第二十八話 うみ いっちゃう?
「え? 海?」
「はい。海です」
だいぶ暑くなってきたこの時期。
ひょんなことから、避暑のための保養の話が飛び込んできた。
例年だと、この時期には、シュガークリーの王族一家は涼しい北方地方の城塞へと避暑にいくことが恒例の行事だったらしい。
しかし、今年はその涼しい城塞、『ガイコーク砦』がちょうど戦火に巻き込まれてしまっているので利用できない。
なんてことはない、魔王軍に襲われたあの城塞は、北方の守りの要にして、避暑地としても有効活用されていた場所だったのである。
そういうわけで、今年は北方に避暑に行けないことが判明しているので、その代替の保養地として、白羽の矢が立ったのが、南方の海に面した古城であった。
「昨年度と同様に、二週間ほどの滞在を計画しております」
すらすらとカミーナが説明する。
「ふーん。海かー。私、泳ぎはそんなに得意じゃないけど、大丈夫かな?」
「はい。遠浅の海ですので、危険はそれほどないものと判断致します」
「なるほどね。ちなみに、どんなところに滞在するのかしら?」
「エクリア城という、王家所有の古城がございます。普段、利用されることはない古城ではございますが、メンテナンスは毎年しておりますので、少々、片付けをすれば居住には問題はないかと」
「そうね。……ところで、私やカミーナは保養地に行くことは確定として、お父様や、兄上たちは向かわれるのかしら?」
そうなのだ。
実は俺には、異母兄が複数名いるのだ。
彼らは、皆、既に成人し、軍人だったり、地方の行政官だったり、はたまた、外交官として、それぞれの任地に赴任し、立派なお仕事をなさっている。
幸運なことにシュガークリー王家には優秀な子弟が多くいる。
ちなみに彼らの任地は首都から遠いため、めったに首都には顔を出さない。
そんな中、唯一の女性王族が私こと、ソニヤである。
それはもう、子供の頃から無茶苦茶に溺愛され、箱入りに育てられ、甘やかされ放題、そして、その結果、ダメダメな姫様が出来上がってしまったとさ。
それが、元のソニヤ姫の姿である。
そう考えると、ソニヤという女性は、ある意味被害者のような気がしないではない。
で、そんな異母兄たちに対しては、私としてもあまり、親しく接するのは憚られる。
彼らに過去を詮索されても困るし。
したがって、彼らと、ほんのたまに、王宮で出会ったところで、一言二言、簡単な時候の挨拶をする程度で深い関わりはしていない。
「なお、国王陛下や、皇太子殿下たちご兄弟の皆様は、保養の件はご辞退するとのことです」
まあ、今は戦時中。
そんな危機的な状況の中、暢気に保養のために長く王都を離れられることができるのは、相当のアホくらいしかいないのであろう。
「じゃあ、私たちだけで行くのね。わかったわ」
しかし、戦時中などという、そんな小さい事で、私の信念がぶれると思ったら大間違いなのである。
なんで、私がそんなことに気兼ねをしなくてはならないのか。
休めるときには十分に休む。
眠りたいときに眠り、食べたい時に食べる。
毎年、王族が保養に行っているのならば、当然、今年も行くに決まっているじゃないの。ねえ。
「では、姫。水着を購入しませんといけませんが、いかがいたしますか? 好みの柄などがございましたら、私の方で手配をさせていただきますが」
むむ。水着か。まあ、たしかに素っ裸で、海の中で遊ぶわけにはいかないか。
でも、せっかくの機会だしなあ。
「じゃあ、せっかくだから、水着を買いに行きましょうか。カミーナも一緒に来てよね」
「……。はい。承知しました」
一瞬だけ思案した後、カミーナは一つ頷いた。
こうして、私たちは、市場へと向かうことになったのである。
◆◇◆◇◆
ここ『トルテ中央市場』は王都一の流通を誇る市場で、生鮮食品、雑貨、酒、服や、はたまた家具など、基本、なんでも揃う。
そして、当然のことながら、水着専門の店もあったのである。
……ん。水着の専門店?
