第二十九話 うみってひろいね!
「うわー、きれい!」
思わず叫んでしまった。
なんだこの南国パラダイス的な雰囲気は。
明らかに地理的、物理的常識としておかしいだろ。
エメラルド色のキラキラとした水面。
椰子の木っぽい樹木に、真っ白い砂で覆われたビーチ。
正確に言うと砂ではなく、珊瑚が砕けてできたものみたいだが。
この目の前の光景は、地球の常識を加味すると、全てが超常現象に思えてきて、かなり胡散臭いんだが。
まぁ、でも、これがこの世界の常識だしな。きっと魔法の力でも影響しているのだろうと、すでにこの世界に順応している俺がここにいます。まる。
……さて、ここはプライベートビーチだ。
しかし、残念なことに王家の所有ではなく、ゼクス個人のものなんだが。
しかも、すぐそこに建てられている、これまたゼクス個人の別荘でもある白亜の石で作られた建物なんて、私が今日、宿泊することになっている王家所有の古びた城『エクリア城』よりもよほど立派で、きれいなのだ。
くっ、悔しくなんかないもん!
私のお城だって、歴史がある、趣のある城だものね!
一人で勝手に勝利宣言をする私。
「さあ、アインスさん、お飲み物をどうぞ」
「あ、どうも、ありがとうございます」
ビーチに設えられた椅子に座っていると、ゼクスが、気をきかせてくれて、飲み物を持ってきてくれた。
机の上に、すーっと音もなく置かれたグラスの中には、青みがかった飲み物が注がれており、泡がぽこぽこと沸いている。
ん? これって、見た感じソーダなんじゃない?
こういった、中世ファンタジー世界には不釣り合いな代物が目の前にある。
しかも、ハート形を形作るようになっている、二本のストローがグラスにささっているのが、これまた非情にうっとおしい。
当然とばかりに向かいの椅子に座るゼクス。
今日も彼はうっすらとした微笑みを浮かべている。
今日のゼクスは、ハーフパンツ型の水着を着こなしている。
まあ、パッと見、モデルさんにしか見えない格好よさはある。
しかし、自分自身の水着も見下ろしながら、もうちょっと、時代考証を考えろよな、とゲーム製作者を小一時間、問い詰めたい気分になってくるが、ぐっと我慢をする。
なにしろ私は忍耐強いのだ。
そんな状況ではあるが、喉が渇いているので、このソーダもどきをありがたくいただく。
この飲み物には罪はない。
私は罪を憎んで、物は憎まない質なのだ。
気を取り直して、ゼクスに話しかける。
「そういえば、マオール様って本当に泳げなかったんですね。少し驚きました」
「ふふふ。そうですね。でもまあ、あの調子だと、あと数十分もすれば、一流になってしまいそうですよ。……ほら、あちらをご覧下さい、アインスさん」
ゼクスが指差した方向を見つめると、少し遠くの方で、魔王がカミーナに泳ぎを教わっている。
今日のカミーナは、ワンピース型の青を基調とした水着を着こなしている。
しかも、ここからでは見えないが、太ももに皮ベルトでごっつい短剣をくくりつけている。
魔王もいるので、護衛なんぞは不要だとは思うのだが、それは説明できなかったので、とりあえずカミーナの奇妙キテレツな服装を止めることができなかった。
まるで、女アサシンみたいだぞ、カミーナよ。
「でも、やっぱり、すごいですね。マオール様は」
もう、パッと見では、魔王は普通に泳げている。
というか、魔王様、飲み込みが早すぎだろう。
「僕が見たところ、カミーナさんの教え方も、的確で理にかなっており、お上手だと思いますよ。さすが、ソニヤ姫の教育係、といったところでしょうか。……さぞ、カミーナさんのお父上もお慶びになっておられるでしょうね」
「……カミーナのお父様とお知り合いなのですか、ゼクス様は?」
「はい。実は私の剣技の師匠筋にあたりますね」
ふふふ、と笑うゼクス。
うーん、色々なところで、皆、繋がりがあるんだなー。
ちなみに、魔王への泳ぎの指導は最初、私が教えようとしていたのだが、カミーナに止められた。なんでだろう?
なお、カミーナには、マオールはゼクスの友人であり、私が姫だ、ということを隠して接している、という説明をしてある。
じゃあ、なんで隠す必要があるのか、については曖昧にしておいた。
一応、変に意識されても困るから、とか適当なことを言っておいたのだが、カミーナは微妙な表情をしていた。まあ、無理がある言い訳かも。
「アインスよ。お前も泳がんのか?」
一泳ぎしてきた魔王が、顔や体をタオルで拭きつつ、こちらにやってきた。
魔王の水着も、結局はハーフパンツ型を購入したらしく、なにげにゼクスと色違いのおそろいだ。
お前ら、仲良すぎだろ。
「あー。もう少ししたら泳がせていただきますね」
実は、今、眼鏡をしているのだが、泳ぐときには外すべきか、どうしようか、なんていうどうでも良いことが頭をよぎる。
「そうか。……む、お前、なかなかに美味しそうなものを飲んでいるじゃないか。ちょっと俺にもよこせ」
「あっ、ちょっ……」
こちらが止める間もなく、私のソーダを横から容赦なく取り上げる魔王。
ストローを使って飲んでいるが、まさか、私の飲み口で飲んでないよね?
