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第十一話 べっどいんしちゃう?

「……では、手紙のやり取りなどいかがでしょうか?」


「手紙か。まぁ、原始的ではあるが、いきなり押し掛けるのを好まぬ、ということならばいた仕方がないか」


直接会いに行ったりするのは良くないことなので、まずは手紙のやり取りから始めるのはいかがですか、と提案したところ、魔王は快諾してくれた。

思いの外、魔王は素直な感じだ。

何気に、俺たち、仲の良い友達になれるかも。

そんなことを思いながら、ニコニコとしてしまう俺。


ソニヤの側支えであるアインスの立場からすると、一応、ソニヤ姫はアインスの主人であり、姫の知り合いでもない魔王を、いきなりすぐには会わせられることができない。しかし、手紙程度ならば自分であれば確実に姫に届けることができる、というロジックで、ソニヤ姫とのやりとりは、文通から始めるということになんとかまとまった。


しかし、そもそも、単なる侍女の一存で、姫に会えたり会えなかったり、手紙を届けたり届けなかったりできる、などということは、普通はできないような気もするが、魔王はあまり細かいことを気にしない質らしく、何も突っ込みがなかったことに、俺は、心の中で安堵する。


……魔王がおおらかな性格で助かったー。


心の底からの魔王様への賛辞の言葉である。


「手紙に関しましては私が姫様のところへと、責任を持ってお届けしますので、大船に乗った気持ちでお任せくださいませ」


「そうか? 余が、じゃなかった俺が直接持っていって手渡してもいいんだが」


「!? ……い、いえいえ。マオール様のお手を煩わせるようなことはさせられません。マオール様はどかーっと腰を据えてお待ちいただくだけ。そう。それだけいいのですよ」


「……ふむ。そうか」


あぶねー。こいつ、少しでも油断すると、宮殿内へと突撃してくるな。

慎重にこいつの動きを封じねば、俺の安息の時間と空間が著しく狭まる。


「ところでソニヤ姫へと手紙を届けるのは、私が精魂込めて勤めさせていただきますが、姫からのお返事はいかがしましょうか」


「俺が取りに行って……」


「い、いえいえ! ですからマオール様のお手を煩わせるわけにはまいりません! マオール様もどこか一ヶ所、できればこの近くにでも留まっていただければ、と。先ほども宿泊先を探していた、とおっしゃっていましたものね」


「む。そういえば、そうだったな」


こいつ、本当に細かいことを気にしないやつだな。


……はー。


しかし、とりあえず、これで当面の危機(いきなり宮殿内で拉致監禁される)を避けることに成功したみたいなので、安堵のため息が漏れた。


あと、魔王に街の中での住所がないと、なかなか捕まえることができず、こちらとしても非常に困るので、ここ『白鷺亭』を常宿としてもらうことにした。

大通りに面しており、治安も悪くないので、俺が訪問しやすいこともポイントの一つだ。


まぁ、魔王に勝手にあちらこちらへと行かれると、不安のあまり、俺の胃の中にピンポン玉くらいの大きさの穴が開きそうなので、なんとか現状、目の届くところに住んでいてもらいたい。


……とりあえず、俺としては、今回の一連の措置で、なんとか時間を稼ぐことに成功したと判断している。

そうなると、次のステップとしては、魔王のマインドの変換、すなわち、ソニヤ姫への興味を失わせるか、または、荒っぽい手段を取らないように矯正していくことを目標にする必要がある。いわゆるソフトランディング政策である。

しかし、これを達成するには実に根気がいる作業であるとは思うのだが、やるしかない。

なので、まずは長期間、魔王を相手にする必要があると俺は、腹をくくった。

そうであれば、最初に魔王の現況を確認する必要があるな。


「では、マオール様。現在の所持金を見せていただけますか? それと、宿にはいつまでおられる予定なのですか?」


所持金が少ないということは、短期宿泊をそもそも前提としていることになり、事を急ぐ、つまり、短絡的にソニヤ姫の拉致監禁、なんて言い出しかねないので、ここはちゃんと確認をする必要がある。


「うむ。俺も、城から……じゃなかった、家から出てくるときに、ちゃんと金は持ち出してきたぞ」


えらく自信満々ですね、魔王様は。

というわけで、魔王が懐から取り出した皮袋の中にぎっしりとつまった金貨を見せてもらった。

刻印とか、意匠とかがやけに凝っており、俺が普段見慣れている、シュガークリー王国謹製の混ぜ物(銀や銅など)がたっぷり入ったショボい小金貨や、西方諸国で共通に使われている商工組合(ギルド)発行の大金貨(こちらはかなり純度が高い)に比べても、その輝きや意匠の美しさは段違いだ。


だが、いつも使っている金貨とは明らかに異なる外観をしているので、普通の商人では、明らかに取り扱いを忌避するものと思われる。

それに、小金貨ですら、五万ゴールドの価値に相当するので、このわけのわからない金貨を取り扱おうと思うような物好きな商人はあまりいないだろう。


「なぜか、どこの店も俺が持ってきた金貨を見せても受け取らぬ。……せっかく俺が金を用意してやったというのに、まったく困ってしまう。そんなことがあったので、非常に難儀しておったというわけよ」


