第十一.五話 閑話 ぎるどのおもわく
「その話は本当ですか?」
シュガークリー王国の王都トルテにある商工組合会館本部の奥にある建物。
優男は微笑みをたたえながら、報告をしている部下へと問いかけた。
銀髪で細面。髪の毛の色とお揃いの銀縁の眼鏡をかけている。
目付きはパッと見、優しげだが、その眼光は鋭い。
だが一番の特徴は両目の色がちがうこと。
いわゆるオッドアイだ。
優男は、お茶を優雅に飲みながら、ソファに寛いだ格好で報告を受けている。
お茶のカップとポットも、その見事な陶器の柄などから、相当に高価なものであることが見てとれる。
「……はい。『草』からの報告によりますと、魔族の、それも相当に高位なものが『こちら側』へと入り込んでいるという報告がまいりました」
どっぷりと太った初老の紳士が汗をふきふきしながら答えている。
その様子から、ひどく緊張しているのが見て取れる。
「接触は?」
「魔術調査を行っている段階です。しかし、『受動探索』から『能動探索』へと魔術を切り替えた瞬間、術者が掻き消えたそうです。それこそ刹那の瞬間に」
「……ほう。それは、相当な手練れですねぇ」
顎に手をあてながら、手元の羊皮紙の報告を眺め、思案に更ける優男。
高位の魔物であれば、通常、『偽装』や、『隠匿』等の魔術を駆使して、その魔力を伏せている。
だが、それら魔術をもってしても、その魔力総量を完全には隠すことはできず、広範囲に魔力を分散させることで、その位置を眩ますのが常套手段である。
ここで『受動探索』の魔術というのは、この分散している魔力を感知するための魔法であり、相手に気づかれることはない。しかし、その反面、その探索対象についての具体的な位置を掴むことができず、せいぜい、どこどこのあたり、といった漠然としたものになってしまう。
それに対して、『能動探索』は、術者から魔力を広範囲に発し、対象を指定して能動的に相手の位置を精密に探索するものである。しかし相手の術者が『能動探索』魔法への対策魔法を事前に準備していた場合、位置がばれる能動探索を行使した術者は反撃を食らうことになるのだが、その反撃の強度と速度とで、相手の魔術師としての力量をだいたい予測できる。
ただ、通常であれば、相当高位の魔物であっても、数秒のタイムラグの後に、魔法弾の一つでも浴びせられるのがせいぜいであり、ここまで凶悪な『反撃魔術』がかえってくるのは、正直、規格外の化物である。
そうであれば『草』からの報告があった高位の魔物というのは、相当な術者であり、それこそ、ギルド全体により、戦略的な対策が必要な相手であると言える。
「教会の動きは気になりますが、商工組合としては、触らぬ神に祟りなし、の方針でよいかと思います」
優男が断を下す。
「最悪、ここ、シュガークリー王国は見捨てます。まぁ、『約定』があるので大事にはいたらないものとは思いますが、ギルドの存亡をかけてまで、我々だけで対処するメリットは認めません」
優男は、その瞳に氷のような冷たさをたたえながら冷徹に判断を下す。
彼は生まれながらの為政者であり、その判断に一ミリの迷いもない。
そして、優男は瞳を閉じ、薄く笑った。
「承知いたしました。では、探索班は、パッシブサーチでのみの監視を続けさせます」
「それで、よろしくお願いいたします。しかし、一国の全土に広がる魔術の気配、ですか。いったいどれほどの方がこちらにいらしたのでしょうね。……とりあえず、隣国のパプテス王国には、最悪のことを考えて、特殊陸戦隊の第一と第二班を、最重装で展開しておくようにシルフィ中佐へと指示を出しておいてください」
「最重装でございますね。承知いたしました。手配しておきます。それと、もう一つだけ報告が」
「聞きましょう」
「はい。先月の魔王軍によるシュガークリー王国ガイコーク砦への攻撃についてなのですが、王国が世間へと公表している話とは別の事実があったことが調査の結果、判明いたしました」
「ほう。そうなのですか」
怪しくメガネを光らせる優男。
「はい。詳細は報告書の方を読んでいただければとは思いますが、ここシュガークリー王国のソニヤ姫が単独にて、魔王軍の裏をかく戦術を立案採用し、難を逃れたと、いうことが事の真相とのこと」
「……ほう」
興味深そうな瞳の色を浮かべる優男。
「あのときの魔王軍は、弱小な妖魔と、骸骨程度の軍勢でしたが、数は多く、それにシュガークリー王国内の裏切りもあったと聞き及びますが」
「そうでございます。そのような悪条件の中、ソニヤ姫は、その裏切りすら利用して、ピタリと最適な戦略を選び抜き実施した、ということでございます」
「うーん、ソニヤ姫に関する事前の情報とはだいぶ違いますねー。僕が人物観察のミスをした、ということになりますが、さて……」
珍しく、眉根を寄せて考えてしまう優男。
「はっ。私も何度か以前にあっておりますし、最近もお会いしましたが、そのような才気を感じることは、ついぞ、一度もありませんでしたが」
「……ふふ。わかりました。では、心に留めておきましょう。ソニヤ姫、ですか。今度、お会いしてみたいものですね」
くくくっと、喉の奥で静かな笑い声をたてる優男。
「しかし、『御老体』たちが、どのような動きを見せるのか気になりますね。藪をつついて蛇が出てくるのならばまだしも、ドラゴンでも出てきた場合には、いったい誰が責任をとるのやら」
優男は、カップのお茶を飲み干しながら、嘆息するのであった。




