第百二十話 えぴろーぐ
夏が過ぎ、秋もあっという間に過ぎ去った。
仕事にも馴れてきたためか、冬は穏やかに過ぎていき、まもなく、肌を刺す冷たさが終わろうかという、暖かい季節がまたやってきた。
私が帝国に赴任してからそろそろ一年が経つ。月日が経つのを早く感じる。
例の皇帝暗殺未遂騒ぎのあと、リート姫は地方にて謹慎となった。
本来であれば死刑一択であったのだが、あの魔法の短剣に操られていた、ということになったみたいだ。
私からも助命嘆願をしておいた。
彼女もある意味、被害者なのだから。
最近は昔の記憶が、かなり虫食い状態になっており、気合いをいれないと思い出せないことが多い。
これが『神』が言っていた、元の世界とのチャネルが切れる、ということなのだろう。
元の世界のことを完全に忘れるのも、そう遠い先の未来ではないと感じる。
でも実は、知識に関しては事前に書物に書き留めておいたので、参考にはできる。
ただし、他人の日記を読んでいるみたいにしか感じないが。
……意識を目の前に向ける。
「帝国議員ゼクサイス。そなたを帝国軍大将に叙し、南部軍司令に任ずる」
「謹んでお受けいたします」
魔王様の前で跪いているゼクスの肩を、剣の平を用いて魔王様が叩いている。
叙任の儀式だ。
これで、魔王軍に四人しかいない『大将』に初めて人間族から叙任された。
彼はこのまま、南部に向けて旅立つことになっている。
式がつつがなく終わった後にゼクスに声をかけた。
「……ゼクサイス様。どうぞ、お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「……ソニヤ議員もお元気で。あ、皆さんにもよろしくお伝えくださいね」
「ゼクサイス様には、お会いしたころから、本当にお世話になりっぱなしで……」
「僕もソニヤ姫にはお世話になりっぱなしですよ。ここまでうまく魔王軍……いや、魔法帝国との間で軟着陸ができたのは、全てあなたのおかげですよ」
そういってゼクスは深々と頭を下げてきたた。
「え、え。そ、そんなだいそれたことなんてしてませんよ、私は」
「……いやいや、そなたのなしたことは誇るべきことじゃて」
そういって友人のナレンが横から声をかけてきた。
「ナレン。仕事は終わったの?」
「いや、まだじゃがの。友人が遠くに行くのじゃ。わしも挨拶をしようかと思うての。ゼクスよ。そなたは人間の代表としての振る舞いも求められておるのじゃから、しっかりせーよ」
「わかっていますよ」
ゼクスが苦笑している。
「それとな、ソニヤよ」
「な、なによ急に改まって」
「そなたがいてくれたからこそ、こうして我らが平和に暮らしていけるようになったのよ」
「み、みんなの努力のおかげだよ」
「皆、そなたの献身を知っておる。ソニヤ議員よ。西方諸国の人民一同を代表して、我らここに、そなたの献身に対し、深い謝意を示すものなり」
そういって、ナレンと、その後ろにいた人たちが一斉に頭を下げた。どこぞの王族とかそういった人たちだ。
ゼクスやその周りにいた副官たちもあわせて私に頭を下げている。
ちょっと、目立ちすぎなんですけど。
「わかったから。わかったから! もう頭を上げてよ。ねぇ!」
「……むむ。そうかの。というわけで、我らからは後で、感謝の徴に、そなたに贈り物をしようかと思っておるので、楽しみにしておいてくれ」
ナレンが朗らかに笑っている。
「……あ、うん」
「……それでは、ソニヤ議員。僕たちもこれで失礼しますね」
ゼクスもこちらに向けて微笑んでいる。
「あ、はい」
「数ヵ月後には、報告のためにまた帝都に戻りますので、そのときにでも、土産をもってまいります。それでは、ソニヤ議員もお元気で」
そういってゼクスが会釈した。
隣にいた、獣人の少女、たしかシルフィだったかな、もゼクスにあわせてこちらに会釈をしてきた。
ゼクスは白銀の鎧も眩しく、颯爽と白馬に跨がった。
シルフィをはじめ、部下の人たちも皆、馬に跨がり、あっという間に向こうへと行ってしまった。
私の後ろでずっと沈黙したままだった侍女のカミーナが呟いた。
「……さみしくなってしまいますね」
本当に小さな声で呟いた。
実に寂しそうだ。
「……ふふ。カミーナ。ゼクサイス様に対して帝国内で、次々に婚約の申し出があるのは知ってる? うかうかしていると、彼を誰かに取られてしまうわよ」
「そ、そんなこと! わ、私は別に!」
カミーナの顔が真っ赤だ。
ふふふ。あなたがゼクスに恋心を抱いているなんて、前々から私にはわかっているんですよ。
「ソニヤ姫!」
遠くの方から声がする。
そちらを見ると教会のオクトーバー大司教、この前昇進したらしい、が走ってきた。
「ほ、本日、アンジェ教皇がお戻りになられます。い、急ぎお隠れになった方がよろしいかと」
オクトーバー大司教は、こうやってアンジェの情報を事前にくれる良い人だ。
たぶん、自分がぬぐうことになる問題の芽を、事前に摘み取っているつもりだろう。
だけど。
「ふふーん。ソニヤ。見つけたわよ♥️」
