第九十八話 へいしるきょうしゅう
「……お邪魔するのである」
王都トルテにある王宮にて、夕食の後、風呂場にて、一人で湯編みをしているまっ最中、風呂場の石造の壁に、いきなり『ドア』がふっと現れ、その中から骸骨姿のリッチーのヘイシルが現れた。
「ぎゃー!」
反射的に手元にあった木製の手桶をぶん投げる。
「ぐあっ!」
見事にヘイシルの頭に命中した。
「時と場所を考えてください!」
私は叫ぶと同時に、ダッシュで風呂から上がる。
「いかがなさいましたか、姫様?」
脱衣所にて控えていた侍女たちが訪ねてくる。
「急用を思い出したから、なるべく早く、身支度をお願い。それと、私の客室に、後でお客様がいらっしゃるから、侍女や、衛兵たちに、私の許可があるまでは、部屋に近づかないように言っておいて」
「承知しました」
私は急ぎ身支度をして、自室に向かった。
「カミーナ。私は今から客人に会うので、周囲の警戒をお願いね?」
「こんな遅くに客人でございますか? それでしたら、私目が護衛いたしますが」
「それには及ばないわ。ちょっと、込み入ったお客様なので、万が一にも城の人間に見つかると、色々と問題があるから協力してちょうだい」
「……承知しました」
いまいち、納得はしていない表情のカミーナだったが、命令には粛々と従ってくれた。
さすがに、骸骨姿のヘイシルをカミーナに見せるわけにはいかない。
しばらくすると、私の部屋の壁に例の扉が現れた。
「いやはや、先ほどは申し訳ない」
そういって、のそりと骸骨姿のヘイシルが現れた。
こいつの骸骨姿は、夜に現れると、中々にホラーな感じね。
「で、こんな時間にいったいなんのようですか? ヘイシルさん。しかも、そのお顔をみるに、『変装』なさっているご様子」
一応、変装、ということで、ヘイシルが人間に化けていないことを指摘してみる。
「おお。これは失敬。吾輩としたことが、魔王殿がいなかったので、忘れておりましたぞ」
そう言って、いつもの変顔に姿を変える。
この顔はこの顔で、ホラーな気もするけど。
それと、魔王って口走ったことも、とりあえず流しておく。突っ込んだらきりがない。
「これでよろしいかな?」
「……まあ、よいです。で、いきなり私のところにあらわれた理由を伺っても?」
というか、ここの私の私室って、お城の中でもとびきり警護が厳重なセクションのはずなんだけどね。
教会の力も借りて、魔術的な結界も何重にも張っている、と以前に聞いたような気が。
ヘイシルにとっては、なんでもないもののようだけど。
「今日は吾輩、アインス殿をとある場所に招待すべく、こうして、まかりこした次第である」
「招待?」
「左様。吾輩の大事な顧客である、某女史に頼まれたのである」
「某女史って、女性の方ですか?」
「その通りである。吾輩としても、その方はお得意様であるがゆえ、その頼みを無下にもできず、こうしてまかりこした次第」
「……なるほど」
「まぁ、アインス殿がどうしてもいやである、と拒否なさるのであれば、このまま尻尾を巻いて帰るのであるが」
……ふむ。私に客ですか。それも女性の。
「ちなみに、マオール様の妹のエミーとか、そういったオチじゃないですよね?」
「そこは違うと、はっきり申し上げておこう。吾輩の名誉にかけて、けしてあなたへの危害は加えぬので、そこはご安心くだされ」
まぁ、こいつに限って、私を嵌めようとかはないだろうな、とも思う。
そこは信用している。
……うーむ。
ひとしきり考え、好奇心と怠惰な心と、それと臆病さとがぐちゃくちゃと心の中で争った後、最後に好奇心が勝った。
「……まぁ、そこまで言うのでしたら、わかりました。そのお得意様とやらにお会いしましょう」
「それはありがたいのである。では、吾輩についてきて欲しいのである」
「あ、今からなのですね」
「そうである。さ、こちらへ」
そうして私は、ヘイシルが壁につくった扉の中へと入りこんでいった。
◆◇◆◇◆
扉を抜けたその先は、どこか豪華な建物の大きな広間だった。
真ん中に長机が設えてあり、天井には綺麗な宝石で飾り立てられたシャンデリアのようなものが飾られ、その壁にも、陶器の美しい美術品がところ狭しと飾られ、この建物の主が、相当の資産家であることを見せつけてくれる。
「……あのー、ここはどこですか?」
「大変申し訳ないのであるが、その質問には、お答えしかねるのである」
「そうなんですか?」
「うむ。そこは客人の都合なのでご理解いただきたいのである」
申し訳なさそうにヘイシルが言ってきた。
「……ヘイシル様。お客様をお連れいただけましたか?」
鈴が鳴るような美しい声。
長机のさらに奥。
そこにある小さな木製の扉からドレス姿の女性が入ってきた。
薄い色の金髪が胸元まで垂れている。
ほっそりとした白い手足は折れてしまいそうだ。
そしてその儚げな美貌は、男性を一瞬で虜にし、この女性を守らなければならない、という義務感にも似た庇護欲を作り出している。
そして、こんな華奢な身体なのに胸はでかい。
まさにパーフェクト・ボディ。
……あと、あれ、あなた、耳が?
「アインス様。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私は、この城の主で、リートと申します」
そういって、優雅に頭を下げた。
そして、髪の毛が下に垂れてはっきりと見えたその耳は、あきらかに長かった。
というわけで更新です。
前々から存在を匂わせていましたが、リートさん、やっと登場です。
次回更新は、来週の予定です。




