第百二.五話 閑話 がくやうらのおしごと
「シルフィ。状況報告を」
「はっ。ご報告申し上げます」
軍服姿の特殊陸戦隊のシルフィ中佐は、けも耳を帽子の脇から出しつつ、しっぽをぴんとはり、直立不動のまま、自らの主であるゼクスに対し敬礼を行う。
「……現状、特殊陸戦隊第一班、第二班により、聖王国内の武装蜂起鎮圧作戦が、聖騎士団との合同作戦により進行中。また、第三班による、商工組合内の諜略作戦は成功し、多数派工作は終了いたしました」
「……わかりました。それと、近隣国からの介入は?」
ゼクスは椅子にもたれかかりながら、手元のカップで優雅にお茶を飲んだ。
「はい。第四班が、当該国内で、内乱を起こし、魔法帝国による武力介入を誘発させ、無事に問題のある勢力の駆逐に成功いたしました」
「それは、ご苦労様です。他には……」
「ダライ・トカズマ帝国のナレン様へと協力をし、無事に皇帝位へと復帰していただき、議員枠の確保に成功いたしました」
「これで、西方諸国五議席のうち、僕とナレンさん、の二議席が確保できましたね」
ゼクスはカップを机の上に置き、シルフィに微笑んだ。
「はい。他の三議席についても必要があれば、工作をいたしますが?」
「不要でしょう。我々の他にも、アンジェ教皇の議席と、ソニヤ姫の議席も計算にいれることもできますからね。多数派工作はこれで打ち止めとします」
「しかし、あのお二方には、こちらからの協力要請がしにくいのですが」
「よいのですよ。何事もバランスが寛容です」
「はっ。差し出がましいことを申し上げ、申し訳ございません」
シルフィは弾かれたように敬礼をする。
「いえ、良いのです。しかし、ソニヤ姫も、面白いところで顔がききますね」
「……議長でしたか? 調べてみますと、伝説にうたわれる、あの魔竜ザッハークそのものであるとか」
シルフィは、難しそうな顔をして、手元の報告書に視線を向ける。
「まあ、伝承など、どうとでも伝わるものですからね。そういえば、アンジェ教皇のことはききましたか? それと、僕のことでもありますが」
「……例の魔法技監のヘイシル殿のことですか? あの話は本当のことでございましょうか?」
やや困惑した顔でシルフィがゼクスに問いかけた。
「まあ、本当なんでしょうね。しかし、千年以上生きている……不死の王として存在し続けているというのは、それはそれですごいですね。……その血筋に、僕やアンジェが連なる、と報告されたことには、多少は驚きましたが」
いつもの微笑みを浮かべながらゼクスは呟く。その内心は伺い知れない。
「……しかし、アンジェ教皇とヘイシル殿を見ていると、たしかに、血の繋がりを感じるときはございますが」
やや、言葉を選ぶようにして、シルフィは呟く。
「そうですね。案外、アンジェの魔法力の高さも、先祖帰りなのかもしれませんね」
はあ、とため息をつくゼクスだった。
◆◇◆◇◆
「叔母上。これからは私も魔法帝国の帝都にお邪魔をすることになるので、どうぞよろしくお願いいたします」
とある暗がりにて、燕尾服を着こなした美少年の姿をした悪魔ベリアルは、叔母である、バニーガール姿の美女、悪魔ベルゼブブと相対している。
「……うーん、ベリアルや。それは困ったものですえ」
ベルゼブブは、その艶かしい肢体を床にごろごろと擦り付けながら、キセルを優雅に遊ばせ、紫煙を吐き出す。
「なにがでございますか?」
冷笑を浮かべながらベリアルが問う。
「……我らのような悪魔公爵が、ひとところに集中するんは、この世界の魔法バランス上、あまりよくないんえ」
「それはそうかもしれませんが、私はソニヤ様に忠誠を誓っている身。そうであれば、おいそれと、お側を離れるわけにはまいりません」
「うーん。そうやろね。我らにとっては、契約は絶対やしね」
はあ、と長々とベルゼブブは紫煙を吐き出す。
「はい。ですので、仮に魔法バランスが崩れ、問題が起こったとしても、それは、私の預り知らぬことでございますよ、叔母上」
そう言って、ベリアルは、おもむろに、鉄をも寸断する、漆黒の爪を構える。
「……そうでありんすね。そして、それは、わっちの主である魔王様にとっての驚異となるやもしれん」
そこで、ベルゼブブの目が黄金色に輝き、身体全体が、紫煙により包まれる。
「……そうなったら、ベリアル。わっちはそなたの首をとらないといかんのですえ」
煙が晴れたところには、一匹の巨大なハエが鎮座していた。
そこには、ベルゼブブの魅惑的な肢体は影も形もない。
「それでしたら、叔母上。我らはそれぞれの契約に従い、精一杯殺しあいをいたしましょう!」
そう言って、ベリアルは満面の邪悪な笑みを浮かべ、黒色の巨大な羽を広げるや、ベルゼブブへと疾走し、その鋭い漆黒の爪を振るった。
◆◇◆◇◆
「久しいのー、ソニヤよ」
「あ、ナレン。やっと皇帝の仕事から解放されたの?」
手をヒラヒラとさせながら、ダライ・トカズマ帝国の皇帝位に返り咲いたナレンが、ソニヤの元に遊びにやって来た。
赤毛が陽光のもと、きれいに輝き、その美貌を際立たせている。
ソニヤとナレンが二人並ぶと、侍従の騎士たちも、その美しさに見惚れ、相貌を崩してしまう。
「皇帝位になった次の日には、皇帝の廃位を宣言せねばならなかったがの。今はそなたと同じく、ぷーじゃよ」
「たしか、ナレンも魔法帝国の議員になるのよね? 私と一緒に帝都に行くのかしら?」
「いや。わしは、別に行かせてもらうことになっておるよ。色々と政治的に面倒なんじゃよ。じゃから、はじめは断ったんじゃがのー」
ナレンはおでこを指でつつきながら、やれやれと首をふる。
「じゃあ、なんだってまた?」
不思議そうな顔をするソニヤ。
「んー、ゼクス殿に頼まれてな。まあ、ソニヤもおるし、わしくらい、そなたの近くにいて味方をしてやらんとなー、と思ったんじゃよ」
「!! ……あ、ありがとね」
明後日の方向を見ながら、ソニヤが、ぶっきらぼうに感謝の言葉を述べた。
そのほっぺは真っ赤だ。
「お主にも、照れる、ということもあるんじゃな。くくく」
ナレンはニヤニヤと笑いながら、ソニヤの首に手を回し、優しく抱きついた。
というわけで更新です。
やはり、元の話がなく、プロットから考えるのは大変です。うーむ。
次回作品とかには、もうちょっとプロットを練ってから話を書かないとなー、と反省しております。