え? ここは、中世ファンタジーの世界観ではなかったのかって?
しかし、なんでもありなのが、この『鬼畜凌辱姫』の世界なのである。
本当にゲーム製作者の手抜きが過ぎる。
しかし、実際に、店舗の中に入ってみると、西洋ファンタジー風の風情ある中世っぽい店に、現代風のきらびやかな水着がずらりと並んでいる光景というものは、なかなかにシュールなものがあり圧倒される。
しかも、水着を触ってみると、その手触りが、現代風の生地っぽいし、どんな繊維、技術でこれらの水着を作っているのやら。
店内に飾られている水着は、様々な種類があり、ワンピース型や、ビキニ型、競泳用っぽいスポーティーなものから、さらにはスクール水着っぽいのもあり、種類も柄も実に豊富だ。
「あ、これ見てよカミーナ。こんな生地が少ない水着、誰が買うんだろうね」
「……」
なかには、誰が買うのかはわからないが、マイクロビキニみたいなものもある。
マイクロビキニを見たカミーナが、顔を真っ赤にして俯いて黙ってしまった。
ふふふ。お主も、初な奴よのー。
ちょっとした、カミーナへのセクハラを楽しんだあと、そのマイクロビキニの近くに飾ってあった、フリルのついたピンク色のビキニが、個人的に気になったので、試着をしてみることにした。
試着室にて水着を着て、鏡の前でポーズを取ってみる。
寄せてあげる悩殺ポーズとかをしてみると、自分の身体とはいえ、なかなかに楽しめる。
さすが、ソニヤ姫。
男を虜にする強力な武器を持っていらっしゃる。
「あ、次はこれにしようかしら……」
そんな感じで、色々と試着してみた結果、最初に選んだ、フリルがついたピンクのビキニが気に入ったので、結局、これを購入することにした。
「ねえねえ、カミーナ。これどうかしら?」
「……よろしいかと、思います」
試着している水着を見せながら、カミーナへと寄せてあげるポーズをしてみせた。
なんとなく、カミーナが、自分の胸を見下ろしながら、暗い顔をしているのが気になるが、きっと疲れているのだろう。
しかし、色々と試着しているときには、舞い上がった気分だったので、あんまり気にはならなかったが、ふと素に戻ってみると、こんな大胆な水着を自分が着ることに、なんだか段々と気恥ずかしく感じるようになってきた……。
うーん。これを本当に私が着るのか。
……と、視線を感じたので、そちらを、ちらと見た。
物陰に、ゼクスがにっこりと笑いながら立っていた。
「……え」
い、いつの間に。
「……み、見てました?」
顔が、かぁ、と赤くなる。
「いや、何も見てませんよ」
にっこりとゼクス。
そして、思い出したかのように、奥の方へと声をかける。
「アインスさんもいらっしゃいましたよ」
もう、ゼクスにはアインス名義の偽名がばれているので、しらばっくれることはしないが、私のことをわざわざアインス名義で呼ぶということは……。
「ん? アインスか。こんなところで奇遇だな」
そこには、なぜか、ビキニパンツを試着なさっていた魔王様がいた。
ギリシャ神話や、ローマの英雄たちの彫像でしか見たことがないかのような、なかなかの肉体美だ。
しかし、なぜ君は、そういった系統の水着をチョイスするのかね。
「なんだお前も海に行くのか」
「マオール様、こんなところで出会うなんて、奇遇ですね。ところで、お前も、ということは」
「うむ。実は俺もゼクスに誘われてな。海なんぞ行ったことがないから、なかなか興味深いと思ってな」
「……な、なるほど」
じと目でゼクスを見つめる。
「どういうことです?」
こいつが絡んでいる以上、偶然ということはあり得まい。
「いえ。単に、アインスさんたちがソニヤ姫の付き添いで、南の海に遊びにいく、という情報を事前に掴みましたので。せっかくの機会ですから、僕たちもご一緒させてもらおうと思いまして」
おい!
