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第十九話 おぺらふたたび

「ソニヤよ、すまないのだが、お前に頼みがある」


朝飯時、神妙な様子で、父である国王のメルクマが話しかけてきた。

俺は、蜂蜜をたっぷりとかけた食べかけのチーズ入りパンを手に持ちながら、一瞬だけ、口の中に放り込むべきか否か逡巡した後、勢いに負けて、パクリと口の中へと一口で放り込んだ。

もぐもぐと口一杯にパンを頬張りながら、いったいなんの用事だと、訝しげな視線を父へと向けてみた。


普段ならば、頼みではなく命令といった感じで語りかけてくる父が、今回ばかりは、お願い、ときた。

非常に珍しい。

俺は、口の中のパンをゆっくりと咀嚼し飲み込むと、居住まいを正し、父に正対する。


「なんでございましょうか、父上?」


「……その前に、その口元の蜂蜜を拭え、ソニヤ」


「あ、すみません」


急いで、口元を拭う。


「……さて。実はな、お前宛に招待状が届いていてな」


そういって一通の封書を懐から取り出し、こちらに渡してきた。


「はぁ。招待状ですか。私にお願い、というからには、その招待に招かれろ、ということでございますか?」


「おお! さすがに、そなたは聡い娘じゃな。うむうむ、まさにそなたの察しの通りよ!」


いや。今までの話の流れからして、そう思うのは当然じゃないのか?

そんなことを考えながらも、笑顔を浮かべ、父に対し親愛の証を見せる。

この笑顔の鉄仮面を被るのにもだいぶ慣れたなー。


「お父様が招待に招かれろ、とおっしゃる方ならば、それは大層、ご高名な方なのでございましょうね」


招待状をしげしげと観察してみると、一応、差出人と思わしき名前がある。

えーと。サインなので、わかりづらいが、ゼクサイス、と読めるかな?


「……ううむ。たしかにあの御仁は、名前は高名ではあるのだが、あまり、社交界にも顔を出されぬ方なのでな」


「ふふ。出不精な方なのですね」


招待状から視線を外し、父へと笑顔を浮かべる。

ああ、私と同じ出不精な方ですか。

少しだけ親近感がわく。


「そうとも言えるかもしれん。今回のように、あちらから招待状が届くなど、我が家にとっても非常に珍しいこと。であるから、この機会を使って、少しでも歓心を得てくるのが、此度のそなたの勤めよ」


「歓心、ですか」


はぁ、と気のない返事をしておく。

正直、面倒この上ないし、相手が自分よりも格上だったりすると、気の使いようが半端ではないので、回避できるものならば、回避をしたいというのが本音だ。


「まぁ、お父様の話はわかりましたが、お相手はいったいどなた様でしょうか?」


「うむ。商工組合(ギルド)の評議会議員であるゼクサイス殿だ」


「ゼクサイス様、ですか」


ゼクサイス。初めて聞く名だな。

ただ、なんとなく、少し前にギルドで出会った、銀髪のオッドアイ男の微笑み姿が脳裏に浮かぶが。


「そうだ。お前宛の歌劇(オペラ)の招待状が届いておる。ゆえに、そなたは、歌劇の鑑賞をゼクサイス殿とともにし、そして、これがとてもとても大事な。そう最重要なことなのだが、我が国の厳しい財政事情を、是非ともかの御仁へと直訴せねばならない」


……ん。財政事情?


「ま、待ってください、お父様! 財政事情って一体全体、何のことですか!?」


おいおい。いきなりなんの話に飛ぶんだよ。

財政事情の直訴って。それじゃあ、まるで、うちの国の財政が火の車みたいじゃないか。

……いや、待てよ。たしかに、最近、お小遣いが減ってきているのは、肌身で感じていたんだけど。

え。待ってください。本当に?


「この際だから、ソニヤよ。そなたにも話しておくが、我が国の財政事情は、魔王軍との戦いに費やすコストのために、火の車なのだ」


え、えぇ……。

マジですか。


「だから、少しでも、ギルドの歓心を得ること。そして、戦費調達の交渉を少しでもこちらに有利に運ぶのが、王族としてのそなたの責務よ」


「い、いきなり、そんなことを言われましても……」


変にハードルをあげられるのは困る。

こちとら、交渉スキルなんてないのだ。


「なにも、難しいことは言っておらん。ただ、そなたも魔王軍との戦いを経験しておるし、その貢献を単に、ゼクサイス殿に語って聞かせれば良いだけよ。さすれば、かの御仁はその賢察により、我が国の魔王軍への防波堤としての偉大なる価値に、きっと目を向けて下さるだろう」


「お父様は、ゼクサイス様とお知り合いなのでございますか?」


ここまでメルクマが、言い切るのだから、その人となりを知っているのだろうか。


「む。ゼクサイス殿とは、わしもパーティーで、ちらとしかあったことがないな」


「はぁ、そうでございますか」


なんだ。単なる思い込みか。


「ゼクサイス殿は、西方諸国でも、指折りの強大国である大プライヒ帝国の第二皇子でもあり、教皇倪下もそのご親戚であると聞き及ぶ。帝国と我が国とでは、その経済規模、国土の広さ、人口といった様々な点で国力差が正直大きい」


