ですか。……で、その夜の女王さんとやらが、私にいったい何の用です?」
その言葉を聞くや、いきなり不満そうな表情を浮かべる、エミーと名乗るゴスロリ少女。
私の言葉のどこかが気に障ったらしい。
「『夜の』女王ではない、『闇の』女王だ!」
そこは、こだわりのポイントだったらしく、律儀に訂正を求めてくる。
正直、私としてはどうでもよいのだが。
「はぁ、闇の女王さんですか」
一応、訂正しておく、そのことだけをもって、ネチネチと後から言われ続けるのも面倒くさいし。
そう。私は、空気が読める大人なのである。
「……ちっ。まぁいい。さて、お前は、此度の件、何か申し開きがあるか? ん?」
「え、えーと……」
申し開きもなにも、いったい、何に対して難癖をつけられているのかがわからない。
「うむ。ないであろう、そうであろう」
うむうむと頷きながら、勝手に一人、納得しているエミー。
「ふふふ。冥土の土産に貴様の罪状を教えてやろう」
「……はぁ」
こちらのことなど全く無視して、一人でどんどんと話を進めていくゴスロリ。
「お前は、私の大事なお兄様をたぶらかした。わかるな? ……そう、その罪、万死に値する! よって貴様に私自ら罰を与えに来たのだ!」
「はぁ。お兄さんをたぶらかす、ですか?」
……なんとなく、嫌な予感がする。
「くくく。貴様に科す刑罰は、既に我れが熟考の末、決っしておる!」
そしてエミーは、懐からボールのようなものを取り出すと、こちらに向かって放り投げてきた。
「出でよ! 我が忠実なる僕、チコニャン!」
ボールは、勢いよく放物線を描きながら、私と、エミーとの間に落下した。
そして、そのボールが地面近くに落ちるやいなや、閃光が充ち、同時に煙があたり一面に吹き出した。
……煙が晴れたところには、『それ』が、くねくねと禍々しく鎮座していた。
ぱっと見、巨大なイソギンチャクのような、何本もの触手が、巨大なボール状の本体から、うねうねと延びている化け物だ。
「……うげぇ」
つい、口から呻き声が漏れてしまう。
そのイソギンチャク型の生物は、よく見ると、それぞれの触手の先っちょが、少しだけ膨らんでおり、滑らかでぶよぶよした形状である。
そして、その触手の先っちょには筋が入り割れ目があり、そこから、小さなうねうねとした何本ものさらに小型の触手が、白濁色の変な汁を滴らせながら、うねうねと蠢いている。
……一番、しっくりくる表現としては、要は男性器の先っちょから、何本もの線虫が顔を出している、と表現すべきか。
そして、その男性器を先っちょにくっつけた触手が、何本も何本も、うねうねと蠢くその姿は、グロテスクと表現する以外には形容しようがなく、その姿形を見た瞬間に気持ちの悪さがマックスになり、とてつもなく気分が悪くなる。
あー、これが正気度(SAN)チェック失敗か、などと思ってしまう。
しかも、そのイソギンチャクの化け物の背後に立っているエミーは、こちらを見ながらニヤニヤとした笑みを浮かべている。
本当に、嫌な予感しかしない。
「……さあ、あたしの自慢の僕、『チコニャン』よ。かわいいでしょ?」
ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら、そんなことを嘯くエミー。
しかし、こいつをかわいいと表現するとは、いったい、どういった美意識を持っているんだろう。
「……さて、もうわかっているかもしれないけど。あなたの刑罰は、この子と一緒に一生ずっと遊び続け、快楽の海に沈むことよ!」
「……そ、それは遠慮したいというか、勘弁して欲しいのですが」
そろりそろりと後ずさる。
さすがに、私のような一般人が相手をするには、明らかに凶悪すぎる相手だ。
正直、嫌な予感しかしない。
「遠慮なんてしないでいいのよ。私は慈悲深いから、あなたに悦びを与えてあげるわ。それに、この子、あなたのこと、とても気に入ったみたいだし」
グロテスクなイソギンチャクにしか見えない、チコニャン(仮称)が、元々の青みがかった色から、だんだんと赤みがかった色へと変色してきている。
これは、喜色を表しているのか?
「ほら、もう我慢できないみたいよ」
そんなエミーの言葉と同時、チコニャン(仮称)の触手が、複数本、私の手足へ向かって、なんの前触れもなく、延びてきた。
「はっ!」
しかし、私はその動きを予め予測していたので、横っ飛びに地面の砂浜を転がり、なんとか、チコニャン(仮称)の触手による初撃を回避することに成功した。
身体中が砂だらけになり、口の中にも砂が入り、じゃりじゃりするが、そんなことはこの際、気にしてはいられない。
……ふー。しかし、なんとか、初撃はしのげた。本当に間一髪だった。
「へー……」
エミーがこちらの方を見つめる目が、やや鋭くなった。
「……」
ふっ。数々のエロゲーシチュエーションを頭の中へとインプットしてある、この私を舐めないでいただきたい。
このエロゲーソムリエたる私は、当然、触手に襲われるというイベントも、過去、大量に経験? しているのである。
そう。こういった触手系モンスターは、獲物の手足に絡み付いてきて、動きを封じると同時、その服を剥ぎ取り、その不幸な獲物の、穴という穴の中へと触手を情け容赦なく捩じ込んでくる。
そして、その触手の先から、白濁した液体を獲物の中へと注ぎ込み、獲物を恍惚な世界へと一直線に連れていく。そこまでがセオリーなのである。
ゆえに、やつの初撃の狙いは手足!
