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第二十六話 ちんにゅうしゃ

「では、ソニヤ姫。私とまずは一曲お願い致します」


目の前で、優雅な仕草で一礼をしたゼクスが、恭しく俺の手を取り膝をつく。

もう魔王たちが近くからいなくなったので、呼び方がソニヤ姫に戻っている。

こいつは実に器用な人物だ。


「はい。ゼクサイス様。どうぞよろしくお願いいたします」


ゼクスが立ち上がると同時、楽団により音楽が奏でられる。

落ち着いた音色がホール中に響き渡る。

ホールの中央では、何人ものペアが踊っていたのだが、私たちが中央へと歩み進むのと交代するような感じで、先に踊っていた皆さんが真ん中を大きく開けて空間を作ってくれた。

否が応でも皆からの視線を一身に受ける羽目になった。

まぁ、主催者のダンスだから注目されているのだろう。

しかし、これだけ注目をされると、なんだか、とっても気恥ずかしい。

頼むから、皆さん、注目しないでいただきたい。


しかし非情にも、私の内心など知らないとばかりに、音楽が止まることなく奏でられ、ゼクスもリードを始めた。


えーい、ままよ。


清水の舞台から飛び降りる、という覚悟の心境で、ゼクスのステップに合わせ無我夢中で踊り始める。

しかし、ゼクスはこちらの技量に合わせてくれているのか、実に踊りやすい。

さすがですゼクスさん。


無我夢中で踊っていると、あっという間に、一曲分が終わってしまった。

うん、なかなかに楽しい。

しかも、稽古の成果か、少しテンポがずれた箇所があったものの、大きなへまをすることもなくしっかりと踊れた。

これでどうやら、赤っ恥をかかずにすみそうなレベルにはどうやら到達したらしく、一心地つく。

うん。努力は人を裏切らないのである。


「ふふ。お疲れ様です。しかし、ダンスがお上手ですね。姫」


「いえいえ。ゼクサイス様のリードが上手でしたので、甘えてしまいました」


ゼクスが息一つ乱すことなく、私をエスコートして、壁際へと導く。

私はこんなにも心臓がばくばくしているというのに、すごいな。慣れですか?


「うーん。そろそろですかね」


にこやかな笑顔で、ゼクスが、そんなことを言い始めた。


「そろそろ?」


「はい。そろそろ余興の時間だと思うのですが……」


「余興?」


確か、パーティーの始めにそんなことを言っていたような気もしたが。

私がなんだろうと首をかしげたときだった。


ずどーーーんっ!


「な、なんですか!」


腹に重く響くような爆音が、ホール中に轟いた。

耳がきーん、とする。


爆音と同時、周囲の扉が吹き飛び、そこから人影が次々に侵入してきた。


周囲の扉を爆破して闖入してきたのは、がたいの良い、一見ホブゴブリンか、オーガかと疑ってしまうような、屈強な男たち十名ほどだった。

皆、鉄兜に、板金鎧(フルプレート)を全身に着込み、片手用の戦闘斧(バトルアクス)、で武装している。

しかも、御大層に、(クロスボウ)をもつ者も混じっている。

逃げ出すそぶりを見せると、容赦なく射ぬかれそうだ。


「動くな! 俺たちは『宵月の傭兵団』だ。なーに、良い子にしてりゃあ、危害は加えねー。だが、逆らったら……わかるな?」


リーダー格らしき男が声を張り上げる。

周囲の部下たちは手際よく、近くにいた参加客たちを次々に縛り上げていっている。

どうやら、どこで、誰が何をしているのかを、突入前にしっかりと調べていたような手際のよさだ。

しかし、この手際のよさを見ると、実に良く訓練された動きでもあり、ただの野盗とも思えない。


「彼らは、まぁ、僕の商売敵? ともいえるような方々が送り込んできた兵士たちでしょうね。今回のパーティーの詳細情報を流しておきましたから」


「! え、なんでまた……」


私としては絶句してしまう。

なぜ、そのようなことを、リスクをおかしてまで、ゼクスはする必要があったのか、と。


「ほら。そろそろですよ」


ゼクスがなんでもないことのように、呟いた。


ずどーーーん!


