第十四話 ちょうじょうかいぎ
ゼクスと名乗った胡散臭い優男は手元の羊皮紙を覗きこむと、一つ頷いた。
「マオールさんに、アインスさん、ですね。どうぞ、こちらへおかけください」
そういって、ゼクスは俺たちにソファを勧めてきた。
俺の隣で立っていた魔王は一つ頷くと、躊躇なく、深々とソファへと座った。
まるでかつて知ったる我が家、みたいな感じで実に自然だ。
きっと、こいつが緊張とかすることはないんだろうな、とつくづく思う。
ちなみに魔王はもうさっきまでのプレッシャーは抑えている。あれはいったいなんだったんだろう?
魔王が腰かけてしまったので、俺だけ一人立っているわけにもいかず、恐る恐る、魔王の隣へと腰かける。
本当はこの部屋にいるのが怖いので、回れ右をしてとっとと部屋から逃げ出したいのだが。
ゼクスは立ち上がったまま、ポットからカップへと人数分のお茶を注ぎ、俺たちの前へと置いた。
「どうぞ」
そういってゼクス本人も椅子に座ると、一口、お茶をすすった。
「あ、ありがとうございます」
俺も、一言断ってから、カップに口をつける。
きっと美味しいんだろうな、とは思うんだが、緊張のためか、味など全然わからん。
「うむ。これはなかなかに美味だな」
「ふふ。ありがとうございます。ライナー王国産、こちら側での最高級品の茶葉になります。……さて、お二方の本日の用向きは、金貨の鑑定と換金、ということだそうですが」
そういって、ゼクスは懐から、二枚の金貨を取り出し、指で弄びはじめた。
そして目を細め、まるでこちらを値踏みするかのように見つめてきた。
「……こんなにも保存状態の良い古代魔法帝国時代の金貨。これって非常に珍しいのですよ」
古代魔法帝国?
聞いたことがない単語だ。
あ、いや、待てよ。
たしか、王宮の図書館で歴史書を読んでいたときに、そんな単語があったようななかったような。
でも、ゲームをやっていたときには覚えがない単語だな。
「ふふ。こういった貴重な代物をこうも気軽に持ってきていただくと、こちらとしても、非常にビックリしてしまいます」
ゼクスは苦笑している。
「そして、もしやと思いまして、こちらに通させていただいた次第です」
そこで一旦言葉を切り、こちらを見つめてくるゼクス。
端正な顔立ちをしていて、さらに、微笑も浮かべているのに、何かしら裏があるな、と俺の直感が最大限のアラートをかけてくる。
「あはははは……」
こういう怖い微笑みを向けられると、どうしても顔が強張る。
とりあえず笑って誤魔化したが、言葉にはならない。
えーっと、何か問題があったの?
「さて。前置きはこれくらいにして、マオール様というのは、そちらの男性の方ですよね。マオール、マオール、マオー、ル」
何が嬉しいのか、何度もうなずくゼクス。
「うんうん、なるほど! そちらの方だったのですね。なるほどなるほど。それならば、辻褄があう。でもそうすると、そちらの女性の方は……」
そして、すーっと、目を細めて俺の方を見てきた。まるで、こちらの内面を見通すかのような視線だ。
なんだか、居心地が悪い。
「あ、アインスと申します。ソニヤ姫のお世話係を勤めさせていただいております」
立ち上がって深々と頭を下げる。
何となく、目を合わせない方が良いかなー、という気になってくる。
まるで、こちらの心の中を覗きこまれているかのような錯覚を覚えるのだ。
しかし、こいつ、ゼクスとかいったか。
俺の記憶が確かならば、商工組合は教会とならぶ西部諸国における超国家組織だ。
その組織構成として、国家レベルに対応する各国ごとの支店レベルの上に、さらにもう一階層、超国家レベルの本店の階層があると聞いている。
ゲームでは、賢人会議とか、エルダーとか呼ばれているエリートたちによって運営されている、とあり、ゲーム内イベントで、かなり悪どい顔をしたおっさんたちが、魔王様に貢ぎ物と称して、美女たちを送ってきたことがあったことを思い出す。
そうすると、先ほどの老紳士のバステンが、各国ごとの支店長レベルに対応し、そして、このゼクスは、バステンの上司、ギルドの顔役と名乗るからには、うちのようなシュガークリー王国の一国単位ではなく、西方全域担当の本店の役職者なんだろう。
そうすると、こいつもエルダーの一人、ということなのだろうか。
俺はそう当たりをつけた。
「ふふふ。お会いするのははじめてですね。アインスさん。うーん、あぁ……、あ! そうか、文字置換ですね!」
ゼクスはなにかを一人納得している。
まさか、俺の偽名の秘密を見破ってはいないよな?
初対面なんだし。
ニコニコとしているゼクスに挨拶をするのは、やや恐怖を本能的に感じてしまうのだが、とりあえず、挨拶をされたからには、返事はしないといけない。
「は、はじめまして、ゼクスさん」
とりあえず無難に挨拶を返しておく。
やはり、視線は逸らしながら、挨拶をしてしまった。
だって、怖いんだよ!
