第十二話 みつげやみつげ ほすとさま
元々の侯爵家のご令嬢「シェルフィ」を「シェリア」に名前変更しておりますので、悪しからず。
「んー。気持ちの良い朝だなー!」
ベッドの上で半身を起こし、おもいっきり延びをする。
なんて、清々しい朝なんだろう。
昨日は色々とあったけれども、終わってみれば、俺の完勝のような気がしないでもない。
これからもうまいこと立ち回って、魔王の、ソニヤ姫への好奇心の芽を摘むような努力をしていかないと。
……と、少しだけ、昨日の夜のことを思い出す。
結局、俺が宮殿へと戻ったのは、かなり夜も遅くなってからだった。
宮殿に帰ってみると、部屋から抜け出していたことがすでに皆にばれており、ちょっとした騒ぎになっていた。
どのくらいの騒ぎかというと、侍女たちの一団が宮殿内のあちらこちらを探し回ったり、衛士たちも街中を探し回ったりしていたらしい。
つまり大騒動になってしまっていたのだ。
やはり昨日街中で出会った集団も捜索隊の一部だったらしい。
ガイコーク砦でお世話になった衛士長のポストフや、侍女のカミーナたちも総出で俺のことを探し回ってくれていたとのこと。
少々、申し訳ない気持ちになる。
「ソニヤ様! いったい、今までどちらへ行かれていたのですか!」
カミーナが腰に手を当て、額に青筋を浮かべながら、ぷんすかと怒っていた。
怒った顔をすると年相応で、ちょっと可愛いかも、なんてことを思ってしまったのが、顔に出てしまったらしく、ついついにやけ顔になってしまい、カミーナに怖い顔を向けられたが。
「……あー。ちょっと中庭で夜風にあたっていたらね、眠くなってきちゃって、そのまま寝てしまったのよ。ほら、最近は少し暖かくなってきたし」
「もう、心配させないでください! もしもソニヤ様の身に何かがあったかと思うと、私、生きた心地がしませんでしたよ!」
カミーナは少しだけ泣きたそうな表情で抗議をしてきた。
そんな表情をされたからか、ちょっと反省の気持ちもわいてきた。
……まぁ、実際に、暴漢たちに襲われたわけだから、カミーナのその心配は杞憂ではなく、正しい心配事だとも言える。
俺もさすがに、夜一人で出歩くのは今後は控えようと思った。
女の身になってわかったことだが、男と比べて、生活の様々な点でリスクが高い。
これからは、より慎重に行動しないといけない、ということがわかっただけでも大きな収穫だろう。
結局、昨日はその後、小一時間程、カミーナからお小言をくらい、湯浴みをしてそのまま床に入ってしまった。
ベッドの中では色々なことを考えた。
心配事ももちろんあったが、でも、ちょっとだけ、俺の危機に颯爽と駆けつけてくれた魔王に対して、好意がわいた。
まぁ、友人としてならば、頼りになるかも。
そんな感じだ。
……考え事をしていたら、寝入ってしまった。
今日の朝は昨日の嵐のような一日からすると、妙に穏やかな気持ちがする。
やはり、自分の心の澱が若干、薄れたからだろう。
さて、今日の予定だが、朝一番に宮殿にて、一時滞在している父であるメルクマ国王へと拝謁をし、その後は、残りの時間をフリーにするつもりだ。
当初の予定では、父への拝謁後に、貴族たちの接待や、会合での祝辞、騎士団の慰問なんかの種々のイベントをこなすことになっていたはずだが、それら全部パスする予定だ。
そもそもこれらイベントには、国王がメインで出ることになっており、普段は父の名代として俺が出ているに過ぎないのだ。
というわけで、そもそものメインである父がいるというのに、俺が一緒にでしゃばって、隣でお飾りでいることもなかろう。
ならば、いっそのことお休みをいただいてしまおう、というわけだ。
