第二十話 たいりょくぞうしんぷろぐらむ
「ソニヤ様。国王陛下がお呼びでございます」
「あ、そうなの。わかったわ」
クッキーをぽりぽりとかじりながら、ベッドで寝転がって本を読んでいると、カミーナから声がかけられた。
この世界の製本技術は、かなりレベルが高く、活版印刷により大量印刷され、割と安く手に入る。
まぁ、紙質はそこまで良くもなく、カラーインクの種類も少ない。
それでも、挿し絵のある本などもそれなりに揃っており、今はそういった物語を色々と読み漁っている。
個人的にはマンガとか、ラノベとかを読みたいものだが、残念ながら、絵だけのマンガはこの世界には存在せず、小説の話についても少しテーマが固い。
しかしながら、活字中読者としては、読む本がないよりは全然マシな状況と言えるので、暇を見ては読書を楽しんでいる。
英雄譚とか、ロマンスものとかは、割とこの世界の文壇にも豊富にあり、まぁ、どこの世界も物語の本質は変わらないなー、などと思う。
「ソニヤ様。またそうやって、ベッドの上でお菓子を食べ散らかして。お行儀が悪いですよ!」
「まーまー、細かいことは言いっこなしで、ね♥」
とりあえず、ウインクをして誤魔化す。
そういえば、最近は、少しだけ色々な危機が去って、気が抜けてきたからか、ベッドで横になりながら、お菓子をたらふく食べたり、甘い果物ジュースを飲んだりする機会が多い気がする。
だが、それにも関わらず、俺の体型は全然変わらない。
正直すごいな、と思う。
前世だったらこんな喰っちゃ寝の生活を続けていたら、デブまっしぐらである。
例えて言えば、今まで、ジ○にのっていた一般パイロットが、いきなり、最新式のガ○ダムに乗った気分だ。
身体性能が違いすぎる。
「さあ、早く着替えて、陛下のところへと行って下さい!」
「はいはい。わかっていますって」
カミーナの声音が段々と怒りのトーンを帯びてきたので、仕方なく、ドレスに着替えて国王の執務室へと向かうことにした。
国王との謁見にはいくつかの格式のレベルがあり、格式が最も高いものだと謁見の間が使用され宮廷音楽隊も動員されるものであり、実務レベル程度の謁見だと、執務室が一般的に利用される。
まぁ、本当に重要なものだと、父の自室で話をするらしいが。
とりあえず、今日は個人的な用事で執務室に呼び出されているので、着ていくドレスは、簡略なものを選択する。
出がけに、部屋の中を見回してみる。
今日は部屋の中には、黒猫のベリアルが見当たらない。
どうやら、どこかへと遊びにいったのか、はたまた隠れているようだ。
あいつは、宮殿に連れてきたあとは、あまり顔を見せないので、普段何をしているのかはよくわからない。
本当に気まぐれな猫みたいだ。
……まぁ、たしかに外見は黒猫なのだが。
一応、ベリアルは、身辺の警護、不穏分子の粛清なんかを担当してくれているらしいのだが、その辺りはベリアルに一任してあるので、真偽のほどは確認しようがない。
ま、いいか。
そういうわけで、国王の執務室へと向かうことにした。
◆◇◆◇◆
「ソニヤでございます。お父様。お召しにより参上いたしました」
「入れ」
「はい」
部屋の中へと滑るようにして潜り込む。
父であるメルクマ国王の自室は、こざっぱりしており、書類なども丁寧にファイリングされている。
現代人の俺が見ても、実に機能的だと思う。
まぁ、前世の自分の部屋の、荷物の散らかしようは大変なものだったので、自分を現代人の代表と考えることに、若干の罪悪感はあるのだが。
国王のメルクマは外見こそごつい親父なのだが、政治家、官僚としても実に有能な人物で、その事務処理の効率は極めて高い。
ちなみに、仕事をしているときには、小さい丸眼鏡をちょこんと鼻の上につけており、なんとなく愛嬌がある。
「お父様。本日はどのような御用件でしょうか?」
一応、畏まる。
「うむ。この前、お前へと話していた体力増進の特別トレーニングの話だ」
……え?
というか、話の展開が早くない?