「ぎ、ギルドの顔役だなんて、か、かなり偉い方なのですね」
とりあえず、おべっかを使ってしまう。
小心者の自分が憎い。
「ふふ。そんなことはありませんよ。単に、若輩者ゆえ、交渉役を任されているに過ぎません」
「またまた、ご謙遜を。きっとエルダーの一員くらいには偉いんでしょうね」
ゲーム知識をフル動員して、最大限に誉める。
やはり、偉い人相手にはおべっかを使うのが大事である。
「今、なんと?」
ゼクスが目を細め、こちらに問いかけてきた。
口元は笑みをたたえているのに、なんだか恐怖を感じる。
それに、急に、部屋の温度が下がった気がする。
え? 俺、何かまずいこと言った?
「……。あ、いや、なんでもありませんよ。気になさらないでください」
しばらく無言であったゼクスだが、そう言って元の雰囲気をまた取り戻した。
笑顔であることが、まったく変わっていないのが逆に恐怖を増幅してくる。
「しかし、マオールさんに、アインスさんというお二人に出会えた。……あぁ、今日はなんて幸運な日なんでしょう。皆さんに出会えた、この奇跡。神が実際にいるというのであれば、この出会いにこそ最大限の感謝の言葉を捧げたいところですよ」
おいおい。
この国だと、冗談だとしても、神様がいないなんて言ってはまずいだろう。
どこからか、教会の異端審問官とかがすっ飛んできて、異端審問をいきなりはじめてもおかしくはない。
そして、漏れなく拷問つきだ。
俺としては、三角木馬にまっぱでくくりつけられて、鉄刺の付いた鞭で身体中を叩かれるのは御免こうむりたいのだが。
「ふむ。ゼクスとやら、貴様、なかなかに面白い男だな」
俺の内心を知ってか知らずか。
珍しく魔王が他人を誉めている。
今日の魔王様は、なんだかおかしい気がする。
「あなた相手に顔を出して会話をする、というのは僕個人だけでなく、ギルドという組織としても、かなりリスクのある行動なのですが、やはりあなたの信用を得るにはこれが一番だと思いまして」
「うむ。まぁ、そうだな」
勿体ぶるように、偉そうに頷く魔王。
「……ところで、一つだけ確認させてください、マオールさん」
「聞こう」
「我々の現状認識としては、『現状固定』ということでよろしいのでしょうか? 今日はせっかくお会いできましたので、これだけは是非とも聞いておきたいと思っているのですが」
こいつらが何を言っているのかわからない。
暗号文とか、秘密の取り決めでも二人は使っているのか?
「ふっ。商人は強欲だな」
「はい。それが我々の存在意義なれば」
「その態度、嫌いではないぞ。よかろう。そなたに免じて、当面それでよいこととする」
魔王がニヤリとしながら答えた。
「ふふ。承知しました。でしたら、マオールさんへの返事は一つ。我々ギルドは、『中立』を宣言し、どなたに対しても必要な『もの・サービス』をご提供いたします」
「パーフェクトな答えだ、ゼクス」
魔王様は、鷹揚に頷いた。
なにかしら、二人の間では通じるやりとりらしいが、俺には二人が何らかの交渉をしているらしい、としかわからない。
その話している中身については、意味が皆目、見当がつかない。
頼むから俺にもわかるような言葉を使ってくれ。
「ふふふ。これで、僕としても肩の荷がおりたというもの。さて、そちらの要望の金貨換金の件ですが、よければマオール様の言い値でお支払いたしますよ」
なんでもないことのようにゼクスはさらっと言った。
おいおい、言い値だと?
なんて太っ腹なんだ!
俺としてはここは魔王にゼクスへと、是非とも高額をふっかけてもらって、そのギルドからせしめた巨額の分け前の一部を、俺への成功報酬としていただきたいところなんだが。
ソニヤ姫としてのお小遣いについて、シュガークリー王国が戦時中だからか知らないが、最近、実に心もとない金額なのだ。
ここらで、一攫千金を狙いたい。
「市場価格でよい。適正であればそれでよい」
……あ、あぁ。
な。なんて、欲のないことを!
俺としては、この魔王の言葉に、少なからぬ失望を禁じ得ない。
しかし俺が沸々とした気持ちでいるのを知ってか知らずか、魔王とゼクスとの交渉は淡々と成立していた。
「では、当面、金貨二枚分だけの交換ですね。残りも交換せずにお預かりするということもできますが?」
「いや、是非には及ばん。俺が持っているのが一番安全だろうしな」
まぁ、たしかに魔王様が持っているのが一番安全ですよねー。
俺は心の底から納得した。
「さて、せっかく、マオール様やアインスさんにお越しいただいたのに、なんの歓待もしない、というのは失礼にあたりますね。ですので、皆様、歌劇の観賞など、いかがでしょうか?」
「あ、私は……」
これから予定があるので遠慮しますね。と言いかけて、横から邪魔が入る。
「そうだな。アインスよ。お前も同行しろ」
「……はい」
俺の自由意思などないですよねー。はい、知ってます。




