第百八話 あさがえり
「……う、うう……頭が痛い……」
頭の中で、がんがんと銅鑼がうちならされている。
少しでも気を抜くと、胃の中のものが、喉元まであがってくるし、このままゆっくりと眠っていたい。
「飲み過ぎたかなあ……」
だんだんと思考がクリアになってきて、昨日のことが思い出されてくる。
「そういえば、昨日は魔王様たちといっしょにお酒を飲んで……」
そこで、自分の置かれている状況が徐々に理解できてきた。
「……ん。ここ、どこ?」
周囲を見回してみる。
金属とも陶器ともいえない、その黒色の壁の材質から、どうやら魔王城のどこかしらの部屋みたいだと推測する。
今は大きな立派なベッドの上で、シーツをかけられ、一人で寝ていたみたい。
……。
シーツの下の自分の姿を見てみる。
一瞬、意識が遠のきかける。
あれー?
服を着ていないんですけど。
一人、全裸で、見知らぬベッドの上で就寝。
しかも、昨日のあれからの記憶もまったくない。
二日酔いの頭の痛さだけではない、別の頭痛がしてきた。
……誰かこの状況を私に説明してほしい。
でも、この頭痛がどうにもならない。
……とりあえず、この状況の理解を受け入れることを放棄して、もう一眠りしてみる。
……。
いくばくか眠り、頭痛や吐き気もだいぶ治まった。
でも、誰も部屋の中へとやって来る様子がないので、私は行動を開始することとする。
「……さすがにこのままじゃ、まずいしね」
とりあえず、シーツを身体に巻き付けて、大事なところは隠す。
でもこの姿を見られたら、どう言い逃れをしたとしても、怪しまれるよなあ。
「靴とかはないけど、ま、仕方ないわね。……あとは、誰かに出会わずに、ちゃんと自分の部屋に戻れれば完璧なんだけど。でも、いったいここはどこかしらね」
そんなことを呟きながら、扉を開けて、廊下にでる。
人はいないみたいだ。
少しだけホッとする。
そして、しばらく歩いていくと、大きな扉にたどり着いた。
んー。どこかで、この扉を見たことがあるような?
「ま。いいか」
私は気にせずに、扉を開け放った。
「(ざわざわ)……」
先ほどまでざわついていたのに、一瞬で静かになった。
目の前の会議中の人たちが、みんな、私の方を珍獣でも見るかのような視線を向けてきた。
「……ソニヤ議員はなかなかに奇抜なファッションですね」
椅子に座っていた人物の一人、ゼクスが微笑みながらそんなことを評してきた。
「ソニヤよ。朝帰りとは、なかなかに隅におけぬやつじゃのお」
ニヤニヤと笑いながらナレンも突っ込んできた。
どうやら、議場に顔を出してしまったらしい。
「……す、すみません」
おずおずと、扉を閉めた私は別の扉を見つけて、すごすごと自分の部屋へと逃げ帰ることに成功した。
途中、廊下を警備していた衛兵たちが奇異な目を私に向けてきたが、何も語りかけては来なかった。
◆◇◆◇◆
「……お主の噂でいっぱいじゃぞ、ソニヤよ」
「……しょうがないじゃない。道がわからなかったんだから」
ナレンといっしょに中庭でお茶をしていると、しみじみとした口調でナレンが話しかけてきた。
「しかも、あそこの扉、どこだかわかっておるのか?」
「……カミーナから聞いたわよ。魔王様の部屋だったんでしょ」
あとからカミーナから聞いた話だが、私が就寝していたのは、魔王様の居住区域の客室の一室だったらしい。
そして、そこで、私が裸で寝ていたものだから、そりゃ、色々と噂が広まったらしい。尾ひれが最大限について、さらには、まことしやかな恋愛のお話つきで。
宮殿とはかくも、華やかなお話が好きとみえる。
「……でも、私は単に酔いつぶれて、起きたら、あそこで寝ていた、というだけなのよ。本当にその間の記憶がないのよね」
「まあ、お主がそう言うのだから。そうじゃとは思うけども」
そこで、いったんナレンは口を閉じてこちらを見つめた。
「……しかし周りの者が、皆、そう思うのではない、ということだけは気をつけておくんじゃぞ」
「……わかっているって」
私はぶっきらぼうに呟いた。
あのあと、魔王様が不在なため、結局、なんでああなったのかは聞きそびれている。
私が酔いつぶれて寝てしまったのは、まあ、理解の範疇にあるんだけど、なんで服を着ていなかったのか、という点についてだけは釈明が欲しいところだ。
……ま、まあ、求められるのでしたら、それなりの覚悟は、こちらにも必要なわけでして。
そういった覚悟を全部すっとばして、一時の激情で契りを結ぶ、となったら目もあてられない。
しかも、記憶もないし。
うーん、と頭をかきむしりたくなる。
「やはり、昨日のことを聞くしかない」
私は目を座らせて、ナレンを見つめる。
「魔王様はどこ?」
「うん? わしは知らんよ。お主の方が知っておるじゃろ。なにしろ、秘書官なんじゃから」
……。
そうだった。
私の権限で事務官から聞けば良いのか。
よし、聞こう。
「ん。聞いてくる」
私は善は急げ、とばかりに椅子から立ち上がったが、そこで、出鼻を挫かれた。
「ソニヤ様。至急、お話がある、との言伝てですが」
カミーナが、中庭に駆け込んできた。
「……えーっと。いったいどちらさまから?」
なんとなく、嫌な予感を感じつつ、聞いてみた。
「こちらの方です」
そういって、カミーナが綺麗に折り畳まれた手紙を手渡してきた。
私は恐る恐る開いて内容に目を通す。
そこには、『後宮長官』、『公爵』、などの肩書きをもつ、アップフェルなる人物からの晩餐会への招待が記されていた。
次回は閑話の予定ですが、そのまま本編にしちゃうかもしれません。
成り行き任せです。
来週の私に全てを託します。




