第十七話 べりあるくんとうじょう
「ソニヤ姫におかれましては、本日もたいへんお美しく」
「……ふふ。ありがとうございます」
「わたくしも、ソニヤ様のような凛とした美を手に入れたいものですわ」
「……ふふ。ありがとうございます」
「ほっほ。ソニヤ姫。ご機嫌麗しゅう」
「……ふふ。ごきげんよう」
単調な挨拶を、機械のように返すだけなのに疲れてくる。
というか訪問客が多すぎじゃね。
今日は、国王主催のパーティーが宮殿で開かれている。
朝方、カミーナから聞いた話だと、ご先祖様である何代も前のとある王様の、そのまたとある英雄的な戦い(なんちゃら大会戦とか、ご大層な名前があったが忘れてしまった)を永代まで讃えるためとかいう、そんなどうでもよい理由らしいが、正直よくわからない。
まぁ、飲んで騒ぐのに、もっともな理由が必要だったのだろうとは推測できるが。
「ソニヤよ。そなたも、少しは会場を回りながら、我が親愛なる臣民たちへと挨拶をしてこぬか。そうだな、なるべく普段会話をせぬものたちと交流するのがよかろう。……わかるな?」
「あっ、はい」
父であるメルクマが、いつまでも壁の花(もしかして、染み?)として、受動的かつ機械的な挨拶しかしていない俺に対し、ついに業を煮やしたのか、会場内での積極的な営業活動を命じてきた。
やはり、どこの主宰のパーティーであったとしても、壁の染みとして、受動的にしか、俺が挨拶をしていなかったことを、どうやら父は快く思っていなかったらしい。
うーん。なんというか、正直、人と話すのは苦手なんだよなー。
それに、どこでボロが出てしまうかも、わからないし。
加えて、個人としては、そこまで社交界の情報を仕入れる必要性も感じていないしなぁ。
……誰それの奥方と、どこそこの妻子持ちの貴族とが良い関係らしいですよ、とか、どこそこの貴族が他国のだれそれと懇意にしている可能性が高い、とかそういう情報を皆、我先にと俺にチクってくる。
いやいや。そんな派閥間戦争とか、貴族間の機微の問題に、純真な俺を巻き込まないでくれよ、と心の底から思う。
というか政略政争には絡まれたくない。どうせろくなことにはならないし。
そんなわけで、正直なところ、まったくやる気がでないわけだが、とりあえず国王の目の届く範囲にいると怒られそうなので、一応、社交の努力をしていることをアピールするために、会場をふらふらと出歩くことにした。
まぁ、会場内で愛想をふりまくくらいはしておかないとな。
会場をぶらついて、適当に時間をつぶせばよいかなー、くらいな心持ちだ。
そんなことを考えながら、パーティー会場内でつくり笑いを浮かべ歩いていると、中ほどで多くの人々でごった返す、人だかりを発見した。
その中心には着飾った一人の女性がいる。
……あれはたしか、シェリア侯爵令嬢か。
偶然この前、魔王の部屋から出てくるところでばったりと出会ったシェリアは、今日も社交界の花形として、周りに取り巻きの女性を従え、お気に入りのイケメンの貴族子弟たちを侍らせ、それはそれは楽しそうに歓談をしていた。
彼ら彼女らの心の内はわからないが、皆、外見だけは楽しそうな面をしている。
シェリアは、銀髪ロング、毛先がくるくるとうず巻いている。
意志が強そうな切れ長の瞳が印象的で、美人の部類に明らかに入るであろう。
あと、胸がでかいな。うん、でかい。
赤色のドレスに抜群のプロポーションを備え、まぁ、普通の男ならば、あんな美人に言い寄られれば、間違いなくベッドを共にするだろうと断言できる。
そういった意味では、あのシェリア嬢に言い寄られても、まったく微動だにしなかった魔王様という存在は、なかなかに貴重なのかもしれない。
もしかしたら、いわゆる魔族の美醜の価値基準が人間の一般のそれとは違う、というだけかもしれないが。
真相はわからない。
「ソニヤ様。ご機嫌よう」
じいっと、俺が見ていたことに気がついたのか、シェリアがにこやかに挨拶をしてきた。
そして、面倒この上ないことに、近づいてきた。
「ご機嫌よう、シェリア様」
俺も笑い返す。
ふんわりとした笑顔を、どんなときも、誰に対しても一瞬で作れる。
ここまでできるようになるのに、それなりに努力を重ねたものだ。それこそ血のにじむ様な、と表現してもいいだろう。
まぁ、今世、これが俺の仕事みたいなものだしな。
「本日も大変お美しく。ところで、ソニヤ様に、実は折り入ってご相談したいことがございまして……」
そう言って、俺の前へとすっくと立つシェリア。
一拍おいて、シェリアが周囲へと目をやると、察した取り巻きや、会話を楽しんでいたイケメン貴族たちが一礼をして次々と離れていき、私たち二人だけの空間ができる。
「相談?」
「はい。でも、ここでは、少し不都合が……」
そういって、声を潜め、周囲に視線を流す。
うーん。不都合?
