第百九話 いやなよかん
こんこん……
「どうぞお入りなさい」
行きたくないなあ、という気持ちを感じながらも、扉をノックするとすぐに返事があった。
少し甲高い、女性の声だ。
「失礼します」
私は恐る恐る扉を開けて、中に入っていく。
付き人禁止、といわれてはいないので、カミーナを供にしている。
彼女が近くにいてくれるだけで、なんと心強いことか。
部屋の壁などは魔王城内の一角、後宮内にあるので、私の部屋とはそんなに変わらない。
ただし、私の部屋よりも、ごてごてした道具が多い。
おそらく、様々な魔法の道具だろう。
後宮は、魔王城の北西の方向に位置しており、男子禁制だ。
ただ、魔王様がまともに後宮に出向きもしないので、開店休業状態だとは事前に聞いている。
一応、帝国の属国からの姫たちを形だけ迎え入れてはいるみたいだ。
体面もあるのだろう。
さて、私は後宮の入り口に入るところで、入念な身体検査をさせられた上で、ドレスに着替えさせられた。
制服になれていたので、大変歩きにくいなあ、などと思いながら、猫耳の侍女に後宮を案内してもらった。
カミーナも同じように身体検査をされたのに、なぜかちゃんと制服を返してもらって後宮内を制服で歩いている。
なんで、私だけ……。
あちらこちらと長い長い廊下を歩かされたあげく、やっと、後宮長官の私室まで、案内された。
やっと対面までこぎ着けた、というのが私の正直な感想だ。
……後宮長官の部屋の中はホールのようなところで、ソファに巨大な生き物?が座っていた。
その生き物が、立ち上がり、こちらに顔を向けてきた。
巨人の体に、これまた巨大な魚が乗っかっている姿をしている。魚人、という種族であり、その中でも上位の大型種族だ。
「……私がアップフェルです。ソニヤ議員。今回、急な招きにも関わらず参加いただき感謝します」
「アップフェル長官。初めてお目にかかります。ソニヤでございます。新参者ですので、失礼な点などあるかと思いますがご容赦ねがいます」
私は帝国の礼儀作法に基づき、最敬礼で挨拶をする。
事前情報により、この魚人女性は公爵位を有しており、帝国を構成する王国の女王であることも判明している。
敵に回すには厄介すぎる相手なのだ。
「そんなに畏まらなくても結構よ、ソニヤ議員。さあ、こんなところで立ち話もなんですから、こちらで食事にいたしましょう」
「はい」
そういって、私はアップフェルに従い隣室へと向かった。
「おお。ソニヤ。遅かったではないか」
そこには、赤毛の美女、友人のナレンが、なんでもないようにくつろいでおり、こちらに気さくに挨拶をしてきた。
すでに、お酒を飲んでいるみたいで、彼女の前のテーブルには、いくつかのグラスが置いてある。
「ナレン! なんでここに?」
私はびっくりしてしまう。
「……ナレン議員はソニヤ議員と知り合い、と聞いておりましたのでね。今回、同席をお願いいたしましたの」
「そういうことじゃの」
ニヤリとナレンが笑う。
「では、ソニヤ議員も座って、まずは食事にいたしましょ」
「は、はい」
私は促されるまま、椅子に座らされ、会食が始まった。
食事では、肉か魚かわからないが美味しいステーキのようなものや、ライチに味が似ているが、形はリンゴみたいな果物など、私が知らない様々な食事が出てきた。
個人的には果物がふんだんに入ったサラダと、キノコ?が入ったクリームスープが絶品だったと記録しておこう。
……とくに会話もなく、黙ったまま食事が終わってしまった。
んー、食べながら、何かを話す、ということではなかったのかしらね。
食べ終わって、食後のお茶をいただいているときに、アップフェルがふっと口を開いた。
「……後宮のことはご存知?」
「概要程度は。ただ、魔王様が興味を示されない、と聞いております」
「そうなのよね。まあ、私としては魔王様が、ちゃんと、妃を選んでいただければ、それでいいのだけれどね。……魔王さまが即位してより数百年。いまだに妃がいないのが問題なのよ」
アップフェルが、ため息?をついている。
「リート姫がいるのでは?」
一応、聞いてみる。
下馬評では彼女が最有力なはずだ。
「あんな野心家と魔王様が結婚されたら、それこそ帝国内の秩序が壊れるわ。彼女のバックにはエルフ族と吸血鬼一族、それと巨人族がついているの。おおむね好戦的な連中ばかりね」
「……失礼ですが、アップフェル様の派閥は?」
「私の方は、私が治める魚人族、それに協力関係にある妖精族とドワーフ族ね。私たちは調和を求めているわ」
「調和、ですか」
なんとなく嫌な予感しかしない。
「私はね、ソニヤ議員。あなた方人間族の今回の帝国への再統合時の手腕を高く評価しているのよ。とくに、ソニヤ議員、あなた個人のね」
だんだんと、嫌な予感が高まっていく。
「……ソニヤの権謀術数は、人間界随一であることは我が保証するのである、アップフェル公爵。彼女であれば、十分にリート殿に対抗できるであろう」
満面の笑みを浮かべながら、ナレンが横から補足してきた。
ちょっ、おま……。
「すぐに返事をちょうだい、ということではないのだけれど、少なくとも考えておいてね。これは魔王様のためでもあるのだからね」
「……」
私は何か、巨大な陰謀に巻き込まれていっているのではないか、という嫌な予感が背筋を上ってくるのを止められなかった。
というわけで、いつもどおりのぎりぎり執筆、ぎりぎり投稿です。
大きなプロットはありますが、詳細なプロットがまったくないので、毎回、綱渡り投稿です(苦笑




