第二十六.五話 閑話 けもみみしょうじょ
「作戦は失敗に終わったか……」
老人たちが、暗い陰鬱とした会議室に集まり、ゆったりとした革張りの椅子に深々と腰を据えながら、嘆息とも、嘆きともとれる声音で次々に発言をしていく。
「急な情報提供であったし、致し方あるまい」
「しかし、凄まじい戦闘能力を持つ者がゼクサイスの近親におるようじゃな」
「あやつの手駒、特殊陸戦隊のものであろうな」
「だが、報告によれば、その点を否認していたと」
「我らに対する欺瞞作戦であろうよ」
「さすれば、奴の手駒と争えるのは、『教会』の『聖騎士』くらいしかおるまいて」
「教会には貸しがある。こちらから頼めば聖騎士の派遣は可能であろう」
「だが、貴奴らはその建前として、異教徒である魔王軍を相手にしてのみ、その戦力を行使できる」
「……簡単ではないか。ゼクサイスが魔王軍と結託しており、奴の手駒たちは、魔王軍の一員ということよ」
「なるほど。それならば、教会も動いてくれよう。まぁ、証拠については、仮に、後に潔白であることが明るみに出たところで……」
「遺憾の意の一つでもだせばよかろう」
「それでよかろう」
「「……くっくっくっ……」」
薄暗い会議室の中で響く、不気味な笑い声。
だが、彼らは知るよしもない。まさに、彼らがゼクスを陥れようとして構築した、その悪意のある推測こそが、実に真実に近しいものであることに。
◆◇◆◇◆
「ゼクサイス様。彼らは一体……」
魔王や、ソニヤ姫がいなくなった後、ゼクスの個室を訪ねてくる人影があった。
どこか近代軍の士官服に似ている詰襟の黒の制服、制帽を着こなした少女だ。
薄水色のセミロングの髪はさらさらで、顔立ちも整っている。
しかし、その腰には軍刀を佩き、髪の毛の中から、モコモコフワフワとした獣の耳が飛び出ていることから、彼女がただの人間の少女ではないことは一目瞭然だ。
「……あなたであっても、その質問に答えることはできませんね。さて、『受動分析』で得た情報だけを僕に説明してください」
「申し訳ありません、ゼクサイス様。では、結論から申し上げます。かの方は人間ではございません。その肉体はゴーレムの一種であると推認されます」
直立不動でケモミミ少女は答える。
「……しかし、鉄鋼人形や木製人形というよりは、肉製人形という印象でしたが」
「はい。しかし、あの強度から推認するに、ただのフレッシュゴーレムとも言えません。何か、特別な素体を使ったゴーレム、としか」
「うーん。さすがに、僕たちの知識だけでは分析できませんか。では、中に封じられている知性体については?」
「はい。こちらについては、魔力感知スペクトルの情報、精霊使いの証言から、ほぼ間違いないとは思います。……本当に信じられないことなのですが、四大精霊の一柱、土の精霊王『ベヒモス』であると推定されます」
「うーん。あの名乗りや、戦闘能力から、もしかして、とは推定していたのですが、本当に本人だったのですね」
呆れたようなゼクスの声音。
「精霊王を短時間でも召喚するために、莫大な魔力を消費するというのに。……いったい、現世にあれを固定化するための魔力源をどうやって調達したのか。それに、精霊王を固定化するための魔力回路をどのようにして構築しているのか。まったく見当がつきません」
困惑したように少女が呟く。
「……まぁ、魔導鉱物である『魔金剛』が豊富にあれば、そういったことも可能でしょうが、さすがにバカバカしい想定ですね」
思案したゼクスが呟くが、すぐに頭をふった。
魔金剛一粒で、かなりの量の魔力を蓄える魔晶石ができあがり、さらに硬度や、軽さも申し分はないが、その魔晶石に蓄積すべき莫大な魔力を調達する手段と、魔金剛自体のコストを考えると実現性はおおよそ不可能であると断言できる。
しかし、その不可能なことを、魔王と、その友人のリッチーのヘイシルとが、興味本位で実現してしまったことについては、さすがの、ゼクスも思い至らないことであった。
「まぁ、我々には想定できない魔術により精霊王を現世へと固定している、ということなのでしょうね」
呆れた声でゼクスは呟いた。
「さて、今後の方針ですが、シルフィ中佐は、第二班を率いて、引き続き、情報収集にあたってください」
ケモミミ少女こと、シルフィは、商工組合の私兵集団の中での最強戦団『特殊陸戦隊』の指揮官である。
特殊陸戦隊は、正規戦を担当する第一班と、非正規戦を担当する第二班とで構成され、今では、ゼクスがほぼ自分の手駒として掌握している。
「承知いたしました。では、パプテス王国に展開している第一班は引き揚げさせますか?」
「……いえ。パプテス王国の内乱状況について、少々気になることがありますので、そちらの調査と、シュガークリー王国内での警護活動に人員を割いてください」
「はい。承知いたしました。では、第一から第三、第十二組はパプテス王国内に、第五から第七、第十一組は、シュガークリー王国に展開させます」
「それでお願いいたします」
にこやかな笑顔のゼクス。
「……一つだけ質問をよろしいでしょうか?」
恐る恐るといった風にゼクスへとシルフィが問いかける。
「なんですか?」
「正直申し上げまして、ゼクサイス様が、なぜ魔王、じゃなかった、マオール殿に対して、こちら側での便宜を図っているのかが私には理解しかねるのですが」
「……」
少し沈黙をするゼクス。
「も、申し訳ありません、ゼクサイス様。出過ぎたことを申し上げました」
すぐさま謝罪するシルフィ。
「……うーん。そうですねー」
沈黙をやぶり、思案した風に顎に手をあてて考え込むゼクス。
「一つだけあなたに教えておくことがあるとすれば、それは本当の歴史というものは、得てして都合の悪いものなのですよ、ということでしょうか」
「本当の歴史、ですか?」
「そして、真実を知っている者はその真なる破局に対しての防衛策、我々、人間の権利を最大限に防衛する責務があるのですよ」
「すみません、ゼクサイス様。よく、わからないです」
耳をシュンとさせながら、申し訳なさそうな顔をするシルフィ。
「ふふふ。良いのですよ。さあ、仕事にかかりましょう」
ぱんっと、一つ手を打って、ゼクスが微笑みを浮かべた。
「は、はい!」
嬉しそうに、耳をピンと立てるシルフィ。
頬を少し赤らめながら、シルフィはゼクスの役に立ちたくて、仕方がないとばかりに笑みを浮かべた。