そんなわけで、メルクマ国王に儀礼的に拝謁した後、朝食をとっている最中に話を切り出す。
俺は、挽肉のミートパイを、ナイフとフォークとで切り分け、口へと頬張りながら、父であるメルクマの顔色を伺う。
うん。穏やかに食事をしているから大丈夫そうだな、と判断する。
「……お父様。すみませんが、本日、一日休ませていただけないでしょうか」
「なんだソニヤよ、まだ、体調が戻らんのか。シュガークリー王家は代々武門の家柄。体調管理も仕事のうちぞ」
少しだけ不満そうな声をあげるメルクマ。
ただ、口の中に放り込む肉の塊(朝からステーキを食べている)の量に変化はない。
俺は、父が平常運転であることを確認すると、申し訳ないという気持ちを前面に押し出しながら、しおらしい声をだす。
「も、申し訳ございません」
あざとく、目を伏せることも忘れない。
「ふむ。まぁ、既に亡くなったそなたの母も病弱ではあったな。……では、今日は休暇を取ることを許す。しかし、その代わり、体力増進のためのプログラムを今後受けてもらうことになるからな。そのつもりでおれよ」
「……はい」
くっ。
バーター取引を持ちかけられてしまったが、ここで断ることはできない。
泣く泣く承諾するが、なんとなく厳しい稽古になることが想像でき、嫌な予感しかしない。
「では、そなたは、部屋で休んでおれ」
「……ありがとうございます」
そんな感じで朝食は終わった。
なんだか、宿題を背負いこまされた気もするが、この際諦める。
そして、俺は、部屋へと戻ると、速攻でいつものお出かけセットに身を包み、魔王のところへと向かった。
◆◇◆◇◆
……やはり、いつまでも俺の金で魔王を養うというのも無理筋だから、なんとか魔王持参の金貨を使えるようにしないとなー。
銀行でちゃんと魔王が持ってきた金貨が、換金できればいいんだが。
それが無理ならば、金貨を鋳潰して金塊にしてしまうとか。
それでもダメならば、当面、俺の金策で魔王を食べさせていかないといけないか。でもやっぱりそれは無理筋だよなー。なんだかヒモみたいだし。
魔王の常宿『白鷺亭』へと向かう道すがら、そんなことを考えていた。なんだか、ダメな夫を持った妻的な思考であり、世の奥様方の気持ちの幾ばくかがわかったような気がしないでもない。
さて、とりあえず、白鷺亭に着いたので、魔王の部屋のドアをノックする。
入り口を通るときの宿屋の主人の下衆顔を思い出すと、腸が煮えくり返るが、そこはぐっと我慢をする。
だが、いつか奴は絞める。
そんなことを思いながら、ドアの前で待っていると、すすっと、何やら部屋の中で絹ずれの音がした。
……ん?
「あら?」
そして、その後直ぐに、驚いた顔をした妙齢のお姉さんがドアを開けて出てきて、目と目があう。
「あ゛?」
思わず、変な声がでてしまった。
あまりにも予想外のキャラクターの登場に理性が追い付いてこない。
お姉さんは俺に素早く会釈すると、いそいそと外に出ていった。顔がやや強ばっている気もしたが。
ん? しかし、あの女性。いつかの貴族のパーティーで見かけたことがあるぞ?
たしか、どこぞの貴族のご令嬢で、若手貴族の許嫁がすでにいたはず、だったような。
乏しい貴族社会の知識ではあるが、それなりに、噂になっているご令嬢とかの情報は嫌でも入ってくる。
うんうん唸ってなんとか思い出した情報としては、たしか彼女は侯爵家のご令嬢で、シェリアという名だ。
俺よりも数歳、年上で、許嫁がいるにも関わらず、外の男達との浮き名も流している、ロマンスの人だ。
まぁ、ロマンスというべきか、不倫というべきかは悩むところではあるが。
しかし、なんだってまた、そんな女性がここに?