まだ、その体力増進プログラムの話(第十二話参照)を聞いてから、この世界だと一週間もたっていないんですけど?
ちなみに、読者の方々は、十二話をアップしてからだいぶたっているので、もしかしたら忘れているかもしれないけど。
「え、ええと。……ほ、本当に、私のためを思って、真剣に考えていただいていたのですね」
「当然じゃ! 愛する我が娘の健康を心配せぬ親などおらぬ!」
世間一般まで拡張すると、色々と反対事例が見つかりそうだが、とりあえずは反論しない。
「で、だ。そなたのトレーニングの講師を検討していたところ、ポストフめが、是非、自分にやらせて欲しい、と懇願してきてな。そのような経緯でポストフを主任講師とすることにした」
ガイコーク砦での逃避行で、お世話になった、衛士長のポストフか。
彼は、定年で、衛士長の職をそろそろ辞める、と以前に聞いていたので、今後は王宮勤めになるわけだ。
まぁ、彼ならば、無茶ぶりな訓練とかはないだろう、と胸を撫で下ろす。
「大変よろしい人選ではないでしょうか」
「ふむ。……で、だ。ポストフめは、やや、お前を崇拝している気があるからな。厳しい特訓は難しかろう、と考えている」
メルクマがうんうんと頷いている。
え?
そんなに厳しい特訓なんて私には不要ですけども。
全然、普通のトレーニングでいいんですけど。
そう、面と向かって言ってやりたい。
「そこでだ。ポストフをサポートする助教に、最近、親父殿に鍛えてもらい、めきめきと力をつけつつある彼女を充てることにした」
その言葉を待っていたかのように、外から、一礼をしてカミーナが入ってきた。
唇を真一文字に結び、鬼教官の風格が漂っている。
こ、こわい。
「では、ソニヤ様。よろしくお願いいたします」
「お、お手柔らかに……」
そう返すのが精一杯だった。
◆◇◆◇◆
「……ソニヤ様、参ります」
「え、ええ」
木刀を二振り、それぞれを両手に持ったカミーナが、メイド服姿のまま、俺と対峙する。
二刀流だ。
刀身が長いロングソードを右手で正眼に、少しだけ刀身が短いショートソードを左手で逆手に構えている。
前に、父親に口を酸っぱくして聞かされたが、シュガークリー王家、すなわち、ソニヤの家系は武家の血筋らしく、女性といえども武術は王族の嗜みだそうな。
カミーナは口では手加減をしてくれる、と言っていたが、対峙するとその凄まじい闘気に圧倒される。
正直言って、怖い。
しかも、カミーナは最近、父でもある剣聖プレバースキン殿に秘密の稽古をつけてもらっている。
なんでも、一子相伝の秘伝を継承しているらしく、その訓練の賜物か、剣の腕前とともに、なにやら、『気』のようなものを使った戦闘方法をも修得し、そこいらの一般の兵士とでは、その戦士としての技量が桁違いなものになってきている。
「はああぁぁぁーっ!」
何やら、カミーナが持つ木刀の刀身が光っているのですが。
そして、間髪いれず、カミーナが右手大上段で正面から撃ち込んできた。
一応、俺はこれでも、中学時代に鍛えた剣道初段。
なんとか、その正面打ちを受けとめようとする。
と、カミーナが、少しだけ、手前に引くように、剣を振り下ろした。
カミーナの木刀は、俺の構えている剣にあたり、そのまま、まるでバターを溶かすかのように、抵抗をみせることもなく振り下ろされた。
そして俺の手元には、真っ二つに叩き斬られた、木の棒が残された。
「そこまで!」
審判を勤めていたポストフが白旗をあげた。
カミーナの勝利を判定していた。
練習試合の勝負はあっさりと終了。
俺はなにもできずに、木刀を切断されて終わった。
「お怪我はございませんか? ソニヤ様」
「あ、ありがとう、大丈夫よ」
木刀の綺麗に切断された断面を見て、背筋が凍る。
やはり、自分は白兵戦向きではないな、と確信する。
そのあとは、剣や槍の素振り、そして、弓矢の射撃訓練をした。
「おお! 姫様。ど真中に命中ですぞ!」