時すでに遅し、上空から聞こえてくるその声がする方向を見上げると、アンジェが、大きな鳥の足に掴まってぶら下がっていた。
なんという、登場の仕方だ。
はっ! という掛け声と共に、アンジェは鳥から手を離し、弾丸のような速度で地上へと降り立つ。
しかし、着地に失敗したのか、威力を殺し損ねたのか、盛大に地面へと激突する。
しばらく動かなくなったアンジェだが、やおら、元気に立ち上がると、ぎぎぎ、と首を機械人形のようにこちらに向けてきた。
こわい。
「見、つ、け、たー」
その動作がホラーな感じで、本気で怖かったので、脱兎のごとく私は逃げ出した。
宮殿まで逃げ帰ってくると、魔王様の妹のエミーと、ヘイシル魔法監とが、口論をしていた。
「ちょっとソニヤ、聞いてよ。こいつ、私にバ◯ブなんて売り付けてきたのよ。私はお兄様のものしか興味はないといっているのに」
ヘイシルは、本当に見境がない。
「いやいや。これはあなたを満足させるために作成した至高の一品。ぜひとも愛用していただき、リート殿にかわる我輩の大事な顧客になっていただきたいのである」
こいつのこのやる気はいったい、どこからわき出てくるのか。
そんなことを思っていると、背後から声がかかった。
「おい、お前たち。真っ昼間から何を喚いているのだ」
私は振り返って、魔王様に挨拶をする。
「魔王様。お仕事はもうよろしいのですか?」
「いや、まだ終わっていないが抜け出してきた。本当はゼクスにも挨拶をしたかったんだが、公式の場でしか挨拶できなかったな。あいつも俺も忙しすぎだ」
ぶつぶつと、文句を言っている魔王様。ちょっとかわいい。
「おーい、魔王様。俺、ちょっと帝都を離れたいんで許可をくれや」
隣にベヒモスが急に現れた。
ビックリするから、いきなり現れないで欲しい。
「……お前、どうせゼクスのところに遊びにいこうとか思っているだろ」
「いや。今日は別のところ」
「そうか。お前は一応、帝都防衛の要、ということなっているのだから、ほどほどにしとけよ。それにお前ばかり遊んでいるのも腹が立つ」
思わず本音が出てますよ。魔王様。
「わかっているって。その間は、ベルゼブブとベリアルあたりでも使ってくれや」
「……わっちはそんな面倒なことはしたくないでありんすねー」
「……私もソニヤ様以外を護る気などさらさらないのですが」
ベルゼブブとベリアルが、やっぱりいきなり虚空から現れる。
だから、私を驚かせないでってば。
「……魔王様、そろそろお戻りになっていただかなければ」
城の入り口の方で、レッドドラゴンのザッハーク議長が、口から煙をもくもくとさせている。
少しだけ不機嫌そうだ。
「わかっている。よし。ソニヤよ。お前も手伝え」
「あ、はい」
私は今や、魔王様の秘書としていつも一緒に仕事をしている。
これでも、かなり優秀なんですよ。たぶん。
「……ところで」
私は傍らに控えているカミーナに、声をかける。
「カミーナ。今までの忠義、本当にありがとう。でも、もう私のことは心配しないで。あなたはあなたの好きなことをなさい」
驚いた顔をカミーナが私に向けてきた。
私はカミーナにウインクをすると、魔王様の隣まで歩いていき、腕を絡めるとそのまま、その頬にキスをした。
「……んな!」
エミーがこめかみに血管を浮かべて怒りの表情を浮かべている。
私はそちらの方には目もくれずに、カミーナの方に視線を向ける。
「私には、もう大好きな方がそばにいてくださいますから」
魔王様とお互いに見つめ合う。
そして、唇を軽く重ねる。
「ぎゃー!」
どこからか悲鳴が上がっているが気にしない。
……頬に、ピンクの花びらがあたった。
風にのってやってきたのだ。
もう、こんなに暖かい季節になったのか。
私はそっと魔王様に寄り添い、今のこの幸せを噛み締めた。
「春が来ましたね」
「そうだな。また、今度花見にでも行くか」
「はい。是非ともお願いします」
私は大好きなこの人たちと、ずっとずっとこの世界で生きていく。
(『ソニヤ姫奮闘記-エロゲ世界へのTS転生-』完)
なんとか、完結までもってくることができました。
ここまで、お付き合いいただきました読者様に最大の感謝をささげたいと思います。
ありがとうございました。
もしよろしければ、感想でも残していただければ幸いです。
当初は、今回は、リメイクだから、ささっと書けるな、とか思っていたのですが、実際は、そんなことはなく、さらに、追加キャラとか考えていたら、かなり展開とかを工夫する必要がでてきたりして、なにげに大変でした。もうリメイクはやらないぞ、心に決めてみたり。
次回作とかは何も考えていませんが、全く別のジャンルで短編とか、長くても10万文字程度の長編とか書こうかと。
さらに、久し振りに、ノクターンの方でも活動を再開しようかと。
とりあえず、しばらくはお休みさせていただきます。
Twitterアカウント(@kyou_chan2018)でも近況を呟いたりしているので、そちらもご覧いただければ、と。
では、また次回作でお会いしましょう。それでは失礼いたします。




