第百十八話 あんさつ
「え? リート姫が?」
私は魔王様の言葉に驚きの声をあげてしまう。
たしかに、動機という観点で考えたら彼女の可能性が高いとはいえ、あまりにも短絡的すぎると思えたのだ。
「……うむ。調査により、リートがお前の襲撃を計画した首謀者だと判明したのでな。今は、自宅で奴を謹慎させている。……ソニヤはリートのことは知っていたか?」
「あ、はい。たしか、魔王様の許嫁だとか……」
「ふん。あいつとそんな約束をした覚えはないんだがな」
そういって、魔王様はぼやいて見せた。
「だが、まぁ、あいつの実家とは過去にいろいろあってな。そういった話を周囲に吹き込んでいた者は多かったのはたしかに事実だな」
「なるほど」
関係者との間で、いろいろと複雑な問題がおありなのですね。
「だが、あいつとは古い馴染みだ。無下にも出来んしな」
そこで、一旦魔王様は目を閉じた。
「……だが、今回みたいな騒動を起こされると、さすがに俺としても奴を庇いきれん。議員の暗殺未遂は重罪だ。死刑の適用はなんとか回避するにしても、もはや田舎に引っ込んでもらい、余生をすごしてもらうしかないな」
「……そうですか」
そういったきり、それでこの話は終わりとなった。
そんな簡単に幕を引いてしまっていいの? とも思うけど、所詮は私は外様の人間。
上の方でそう決まってしまったのならば、私はなにも言うことはできない。
苦い想いを心のなかにしまいこんだ。
◆◇◆◇◆
……しばらくは、仕事に忙殺されて、月日が過ぎていった。
最近は夏が近いらしく、少し汗ばむ。
「……では、帝国を代表しまして、僕は南部の蛮族どもを平定するための軍団を担当させていただきます」
目の前でゼクスが歯切れよく弁舌をふるっている。
帝国議会の議場にて、ゼクスの演説を目にする機会が多い。かなり活躍しているみたいだ。
今回の遠征では、属州提督として、地方へと赴任するらしい。
しかも、すでに実力主義の魔王軍内でも軍団司令にまで昇進しているみたいだし。
もしかして、今、絶好調なんじゃないですか、ゼクスさん。
「やっとあえたわね! 私のハニー!」
変態が、飛びかかってきたので、ひらりと回避する。
あなたを、呼んだ覚えはありません。
彼女もしばらくはこちらで活動をしていたのだが、また西方に戻るとのこと。
今は西方諸国の意見をとりまとめる役職である、西方長官に任命され、帝国と西方とを行ったり来たりと忙しそうだ。
ちなみに西方諸国への移動に時間がかかるかというと、今は、魔王様から飛行挺(私も前に乗ったことがあったらしい)を借りているらしく、一日あれば移動できてしまうとのこと。
本当に便利ですね。
「うまくやったじゃない。売女! 大金星よ!」
魔王の妹のエミーが満面の笑みを浮かべてやってきた。
「い、いえ、私は特になにもしていませんが」
「あの、リートを追い落としたなんて、あんたもなかなかやるわね! 私も大満足よ! あとは、あなたが消えてくれれば満点なんだけどね。消える準備ができたらいつでも声をかけてね」
「あははは……」
私に言いたいことだけ言って、エミ―は楽しそうに向こうに行ってしまった。
「おお、ソニヤよここにおったか」
「ソニヤ様、次の議題の資料はこちらになりますので目をとおしておいてくださいませ」
「あ、ナレンにカミーナ。もう仕事?」
今、帝国で携わっているのは、西部諸国への魔法技術の導入計画の策定だ。
諸国への根回しは西方長官のアンジェにお願いしているが、帝国内の根回しは主にナレンにお願いしている。
カミーナには私の事務仕事を手伝ってもらっている。
彼女は事務処理能力が極めて高く、図表の作成や報告書の作成はほとんど全て丸投げしている。
え、私の仕事?
それは、にっこり笑ってうなずくことですよ。……というのは冗談で、主には予算折衝です。
なんで、私がこんな役回りを……。
……ふう。みんな、自分のやるべきことを、忙しくやっています。
私は私でやらなければいけないことも多く、それはそれで充実していると言えるかも。
……私ってば、実は幸せ者?
そんなことを思いながら一人、議場の廊下歩いていると、向こうから見知った顔を見つけた。
「リ、リート様!」
「お久しぶりですね、ソニヤ様」
リートはうっすらと硬い笑みを顔に張り付けている。
「この度、私、属州へと移動することが決まりましたの」
「……」
以前に魔王様に聞いていた、地方への無期限謹慎が決まったのだろう。
「そこで、最後に直接、ソニヤ様に謝罪をしたいと思い、こうしてまかりこしました」
「そ、そんな謝罪だなんて。私はもう気にしていませんよ」
視界の端に、魔王様が何人かの部下を引き連れ、議場の中へと入ってきたのが目に入った。
「そうですか……」
そういって、リートは懐から、何か取り出した。
「……あ」
くねくねと曲がりくねった刀身を持ち、柄や鞘に色鮮やかな宝石を散りばめた黄金の短剣。
「……それは」
魔王を殺しえる唯一の武器。
女性の情念を糧とし、その情念を喰らい尽くすことで、人間という非力な存在でさえ、魔王を殺すことができる。その死の呪いから魔王でさえ避け得ない、神が鍛えた必殺の武器。
「私の謝罪を、受け取ってくださいね、ソニヤ様」
リートの両眼に暗い炎が灯る。
「殺してしまい……」
リートは脱兎のごとくこちらに向かって突き進んでくる。
何かの結界なのか。リートの動きはまるでスローモーションのように見えるのに、自らの身体はピクリとも動かない。
視界の端の魔王様の姿が揺らぐ。
「申し訳ありません」
……あ。無理だ。
これは避けられない。
私の体の中心に向かって突き進んでくる短剣を。まるで映画のワンシーンを眺めているような心持ちで、他人事のごとく観察する。
現実感がまったくない。
と、そのとき、私と短剣との間に何か大きなものが遮った。
その遮ったものが、私の壁となり、その必殺の短剣は私の身体には届かなかった。
その短剣の呪い。神の呪いは、通常であれば運命として避け得ないもの。
その無理をねじ曲げるのにどれだけの代償が必要か。
私の目の前で両手を広げているその人のお腹からは、大量の鮮血が、次から次へとあふれでていた。
「あ、あ……ちが……」
刺した張本人であるリートは、短剣を手元に持ちながら、プルプルと身体を震わせている。
「……」
あまりの衝撃に、私は頭の理解が追い付いてこない。
……え? なんで?
……私の目の前で、自らの犠牲を顧みず身を挺して護ってくれたその人。魔王様は、目の前で静かに崩れ落ちた。
……あれ? なにこれ?
来週もちゃんと更新できると思います。
あと2話?で完結の予定です。




