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第十六話 はじめてのおてがみ

「……ひーふーみー、と。はい。たしかにちょうどになりますね」


歌劇(オペラ)観賞のどんちゃん騒ぎの後、魔王が無事に、出所不明の金貨を換金できたので、宿泊代として立て替えていたお金と、その利息分をきっちりと返してもらった。

こちとら、慈善団体ではないので、びた一文たりりともまけることもなく、容赦なく取り立てた。


「アインスの、その金にガメツイところは、俺の妹にそっくりだぞ」


「え? 妹さんですか?」


魔王に、妹いるの?

お前に似て美形なん?

気になるので、ちょっと、今度紹介してくれよ、と心の中でお願いする。


「ああ。雰囲気はお前とは全然違うタイプなんだがな。金にうるさいところだけはそっくりだ」


「ふふふ。金銭感覚がしっかりとなされているのですね。きっと、良い奥さんになりますよ。マオール様の妹さんは」


魔王が微妙に憮然とした顔をしている。

妹に対して、思うところがあるのかもしれない。

とりあえず、やぶへびになることを恐れ、これ以上の言及はやめておく。


「……今日はお二方とお近づきになれて、たいへん光栄でした」


ゼクスが微笑みをたたえて、ギルド会館の奥の建物入り口でお見送りをしてくれている。


「いえいえ。こちらこそ、突然にお邪魔しちゃいまして、ご迷惑をおかけしてしまいました」


「迷惑だなんてとんでもない。アインスさん。また今度、是非ともお会いしましょう。それに、マオールさんも」


「うむ。ゼクスよ、必要があるときには声をかけさせてもらうぞ」


「はい。承知しております」


魔王は今日も平常運転らしく、いつでも誰に対しても、等しく尊大な態度だ。


「では、アインスさんもお気をつけてお帰りくださいね。あ、僕が城まで送っていくこともできますが」


ゼクスがいつもの感情が読めない笑顔で提案してくる。


「え、えーと……」


え?

それは困る。一応これでもお忍びで抜け出して、ここにきているのだ。

表から堂々と帰ったら、色々とばれてしまうではないか。


「あ、あー。あのですね。……一人でも、ちゃんと城へは戻れますので。はい。ご心配にはおよびません」


手をばたばたとふりながら断る。


「ふふ。そうですか? では、そういうことにしておきますね」


ゼクスはまた、あの曖昧な笑みを浮かべやがった。

お前の本心は全然わからねーよ!


「お、そうだ。忘れるところだった。おい、アインスよ。この手紙をソニヤに手渡してくれ」


「てがみ、てがみ。……あぁ、そうですね。手紙ですよね」


そういや、魔王とソニヤとのやりとりは文通から始めようとか俺が提案したな。

すっかり忘れていた。


いきなり宮殿まで凸されても困るから苦肉の策として提案しただけなんだが、魔王は律儀にも、約束を守ってくれるらしい。

実にありがたいことだ。


「……はい。たしかにマオール様のお手紙をお預かりいたしました。この手紙は私が責任をもって、ちゃんとソニヤ様にお渡ししておきますね」


「うむ。たいへんに重要な任務だぞ。アインスよ、任せたからな」


「はい。心得ております」


そういって、魔王から手紙を受け取った。

ピンク色のかわいらしい封筒だ。

魔王の趣味嗜好だとすると、なかなかにファンシーな脳みそである。

それとも、まさか誰かの入知恵、差し金か?


とりあえず考えたところで、真実はわからないので、思考を切り替え、もう一つの懸念事項を聞くことにした。


「ええと、あとは次回、いつごろお伺いしましょうか。マオール様」


「いつ頃? 当然明日も来るのだろう?」


「……申し訳ありませんが、明日はさすがに無理かと。最近、私は王宮よりお休みを多くいただいておりましたので、今後は、なかなか外出しにくい状況なのです」


やはり、仮病を使って外に出るのにも限度がある。

さすがに毎日、というのは、言い訳を考えるのがしんどすぎる。


「ふむ。それもそうか。まぁ、俺が王宮に直接乗り込んでいって、お前を連れ出せば問題は解決するとは思うんだが」


「マオールさん。少しは自重をお願い致しますよ。まだ、『規約(プロトコル)』があります」


俺が何か言おうとした矢先、先手をうって横からすかさず、ゼクスが口を挟んだ。


「むむ。それもそうか。では、仕方がない。ほら、アインスよ。これを持っていけ」


「ん。なんです、これ?」


渡された品物をしげしげと観察する。

見た目は黒いプラスチックっぽい光沢がある四角い塊だ。

その表面を触った手触り感は、ひんやりとしており石に近い感じだ。


「これは俺が念を発すると、震える仕組みになっている品だ」


「へー。そうなんですか。では、試しにお願いします」


「少し待てよ……どうだ?」


「おぉ、たしかに震えますねー」


手にした四角い塊がブルブルと震える。

なんとなく、スマホのバイブレーション機能みたいに震える感じだ。


「えーと、これって、会話とかは出来たりしないのですか?」


なんとなくスマートフォンっぽいので聞いてみた。


「俺が魔術で会話を届けることくらいは出来るのだがな。ただ、少しだけ、問題が、な……」


じーっと、ゼクスが、魔王を見ている。

どうやら、何かあるみたいだが、それを彼らは説明してくれないので、よく、わからない。


「と、いうわけで、俺にも色々と制約があるのだ。そういうわけだから、俺がお前を必要とするときには、それで連絡をするから、しっかりと肌身離さずもっているように」


うぐぅ。なにその、従僕を呼びつける(ベル)的なアイテムは。

非常に心外だが、それでも、これくらいしか連絡手段がないとなれば、しかたがない。


「はぁ、わかりました。でも、いいですか、マオール様。一応、私にも個人の用事、というものがございますので、そんなにホイホイと外出できませんから、そこはご承知おきくださいね」


「わかってる、わかってる」


手をヒラヒラさせながら魔王。

本当にわかっているの、君?