とりあえず頭をふって、気持ちを切り替え、部屋の中へと足を踏み込む。
部屋の中では我らが魔王様が、全裸で葡萄酒を、優雅に傾けていらっしゃった。
おい。お前、人が訪ねてきた瞬間から、よく、堂々と裸でいられるな。
しかし、その肉体美は、なかなかに惚れ惚れする。
モデルをしたら、大層、売れそうな感じだ。
「おぉ、アインスか」
なんでもないことのようにこちらを振り向く魔王。
当然、腰の下にあるモノは丸見えだ。
「……マオール様こそ、何かお召し物を早く身に付けてください」
俺は鼻の頭に、しわを寄せながらうなる。
なんというか、こいつには世間の常識というところから教え込まねば。
「ふむ。別に俺はこれでいいのだが」
俺は、よくねーよ。
それと、世間様も良くないと思っているぞ。たぶん。……ねぇ?
「ところで、今の方はどなたですか?」
一応聞いてみる。
シェリア侯爵令嬢などという大物と、いったい、どこで知り合ったのだ。
「うん? あぁ、一応、現地の、じゃなかった、ここの知り合いにな、少し連絡したのよ。そうしたら、あいつらがやってきてな」
「……知り合い?」
「色々と俺の世話をするとか、是非とも場所を移動しましょうとか、うるさいことを言われてな」
な、なにー!
それは、色々と困る。
俺の計画が全てご破算になってしまうではないか。
必死に頭の中で考えを巡らすが、とりあえず、口からでたのは違う言葉だった。
「もしかして、昨晩は、二人だけでずっと過ごされたのですか?」
「いや。あいつは三人目だな。朝にやってきたな」
おいおい。一晩で三人も相手にしているのかよ! 魔王様、絶倫過ぎんだろ!?
頭の中が、また別の情報で上書きされてしまう。
「奴ら、献上品と称して、金品もくれたぞ。これならば、銀行とやらに行って、換金をしなくてもよいのではないか?」
魔王様。すでに人気ホスト並に女性たちから、貢がれているのか。さすがだなー!
「……で、結局、誰が一番良かったんですか?」
外にもっと大事な要件がある気がするが、気になってしまったので聞いてしまった。
もしかしたら、ソニヤ姫から別の女へと好奇心がうつる、という可能性もあるしな。
「いや。単に、一緒に酒を飲んだだけだが?」
「え? そうなんですか? ほら、男女が一つの部屋にいたら、やることやるでしょ、ね? ……しかも、マオール様は、その、裸だし」
「あぁ、俺は、寝るときは服を着ない主義でな」
「そ、そうなんですか」
どうでもよい、余計な情報を仕入れた気もするな。
「うむ。だがまぁ、連中は、下心たっぷりだったがな。余の、じゃなかった、俺の高貴なる種を受け止めることを、どうせ上から命じられでもしたのだろうよ。だが、やつらはそれには値しない」
「……はぁ。そんなもんなんですか」
要は魔王は美女を前にしても触手は動かなかった、と。
それはそれで、据え膳食わぬは男の恥、などという格言を思い起こすが、この際、忘れよう。
「だがな、アインス。そなたならば、特別に、金品を貢がずとも、我の側にいることを許す」
「はぁ、それはありがとうございます」
なんか知らんが許された。
「それに、これまでの余への献身の褒美に、我との伽を許そう」
は? なぜに俺の貞操を貴様に捧げなくてはならんのだ。しかも無償で。
勝手に話を進めるな。
「……ごほん。それは特段興味がございませんので、マオール様。そんなことよりも早く服を着てくださいませ。昨日、お約束していた銀行へと早くまいりましょう」
俺は一つ咳払いをして、銀行へと向かうので、服を着ろと魔王へと命じた。
「む。興味ないのか……」
少し悲しそうな表情をする魔王。
まるで、捨てられた子犬のような瞳を向けてきた。
今の会話に、どこに悲しむ要素があるのだ。
「はーやーく。着替えてください!」
「わかったわかった! ……もう少し、部屋で寛いでも良いと思うのだがなー」
魔王は不貞腐れたように、ぶつぶつと言いながらも服を着てくれた。えらいえらい。
魔王にはレディ(俺だ)への最低限の礼儀を身に付けてほしい。心の底からそう思った。




