第百十五話 てっかば
「……すみません、中佐。過半の者は足止めすらできませんでした」
シルフィは部下からの苦渋に満ちた声音での報告を聞きながら、ただ、だまって首をふった。
「むしろ、これだけの手練れを引き付けられたことを誇りなさい。さあ、特殊陸戦隊の意地を見せますよ!」
シルフィは部下たちを鼓舞しつつ、その手に持った長剣にて、黒頭巾集団に斬りかかる。
だが、その斬撃は薄皮一枚で避けられ、反撃の鉤爪を振るわれる。
シルフィはその鉤爪を見切り、前髪数本だけを切らせる。
相手は相当な手練れだ。
シルフィが見るところ、黒頭巾の者たちは皆、シルフィと互角な実力を持つ。
その数、十数名。
こちらと比べると数の上では同程度だが、残念ながら、部下の実力と比べると、実力差は否めない。
これでは全滅まで、そんなに時間はかからないであろう。
視界の端に何かが光った。
シルフィは咄嗟に身体を捻り、回避するも、バランスを崩してしまう。
黒頭巾の手から、鉤爪が生えた触手が、延びてきたのだ。
「くっ!」
黒頭巾集団、殺戮者部隊は、シルフィのその隙を見逃すはずもなく、二名の黒頭巾が火炎をまとった小刀にてシルフィに斬りかかる。
首筋に向けての斬撃はなんとかそらすことに成功するが、もう一人による腕への斬撃は直撃をしてしまった。
咄嗟に防御壁を張り腕自体を切り落とされることは免れる。
だが、その傷は深く、相当な重症であり、暫くは使い物になりそうもない。
「……さ、さすがにまずいわね」
シルフィも珍しく弱音を小声で呟いてしまう。
だが、その弱気な言葉とは裏腹に、その瞳の闘志は衰えない。
「私は、愛しいゼクサイス様の忠実なる僕、シルフィ! 死にたいやつは、前に出ろ!」
大声をだし、自らを鼓舞する。
「……」
前動作なしに、黒頭巾が三人、襲いかかってくる。
今回は、フェイントを絡めて、じわじわと体力を消耗させるように、次々と連撃を加えてくる。
「ちょこまかとっ!」
相手のペースにはまるのは癪なものの、どれもが、直撃したら致命傷。シルフィはひたすら、連撃を捌き続ける。
「……ぐっ」
部下を相手にしていた黒頭巾たちに余裕があるからか、そのうちの二人が、シルフィに向けて雷撃の魔法攻撃を加えてきた。
さすがのシルフィもこの魔法攻撃を完全に防ぐことができず、徐々に体力を消耗させていく。
「……あっ」
そして、集中力が途切れたところ、一瞬の隙をつき、斬り結んでいた黒頭巾の一人が、シルフィの斬撃をもろに身体で受け止め、そのまま刀にしがみつく。
「し、しまっ!」
その隙を逃すことなく、残りの二体がシルフィに向けて、刀を振り上げ超速にて袈裟斬りに切り込んできた。
シルフィは死を覚悟する。
だがせめて、自爆魔法で相打ちに、と。
「……」
だが、その死の斬撃がシルフィに襲いかかる直前、黒色の小刀、二振りが、その二つの斬撃を受け止める。
と、同時。黒頭巾二人に対し、異形の仮面を被った黒装束の者たちが、一人は光り輝く長剣を、一人は炎をまとった拳により、それぞれ、不意討ちぎみに叩きつける。
不意討ちが成功したらしく、直撃をうけた黒頭巾たちが壁へと吹き飛ばされる。
それに合わせ、シルフィの部下たちを圧倒していた他の黒頭巾たちも、陣形を整え、シルフィたちと対峙する。
「……ぜ、ゼクサイス様っ……って、あれ。お、お前たちは」
シルフィが一瞬だけ、うれしそうな顔を浮かべるが、すぐに元の仏頂面を浮かべ、間一髪、助けに来てくれた者のその姿を認めて絶句する。
「……我ら『聖騎士』。猊下の勅命により、助太刀いたす」
黒色の小刀を両手にそれぞれ構えた、金髪を短く刈り込んだ異形の仮面を持つもの、オクトーバー司教がシルフィの前に出て黒頭巾たちに対峙し、さらに、その左右に異形の仮面を被った黒色の僧服をまとった者たちが、各々の得物を手に持ち臨戦態勢をとっている。
