第二十二話 たこさんとあそぼう
私たちは『トルテ中央市場』にて、焼き串、サンドイッチ、菓子などを適当に食べ歩き、肉、魚、果物や野菜なんかの生鮮食品、そして蜂蜜酒や葡萄酒などなど、食品関係を見て回ったあと、それらだけでなく、皿、カップなどの食料品雑貨や、万年筆、文鎮などの文房具雑貨、それに服飾の店なんかも見て回った。
ん? なんだか市場の見物というよりも、ショッピングを楽しみながら、一緒にご飯を食べていたりするので、これは、プチデートなのかな?
あー、でも、店のチョイスが微妙に家庭的な店ばかりなので、恋人同士のデートというよりは、家族との買い物みたいな印象も受ける。
「で、マオール様。何かお眼鏡にかなうような、面白いものは見つかりましたか?」
「……む? ま、まあな。(……しかし、あれは届いていないのか)」
ぶつぶつと呟く魔王。
魔王はあちらこちらへと、視線を送り、何かを探しているようにも見える。
私も一緒になって、あちらこちらに視線を向けていると、ある服飾品の店の前で視線が引き付けられた。
そこの店のガラスのショーウィンドウの中には、今、王都で流行っているらしい、白いシャツにベージュのフワッとしたスカートズボンの、春らしい装いが飾ってあった。
なかなかに、おしゃれな服だなー、などと思いながらつい、私は見いってしまう。
そして、その服の近くに飾ってある、小さく可愛らしい首飾りの宝石は、やや黒みがかった乳白色のもので、光の加減で虹色に光り、とても綺麗に見える。
たぶん、黒蛋白石か、何かではないだろうか。
しかし、服はともかく宝石は、青色の良く磨かれた隣のトルコ石で作られた腕輪とかに比べて、かなーりお値段が高い。
具体的には桁が一つ違う。
自分のお小遣いで買うのは少々辛いなー、などと思ってしまう。
「なんだ、アインスよ。そんな、がらくたに興味があるのか?」
「が、がらくたって……。ちょっと失礼ではないですか?」
「む。そうか……」
なにやら思案をしている魔王。
「魔術的な価値はゼロなのだが……。うむ……よし、わかった。アインスよ。そこの服と石を俺が買ってやる」
「え? なんで、また」
いきなり魔王が、購入をしてくれると発言をして、少しびっくりした。
「そこの服と石を、お前はかなり熱心に見ていたからな。欲しいのだろう? (……それに、『魔術付与』にも使えそうだしな)」
話の後半は、魔王が口の中でぶつぶつと呟いていたので、よくわからなかったが、とりあえず、服と宝石を購入してくれるみたいだ。
正直言って、かなり嬉しい。
「え、でも、こんなに高額な品、ほんとうに良いのですか?」
「構わん。この程度、安いものだろう」
「あ、ありがとうございます」
少々、恥ずかしかったので、私は下を向きながら、ぼそぼそと小さい声で、感謝の言葉をならべる。
あれー。いつもの顔に張り付ける笑みが浮かべられない。
なんとなく、申し訳ないなー、という気持ちもあるのだが、まぁ、視察の供としての駄賃だと思って快く受け取ることにしよう。
「少し待っていろ」
そう言い残して、一人で店の中に入っていく魔王。
しばらくすると、紙袋を持って、魔王が店の中から出てきた。
「ほら。アインスよ。自分で持て」
魔王から手渡された紙袋には、春コーデの服と、ブラックオパールの首飾りとが入っていた。
「あ、ありがとうございます……」
私は、その紙袋を両手に抱えて、小さい声で、ぼそぼそと返事をした。
◆◇◆◇◆
市場は、通りによっていくつかの区画に整備され、それぞれのエリアに、いくつもの店がひしめいている。
各々の店が、それぞれ専門を持っているらしく、目を凝らせば、珍しい一品が、そこらじゅうにごろごろしている。
あ、あの店の、陶磁のカップとソーサー、色使いがお洒落だなー。
あ、あそこに水着専門店がある。
中世ヨーロッパという設定なのに、布面積が小さいような。
そんなことを考えながら周囲をキョロキョロと見物していると、
「む?」
隣で一緒に歩いていた魔王が、突然立ち止まった。
つられて私も立ち止まる。
魔王の顔を見ると、眉間にシワを寄せて、なにやら周囲に視線を走らせている。
「アインス。少し走るから、舌を噛むなよ」
「え? ちょっ、なんですか? うわっ!」
そして、魔王がいきなり私を抱き抱えると、すごい速度で走り出した。
明らかに人間の出せる速度ではない。
というか、あなた、伯爵家の三男坊という設定をお忘れか。
……しかし、これは。
「わっ。ちょっ」
ちょ、ちょっと恥ずかしい……。
「な、なんでお嬢様抱っこなんですかぁぁー!」
うひー、お嬢様だっこはやめてください。
つい叫んでしまう。
「大丈夫だ。俺は、お前ていどの体重など気にもならん」
魔王が、明後日の方向の回答を返してきた。
ちがう。そうじゃないんです。
しかし、走っているときには、かなり揺れるので、確かに舌を噛むかもしれない。
しかたなく黙る。
横を見ると、魔王の顔が身近にある。
その顔をじろじろと覗いてみる。
うーむ、たしかに美形だなー、と思う。
そしてそのまま、その背後の異変に気がつく。
背後の道路から、何かかなり大きなモノがこちらに迫ってきている感じだ。
あれはなんだろう。
ん? えーと……巨大な、タコ?
