第百十七話 けつまつのゆくえ
「第三百一大隊の兵士たちよ。武器を納め投降せよ」
魔王様が、黒頭巾たちに対して、断固とした声音で命ずる。
「その場合には、責めはそなたたちに不当な命令をした者にとらせる。だが、もし、私に逆らった場合には貴様らの処刑は私自らが行うものである。以上を魔王軍大元帥の名において命ずる」
「……」
だが、魔王の言葉を聞いても、黒頭巾たちは微動だにしない。
「……ふむ。あくまで余に敵対するということか。そうであれば、今回の騒動、貴様らダーク・ストーカーどもによる反逆とみなすが?」
魔王様の目に、ギラリ、と剣呑な光が宿る。
「……魔王様は公式には、今はオライオン議員に謁見をされている最中。すなわちここで魔王様を僭称するこの者は真っ赤な偽者」
黒頭巾の一人がそう呟いた。
その黒頭巾の後ろには、さらに十人ほどの新手が現れた。
「ここで、魔王様を僭称する者の意見を聞く必要はない。ものども。そこのソニヤ議員のみをターゲットととし、一命を賭しても任務を遂行せよ」
黒頭巾たちは、その言葉を合図として、目にも止まらぬスピードで、次々に襲いかかってくる。
「おい! バカども!」
魔王様が、何人もの黒頭巾を捕まえては、次々に壁に向かって投げつけ、無力化させているが、さすがに十人以上を同時に無力化することはできない。
「覚悟!」
黒頭巾の二体が私に肉薄し、手にもった鉤爪を振り上げてきた。
「『無限剣』」
「『絶対防壁』」
鉤爪が私に届く直前、私の前に空中に光輝く盾が浮かび上がり、黒頭巾の鉤爪による斬擊を防ぎきると同時、黒頭巾たちがまるでカマイタチにでも襲われたかのように、切り刻まれ、吹き飛ばされた。
「遅いぞ、貴様ら!」
魔王様が叱責をした。
「へいへい。わりーな魔王様」
「僕たちの到着は間一髪といったところでしょうか?」
精霊王を宿したゴーレムであるベヒモスと、議員のゼクサイスが、気楽そうな感じで、私の両隣にいつの間にか立っていた。
「……わっちも見に来たでありんすが、もう、終わりでありんすかね?」
バニーガール姿のベルゼブブが何もない空間から突如現れ呟いた。
「まあ、この状況では連中にできることはないのであるな」
その隣に魔法監のヘイシルも骸骨顔で現れた。
「わしらを釘付けにできたと思っていたみたいじゃが、色々と先に手はうっていたのじゃよ。まあ、ギリギリなとろではあったがな」
さらにヘイシルの隣には小柄な幼女の姿、後から聞いた話で、その人物は人化魔法で姿を変えたザッハーク議長、があった。
「そなたたちには勝ち目は最早ない。降伏せよ」
魔王様の淡々とした言葉に、黒頭巾は一つ頷き、言葉を発した。
「……状況終了。我々の敗北である」
◆◇◆◇◆
「まずいまずいまずいまずいまずい……」
部屋の中にて、茫然とする声音で、機械のように同じ言葉を紡ぐ美女がいた。リート姫だ。
「姫。こと、ここに至っては、魔王様に対して最早言い逃れはできませぬ。こちらをどうぞ」
そういって、オライオン議員は、箱を丁寧な所作で開け、中の物を、恭しくリートに献じる。
「魔王様が愛用されている、と聞き及んでいる宝剣にございます。では私はこれにて」
潔い自害をリートに進め、今回の首謀者の一人として出頭をする準備のために、オライオン議員は別室に向かった。
派閥の今後のためにも、しっかりと裁判を受け、処刑されるという残務処理をしなければならない。
一人部屋に残されたリートは、手元にある短剣をじっと見つめた。
くねくねと曲がりくねった刀身を持ち、柄や鞘に色鮮やかな宝石を散りばめた黄金の短剣だ。
その短剣を手にも持ち、しばし物思いに耽るリート。
「……私はこんなところで終わるのか」
リートはぐっと唇を噛んだ。血が一筋垂れた。
「……くやしい」
そういって、リートはぎゅっと目を瞑った。
『……リート・イヴアルテ・トミニグ・アテリテよ』
リートはいきなり自分しか知らぬはずの真名を呼ばれてハッとする。
驚きの余り、周囲を警戒するが誰もいない。
「だ、だれ!?」
パニックになって、狂ったようにあたりを見回すリート。
そうすると、空の一ヶ所にて、ぼんやりと光輝く輪郭が現れた。
『そなたに神託を下す。……リート・イヴアルテ・トミニグ・アテリテよ。そこの神剣『プレヴァール』にて、異世界の加護を受けしソニヤ・シュガークリーを討つべし』
「……あぁ、……あぁ。わ、私の、私の行いは間違ってはいなかったのですね。神よ!」
リートは、その光の輪郭に対して祈りを捧げる。
彼女の魂の奥底は、この光輝く方は、自らが信奉する神に他ならないということを告げていた。
『さすれば、そなたが愛する魔王も、ソニヤにより操られている呪いも解け、そなたのものとなるであろう。だが、呪いを解くためには必ず、魔王の視界内にてソニヤを討つように』
「はっ。この身に代えましても、神のご神託のとおりと致します」
顔をあげた後のリートの目には、暗い黒色の炎のようなものが揺らめいていた。
◆◇◆◇◆
『くくく。これで、場には『魔王』、『ソニヤ』、『プレヴァール』が揃う。これこそが鍵』
何もない無の空間にて、『神』は一人ごちる。
『これでやっと、あの、邪魔者が……』
愉快この上ない、といった様子で『神』は笑い続けた。
たぶん、あと数話で完結です(プロットどおりならば)。
この物語も、結構長く書いたなー、とちょっとだけ自分で感心しております。