いったい、何の陰謀の相談だよ。
「でしたら、宮殿の個室に……」
「いえ。もしソニヤ様がよろしければ、これから私と外へとお出かけいたしませんか?」
「外出ですか? うーん。父の許可があれば可能だとは思いますが、あまり良い返事をもらえないかもしれませんよ」
なんだか、この娘、ぐいぐい来るなー。
というか怪しさマックスである。
もしかして、俺を変な陰謀に巻き込もうとはしていないよね。ね?
君、魔王の現地関係者っぽいし。
でもまぁ、ここまで、面と向かってお願いされると、やっぱり面倒だから嫌です、とは断りにくい。しかも、証拠もないのに、魔王と内通してますよね、とも言えないし。
仕方がないので、父親のところに顔を出す。
「え、えーと、お父様。シェリア様と少し外出をしたいと思うのですが、許可はいただけますでしょうか? 無理ならば無理とおっしゃっていただければ……」
個人的には、ダメだ、と言ってほしいが、まぁ、当然ながらというか、父親のメルクマは相好を崩し、微笑んだ。
「おぉ、侯爵のところの娘子か。構わん構わん。楽しんで来なさい」
と、思いの外、あっさりと許可が出てしまった。まぁ、そうなるよね。
ここまで来て、やっぱり面倒です、とかいう理由だけでは、もはや外出を拒むことは無理そうなので、仕方なく、シェリアの家の馬車へと乗りこむことになった。
最初はカミーナに付き添いでついてきてもらおうと画策したのだが、シェリアの家の家人が、それには及ばない、として結局断られた。
なんでも、やはり、付き人同士には縄張りみたいなものがあって、客人をもてなすのは、各家の付き人の役目らしい。
たしかに、宮殿にやってくる客の世話は、うちのものたちがやっていたな。
仕方がないので、カミーナを置いて一人で馬車に乗り込むこととなった。
一緒に乗っているシェリアとは微笑みを交わしあい、しばらく無言で外を眺めていた。
そうすると、いくつかの門をぬけるのが見てとれた。
たしか、シェリアの実家の侯爵屋敷は、王都最中心部の区画のすぐ隣なので、移動にはそんなに時間はかからないはずだ。
「……そういえば、ソニヤ様と、こうしてゆっくりと二人だけでお話しをするのは初めてですわね」
一緒の馬車に乗り込んでいるシェリアが話しかけてきた。
「ええ、たしかにそうですわね。しかし、それにしても、王宮でできない相談って、いったいなんなのですか?」
かたかた、と石畳を通る毎に馬車が揺れる。
しかし、こいつ、いったいなにを考えているんだろう。相談、とか先ほどは言っていたが、いったい俺に何の相談をしようというのだ。
「ふふふ。ソニヤ様。それは、到着してからのお楽しみということでございますよ」
口元に指先をあてて、いたずらっぽい笑顔を浮かべるシェリア。
なにかサプライズパーティーでも用意してくれているのか、ひどくにこやかな笑顔だ。
これで、乱交パーティーとかの、魔女宴的なやつだと困るんだが。
俺は、そういった、パリピなイベントには拒否反応を起こす質なのだ。
そういうわけで、しばらく、静かに過ごしていたのだが、いつまでたっても現地に到着しない。
もう、何個もの門を越えていて、明らかに侯爵の本邸屋敷が目的地ではない。
「えーっと、シェリア様? 本邸屋敷に向かっていたのではないのですか」
「……はい。別邸になりますので、今しばらくお待ち下さい」
笑顔を浮かべるシェリア。
でも、なんとなく、その笑顔が作り物めいていて、目が笑っていないように感じるのは気のせいだろうか。
しばらく馬車移動が続き、さすがに眠気を催す頃にシェリアから声がかかった。
「……さあ、到着いたしましたよ」
「え。ここは?」
そういって、連れてこられたのは、結局、王都トルテの城壁の外側に作られた、山に程近いところにある中規模な屋敷であった。
周囲を木製の壁や堀で囲まれ、なんとなく山賊砦、みたいな趣があるのは、正直、趣味が悪いな、とは思う。
「ではこちらにいらしてください」
「……はい」
馬車を降りて、屋敷へと入る。
入り口もそうだが、廊下のあちらこちらにも、鎖帷子や、固革鎧を着込み、槍や剣で完全武装した屈強な兵士たちがたむろしており、どうも様子がおかしい。
パリピのサバト的なイメージとも、やや異なる。
乱交パーティーは嫌だけども、屈強な兵士たちに輪姦される、というのももっと嫌だなー。
そんなことを思いながら、シェリアの後ろをついていく。
屋敷内の廊下を歩き、地下へと続く石の階段を降りていく。非常に薄暗く、なにかが潜んでいるように感じられる。
「あ、あのー。本当に、こんなところで相談なのですか?」
「……」
前を歩くシェリアは、俺の問いかけに答えることなく、静かに前を歩いていく。
「あの、シェリア様!」
さすがに怖くなって強い調子で再度聞いてしまう。
「……ふふ。到着いたしましたよ。さぁ、中へとお入りください」
そういって、シェリアはこちらを振り向いた。
しかし、その顔は先ほどまでとは異なり、瞳に冷酷な色が浮かんでいる。
そして、背後では屈強な兵士たちが、逃げ道をを塞いでいる。
どうやら、前にしか進めない一本道のようだ。
「あ、あのー。これは」
さすがに、これは嵌められたな、と気づく。
でも、会場内であんな大っぴらに俺を誘ったのだから、俺を害することはないとではないか、と理性は訴えてくる。
「ふふふ。ソニヤ様がいけないのですよ。あなたがあの方をたぶらかしたりするから」
「え、えーと。話が見えないのですが」
本当にわからない。
こいつ、なにを言っているんだ。
「ふふ。隠しだてをしたとしても無駄ですよ。あなたが、魔王様に取り入ろうと、王都の宿で密会していることは調べがついているのです」
「ま、魔王!?」
も、もしかして、白鷺亭で、魔王と合っていることがばれた!?
