第十五話 おぺらさいこー!
「あはは♥️ ねぇ、そこのシャンパンとってくれる?」
あー、気分がいい。
これだけうまい酒を、こんなにも浴びるように飲めるとは!
やはり『姫様』という立場だと、見映えの問題とか、対外的な威厳とか、まぁ、色々な理由はあるとは思うんだが、なかなか酒をたらふく飲むという機会がなく、これまでは、割とセーブしながらでしかパーティーなどでは飲めなかった。
そういった意味で、これだけたっぷりと制限なくお酒が飲めるというのは、久しぶりの解放感だ。
やはり、グラスを傾けてお上品に飲む、というよりも、気持ちよく浴びるように飲んだ方が気持ちがいいね!
「アインス。お前、もう少しセーブをして飲んだ方がいいぞ。ちょっとはしたない」
「えー、だっておいしんいんですよ、これ?」
ノリが悪い魔王様は、隣で俺にけちをつけてきた。
ちっ。お前、もっと楽しそうに飲めよ。
俺は右隣に座って葡萄酒を優雅に飲んでいる魔王を心の中で毒づく。
しかし、ここの酒はどれも混ぜ物が入ってなく、クリアな味わいだ。
それでいて芳醇で、甘みもある。
まさに、最高品質の酒を出してくれている。
シュガークリー王国での、どのパーティーなんかよりも、ここの食事には金がかかっているものと思われる。
そんな高級な食事に御誘いされて、俺は、なんて幸運なんだ。さすが、商工組合の資金力。
先ほど、オペラ鑑賞をしたくない、なんて言っていた自分は本当におバカさんだと思う。
「ささ。アインスさん。どうぞ」
俺を真ん中にして、魔王の反対側の左隣に座っているゼクスが、次々に空になった俺のグラスへと新しいお酒を注いでくれる。
ゼクス、お前、良いやつだな!
「こちらのお酒ですが、プログレ地方の……」
しかも、ところどころに挟み込んでくる、ゼクスの蘊蓄ある、酒やツマミの解説はなかなかに面白い。
やっぱり、この世界にも、酒やつまみ一つとっても、産地や、名前の由来など、色々な物語があるのだなー、と。
「わー、ありがとー♥️」
お酒はありがたくいただく。
どれだけ飲んでも、誰からも止められず懐も痛くない。
前世でもなかなか味わえない至福である。
そういえば、いつの間にか、被っていた帽子やら眼鏡やらが、邪魔になって外してしまったのだが、なんだか、そんな小さなことはあまり気にならない。
実におおらかな気分だ。
わいわいと騒いでいても、オペラ会場で奏でられる、じゃんじゃん流れる音楽や、歌声でかき消され、外へと聞かれる心配もない。
俺たちは、今、オペラ会場の左右の壁にいくつかあるバルコニーのように出っ張っている個室から、ステージを見下ろしながら観劇している。
ん? 特段、劇は見てないか。
酒ばっかり飲んでいるし。
でも、BGM代わりのコーラスは、これはこれで乙なものである。
しかし、ここは天国やな!
「歌劇というものは、たいへん良いものですね! ゼクスさん」
私は、じゃなかった、俺は心の底から、ゼクスに賛辞を送る。
感謝の言葉は、スマイルゼロ円並に安いので、大盤振る舞いでしてやる。
笑顔一つで、こういった機会をまた作ってくれるのであれば、安いもの。
まさに願ったり叶ったりだ。
「ふふ。ありがとうございます。では、今度、公式に招待状を送りますね」
なんだか知らんが、ゼクスがまた飲み会に招待してくれるみたいだ。
「ありがとうございます。それでしたら、よろこんで、次も参加させていただきますね」
やはり、棚からぼた餅。
俺ってば実は幸運なのかも。
しかし、ゼクスは相変わらず心の中が読めない笑顔をこちらに向けてくる。
しかも、気がついたら膝がゼクスとくっついていた。
……近い。
そーっと、ちょっと距離をとる。
「……あぁ、そういえば、アインスさん。面白いものをご覧にいれますよ」
そういって、薄く笑うゼクス。
「反対側の席を見てごらんなさい」
そういって、ゼクスが反対側の壁のバルコニーを指差した。
指先を追って、俺は、目を凝らして反対側のバルコニーの中の人物をよく見てみた。
「……あ」
暗がりの中なので、なかなかに顔が判別しづらいが、よーく目を凝らしてみると、そこには父親であるメルクマ国王が、若い娘たちを周りに侍らせて、楽しそうに飲んだくれている姿があった。
いつもの父の威厳もなにもあったものではない。
その相好はデレデレと崩れ、単なるエロ親父にしか見えない。