王室の情報、外部に駄々もれ過ぎだろ!
しかも、タイムリー過ぎる!
それと、少し前から、ゼクスと魔王が一緒につるんでいる現場によく出くわすことに気づく。
いつの間に、あなたたちは、そんなに仲良しになっていたんですか。
「あ、そちらにいらっしゃいましたか、ソニ」
「わ、わー!」
私は急いでカミーナの口へと、手を押しあてて黙らせる。
どうした? なんて魔王が言っているが、セーフ? セーフだよね?
カミーナが不審そうな目をこちらに向けてくる。
とりあえず視線でカミーナを黙らせて、魔王へと説明する。
「こちら、私の同僚のカミーナです。彼女もソニヤ姫にお仕えしております」
「……カミーナでございます」
すっと一礼をするカミーナ。
しかし、心なしか緊張をしているようだ。
「以前お会いしたことがあったかもしれませんね。僕のことはゼクスとお呼びください」
ゼクスが優雅に一礼をした。
いつもどおり、ふてぶてしいほどに余裕たっぷりな印象だ。
「俺はマオール。ゼクスや、アインスの友人だ。カミーナといったか。よろしくな」
お互いに挨拶をする、魔王たち。
ふー。なんとか誤魔化せたか。
しかし、うっすらと笑みを浮かべているカミーナが時折、鋭い視線を私に向けてくる。
後で説明をしてくださいね、という視線がとても痛い。
「では、私はこの水着にするわね」
とりあえず、当初の予定通り、水着を購入した。
色々と試着してみた結果なので、個人的には気に入っている。
「おい。アインスよ。そこにある水着をお前にプレゼントしてやろうか?」
「え? どれです?」
魔王様が私のために、プレゼントを買ってくださる、と。
少しばかり、微笑ましい気持ちで、その水着へと視線を向ける。
……そこにあったのは、例のマイクロビキニでした。
「え、えーと……」
「俺としては、お前には、この水着が一番似合うと思っているんだがな!」
「……」
この、エロゲー脳の魔王が!
つい、ポロッと本音が出てしまいそうになるが、ぐっとここは我慢をした。
そう。私は紳士かつ淑女なのである。
◆◇◆◇◆
「どうよ、この悩殺ビキニ」
結局、魔王がソニヤ宛にという名目で、無理やりマイクロビキニを私に押し付けてきた。
まぁ、アインスとしては、姫様宛のプレゼントを、自分の判断だけで、拒むわけにもいかず、渋々、受けとることになった。
で、せっかくもらったのだから、着ないのも、それはそれでもったいないだろう、ということで、そーっと、一人で部屋で試着してみたわけです。
そして、鏡の前で一人、悩殺ポーズを決めてみる。
うーん。これは、やばい。
通常の男だったら、この美貌とエロスを前にしたら、百パーセント理性が保てないことは保証できる。
なんたる、美の化身。
つい、自画自賛しつつ、自らの肢体にうっとりする。
「……姫様?」
一人、自らの肉体美に悦に浸ってたところ、いきなり、氷点下の声が、扉の方から聞こえてきた。
ギギギっと、錆び付いた鉄のバルブをむりやり開けるかのような音を出しながら、声の方向へと首を向ける。
……しまった。扉に鍵をかけるのを忘れていた。
「……あの、これは。そう。ちがうの」
何が違うのかはわからないが、とりあえず、口から言い訳が漏れでる。
「姫様。よろしいですか。王族としての倫理というものはそもそも……」
結局、速攻、着替えさせられ、正座を命じられた後、カミーナから三十分ほどお小言をくらうはめになった。
これも、全部、魔王のせいだ。
絶対にあとで、責任を取ってもらう。
心にそう固く誓った。