でも、おかしいな。
魔法の眼鏡でちゃんと素性を隠していたはずなのに。
「もはや、我らといたしましても、あなたを放置することはできなくないと判断させていただいたので、『処置』を施させていただきます」
「……しょ、処置って?」
かなり、やばげなキーワードがシェリアの口から飛び出してきた。
え? 俺に危害を加える、ということ?
「わ、私に何かあったら、あなたたちもただでは済まないのではなくて? 今回も、シェリア侯爵の家へと行くことは、父を始め、皆に知れ渡っているのだから!」
「ふふふ。ご安心ください。外からはまったくわからないものですから、その点はご心配にはおよびませんわ」
そのシェリアの邪悪な笑みに、背中がぞわぞわとする。なんとなく、魔女的なイメージを受ける。
「痛みはございませんのでご心配なく。少しだけ、あなた様には眠ってもらうだけですよ、そう、魂を捧げていただき、永い永い眠りに……」
「た、魂って……」
とても嫌な予感しかしない。
「あなた様の魂を悪魔へと捧げ、契約をしていただきます。そう。我々にとって忠実なる姫君になっていただくためにね。ふふふ」
そういって、妖しげに微笑むシェリア。
「さぁ、儀式を!」
「「はっ!!」」
掛け声とともに、後ろに控えていた兵士たちによって縛り上げられる。
これは歴とした王族に対する反逆罪だが、その動作に躊躇はない。
「ちょっ! どこさわってる!」
縛り上げられるどさくさに胸を揉まれた気がする。
……あっという間に縄で縛り上げられて、天井へと吊るされる。
手首がぎゅっと、天井に引っ張られ、とても痛い。泣きそうになる。
床には大層な複雑怪奇な魔方陣が、赤いなにかでもって描かれている。
とても邪悪な感じだ。
「ああ。ソニヤ様。お美しい姿ですよ」
シェリアは嗜虐心が強いサディストなのか、私の縄で縛り上げられた姿を見て、恍惚の表情を浮かべている。そして、なにか、よく知らない言葉で呪いの言葉を紡ぐ。
……こいつ、魔導師か!
「さぁ、地獄の住人たちよ。この贄を門、我の言霊を鍵とし、我の求めに応じ、現世へと現れ出でよ!」
シェリアがもはや、その美しき令嬢という仮面を脱ぎ捨て、邪悪なその真の姿を表している。
「……ふふ。さて、我が名により、誰がでてくるのやら」
さも、愉悦なように、醜く顔を歪めるシェリア。
おいおい。こいつ、本当に魔女だったのか!
まさに、字義どおりの『魔女宴』じゃないか!
悪魔に捧げられるのは古来より、うら若き処女が良いと決まっているので、そういった意味では、俺の処女性が証明されたのではないか。
そんなバカなことを考えて現実逃避をしてしまう。
うう。もう嫌だ。こんなところ。早くおうちに帰りたい。
そして、しばらくすると、何処からか、漆黒の霧が覆い始め、辺り一面が薄暗い闇にて閉ざされる。
そして、床の魔方陣の中央に突然、『そいつ』が現れた。
そいつは、徐々に人間型をとっていき、輪郭がはっきりとしたところで、口を開いた。
「わたくしの名はベリアル。四名の上位悪魔君主の一にして、『不正の器』と呼ばれし地獄の利益の弁護人。どうぞ、以後よろしくお願いいたします」
そういって、燕尾服を着こんだ執事風の外見を持つ少年を模した悪魔が、優雅に挨拶をしてきた。