どうやら、自分で宿を探していたときに、この謎の金貨を商人たちに見せたところ、あやしく思われて誰も商いをしてくれなかったらしい。

まぁ、当然だろうな。


で、この怪しげな金貨だが、この金の輝きから察するに、本物であるならば、大金貨よりもさらに価値が高く、この一枚だけで、いったいどれだけの価値があることやら。

だが、普段、うちの国で使わている金貨じゃないので、仮にこれを使ってしまうと、場合によると、偽造金貨とか、役人から難癖をつけられるかもしれない代物でもある。

うちの国の役人と魔王が揉める、なんてことになったらとんでもない。そんなことが起こった日には、我が国の破滅だ。

しかし、この金貨の量からすると短期というほどでもなさそうだ。

とりあえず、俺の不安な気持ちが若干和らぐ。


「……では、当面の宿代は、私が立て替え払いをさせていただきますから、ご安心ください。そして明日にでも、この金貨が使えるように、銀行へと換金をしにまいりましょう」


とりあえず、ギルド商人たちが仕切っている銀行に、この金貨の現物を持っていって、鑑定なり、換金をしてもらおう。

俺にもこの金貨の価値がよくわからんし、さすがに、俺が両替するのも不味いだろう。

こういった場合は、やはり、専門家にお願いするのが筋だろうと思う。

そんなことを考えて、明日にでも、金貨を換金することにした。


……ん。俺の予定?

そんなものはキャンセルだ。


魔王様のごきげんを伺う以上に大事なタスクなど、現状、存在しない。

むしろ、魔王の接待をしている今こそ、このシュガークリー王国一の最重要な任務(ミッション)であるとも言える。

ソニヤ姫の身の危険どころではなく、国家存亡の危機なのである。


「ごちそうさまでした。……では、宿の手配に参りましょうか」


「あ、支払いは……」


「私が払っておきますので、マオール様はそのような些事などお気になさらず」


「む。そうか。助かるな」


こうやって、小さい恩をこつこつと売ることで、魔王のご機嫌と、信用、信頼を得るのである。

……まぁ、恩など本当に感じてくれるのか否かはわからないが。


俺たちは、夕食を平らげたので、二階へと上がり、宿屋の主人へと部屋を借りることを告げにいった。


「あのー。すみません。宿を借りたいのですが、とりあえず一週間ほど」


「ん。二人かい。今なら二人部屋が、安いよ!」


あー、そうか。魔王だけ泊まるって言ってないから誤解をしているのか。


「いえ、こちらの方だけが泊まりますので、一人部屋で結構です」


「……申し訳ない! 今、一人部屋は満杯なんだ!」


おいおい、本当かよ。

思わずジト目で主人を凝視してしまう。

だが、百戦錬磨の宿の主人の真意を見通すことはできない。ただ、自信満々に言い切る主人の笑顔だけしか読み取れない。

本当かどうか、確認する術はないが、頑として一人部屋の空きがないことを主張して、しつこいくらいに二人部屋を勧めてくる主人。

まぁ、なるべく大部屋を貸してしまいたいという気持ちはわからんでもない。売上としては二人部屋の方が高いからな。


俺と店主が空きがあるのかないのか、と揉めていると、後ろから魔王がすーっと、話に割り込んできた。


「二人部屋にしてくれ」


「えっ、ちょっ……」


おい、魔王。

お前、何を言ってくれるんだ!

二人部屋を使うなんてもったいないぞ!

自分が王族であることすら棚に挙げて、勿体ない精神を発揮してしまう。

何気に後から考えてみると、魔王の財力を考えたら、もっと良い宿屋のスイートルームにでも突っ込んだところで、お釣りがくるような気もするのだが、この時は、俺も意地になってしまい、安い部屋にいれてみせる、と張り合ってしまっていた。

平民思想丸出しである。


しかし、客である魔王自身が二人部屋で良い、と断言してしまったので、主人は喜色満面。揉み手なんかもしている。


「やー、さすがお兄さん。話が解る御仁だ」


主人、魔王のことをべた褒めである。

しかも、そのおべっかに、満更でもない様子の魔王。


「若いって良いよな! しかも、こんなべっぴんさん連れて! お兄さん、本当に幸せ者だね!」


おべっかが過ぎるぞ、主人。

とりあえず、俺たちはそんな関係ではない、ということを主張しようと声を出そうとして、ふと、違和感に気付く。


腰の辺りをそーっと見ると、魔王の手がそっと添えられ、部屋へとハニーを連れ込む、エスコートの準備がなされている。


このままだとそのまま部屋へと連れ込まれ、ベッドにダイブさせられそうな雰囲気だ。


「で、ではまた明日、こちらに伺いますので! マオール様、また明日お会いしましょう」


腰に回された魔王のその手をひらりとよけ、宿の当面の支払いを済ませた俺は、魔王から素早く距離を取ると、颯爽と、という表現が似合う速度でもって、流れるように宿屋から出ていく。


うひー、これが流れるように女を宿へと連れ込むタラシの手口か!


俺はその魔王の自然な仕草、その業に戦慄を覚えながら、宿屋を後にした。


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