口の辺りからにょろにょろと触手が生えている、巨大な二足歩行の生物がこちらに向けて全力で走ってきている。
実に名状し難い。
ここがファンタジー世界でなかったら、正気度(SAN)チェックが必要かもしれない。
「ま、マオール様ぁぁぁ! う、う、後ろぉぉぉ!」
その暴走する巨大なタコ人間(推定二十メートル)は、手足を振り回しながら、こちらに向けて 爆走している。
周囲の人間をボールのように、なぎ倒しながら、なぜかまっすぐにこちらへと向かってきている。
「な、なんでぇぇー! たこがぁぁー!」
私が絶叫をしていると魔王が冷静に突っ込んでくる。
「驚かせてすまないな、アインス」
「え?」
「あれは、俺の手の者がここのマーケットに売りに持ち込んだ食材だったんだ」
「しょ、食材?」
あれをどうやったら食べられるようになるのかと小一時間問い詰めたい。
「だが、手違いがあったらしく、生きたままここまで持ってきてしまったらしい」
「そんな、無茶苦茶な……」
もはや魔王様。なんでもありですね。
「今回、このマーケットでどれだけ、俺が持ち込んだ品物が売れているのか、についてもリサーチがしたかったのだがな。まぁ、またの機会がよさそうだ」
すごい速度で走りながらも、器用に、うむうむと頷く魔王。
「……って! なんで、神話級のモンスターを市場で売ろうとしているんですかぁぁ!」
実際にその肉食べたら、顔がタコみたいになったあげく、不老不死とかになっちゃうんじゃないかと、少し怖くなる。
「ドラゴンステーキなるものもあるらしいが、俺はまだ食べたことはない。じいが怒るんだよな、その話をすると」
やれやれとばかりに頭をふる魔王。
いやいや。そんなことを聞いているんじゃないんですよ、
「な、なんとかしてくださいよぉぉー」
このままだと、トルテの市場が崩壊する。
「む、そうか。ではちょっと待っていろ」
「ふぎゃっ!」
そういって、魔王は急反転し、私を地面に転がした後、手元からなにやらじゃらじゃらとした綺麗な宝石を取り出した。
「……我が腕は、一にして無限、全ての空間と時間を司るもの。我の求めに応じ、天と地獄の狭間の業火よ、其を顕現せしめ、塵を塵に、灰を灰に帰せよ」
魔王は呪文を唱えた後、その手を巨大なタコに向けた。
「『永久煉獄』」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間。
タコのお腹あたりが光輝いた。
そして、刹那の後、辺りに沈黙が訪れたと同時、轟音とともにタコのモンスターが爆発四散した。
辺り一面に、タコモンスターのものと思わしき体液や肉の欠片が飛び散る。
少し離れたところにいる魔王を見上げると、爆心地の近くにいたのにもかかわらずなんともない。
たぶん、魔法による障壁か何かで防いだのだろう。
「あー。アインス……」
近づいてきた魔王が、何か、気の毒なものを見るような目付きで私を見下ろしている。
「その格好はなんとかせんとな」
魔王が眉根を寄せた。
ちなみに私は、粘っこい白色の巨大タコの体液を、頭の先からバケツでぶっかけられたような感じになっている。
この飛び散った体液により見た感じ悲惨な感じになっているのだが、変な匂いとかはしない。
「……う、うぅ」
これじゃあ、王宮に帰れない。
両手から、地面にしたたるタコの体液をぼんやり見つめながら、私は泣きそうな気持ちになっていた。




