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第二話 ふぁーすと るっく ふぁーすと きる

「か、カミーナ。きょ、今日の予定はどうなってる、じゃなくて、どうなっていたかしら?」


素で話すとどうしても男言葉が出てしまう。

……意識して喋らなければ。


「……はい。ソニヤ様。午前中は、近隣の町の商工組合(ギルド)の新店舗落成式典への出席。午後はこちらに訪問される侯爵様が主催する、立食パーティーへの参加、が予定されております。それと……」


この世界で目覚めてから二日が経った。

あの後、もうひと眠りして、目が覚めたら元の世界に戻っている、とかそんな都合の良いことはなく、俺は、未だにソニヤ姫のふりを続ける羽目になっている。



今俺が話している侍女のカミーナは、中肉中背。黒髪ストレートの美女で、俺が飛び起きた時に、即座に駆けつけてきてくれた姫お付きの侍女だ。

俺専属の侍女らしく、俺のそばを片時も離れない。

フリフリのメイド服を着込んでおり、かなり似合っていると思う。もしかしたら、お勤め用の制服かなにかなんだろうか?

……それと、個人的に気になっているのは、彼女のまな板の様なバストだ。

胸はあまり大きくないと思われる。


「……ソニヤ様。先程から私の方をジロジロと見ておられますが、何かございましたか?」


「あ、いや、なんでもない……わ」


おほほほ……と、とりあえず笑って誤魔化す。

さすがに、『俺は実は男で、この世界の人間ではないのだよ』と主張したところで、真に受けてはもらえないだろう。

そんなことをカミングアウトすれば、当然、(ソニヤ)は、頭のどこかのねじが外れてしまった、そんなおかしな女だ、として扱われ、運が良くて、塔なんかにある牢獄にて終身幽閉。運が悪ければ悪魔憑きとしてあっさりと処刑され、その存在を消されて終わり、といった塩梅に処理されるのではないかと疑っている。

やはり、リスクを加味すると、中世ヨーロッパあたりの文化レベルで考えておいた方が無難だろう。

……この秘密は、まだまだ開示すべき時期ではない。と、心の中の、沈着冷静かつ合理的な思考をする、もう一人の俺がささやく。


「え、えっと、そういえば、お父様はどちらかしら」


「!? ……へ、陛下は騎士団とともに、現在、国境へと視察に赴かれておりますが? ソニヤ様は先週、涙ながらにお別れの言葉を陛下に述べたばかりではないですか!」


カミーナは、いったい、お前は何を言っているのだという驚愕しきった顔をこちらに向けてきた。

ジト目をこちらに向けながら、呆れたような口調だ。


「あ、あれー、そうだったか……しら?」


俺としてはゲーム内でのソニヤ姫の口調を一生懸命に真似るだけでいっぱいいっぱいなのだ。

あまり、うまく情報を周囲から引き出せないことについては、この際あきらめている。


……そういえば、ゲーム内で魔王である主人公が姫を襲ったときに、そんな設定をさらりと説明されていたような気がする。


騎士団がいないがために、砦の防備が薄く、簡単に砦が落ちた。

そして、ソニヤ姫は哀れ、虜囚の身に。

……ん? これって、もしかしたら、魔王の襲撃ってもうすぐなんじゃないか?


たしか、襲撃の前にもう一つイベントがあったはずだが……。


そんな喉元に魚の小骨か何かが引っかかったような気持ち悪さで、もやもやとしているときに、廊下の向こうから小太り気味の初老の小男(かつ、禿げている)が小走りにやってきた。


「……あ」


俺はその顔に見覚えがあった。


……あいつはこの国の宰相だ。

たしかゲーム本編では魔王である主人公(俺)をこの国に手引きした張本人。

ソニヤ姫にとっては、まさに、悪夢を引き連れてやってきた大罪人だ。


ちなみに、これは余談なのだが、ゲーム内では、こいつ専用のエロイベントもあり、魔王が留守でいない隙にソニヤ姫にちょっかいをかけ、陵辱CGをプレイヤーに与えてくれるという、美味しい役どころを演じている。

妙にねちっこく脂ぎったCGだったことを思い出す。

俺はこいつの顔を見た瞬間に、背中を虫酸というものが這い回るのを直感的に感じる。


ふふふ。だが、俺はすでにこいつが自由に動き回っていることが自分(ソニヤ姫)にとって非常に厄介で危険である、ということをよく理解している。


運が悪かったな、宰相よ!