「ひっさびさの大きな獲物だね」
赤茶色の髪の毛の、背が低い少年、パラディンのジャヌアリーが、光り輝く長剣を構えながらうれしそうな声を上げる。
「ここで散るのが、神の思し召し。さあ、黄泉への旅路に付き合ってもらおうぞ」
坊主頭で手足がひょろりと長い、長身の男、パラディンのノーベンバーがその両手に闘気をまとい、構える。
そして他の九名のパラディンたちも、槍や斬馬刀、大鎌、弓などそれぞれの得物を構え、油断なくダーク・ストーカーたちに対峙する。
これで少なくとも数の上ではこちらの方に分がある。
シルフィは、パラディンたちが現れた経緯については一旦忘れ、自らも長刀を構え、その横に立ち叫んだ。
「さあ、第二ラウンドだ!」
◆◇◆◇◆
「はぁはぁ」
い、息がきれる。
しかも臭い。
「ソニヤ様。息苦しいかと存じますが、ここを抜ければ外に出られるとのことですので、今しばらくの辛抱です」
侍女のカミーナが私を鼓舞する。
「外に出ても、奴等にばれる可能性もあるがの。じゃが、さすがのやつらも、まさかわしらが下水道から逃げるなどとは思っておるまいて」
一緒に逃げているナレンが、光を発する魔法のランタンを掲げ、周囲を警戒しながら、こちらに笑いかける。
今回はVIP逃走用のルートを使わずに、敵の裏をかいて下水道から逃げることにした。
ここまで用意周到に私たちに仕掛けてくる相手だ。当然、VIP逃走用ルートに先回りして兵を配備しているとふんだのだ。
「……いないわね」
とりあえずここまでは、なんとか敵影にあわずに逃げることができている。
城の兵士たちも、敵か味方かわからない以上、必要以上に頼るわけにはいかず、私たち三人だけで行動している。
ベリアルには撹乱活動と、少しでも時間を稼ぐように言いつけてある。
ベリアルと一緒にいた方が安全な気もしたが、受け身の姿勢だと危険だ、というナレンからのアドバイスを受けて、ベリアルには攻勢を命じた。
ベリアルが敵全部を倒してくれたら嬉しいんだけど。
「……実は、もうすでに警備の人たちが賊を討ち取って。私たちは間抜けな逃避行をしていたりして。なんて」
私は、あはは、と渇いた笑いをしてみる。
からんからん。
突然、周囲に音が鳴り響いた。
「ソニヤ! カミーナ! 気を付けよ! 警戒魔法に反応ありじゃ」
先ほどまでの軽い感じの言葉ではなく、ナレンがピンと張りつめた声を上げた。
その言葉と前後して、目の前から二体の黒頭巾を被った人間大の生物が空間を切り裂くように突如、現れた。
「……う」
しかも、その黒頭巾たちは、顔だけ頭巾で覆っているものの、身体には服を着ておらず、なにか黒色のねばねばしたものを全身に塗りたくっている。
夜道で出会うのはなるべく避けたい人種だ。
しかも、その両手には鉤爪を構え、明らかにヤバい。
「……ソニヤ様、私の後ろに。こいつら、相当に腕がたちます」
カミーナがすさまじく緊張している。
両手に構えた細身剣が小刻みに震えている。
カミーナのこんな顔、みたことない。
「むう、さすがにヤバいの」
ナレンが冷や汗を浮かべながら、私たちの背後に向けて赤い槍を構えた。
だが、その穂先の震えは隠しきれない。
私がそちらの方向を見ると、黒頭巾が四体こちらにむけて、ゆっくりと近づいてきていた。
「……ターゲット発見。これから『処理』をする」
というわけで更新です。
久々に戦闘シーン書いていて思ったんですけども、結構、さくさく書けますね。
ちなみに、ダークストーカーたちの元ネタは、ウィザードリーの裸忍者です。
次回更新も来週中には。




