第百十話 かおやく
「ちょっと、ナレン。どういうことか説明してよ」
「なんじゃ、藪から棒にまったく」
アップフェル公爵との会食の後、そのまま自室へとナレンを引きずり込み、尋問を開始した。
「なんで、あんたが、アップフェル公爵との会食にさらりといたのよ。しかも仲良さそうだったし。もし今回の件があんたの差し金だったとして、私を巻き込まないでちょうだいよ!」
私はナレンの返答次第ではただでは済まさない、という気概を見せながら、凄んでみせる。
まあ、たいした迫力などでないのだけれど。
「……まあ、落ち着け、ソニヤよ」
聞き分けがない子供に噛んで聞かせるような口調で、ナレンが手もとのお茶を飲みながら口を開いた。
「我々人間族は新参者。そういった意味で、これから帝国内で生き残っていくには、強力な後ろ楯が必要なのはわかるの?」
「そ、それは、まあね」
私とて、シュガークリー王国の王族。
権謀術数とは、なにも政敵を追い落とすためだけに利用するのではなく、自らが生き残るために必要な知恵だ、ということは十分に心得ている。
「そういった状況で、我々が組むべき相手はどこにすべきか。当然、力なき我々に第三勢力として中立を維持する、という選択肢が選べないのは自明じゃな」
「わ、私だってその程度はわかるわよ……」
あまりそういった大きなことは考えてはこなかったけれど、私たち人間が、そんなに大それた勢力でないことだけはわかっている。
「そこで、リート姫が率いる最大派閥か、アップフェル公爵たちの第二勢力か。どちらか選ばねばならない、ということなのじゃよ」
おそらく、アップフェル公爵たちのグループが、リートたちの勢力に対抗している最大勢力なのだろう。
「すみません、ナレン様。それでしたら、リート様の軍門に下る、という選択肢はなかったのでしょうか? 人間たちの今後を考えるならば、最も強い勢力につくというのは正攻法かと」
今まで沈黙していたカミーナが、横からナレンに質問をした。
「わしもそれは考えた」
ナレンは、カミーナの方に視線を向けながら頷いた。
「じゃが、元々あそこの派閥の者たちが、軍を率いて我ら西方諸国の騎士たちと実際に刃を交えていたのよ。そうであるならば、我らとしても、心情的にはおいそれと彼らと手を組むことは難しいということよ」
ナレンが解説をした。
「……それに、彼らにしてみれば、私たちは新参者で、大したことがない勢力だと、思っている節があるから、私たちの価値はそれだけ下方修正されて評価されるでしょうね」
私も、これまでの帝国内で仕入れた、私たちの置かれている厳しい現実の分析結果を告げた。
そういった意味で、人間族を売り込む先としては、第二勢力のアップフェル公爵たちのグループに売る方が、高く買ってくれる、ということだ。
「それに、こちらにはソニヤ、そなたという切り札があるしの」
ナレンが自信満々に、こちらへとウインクをしてきた。
「え? わたし……」
私の頬がひきつる。
「そうじゃ。そなたが魔王殿の寝所より現れたのは、実に良いデモンストレーションであったぞ」
「って、あれは!」
「わかっておる。わかっておる」
本当にわかっているのかわからないが、したり顔でナレンが頷いている。
「……あれのおかげで、そなたが魔王殿と親しげな個人的な関係を現に築いておること。それと、その状況にもっていった、そなたのこれまでの武勇伝についてのわしの説明に、説得力が増したというものよ」
どや顔で、ナレンがそんなことを言ってきた。
ねえ、ちょっとあんた。
もしかして、私について変なストーリーを吹聴していないでしょうね?
「……失礼ですが、ナレン様。ソニヤ様は、概ね素のままで、これまで魔王様とお付き合いをされていました。一度もあの方を味方に率いれようなどと考えて動いていたことはございませんよ」
カミーナが、ナレンに対して、横からやんりと反論している。
私を買いかぶり過ぎだ、とでも言いたいのだろう。
「……いや。まさにそれこそが、ソニヤの強みなのよ。普通の者であれば、魔王殿に対して従属するか、歓心を買おうとするか、何らかの特別な対応をとる。それに対してソニヤは実に自然体ですごし、それを魔王殿が受け入れている。まさに、この関係こそが奇跡」
うんうんとナレンが頷いている。
「そういうわけで、申し訳ないんじゃが、ソニヤには、形式だけでも、我らの盟主として、人間族の顔となって欲しいのよ」
「私が顔……」
「そうじゃ。まずは、アップフェル公爵が、そなたの後宮入りを推薦する手筈になっておるので、それを受け入れてもらいたい」
「……私が後宮に……って、それって!?」
「ま、まあ、属国の姫が後宮に入るのは普通のことじゃしな。ただ、議員職がどうなるのかについては、前例がないみたいでな。その辺りはよくわからん」
「……えー」
私としては、議員やって、秘書官やって、それに後宮入り。色々と仕事をふられすぎだろう。
「う、うう。胃に穴が開きそう」
少しは休ませてほしいと心のそこから思った。
というわけで、今回の執筆も綱渡りでした。
ゴールだけは決まっていて、途中ポイントで、コレを書かないといけない、というのは決まっていますが、その間部分は、完全に白紙なので、ひーひー言いながら、プロットを考えています。
次回もなんとか来週更新できれば。。。