そう読んで、うまく回避できたのだ。
「……ただの雑魚にしては、あなた、なかなか活きがいいわね。気に入ったわ」
偉そうに、こちらを見据えるエミー。
「……それはどうも」
「でも、これはどうかしらね」
エミーはそう言って、邪悪そうな笑みを浮かべた。
次の瞬間、『チコニャン』の触手の先の全てがこちら側を向くと同時、その先っちょが、ぷっくらと膨らむや、何かねばねばしたものを一斉に、それぞれの触手の先から飛ばしてきた。
私の周囲全部を覆うような面状の攻撃は、さすがに避けようがない。
「キャーッ!」
って、可愛らしく叫んでも意味がない。
私は、そのねばねばの液体に絡み付かれて、身動きが、封じられる。
「あ、ちょっ……」
しかも、この液体。最悪なことに服を溶かす特殊な粘液らしい。
しかし、皮膚は溶かさずに服だけ溶かすって、なかなかに、不思議な組成だよなー、などとどうでもよいことが、頭をよぎるが、そんなことはお構い無く、触手が、徐々に私の手足に絡み付いてきた。
「……くっ」
手足を触手に絡み取られ、水着が溶けだし、そして、目の前で触手がゆらゆらと揺れる。
目の前でうねうねとダンスを踊っている触手の、その先っちょが、口が開くかのように大きく割れた。
その中から、より小さな触手がにょろにょろと伸びて顔のすぐ前までくる。
その小さな触手からはねばねばした粘液がじわじわと滲み出してきた。
その気持ち悪い光景を認識したところで、さすがに意識が遠退きかけた。
こ、これは、やばい!
「ふふ。だいぶ、良い格好をしているわね、あなた。それにチコニャンも、もう我慢できないみたいよ」
目の前の触手の色が真っ赤に変わってきて、だらだらと尋常でない量の粘液が溢れてきている。
「……ひっ」
つい、その目の前の気味の悪さのために、叫び声が喉から漏れてしまう。
……こんなのに襲われるくらいならば、魔王に襲われた方が何倍もマシだ!
この気持ちが悪い化物に、手足を縛られ、目の前まで触手が近づいてくる、という絶体絶命のピンチに、さすがに心が萎えかけてくる。
「う、うぅ……」
……そんな、私が絶望してかけているとき、不意に身体中を拘束していた戒めが解かれた。
なんだか、一瞬だった。
私の周囲が光に包まれると同時の一瞬の出来事。
しかも、よく見ると、例のイソギンチャク型の化け物の触手や、粘液も、きれいさっぱりに消えていた。
ついでに、これは神様のサービスなのかも知れないが、目の前で偉そうにしていたエミーの服も一緒に、一瞬にしてきれいさっぱり消えている。
マッパになったエミーは、その美しい芸術品のような肢体を、こちらに見せつけてくれる。
「……あ、ありがとうございます」
とりあえず、なぜか、感謝の台詞が口から出てしまった。
この世界に来て、女の子の裸を(自分以外で)見るのってあんまりないのである。
しかも、こんな、可愛い娘のは。
「……くっ、やってくれるわね、この売女!」
エミーは、身体をかき抱くようにしながら、顔を真っ赤に涙目になりながら、こちらを睨み付けてきた。
「いいかしら。この借りは、今度、ぜぇーったいに、返してやるんだから。……覚えておきなさい!」
そんな捨て台詞を言い残し、エミーはマッパのまま例の巨大なタコの頭に乗るや、海の方へと帰っていった。ちょっとがち泣きしていたようにも思えたが気のせいだろう。
……うーん。しかし、エミーの裸、キレイだったな、などと思っている私は、多分きっと、どこかで天罰が下るべきだろう。うん。
「うわっ!」
そんなことを思って、ぼーっ、砂浜で一人、惚けて座り込んでいると、頭の上から、ぱさっ、とマントが被された。
「……妹が迷惑をかけたな」
そんな言葉が頭の上からかけられた。
頭の上のマントをどかして、後ろを見上げると、そこには、申し訳なさそうな顔をした魔王が立っていた。
「……えぇっと」
なんて言葉をかけようか迷う。
でもまあ、きっと、さっきの光は魔王が助けてくれたのものだろう。
と、感謝の言葉を魔王に言おうとして、魔王の目線が、私の顔より下、すなわち私の身体を見下ろしていることに気づいた。
「……ん?」
とりあえず。自分の体を見下ろしてみる。
……。
…………。
……そういえば、自分もマッパだった。
「うきゃーっ!」
叫びながら、速効、マントにくるまった。
「……お前も、なかなかに、きれいな身体をしているな。そこは、誇っても良いぞ」
そんなどうでもよい誉め言葉を、魔王が、しみじみと呟いた。