その言葉と同時に、すごい勢いで鉄の塊が壁へと一直線に叩きつけられ、耳をつんざくような音がホール内に響いた。


「おいおい。俺様に気安く触るなよ。雑魚どもが」


そこには、顔に怒りの表情を浮かべたベヒモスの姿があった。

なんというか、パッと見。ヤンキーが、メンチを切っているようにしか見えないが。


「ベヒモス。とりあえず殺すなよ」


魔王が呆れたような顔で呟いている。


「わかっています……って」


一瞬の後、瞬間移動したのではないか、と疑うくらいに、まったく離れた別の場所で、兵士の一人の鉄斧を叩き砕き、また一人、壁へと叩きつけて、戦闘不能にしている。


……つ、強い。


「くっ。貴様。まさか、あの悪名高い『特殊陸戦隊第二班』の手の者か! うぉぉぉー!」


バトルアクスを構えた侵入者が、雄叫びをあげながらベヒモスに斬りかかる。

それと、同時、別の兵士もクロスボウを構えて、ベヒモスへと射撃をする。


「んだ、そりゃ。そんなちんけな名前じゃねーぜ。俺様は!」


クロスボウの矢を避けることなく、振り下ろされるバトルアクスに拳を叩きつけるベヒモス。

クロスボウの矢は、ベヒモスの身体に当たるや否や、まるで鋼鉄の頑丈な板にぶつかったかのように、木っ端微塵に砕け散る。


と、同時、ベヒモスの拳を喰らったバトルアクスは粉々に粉砕され、そのままの勢いで、ベヒモスは兵士をむんずと掴み、壁へと叩きつける。

まるで、重さを感じさせない勢いで、兵士は壁へと叩きつけられ、そのまま動かなくなってしまった。


「なかなか、派手なことをされますが、まぁ、これで、少しは彼らも大人しくなるというものでしょう」


「くっ。撤退! 撤退せよ!」


侵入してくるのと同じような迅速さで仲間を抱えて、素早く逃げ出す侵入者たちを見て、にっこりと微笑むゼクス。


「さぁ、皆様、テロに巻き込まれるというシチュエーションの余興を楽しんでいただけましたか?」


隣のゼクスがなんでもないことのように、笑顔で宣言する。

え?

さっきまでのあれを余興の一言で済ますの?


「経験豊富な皆様も、ここまでの臨場感はなかなかに味わえないことと存じます。さあ、別室を用意させていただきましたので、飲み足りない方々は、係りの者の誘導に従ってください」


そうして、ホールに残っていた客たちが、ゼクスの部下たちにより誘導されて、次々に出ていく。


そして、ホールには私たちだけが残された。

あのー、私も一緒に帰りたかったのですが。


「ゼクスよ。お前、俺たちを餌に使ったな」


こちらにやってきた魔王が、むすっとした顔で腕を組みながらゼクスに語りかけた。


「いえいえ滅相もございません。僕としてはマオール様たちが餌というつもりは全然なかったのです」


にこやかな顔のゼクス。


「彼らが、僕が流した情報に対して、どのような反応を示すのかについてだけ興味がありました。まぁ、結果としては、マオール様たちのお手を煩わせてしまったことについては、申し訳ないとは思っているのですが……」


「ふん。まぁ、よい。これで、少しはこちら側が静かになるのであれば、少しくらいの掃除の時間が必要なことくらいは、俺も理解している」


「ふふ。そういっていただけると思っていましたよ。マオール様。ありがとうございます」


優雅に一礼するゼクス。


「……つまんねー」


「え?」


背後からボソッと呟かれた物騒な台詞に、思わず後ろを振り返ってしまう。

そこには、全身から、隠しようの無い殺気を漂わせたベヒモスが立っていた。


「こんな程度の運動じゃあ、俺様、折角やる気になったっていうのに、つまんねーじゃねーか。もうちっと、楽しいことがしたいぜ」


「おいおい。ベヒモス。俺は、静かにしておけと、言ったではないか」


珍しく困ったような顔を魔王がしている。


「こればっかりは魔王様の頼みでも、どうにもできやせん。もう一暴れできないと、俺様、どうにかなっちまいそうです」


「『まおー』ではなく、『まおーる』だからな。名前を間違えるなよ」


ぶつぶつと魔王が呟いているが、とりあえず聞き流しておこう。


「……はあ。仕方がありません。僕が一戦だけお相手致しますので、それでご勘弁いただけないでしょうか」


ゼクスが、やれやれと、ため息をつきながら提案をしてきた。


え?