間接キスになるよ?
……ま、細かいことはいいか。
私はあんまりそういったこと気にしないし。
「そういえば、マオール様もゼクス様も、もう泳がないのですか?」
「うん? 俺は少し休んでから、もう一泳ぎだな」
「僕は今日は遠慮しておきます」
二人は、すぐには泳がない宣言をしたので、私は、水着の上に羽織っていたパーカーを脱いで、その肢体を白日の下に晒す。
ふふふ。どうよ、この私の美ボディ!
……って、もう、ゼクスと魔王は、二人で、なにやら、ペチャクチャとおしゃべりに夢中になっている。
…………。
なんだろう。このもやもや。
「カミーナ、泳ご!」
「はい。ソニ……アインスさん……」
ま、気を取り直して、泳ぎましょう。
刮目せよ!
私のこの華麗なる泳ぎを!
……。
まぁ、結局は体力がないので、速効、陸に上がることになったわけですが。
もう少し鍛えないといけないね。ほんとに。
◆◇◆◇◆
「……マオールさんは、アインスさんの水着を誉めてあげないのですか? 褒めて欲しそうな顔をしてましたのに」
「ふん。あいつのことだ、ここで、少しでも褒めようものなら、図に乗るからな。こういうときは、少しくらい無視するのがちょうどよいのだ」
「……うーん。マオールさんらしくないですね。普通の女性相手ならば、まったく無視するか、四の五の言わずに自分のものにしそうですのに」
「……。わからん。あいつといると、どうも調子が狂うのだ。それに……」
「それに……?」
何か面白いものをみるようなゼクスの顔。
その顔をみて、難しそうな顔をしていた魔王が苦笑して言った。
「あいつは面白いやつだ」
「たしかにそうですね。あのアインスさんには、人を引き付ける、ユーモアと言いますか、少し変わった面白味がありますね。なんと言いますか、変に賢く、変に愚か、でしょうか。僕としても興味深いです」
「ふん。お前も同じような感想を持っているではないか」
そして、魔王は、机の上に置いてある、ソニヤの飲み残しのソーダを、一息にストローで飲み干した。
◆◇◆◇◆
お昼ごはんは、皆でバーベキューをすることになった。
「材料はたっぷりありますので、ご安心ください」
ゼクスがにこやかに宣言している。
あ、なんか、こういった野外活動って久しぶりな感じ。
足元では、黒猫のベリアルが美味しそうに生魚を食べている。
こいつもだいぶ、猫の姿が板についてきているみたいで、まったく違和感がない。
「あ、これなんて、ちょうど良い焼き加減ですね。……あ、おいしい♥」
「……あ、それ俺が……」
目の前に、美味しそうに焼けてある肉があったので、容赦なくいただく。
隣で魔王がなにか言いたそうにしていたが、気にしないことにした。
そう。ここは戦場なのだ。
戦場では、優しい奴から先に死ぬ。これは鉄則だ。
しかし、このお肉、めちゃくちゃおいしいじゃないか。
ゼクス、グッジョブ。
「さあアインスさん、こちらへ」
「うん? なんですか?」
しばらく歓談して、お腹がいっぱいになって、休んでいるときに、ゼクスから岩影の方へと誘われた。
そこは、どう見ても周りから視線が隠れているところで、なんとなく、ヤバそうな雰囲気だ。
言うなればAVの撮影所的な感じ。
ビー、ビー、と私の危険レーダーが、最大限の警戒を促してくる。
「こういった海って、少しだけ開放的になりません?」
いつのまにか、銀縁の眼鏡を外したゼクスが、私ににじりよってきた。
気がつくと背後には岩。
私は顔の横にある、背後の岩へと張り付いているゼクスの腕を見つめたあと、上目使いに顔を上げた。
ゼクスと目があった。
あ、これって、壁ドンじゃないか。
ふと、そんなことが、頭に浮かんだ。
そして、だんだんとゼクスの顔が近づいてきて……
……って、いかーん!
「なりませーん!」
私は、するっと、ゼクスの側面に潜り込んで、ゼクスをパスすると、一目散にダッシュ!
ひー。こいつもたらし野郎か。
私の周りには、もう少しだけ奥ゆかしい男どもが必要だと思う。
切実にそう思う。
……あ、魔王がいた。
走った先で魔王とばったりと出会う。
「あ、マオール様」
「ん。なんだ、アインスか。いったい、どこへ行っていたんだ? ちょうどお前を探していたんだぞ」
「え? 何事です?」
「いやなに、ほら、そこの岩影。隠れて遊ぶのにはちょうど良いと思ってな」
見ると、そこは先ほどゼクスに連れ込まれた岩影にそっくりな場所があった。
そして、魔王の手には、先日、買ってやると言われた、マイクロビキニがある。
「……え、それって」
「やはり、ソニヤだけに渡すのは不公平だと思ってな、お前にもプレゼントしてや……」
「遠慮しておきまーす!」
私は、魔王に全てを言わせる前に、きびすを返しながら、猛ダッシュをしつつ、心の底からの叫び声をあげた。