「……」
冷や汗がでる。
「……どこの国でもそうなのですが、こういった形で重要人物を籠絡するのですよ。アインスさんも、社会勉強によく見ておいてくださいね」
口元は笑顔の形なのだが、ゼクスの目は全然笑っていない。
顔中から嫌な汗が、ぶわっと吹き出る。
酔いが一瞬で吹き飛んだ。
俺は親父と自分の立場を重ね合わせ、急に今の現状が怖くなってきた。
いそいそと、メガネをつけ直す。
今さら、遅いような気もするが。
「そういえば、アインスさんは、ソニヤ姫のお世話係なのですよね?」
ニコニコとした顔でゼクスが話をふってきた。
「え、ええ。そうですよ」
いきなりゼクスがソニヤ姫の話をふってきたので、警戒感がマックス値にまではね上がる。
い、いったい、何を聞くつもりだ。
「ふふ。そんなに警戒をされなくても大丈夫ですよ。ところで、ソニヤ姫というのはあなたの目から見て、どのような方ですか」
「どのような、ですか」
「む。それは俺も興味あるな。アインスよ。少しばかり、ソニヤの人となりを説明せよ」
魔王も絡んできた。
う、うーん。
ソニヤ姫のことか。
客観的には見れないしなー。
どう、説明したらよいものか。
「え、ええと。とても美しい方だと思います」
とりあえず、当たり障りないところから話す。
「そんな外面の話など聞いてもつまらん。もうちょっと、内面のことで、何かないのか」
魔王のつっこみが入った。
むむ。内面。内面かー。
「う、うーん。内面ですか。……そうですねー。私の目から見ますと、頑張っている? そう。頑張っておられるように見受けられます」
特に、この世界で、お前たちと関わらずに、平和に暮らすためにな!
そう面と向かって言ったやりたい。
「ふふ。ソニヤ姫はがんばり屋さんなのですか」
またもや、ゼクスが微笑みを浮かべながら相槌をうってきた。
こいつの笑顔は油断ならない。
「そ、そうですよ」
ここで引いたら敗けだ。
何に負けるかはわからないが、そんな気持ちになる。
「……そういえば、以前のお噂では、ソニヤ姫は勝ち気で怠惰。それに夢見がちなロマンチスト、なんて話もありましたが、どうやら、根も葉もない噂だったようですね」
「む。そんな噂があったのか。俺のところには、身体のスタイルとか、外見の話ばかりだったのでな。奴のことはあまり知らんのだ」
「そ、ソニヤ様には、敵が多いのでございますよ。きっと、そういった政敵から、根も葉もない噂を立てられたのでございましょう」
「ふふ。なるほど。そういうことかも知れませんね」
またもや、すべてを納得していますよ、みたいな感じで頷くゼクス。
え?
まさか、何かしら、俺の知らないソニヤ姫のことを知っているの、お前?
「おい、アインス。他には何かないのか? 例えば、ソニヤには軍人としての才能がある、とか、情報収集力、決断力に秀でリーダーシップがある、とか」
ん?
ええと、軍人やリーダーとしての才覚なんて、ソニヤ姫にはないだろうし、俺にもない。
そう考えれば答えとしては簡単だ。
「いえ。まったくの凡人だと思いますよ」
「……解せんな」
いきなり、魔王が考え込むようなそぶりを見せた。
え?
俺の発言のどこに疑問が?
何か問題あった?
「ふふふ。まぁ、この場ではそういうことにしておきましょう。僕個人としては、少し気になることもありますが」
え? え?
お前らいったい、どこに引っ掛かったんだよ。
割と素直に答えたのだがなぁ。
とりあえず、これ以上のソニヤ姫への追及は終わったので、残りの時間はわりと静かにオペラの観劇に集中した。
静かに観劇していると、そのオペラの題材はどうやら、昔の伝説をモチーフにしているらしいことがわかった。
曰く、全能なる神から、禁断の知識の果実を奪った人間たちが、天界から追放され、人間たちだけで生活を余儀なくされた、という悲劇を描いた物語だ。
「ふむ。こういった施設での音楽鑑賞というものは、なかなかに面白い文化だな。しかも、この歌劇のモチーフは、たぶん『自治区創造』か」
魔王様が感心したように頷いている。
「ふふふ。なかなかに鋭い観察眼ですね」
ゼクスが魔王を見ながら、いつもの微笑みを浮かべている。
……ところで、いつの間にか、俺の膝が魔王の膝とくっついていた。
近い。
やっぱり距離をとった。
お前ら、俺からもうちょっと離れて座れや!