「では、マオール様、ゼクス様。私はこれで失礼をさせていただきます」


「うむ。今回は世話になった。今度、その褒美をとらそう」


平常運転な魔王。


「では、アインスさん。また今度」


ゼクスがなにやら含み笑いをしていた。

どうも、何かを企んでいそうな、黒い笑顔だ。


◆◇◆◇◆


城に戻ると、まだ国王メルクマは帰っていなかった。

まぁ、あれは、朝帰りコースだろうなー。

そんなことをふと考えながら部屋のベッドに腰掛け、足をぶらぶらとしていると、今日はたしか一日休暇だったはずの侍女のカミーナが、硬い表情をしながら、ドアから入ってきた。


うげ。

何か問題発生の予感。


「ソニヤ様。お話がございます」


えっ?

もしかして外出がばれたとか。

それとも、まさか魔王との密会までばれている、とか。


「……な、なに?」


カミーナがいったい、何を言い出すのかと、恐る恐る聞いてみる。


今日は基本部屋に引きこもり、気分転換に庭を散歩することもある、と宣言しておいたので、仮に、俺の顔を、宮殿内であまり見かけなかったとしても、そんなに心配はかけていないはずだ、と思う。


ただ、昼間に帰る予定だったのが、結局、歌劇観賞の結果、だいぶ遅い時間の帰宅になってしまい、昼御飯を抜かしてしまったのが、誤算だったか?

冷や汗が浮かぶ。


「実は、ソニヤ様のご許可をいただきたいのですが」


「……え、許可?」


もしかして、カミーナ。ついにアホな自分に愛想をつかして、王宮勤めを辞め、実家に帰ってしまう、とか。

たしか、実家は爵位持ちだったはず。


……やばいやばい!

このままだとカミーナに見捨てられてしまう。

カミーナにずっとこれまで助けられ続け、もはや、カミーナなしには、この世界でやっていく自信がない。


「ね、ねぇ。カミーナ。ま、まさか、私を置いて、どこかに行ったりしないよね? ね?」


「……え?」


カミーナに抱きつき、その胸(どこまでも続く平面)に顔を埋め、哀願する。

いきなりの私の奇行に困惑顔のカミーナ。


「お、お願い。どうか私を捨てないで!」


「えーっと、何を勘違いされているのかは、わかりかねますが、別にどこかへとは行きませんよ。ソニヤ様」


「え? ほ、ほんとに?」


あまりに錯乱してしまったので、涙が止まらない。

そんな涙が溢れている瞳で見つめていると、カミーナが優しくハンカチで目元を拭ってくれた。


「はい。ソニヤ様が結婚をなされ、一人でも立派にやっていけるようになるまでは、不精、私、カミーナが精一杯にお支え申し上げます!」


「か、カミーナありがとう!」


ひしっと、カミーナに抱きつく。

鼻腔にカミーナのいい臭いが入ってくる。


「……で、じゃあ結局、何をお願いしたかったの」


抱きつきながら上目使いで聞いてみる。


「はい。この度、念願かなって、剣術の修行を父から許されまして、その修行を行っても良いか否か、ソニヤ様のご許可をいただきたく」


そういってカミーナは深々と頭を下げた。


「へ? なんでまた、修行なんて」


「はい。武門の娘として生まれた私ですが、ガイコーク砦では、ソニヤ様と共に逃げるのが精一杯で、ソニヤ様を御守りすることがかなわなかった。私はそれを大変悔いております」


「……えー。でも、魔王軍相手に、そこまではできないんじゃない?」


「いえ、それでもです!」


どうやら、カミーナの意思は固く、退く気はないようだ。


「うん。わかったよ。そこまでの強い意志があるのなら、カミーナの気が済むまで稽古をするといいよ」


「ありがとうございます。ソニヤ様。父である剣聖プレバースキンの元で、剣の道を極めたいと思います」


「え、えー。カミーナのお父さん『剣聖』なんだ。そ、それはすごいねー」


カミーナのお父さんってばヤバそうな人だね。

そこが気になった。


◆◇◆◇◆


さてと。

カミーナが帰った後、湯浴みをし、部屋へと引きこもり、ベッドの上で寝転がりながら、魔王から預かった手紙を読んでみることにした。

ピンクの封筒の手紙を鞄から取り出し、広げてみる。文字は西方地域の共通語で書かれており、全てキレイな手書きだ。

それに、わりと丸文字っぽく、可愛らしい文体だ。

で、その中身なんだが、


……お前に一目会ってみたい。


……俺はお前を満足させることができる男だ。わかるだろ?


……ソニヤよ。俺がいないと寂しいのではないか?


……ベッドの中で、俺を思い、秘部を濡らしているのはわかっているぞ。


とか、電波が入った内容だった。


とりあえず速攻、暖炉にくべて燃やした。


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