「……衛兵! 宰相を牢屋に! こいつは、私を昨日、廊下にて押し倒したわ!」


近くの衛兵たちが、ぎょっとした目をこちらに向けてくる。

まあ無理もない。


「ひ、姫様! な、何をおっしゃっているのですか!」


宰相が、顔を真っ赤にして、声をひきつらせている。


俺は努めて低い声で冷徹な判決を告げる。


「申し開きは父上が帰ってきた後、法廷にて聞こう。衛兵たち、この者を引っ立てよ!」


「……はっ!」


無罪を訴えている宰相を衛兵たちが羽交い締めにし、押さえ込みながら、いずこかへと連れていった。

やはり、宰相と言えども、王族の威光にはかなわないみたいだ。ふー、とりあえずはよかった。


……まぁ、もし、本当にこの世界が、ゲームとは全く違うパラレルワールドで、大臣が本当の本当に無罪でした、というのであれば、後でお詫びの印に、俺(ソニヤ姫)の胸くらいは揉ませてやろうか。そして、それだけで満足してもらおう。うん。


俺はとりあえず危険な宰相を、(冤罪の可能性は残るものの)事前に無力化させることに成功したので、ほっと胸をなでおろした。


やはり、戦闘は先手必勝。ファーストルックファーストキルに限るな。


……さて、次に考えないといけないのは魔王軍の襲撃のタイミングなんだが、ゲームでは、たしか、夜半過ぎに魔王の軍勢が地下道を通って城内へとなだれ込み、侵入してきたはずだ。

そして、内部の裏切り者たちの手引きと外部からの軍勢とが呼応し、砦の騎士たちが抵抗する間もなく、一瞬で砦を落としたのだ。


まぁ、エロゲーで遊ぶのに、最初のイベントの戦闘時に、抵抗される設定なんて本当にいらないしな!


だが、そうは言っても、攻められるこちら側の立場としては、いかに逃げるかということを、今のうちに綿密に算段しておかなければならない。

少しの判断ミスが、俺のバッドエンディング(凌辱生活)へと直接に繋がってしまう。


俺は思案を続ける。


……魔王が攻めこむ前、安全である今のうちにこっそりと一人で逃げるか?


だが、姫という立場上、いきなり砦から消えるというのもいかにも不自然だ。

そして、もしかしたら、宰相以外にも内通者がいる可能性もある。

というか、一人しかいないと考える方が危険であり、複数名いると考えた方が自然だろう。


そして俺が、少人数のお忍び行で逃げていて、そこを襲撃犯に襲われでもしたら、その時点で俺なんて、抵抗もできずに即アウトだ。

そして、哀れ、俺、ソニヤ姫は魔王軍の慰み者に、と。


……そ、それはいやだ。


手のひらをきつく握りしめる。


それならばいっそ誰かに助力を求めるか?

これから魔王軍が攻めてくるから、是非とも俺を守ってくれ、と。


……いや。無理か。証拠も何もないのにいきなり魔王軍が襲ってくる、なんて言ったところで、誰も俺の言質など信用をすまい。

むしろ内通者の耳に入り、相手の油断すら誘えなくなるかもしれない。


そう考えると逃げる算段は、ぎりぎりまで敵にも味方にも隠しとおしておかなければならない。

戦場における、敵味方ともに混乱している状況でのみ、俺の今後の活路が開かれる、と。


「!!」


……あ、思い出した。

襲撃時には、ソニヤ姫たちは、隣国の王子との婚約記念ダンスパーティーの後で、みんな酔いつぶれていたはずだ。

そんな都合の良いタイミングでの奇襲なんて、たぶん宰相からの情報に基づいた、魔王軍の作戦だったんだろうな。


「ねえ、カミーナ? そういえば、私の婚約を記念したダンスパーティーっていつだったかしら?」


「……えっ?」


非常に困惑した表情を浮かべたカミーナが、俺を一瞥した。

おい。そんなゴミを見るような目で俺を見つめるのはやめてくれよ。


「ソニヤ様、大丈夫ですか?」


頭が、と追加して発言をしたいそぶりを見せるカミーナを、俺は軽くにらんだ。


「はあ……。ソニヤ様。明後日の夜でございますよ。姫様が主役なのですから、もっとしっかりなさってくださらないと!」


カミーナが額に手を当てながら、やれやれとため息をついた。

心底、失望をしている、という様子が手に取るようによく分かる。


くくく。だが、俺にとっては、そんな失望を見せる姿すら神からの恩寵のような素晴らしい情報に思えてくる。

……そうか。明後日がXデーか。


「カミーナ。申し訳ないけれども、衛士長を呼んでくれるかしら。砦の警備状況について聞いておきたいのだけれど」


「? はい。承知いたしました」


カミーナが一瞬、不思議そうな顔を浮かべるたものの、素直に承諾した。


「うん。お願いね」


俺は一つ頷くと、決意を胸に、握りしめた拳に力を込めた。


◆◇◆◇◆◇


「やつめ。まさか、わしらの計画に気がついておるのか」


暗く湿った砦の地下牢に放り込まれた宰相は不安に囚われる。


「だがまぁ、やつめは、わしが押し倒したとか何とかぬかしておったからな。まあ、単なる錯乱だとは思うのだが。……しかし、あやつめ。覚えておれよ。あの方が来られた暁には、女で生まれたことを心の底から後悔させてやろうぞ……ぐふ、ぐふふふ……」


宰相はそのときのことを頭の中で思い描き、その瞬間がまもなく来ることに心の底から満足感を抱く。


「あぁ! 明後日が楽しみだ!」


独房から、ぶつぶつと聞こえてくる宰相の独り言を、牢屋の番人たちは、気でも触れたのかと、若干、薄気味悪く聞いていた。

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