「さすがです、ソニヤ様」
弓矢の射撃訓練では、全射はずすことなく、矢を的に命中させることができた。
一応、高校時代に修めた弓道二段の面目躍如といったところか。
やはり、俺は、遠くからのアウトリーチのある戦闘に特化しよう。
うん。
白兵戦はカミーナたちに任せ、俺は、背後からの射撃に特化しないと。
SFC版のタクティクスオ◯ガでも、アーチャーは女性キャラのみで、強かったしな。
戦闘時の役割分担を一人で勝手に決めておく。
最後に、柔軟体操をして、健康増進プログラムの時間を切り上げた。
割と身体は柔軟なので、これはあまり疲れない。
というかこれ、全体的には、健康増進というよりも、単なる戦闘訓練じゃないか?という素朴な疑問をもったが、郷に入れば郷に従え。
粛々と訓練に勤しんだ。
◆◇◆◇◆
次の日の昼間。
教育の一環として、家庭教師の元で勉強をすることになった。
まぁ、最近のゴタゴタのせいで、有耶無耶になっていただけで、元々ソニヤには家庭教師がついて、勉強を教えていたらしい。
で、そろそろ、環境が落ち着いてきたので、学習時間をまた復活させよう、ということらしい。
つまり、甘やかされる時間は終わり、ということだ。
「では、姫様。こちらを音読してください」
「はいはい。えーと。……古代魔法帝国『アルスマグナ』の圧政に苦しめられた、我らが先祖は……」
家庭教師としてつけられた、おじいちゃん先生からの指導のもと、文句も言わずに本の音読をする。
中身については、西方諸国に伝わる歴史物語で、圧政を敷く古代魔法帝国に対し、西部の王国群が千年もの昔に、独立戦争をしかけ、その地位を確立した、というのが歴史上の定説だということも学んだ。
その後、古代魔法帝国は、魔が支配する領域と成り果て、魔王が支配する邪悪な世界が誕生し、西方諸国は、人類の最後の砦、ということになっている。
だから、まぁ、例の古代魔法帝国時代の金貨を持っていったらびっくりされたんだな、と思う。
でも、こんな古代魔法帝国の話なんて、ゲームでは一言もでてこなかった気がする。
うーん。ゲームとは似ているが別の世界の話なのか、はたまた、裏設定で、こういったものがあったのか。その真偽はわかりかねる。
本の音読のあとは、先生による講義で、諸外国の状況や、シュガークリー王国の農業や工業の現状分析など、為政者の内政に必須のスキルについての講義が続いた。
でも、内容は、どこそこの地域の特産はなになに、どこそこの国の娘はどこそこの国に嫁いだとか、そんな話ばかりで、正直いってつまらない。
それでも、新しく聞くことばかりなので、この世界の基本知識として、一生懸命に覚える。
「姫様は変わられたな! 心を入れ換えられましたか!」
俺が真面目に勉強をしているのを見て、たまに様子を見に来ている廷臣たちがびっくり仰天している。
俺もうすうす気がついていたんだが、このソニヤ姫は、今まで、学習意欲が皆無で、学が全然たりなかったらしい。
脳ミソの出来に関しては、かなり残念な娘だったことがすでに判明している。
まぁ、ゲーム中でも、そのセリフを聞いていて、やけに語彙が貧弱だなー、なんて思っていたが、それを忠実に反映しての設定付けなのかもしれない。たぶん。
ああ、なんて不憫な子なんだ。
だが、俺がそんなソニヤ姫のアホの子イメージを変えてやろう!
才色兼備の姫。
傍らには、忠実な騎士が、常に付き従う!
あれ? そういえば俺の周りには、残念な男どもしかいないな。
王のそばに侍るべき、純朴で真面目な騎士タイプの美青年が全然いない。
……しかたがない。カミーナを俺の騎士に任命しよう。
はた目には百合っぽくみえるか?
あー、でも、ぺったんこだし、一応、男装させればそれっぽいか。
まぁ、いい。
俺はニヤニヤ笑いしながら、話の続きを聞く。
そんな俺を、家庭教師のじいさんが、気味の悪いものをみるような目つきで見つめていた。
おい。そんな目はよしてくれ。




