第九十四話 れっどどらごん
「私は、あまり交渉をするのが好きではないから、単刀直入に言うわね。……そのドラゴンの子供を私に売ってちょうだい」
私とナレン、それにカミーナは、急ぎサーカスのテントへと舞い戻り、ドラゴンの幼生体を確保することとした。
「シュガークリーの姫様、ですかね。……申し訳ありませんが、このドラゴンは我々にとっても苦労して手に入れた逸品。おいそれと、お渡しすることなどできませんよ」
揉み手をしながら団長はにこやかに応える。
「そなたらは、こやつをどこで手に入れたのかのう?」
「この手の品の供給経路は、高度に営業秘密でございまして」
ナレンが鋭い口調で詰問したものの、団長はのらりくらりと言葉を濁す。
「近隣でレッドドラゴンの成体が確認された、という噂もあるのですが? もしかして、その子の親かも知れませんよ?」
「さてさて。わたくしどもにはなんのことやら……」
団長に、ドラゴンの子供の出自について疑問をぶつけてみるものの、彼は一向に口を割らない。
「姫様。これ以上のドラゴンに関する問答は、私どもの営業への明確な妨害行為とも捉えられかねませんよ?」
「……じゃあ、どうしてもあなたたちは、この子を売らないというのね」
私は、目に力をこめて、団長を見据える。
こうなったらもう、武力行使も辞さず、だ。
そこで団長は、しばし目を泳がせ、沈黙する。
彼の頭のなかで、どうすればもっともこの場をスムーズに切り抜けられるのかを計算しているのだろう。
そして、おもむろに紙に数字を殴り書きして、こちらに差し出してきた。
私は、その数字を見て息を飲んだ。
「ひっひっひ。さすがにこの国の姫様とて、これだけの額はそう、すんなりとは出せますまい」
団長が、かなりの額を吹っ掛けてきた。そう。本当に吹っ掛けてきている。
金額的には、私のお小遣いの何十年分、いや、何百年ぶんなんだろう、というくらいの高額だ。
王国の予算に比しても、それなりにインパクトがある数字だ。
「この額は、通常の、魔物の商取引の額を大幅に越えるものなのでは?」
「それだけ、この品には価値がある、とお考えください」
横から援護してくれたカミーナの言葉にも、団長は眉ひとつ動かさずに答える。
金額では一歩も譲らないつもりみたいだ。
まあ、売るつもりが元々ないのかもしれない。
テントの端の方では子ドラゴンがゲージに入れられて、こちらの方を心配そうに見つめている。
私は、その子ドラゴンに笑いかけた。
「わかったわ。その額、支払うわ」
「「えっ!!」」
サーカス団の連中が皆、驚いている。隣にいるカミーナやナレンもだ。
「ドラゴンなんてどうやって育てるのですか! しかも、これだけの大金。さすがに財務大臣も国庫支出を認めてくれとは思えません」
カミーナが、心配そうに横から言葉をはさんだ。
「わしも協力はするが、さすがにこれだけの額となると簡単ではあるまいよ」
ナレンが私の顔をみながら、困ったように呟いた。
「大丈夫よ。ツテならあるわ。……あなたたち、ちょっとだけお待ちなさい、今から私がお金を工面してくるから!」
ぽかーん、としているサーカス団の連中をその場に残し、私たちはとりあえず、ゼクスのところへと向かうことにした。
やはり、こういった商いに関することならば、なにをと言わず、ゼクスに泣きつくのがもっとも手っ取り早いだろう。
◆◇◆◇◆
「……ゼクサイス様。お客様をお連れしました」
「ありがとう、シルフィ」
私たちは、ギルドに到着すると、そのままゼクスの執務室に通された。
どうやら、幸運なことに、ゼクスは今日は執務室にいてくれたらしい。よかった。
ゼクスの執務室にあるソファに、私とナレンが腰掛け、カミーナは私の背後に立って控える。
私の向かいの席にゼクスが腰掛けると、秘書業務をしているシルフィが、私たちにお茶を出してくれた。
ゼクスにお茶を出すときは、耳と尻尾がふるふると楽しそうに揺れている。嬉しそうだ。
私は、早速、これまでの経緯をゼクスに話した。
「……というわけで、こちらをお尋ねしたのですが、ゼクサイス様。私に協力してはいただけないでしょうか?」
「……なるほど」
そこで、ゼクスは、いったん顎をつまみながら、静かに考えこんでいる。
ただ、これだけの仕草なのに、やけに絵になる。
「しかし、これだけの大金となりますと、そう簡単に、はい、わかりました、と支払うことは難しいですね。ギルドの利益をいかにして確保するか、ということもありますが」
微笑みながらゼクスが言ってきた。
う、うう。なかなかに足元を見ますね、ゼクサイス様は。
……じゃ、じゃあ、どうすれば?
悲しそうな瞳をゼクスに向けると、私の心の声が届いたのか、ゼクスが苦笑しつつ、口を開いた。
「……ですが、前にマオール様からソニヤ姫へとプレゼントされたペンダント。あれを僕にいただければ、今、おっしゃった金額を工面致しましょう。これは額の問題というよりもソニヤ姫の覚悟の問題です」
……う、うう。
魔王様からソニヤ宛にもらった、せっかくのプレゼントなんだけど。
……だけど、だけど、子ドラゴンを、助け出したい!
「……お願いします」
私は、決心すると首を縦にふった。
「ソニヤ姫の覚悟、たしかに見させていただきました」
そういって、ゼクスは笑った。
◆◇◆◇◆
……そして、私たちは急ぎサーカスのテントに戻ってきた。
「団長さん。ここに、あなたがおっしゃった額をしっかりと用意いたしましたよ。これで文句はないでしょ」
ゼクスに工面してもらった、金貨がたっぷりと入った木箱を、屈強な傭兵風の男たち(ゼクスが手配してくれた荷運び人たちだ)が、テントの中に並べた。
その金貨の山を見て、サーカス団の面々も、皆、一様に驚いた顔をしている。
……団長も驚いた顔をしている。これだけの大金を吹っ掛けた本人も、まさか本当に持ってくるとは思っていなかったのだろう。
団長は、私の顔を油断なく見ながら、金貨の数を調べ、頷いた。
「た、たしかに大陸共通金貨で、規定枚数あるみたいですな。ど、ドラゴンを売ったら、もう返しませんからね」
「わかっているわよ。じゃあ、売買成立ね!」
私は、子ドラゴンの方に向かって笑いかけた。
「おいで。もう大丈夫よ」
私は、檻から出され、こちらをじっと見つめている、レッドドラゴンの子供にそっと近づいた。すると、ドラゴンが、目を細めて私の足にまとわりつく。
お。かわいいじゃない。
「まあ、これで一件落着かのお」
ナレンがやれやれと呟いたところで、突然、テントの外から血相を変えた団員と思わしき男が駆け込んできた。
「た、大変です団長! そ、外にあれが!」
「いったい、どうした!」
そんなことを団長が叫びながら、外へと飛び出していったので、私たちも外にでてみた。
そこには、体長が二十メートルは越えようかという巨大な体躯を誇る、赤いゴツゴツとした皮膚をもつドラゴンが、翼を広げ、こちらを睥睨していた。
「小さき者どもよ。我の眷属を誘拐した罪、万死に値する」
……私たちは、ドラゴンから、いきなり死刑判決を申し渡されました。
というわけで更新です。
次回も、来週には更新したいなあ、と。




