第百十四話 しゅらば
「………ん。なにかそこ動かなかったか?」
「……いえ、特段、異常はありませんが?」
「確認いたしましょうか?」
魔王城の一角。
魔法帝国中の最高の華を一ヶ所に集めた『後宮』への出入りは、厳重に管理されている。
単なる賊程度であれば魔王城の外郭にすら入り込めず、また、手練れの者や内部犯が協力して仮に内部へと侵入できたとしても、後宮への侵入は、さらに魔法的な護りとその厳重な警備とで、おおよそ不可能といわれている。
その後宮へと続く門の一つにおいて歩哨に立っている帝国軍の兵士である獣人たちは、その上官である魚人の将官からの質問に答えている。
魚人の将官は普段はこのような現場には出てこないが、今日は見回りにでてきている。
だが兵士たちは、いつもとかわらない様子です、と答えるのみである。
「……ふむ。わしはなにか、違和感を感じたんだがな」
「……特段なにもないようですが?」
獣人の兵士が、魚人の上官があやしいと指摘したところを調査してみるが、なにも異常を発見できなかった。
念のため、ということで、さらにもう一人も調査に加わるが、なにも発見できない。
「やはり、なにも異常は……」
やや困惑気味の部下の声に黙って首を振る魚人の上官。
「いや、そうか。気のせいか」
そういって、魚人は周囲を見回す。
……後宮の責任者であり、同族でもある後宮長官のアップフェルに警戒を厳重にせよ、との最上位命令が来ているためか、どうしてもピリピリとしてしまう。
さらに、運が悪いことに、こんな大事な時期だというのに、軍からはローテーションの関係で、普段警備しているベテラン部隊ではない、城には不馴れな兵たちが、警備の業務に割り当てられている。
後宮の警備のために派遣された兵士ではあるので、最精鋭の優秀な兵が割り当てられてはいるが、どうしても経験不足は否めない。
今週だけの辛抱だと言われているが、警備の責任者としては気が気ではない。
仮に、なにか失態が起こるとすれば、彼の直接の責任問題になってしまうからだ。
「どうか、何も起こらないでくれよ……」
現場の責任者である魚人将校はそう呟かずにはいられなかった。
◆◇◆◇◆
……後宮の広い廊下を黒い影だけが疾走する。
その姿は肉眼では見えない。
だが、異様なことに、姿は見えないものの、その黒い影だけは、廊下にいく本も伸びている。
その黒い影の集団が異常な速度で疾駆する。
「……ここまでは計画どおりだ」
影から言葉が漏れる。
だが、その声を聞くための人影はあたりには見えない。
「……第二小隊は撹乱、第三小隊は退路の遮断。第一と第四小隊は私に続け」
「……」
影から小声で指令がとび、影の集団が沈黙をたもったまま、いく筋にも別れていく。
黒頭巾を被った殺戮者部隊の隊長は、まっすぐにターゲットの居所に向けて廊下を疾駆した。
隊長が廊下を走っていると、前方からどこかの姫とそのお付きの者たちが歩いてきた。
姫の傍らを影が疾駆するが、彼女たちは影の存在にはまったく気がつかない。
「……」
ただ黙って、影は隣を疾駆する。
「……なにか、今、通ったかしら?」
姫がお付きの者に問いただす。
「いえ。風がそよいだのではないでしょうか」
「ふふ、そうね。だんだんと暑くなってくる頃合いですから涼しい風が恋しくなったのかしら」
そんな言葉を背後に聞きながら、影は目標遂行のみに意識を集中した。
◆◇◆◇◆
「……ソニヤ様。移動の準備を」
「ぶっ! ちょ、ちょっとベリアル。人が静かにお手洗いにいるときに出てくるのはマナー違反よ!」
静かにお手洗いにこもりながら、一人瞑想をしているときに、床からいきなりベリアルが出てくるとは。
少しは節度をもちなさいよ。
ベリアルが、膝をたて、頭を垂れながら、私の前で畏まっている。
座ったままの私と向かい合わせの格好となり、なんとも間抜けな状況だ。
私は最近、少しだけ便秘ぎみなためか、少々いらいらしていたこともあって、ベリアルにかける言葉にどうしても刺が入ってしまう。
自重しないと。
「申し訳ございません、ソニヤ様。ですが、事態は急を要します」
私の悪態に眉一つ動かさず、ベリアルはあくまでも事務的に用件を述べてくる。
「……はぁ。わかったわよ。で、私はどこにいけばいいの?」
ささっと、後処理をして立ち上がり、スカートを締め、きっと視線を向ける。
これで、なんとか威厳は保てたかしら。
「……まずはこちらにお着替えください」
「……へ?」
ベリアルが背後から取り出したのは、議員の服装と、外套だった。
「この場にあるもので、もっとも防御力が高いのはこちらになります。気休めかもしれませんが、まずはこちらを着ていたはだければ、と」
「……えーっと、ベリアル。それって」
「賊が侵入してまいりました」
ベリアルはなんでもないことのように断言した。
◆◇◆◇◆
「数は四十。少しだけ想定よりも多いわね。……あなたたち、ここが正念場よ。私たちは時間を稼ぎさえすればいいんだから、時間稼ぎに専念なさい!」
部屋に凛とした声が響く。
ケモミミをピンとたて、尻尾にも力が入る。
ゼクスの副官でもあるシルフィは、腰のサーベルを引き抜き、部下たちに命ずる。
「抜刀! 会敵用意! 五、四、三、二、一、突撃!」
シルフィの号令一下、一糸乱れずに隊伍を組み、部屋の入り口から殺到する黒装束のものたちに切りかかっていく。
あたりは、突然、鉄火場になった。
「姫を逃がすか、あの方たちが到着すれば私たちの勝ちよ。自らの仕事をなさい!」
「「はっ!」」
あたり一面に、修羅場が現出した。
というわけでなんとか更新です。
そろそろ閑話をいれる時期ですが、たぶん、本編だと思います(話のキリが悪いので)。
次回更新は、来週を目途に。
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