ゼクスさん。ベヒモスのあの非人間的な動きみましたよね?


「ふーん。てめえが俺様の相手をしてくれるのか。ま、楽しかったら、それならそれでいいぜ」


そう言ってにやりとするベヒモス。


「それでは……」


そういって、どこからともなく、長剣(ロングソード)を取り出し、無造作に構えるゼクス。


「どうぞ」


「しっ!」


ベヒモスの姿が掻き消えたかと思うと、壁際の方で、ベヒモスの回し蹴りをロングソードで、受け止めているゼクスがいた。

いったい、いつの間にあそこまで移動したのか。


「へっ! いいねー、いいねー。俺様のコンビネーションを全部捌くかよ!」


「うーん、ベヒモスさん。あなた、何かしていますね」


「おうよ!」


そういって、二人の姿は消え、あちらこちらから、金属と金属とがぶつかり合う音だけが響いてくる。

しかし、たまに、鍔迫り合いをして、動きが止まっているとき以外は、まるでその姿を視認できない。

魔王は、あちらこちらに、視線を飛ばしているので、どうやら見えているらしい。

あれー。この話はコメディですので、こういったドラ◯ン◯ールのようなバトル漫画ではないのですよー、と戦っている二人に助言をしてやりたい。


さて、やることもないので、ワインをちびちびと飲んでいると、魔王も、隣にやってきて、一緒に、酒を飲み始めた。


「あいつら、楽しそうに遊んでいるぞ」


「はー。でも、私には全然見えないのですが」


「まぁ、それは仕方ないか。しかし、もうそろそろ良い頃合いか。……おい、ベヒモス、ゼクス。そろそろ終わりにしろ!」


その言葉をまるで合図にしたかのように、私たちの前に二人が急に現れた。


び、びっくりした。


「へっ。お前、なかなかやるじゃねーか。いいね。気に入った。お前を友達(ダチ)と認めてやるぜ」


「そちらこそ、まだまだ全然、本気を出されていなかったご様子」


「ま、本気を出したら、周囲に被害がでちまうしな。しかし、今日は、なかなか面白かった。さっきのちんけな遊びの不満はこれでちゃらにしてやるぜ。じゃ、まおう、う、うーる様。あー。マオール様。俺様は!この辺で失礼しまさせてもらいますよ」


「ああ。じいたちにもよろしくな」


「じゃ、お前たちも、またな」


そういって、ベヒモスは一瞬の後にいなくなった。

せっかちな奴だなー。


「では、マオール様。僕のパートナーも、そろそろ帰宅の時間ですので、申し訳ありませんが、また次回お願い致しますね」


「あー。そうだな。アインスは、今日は貴様の客だったな。ではまたな」


そういって、魔王も家路についていった。

さてと、私も帰るとしますか。


「ところで、ソニヤ姫。本日はお疲れでしょう、奥の方でお休みになりますか?」


ゼクスが優しく私の耳元で囁く。


奥の方を見ると、誘導されていた、一部のカップルたちが、次々となかむつまじくドアの向こうへと消えていくのが見てとれた。


あれ。別室ってもしかして……?

こ、こいつら、あんなことがあった後でも愛を確認するのか。

しかも、すでに私の腰にはゼクスの手が回されている。


「あー。いえ、結構です」


そういって、さらりとその手から逃れる。


こいつも、生粋のタラシだな。

私はにこやかな笑みを浮かべながら、心の中で舌べらを、べーっと出していた。


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