第百七話 ゆうがにおはなみを
あたりは少し薄暗くなっている。
どうやら、建物内のこの異空間?は、外界の時刻と連動しているみたいだ。
天候についても同じく、連動しているのかについては、すこしだけ興味がある。
目の前に広がる湖は、その広大さに似合わず、非常に澄んでいて穏やかな湖面だ。
湖の近くに植わっている、桜に似ている大きな木々の根元のあたりで、ごろりと横になって、すでに酒盛りを始めている男女がいた。花びらがヒラヒラと舞い落ちているのが風雅を感じさせる。
ところで、先ほどの男の方の声。聞き覚えがあったような気がする。
「あの、どこかでお会いしたことが?」
「あ? ねーと思うがなあ。魔王様どうだったっけな?」
「俺に聞くな。知らん」
私の疑問をそのまま魔王様にぶん投げた目の前の男。
でも、この声はどこかで聞き覚えがあったはずなんだけど。覚えがない。うーん。
「ま、人違いだろ。俺の名はベヒモス。一応帝都防衛が主任務の、まあ、いってみれば用心棒みたいなもんだな。よろしくな、嬢ちゃん」
そう言ってベヒモスが立ち上がって、握手を求めてきたので、とりあえずその手を握り返した。
「新任議員のソニヤです。つい先日、魔王様の皇帝秘書官にも任命されましたので、ご用命の際はお声かけくださいませ」
「お。なるほどなるほど。あんたが、例の嬢ちゃ……」
「おい。ベヒモス。それ以上は喋るなよ」
魔王様がすごい眼力でベヒモスと名乗ったチャラ男を睨み付けている。
「わかってるって。そんじゃ、今度遊びにいかせてもらうからよ」
そう言って、ベヒモスはにやにやと笑いながら、両手を上にあげて降参のポーズをしながら、また座り込んだ。
そして手近な酒を瓶のまま、らっぱ飲みをしだした。非常に礼儀というものを軽んじている人物みたいだ。
私はもう一人の美女、先ほどからこちらのやりとりをキセルを咥え、嗤いながら見つめていた美女に向き直った。
そういえは先ほど、甥が世話になっている、とか言っていたような。
「あの……」
「わっちはベルゼブブというもんでありんす。こなたのお付きのベリアルの、まあ、叔母にあたる間柄と言えばわかってくれるでありんすか?」
一瞬で、血の気が引いた。
こいつは悪魔だ。それも相当に力の強い。
「べ、ベリア……」
「ベリアルなら、ほら、ここに」
「わわっ!」
そう言って、何かを投げてきたので慌てて手で握って受け止める。
手のひらを広げてみると、タンザナイトのような青黒い綺麗な宝石が手に納まっていた。
『ソニヤ様。申し訳ありません。このような姿で』
「……って!」
危うく叫びそうになってしまった。
「ソニヤはん。その子を肌身離さず持っていてくれでありんすね。取引でその姿になっているその子の覚悟を、どうぞ受け入れてやって欲しいでありんすよ」
「……はあ」
『ソニヤ様に身につけてもらえば、私の魔力を若干ですが供給できます。もしもの時の備えとしてどうか』
『わかっているって』
私は頭の中に響くベリアルの言葉に、返事をかえした。
「……よし、これで、だいたい挨拶が終わったか? まあ、一部すでに始めてしまっているようだが、ソニヤの帝都への着任祝いだ。今日は無礼講とするぞ」
「いつものことであるな」
魔王様の朗らかな言葉に、ヘイシルが骸骨の眼窩を向けながらポツリと突っ込んでいた。
いつも、こんなノリなんですか?
◆◇◆◇◆
……だいぶ酔いが回ってきた。
たしかに、このお酒、ちょっときつくて辛いが、フルーティーで飲みやすい。しかも、炭酸が入っている?
視線を上に向けると花びらが舞い散っており、なかなかに風情がある。
こういう場でお酒をいただくのは良いですね。音楽があれば、なお良しです。
「……嬢ちゃんは美味しく酒が飲める質なんだな」
「ま、まあ、そうかもしれませんね」
いつの間にか隣にいたベヒモスが、私の肩に手を回しながら、そんなことを言ってきた。
「おいおい。もう少し離れろベヒモス」
そういって、魔王様が、私とベリアルの間にぐいっと割り込んできた。
あれれ。魔王様、もしかして焼きもちやいちゃいましたか?
「……」
「なんだその眼は?」
魔王様がじと目でこちらを見てきた。
「……えへへ」
少しだけ、魔王様の首筋をさわってやった。
「な、なんだ。どこか可笑しいのか?」
魔王様が自分の体と私の方を交互に見ている。
「なんでもないですよー。あははは」
なんとなく楽しくなってきたので、地面に横になって、空を見つめた。
ちゃんと夜空があるのがとても不思議だ。
建物内のはずなのに。
魔法ってすごいな。
「……うむ。そうであるか。うむ。了解したのである」
声が聞こえたので、そちらを見てみると、虚空に向けて、なにやらヘイシルがしゃべっていた。
そして、そのまま私の方に顔を向けてきた。
だから、暗いところでそのホラー顔をこちらに向けないでください。
「残念ながら議長は用事が抜けられないとのことである」
ヘイシルが重々しく頷いた。
「そうでありんすか。残念でありんすねー」
「ザッハークは嬢ちゃんと会いたがっていたのになあ。残念なことだ」
ベルゼブブとベヒモスが横から言葉をかけてきた。
「ま、仕方あるまい。また今度、挨拶の機会をもうけよう」
そんな声を、私の隣に座っていた魔王様が締めの言葉として述べていた。
「あ、はい。そうしますね」
とりあえず、うなずいておいたものの、魔王様が、せっかく近くにいるし、そういえば前に、魔王様に膝枕をしてやったことを私は思い出した。
横になったまま、ずるずると芋虫のように身体を動かして、魔王様の膝にちょこんと頭をのせてみた。
「……」
「……」
とりあえず、視線が絡み合う。
私は精一杯、私、幸せですよー、という笑みを浮かべて、そのまま眼を瞑った。
そうしたら、どうやら相当に疲れていたらしく、そのまま意識が遠退いていってしまった。
というわけで更新です。
次の冒頭のシーンだけは頭にありますが、さあ、どう転がしましょうか(苦笑




