第百一話 きょうこうのごたいじょう
父王たちとの会議後、間もなく、シュガークリー王国を含め、正式に西方の国々は魔王軍あらため魔法帝国に降伏をした。
何ヵ国かは、降伏を拒否したみたいだけども、あっという間に、魔法人形や死人兵の軍隊が派遣され、城壁を取り囲まれたそれらの国々は、騎士や兵士たちの戦力が簡単に無力化され、武装解除をさせられた後に降伏をしたみたいだ
現地の将軍なんかがクーデターを起こして、降伏したところもあったらしい。
「……アンジェさん。本当にこれで良かったんですか?」
私は、目の前で、一糸まとわぬ裸体をさらけ出し、荒縄で縛られている教皇アンジェを、悟りきった瞳で見つめた。
先程、私に夜這いをしかけてきたので、事前に悪魔ベリアルと、リッチーのヘイシルさんの二人にお願いしておいた魔法のトラップを発動させ、こうしてうまく生け捕りにできた。
もう少ししたら、保護者が迎えに来るだろう。
「しかたなかったのよ! 今の教会の教えと、西方でのしきたりを考えると、私の望みは叶えられないから! だから、だから、私は魔法帝国に降伏するしかなかったのよ!」
アンジェが魂の底からの叫び声をあげながら、慟哭した。
しかし、裸で荒縄に縛られている姿で、はぁはぁ、と荒い息を吐きながら絶叫しないで欲しい。
まるで、私が悪党か変態みたいじゃないか。
……そうなのだ。
色々な伝を使って調べてみたところ、結局は、アンジェ教皇が、魔王軍への降伏に傾いたがために、あれよあれよと西方諸国で人間族による独立を維持すべきとした『自治派』が後退し、魔法帝国への恭順派である『降伏派』が台頭してしまったらしい。
まあ、他にも、ゼクスや、友人のナレンなんかも、工作はしたみたいだけど、結局のところ、魔法帝国と取引をした方が自国のためになる、と判断したみたいだ。
まあ、あれだけ技術格差なんかを見せつけられると、わからないでもない。
意識を目の前の変態に戻す。
「……へー、そうなんですか」
とりあえず、興味なさげに答える。
「そこは、『貴女の望みとはなんですか? 可能ならば私が叶えますよ』と声をかけてくるところじゃないの、ソニヤ?」
ちょっと恍惚そうな笑みを浮かべながらアンジェが聞いてくる。
え? 別に、あなたの考えに一ミリも興味はないんだけれど。
しかも、アンジェのその頬を赤らめた顔を見れば、どうせろくでもないことを考えているとわかるし。
しかし、このヘイシルとベリアルが構築した魔法結界。なぜか、捕縛した荒縄の形が、亀甲縛りっぽくない?
魔法の荒縄だとは事前に聞いていたけども誰の趣味かしら。
「で、でも、ソニヤの頼みなら仕方ないわね。すべてしゃべるわ」
何も言ってないんですけど。
「ど、どうせしゃべってもしゃべらなくても、そ、そこの鞭やろうそくで、私をめちゃくちゃにするんでしょ!」
自分で持ち込んで、その辺に放っておいてある鞭やろうそくを見つめながら、私に向かって、なにやら、アンジェが訴えている。
「し、しかも、そこに置いてあるバイ◯を使って、私を責めたてるんでしょ! さ、さぁ! 早くしてよ!」
そのバ◯ブは、以前にヘイシルが私の部屋に置いていった荷物なんですけどね。
というか、なんで、私がアンジェを責めなくてはならないの?
でも、そんな言葉をかけると、また、変態が喜ぶので、言葉を飲み込んでおく。
こいつを相手にするには、なるべく塩対応を心がけないといけない。そうしないと、どんどんと相手のペースに巻き込まれる。
変なあえぎ声をアンジェがしだしたので、いたたまれなくなり、隣の部屋へと移動をする。
……ふー、やれやれ。
とりあえず、アンジェは放っておいて、お茶を飲んで一息つく。
「ソニヤ様。お疲れでございましょうか?」
「いえ、大丈夫よ。引き続き周囲の警戒をお願いね」
「御意」
ベリアルが、黒色の猫の姿のまま、にゃー、と一声泣いて、闇に姿を消す。
最近は、ヘイシルや、誰かたちと、色々な相談をしているらしく、たまに席を外したり、防御結界を新設したりと忙しくしている。
どうしたんだろう?
「……ソニヤ様、お客様がお見えです」
しばらくするとカミーナが、来客を告げにきた。
先ほど呼んでおいた保護者が到着したらしい。
思いの外、到着が早い印象だ。
「あら、早かったわね。早速とおしてちょうだい」
「かしこまりました」
カミーナが扉を開けると、そこには死人のように顔面を蒼白にしたオクトーバー司教の巨体があった。
傍らには、棺桶のような形の巨大な木製の箱を担いでいる。
「……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ソニヤ姫」
「あ、いえ……」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、オクトーバー司教の顔色を見て、発言を控えることとする。
傷口に塩を塗りたくることもあるまい。
「では、オクトーバー様。どうぞアンジェ様をお願いいたします」
「……心得ました」
神妙に頷くオクトーバー。
無言にて、障気を放つ奥の部屋へと、木の箱を持って入っていった。
「……放して! 放しなさいよ! 私にはやるべき事があるの! やるべき、もごもご……」
最後の方はアンジェの口に何かを入れたのか、静かになった。
がちゃり。
ドアが開き、棺桶のような箱をずるずると引きずりながらオクトーバーが、相変わらず死人のような顔色をして出てきた。
「教皇は……、教皇はあなたとの逢い引き、それだけが心の支えなのです……」
そういって、目を伏せながら出ていった。
「……えっ」
そんなことを言われて、私に何をしろと。
虚しさだけが心に残った。
珍しい時間帯に更新です。
次回更新は、来週に行う予定です。