「それはまた、すごい方ですね」


はぁ。

うちみたいな小国とは、段違いな家柄ですね。

まぁ、うすうす気がついていましたが、やっぱりうちは小国なんだな、と。

知ってたけどね。


「まぁ、そういうわけなので、ソニヤよ。そなたは歌劇鑑賞へと参加し、このわしからの親書を手渡した上で、我が国の存在価値、窮状をしっかりとアピールしてくるのだぞ!」


「……は、はい」


断ることは絶対に無理そうなので、仕方がなく歌劇鑑賞に招かれることとなった。


はぁ。あんまり、積極的には行きたくはないんだけどなー。


◆◇◆◇◆


……そこは前に、ゼクスと名乗るギルドの重鎮にしてオッドアイの銀髪優男に、魔王とともに連れてこられたオペラ会場だった。


しかも、前回と全く同じ座席。

全身から嫌な感じに冷や汗が吹き出てきた。


「ふふ。お初にお目にかかりますソニヤ姫。私、ギルドの評議会議員を勤めさせていただいている、ゼクサイスというものです。あ、本名ですよ」


そういって、目の前でオッドアイの銀髪優男が笑顔を浮かべていた。

しかし、私はその笑顔には騙されない。


「は、はじめまして。そ、ソニヤと申します」


とりあえず、挨拶をした。

怖くて視線があわせられない。


「初めてお会いするのに、まるで、以前にお会いしたような気もするんですよ。ふふ。これって、もしかして、なにかの運命なのかもしれませんね」


「……え、えーと。ほら、もしかしたら、どこかのパーティーでお会いしたのかもしれませんね。あははは……」


とりあえず、笑ってごまかす。

誤魔化しきれていない気もするが、そこは押し通す。


「あ、こちら、父メルクマからのゼクサイス様への親書になります。どうぞ、お受け取りください」


そういって、父から預かっていた手紙を手渡す。


「ふふ。たしかにお預かりしました。……中身はそうですね。財政援助のお願い、といったところでしょうかね」


「! ……わ、私には、中身を読む権限を与えられておりませんので、わかりかねますが」


こ、こいつ、心の目でも持っているのか?

それとももしかしたら、うちの国内事情を全部わかっているのか?


私がジーっと見ていたことに、気がついたのか、ゼクサイスは笑って首をふった。


「いえいえ。お気になさらず。あぁ、これは、独り言なのですが、魔王軍と正面切って、西方諸国を守護していらっしゃるシュガークリー王国の貢献を、一時たりともギルドは忘れたことはありませんよ。ソニヤ姫も、その点はご心配にはおよびません」


「そ、それはとてもありがたいことです……」


こちらから話を切り出す前に、向こうから満額回答をもらってしまった。

しかし、あまりにも、話がうまく進みすぎている。

そう、まるで、シナリオ通りみたいな。


「さぁ、政治の話はこれくらいにして、歌劇を楽しもうではありませんか。どうです。こちらの葡萄酒(ワイン)は特上品ですよ。それとも、そうですね、蜂蜜酒(ミード)の方がよろしいですか?」


「あ、えーと……じゃ、じゃあ蜂蜜酒で」


とりあえず、軽くお酒をいただき、ちびちびと飲む。

やはり、私としては、ゼクサイス=ゼクスを警戒をして、なるべく、おしゃべりは控えようと思い、静かにオペラを堪能する。


「おや? 僕は、ソニヤ姫のご機嫌を悪くするようなことを言ってしまったかな? お酒もおしゃべりもしていただけないし」


「あ、えーと。オペラが素晴らしすぎて、そちらに集中しておりまして。申し訳ありません」


当たり障りなく、微笑みながら答える。

この鉄の笑顔はまだ有効に機能している。


「……飲み物がきれましたので、少し、失礼いたします」


使用人がそういって新しい飲み物を取りに席をはずした瞬間、二人だけになったところで、ゼクスが声をかけてきた。


「もう少し、寛いでくださっても良いのですよ?」


「いえ。充分に堪能しておりますが……」


「ソニヤ姫とは初対面……ですから、いろいろとお聞きしたいことがありますね。例えば、そうですね。男性の好みのタイプとかはいかがです?」


「あー。すみません。私には許嫁がおりますので、そういったことは口外いたしかねます」


壁に耳あり障子に目あり、だ。

迂闊なことは口に出せないし、こいつに何か情報を提供するのは危険だと第六感が知らせている。


だが、まぁ、パプテス王国のシロット王子は、魔王の話から推定して『黒』だと既に認定しているので、仮に、彼が魔王軍から戻ってきたとしても、よりが戻ることはもはやなかろう、とも思う。


そうなると、もう私は独身を貫くしかないな!


イギリスの某女王みたいに『処女王』とか名乗ってみるとか。


そんなことを妄想していると、いつの間にかゼクスが俺の隣に座っており、耳もとにそっと囁いた。


「僕、欲しいものは絶対に手に入れる主義なんです。それだけは覚えておいてくださいね」


ちょうどそのタイミングで、使用人が新しいお酒を持ってきた。


はっとして、ゼクスの方を振り返る。

すると、一瞬前まで隣にいたはずのゼクスは、使用人が出ていったときと、寸分違わぬ位置、格好で、元の席でくつろいでいる。


え? いったいどういうこと? どういった意味?


私は戦慄するしかなかった。


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