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第九十二話 もんどう

記憶の彼方。(もや)のような、こびりついた(おり)のような、はたまた、ざーっという、テレビの砂嵐の中の画面を見ているような感覚。


そこは……の場所だった。


そこに、……色の髪の毛の女の子が立っている。


「……」


私は何か語りかけながら、その少女に笑顔を向けた。


少女は、じっと私の方を見つめ続ける。


「そなたの……。思い出す……」


少女は何か呟くと、感情がない目をこちらに向けた。


!!


私の中で、何か、激情ともいえる気持ちが膨れ上がる。


「どうやら、……だな。どうだった? ……日々は。存外、うまく……」


その少女は、ニヤリと唇の端をねじ曲げ、ここで、始めて感情らしきものを見せる。


「……」


……は恐怖を感じつつ、後ずさりをしながら、その少女に、問いかけた。


「もう、わかって……我のこと……この世界の連中……。……と」


……は視線に力を込めて問いかける。


「……目的……お、俺を……」


少女は、視線をこちらに向けてきた。強い視線だ。


「そなた……。それは、魔王を……ことだよ」


「……」


「……」


「……!!」


それを聞いて……は心の底から叫んだ。


………………。

…………。

……。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


酷い悪夢を見た。

でも、内容は靄がかかったように、朧気(おぼろげ)にしか覚えていない。


ただ、たった一つだけ思い出せるのは、心臓を鷲掴みにされるような嫌な気持ち。

心の奥底にこびりついた、澱のような気持ち。

私は、お手洗いに駆け込むと、胃の中のものを全て吐き出した。


◆◇◆◇◆


「……売女が私を呼び出すなんて、おこがましいにもほどがあるわよ。そこはわかっているの?」


市場(マーケット)にあるいつものパン屋兼喫茶店に、私は魔王の妹エミーを呼び出した。


「……どうしても、あなたに聞きたいことがあってね」


「ふん。あ、私は、紅茶とビスケットでね」


「かしこまりました」


エミーは着席するなり、紅茶とビスケットを給仕さんに注文した。

エミーの私服は、いつものとおり黒を基調としたゴスロリ服だ。


「で、私に何を聞きたいわけ? ……って言っても、まぁ、わかるけどね。私のライバルの話でしょ?」


「……」


私は、首を縦にふり、肯定した。


「どうしようかなあ。私としては別にあなたに教える義理はないんだけどねえ」


そういって、エミーは形の良い唇で微笑む。まさしく、悪魔の微笑みだ。


私はごくりと唾を飲み込むと、前に誕生日プレゼントとして魔王様からいただいた銀の腕輪を、机の上に出し、エミーの方へと差し出した。


以前にゼクスの鑑定で、非常に価値があるといわれた逸品だ。今の私には、エミーに対する交渉材料がこれくらいしか思い付かなかった。


「これは、あなたのお兄さんからいただいた逸品だけど。もし、あなたが情報をくれるならば、これをあなたに譲ってもいいわ」


エミーは、身を乗り出してその銀の腕輪を覗きこむと、ぎょっとしたように、伸ばしかけた腕を引っ込める。


「こ、これは、私には過ぎたものね。……でも、まぁ、あなたが、そこまでの覚悟を私に示すというのならば、あの女の情報をくれてやるわよ。まあ、一種の共闘ということね」


そういってエミーは、私の銀の腕輪は受け取らなかった。

いったいこの腕輪はなんなのだろう、という気も若干するが、それよりもその女の情報の方が気になる。

私は、身を乗り出した。


「お兄様にはね。許嫁がいる」


「えっ……。許嫁……」


「そうよ。エルフ族の姫で、名はリート。それが、私たちで共闘して駆逐しなければならない者の名よ」


……って、なんで、そのリートというエルフの姫を排除することが前提になっているの?

しかも、私と共闘?


「……そのリートさん。許嫁って。あなたのお兄様の? 本当に?」


「そうよ。リート御義姉(おねえ)様は、お兄様の結婚相手として、生まれた瞬間から英才教育を施された、まさに姫の中の姫ね」


「姫の中の姫……」


「そうよ。それはもう、その立ち振舞いから、床の上のテクニックまで幅広い教育を施され、まさに完璧よ」


そういって、エミーはわきわきと手の指を動かす。ちょっとだけ、その指の動きが卑猥で気持ち悪いんですけど。


で、でも、そうよね。

そんな相手がライバル、なんていうと、ちょっと、無理かなあ、とか思ってしまう。

え? 何が無理だって?

うーん。なんだろう。

わからないや。


とりあえず、そのまだ会ったこともない、そのリートさんとやらに、負けないように努力しないと。

って、あれ? 何を努力するんだろう?


私は、気を落ち着かせようと、カフェオレを一口飲む。


……ちょっと、苦い。


「ところで、売女。あー、アインスだっけ? ソニヤだっけ? あなた、結局、お兄様とどうしたいわけ?」


「アインスとお呼びください……」


エミーの言葉に、一言返してから、ふと思案する。


私はいったいどうしたいんだろうか?

魔王様が、好きか嫌いかと問われれば、少なくとも嫌いではない。うん、絶対。

じゃあ、今、どんな関係かと問われれば、友達よりは親密にさせてもらっているかな? でも、恋人では絶対にない。

そして、将来、どうしたいのか……。

恋人になって、け、結婚するなんて、さすがにないよね。うん、さすがに。


しかも、それに相手も魔王様となると、もう絶対に無理。

所詮、私は、小国の姫だ。


「私は、……私はあなたのお兄様のお近くで、こうして過ごさせてもらえれば、それ以上は望みません」


私は、下を向きながら言った。

私は、いったい、どうしたいんだろう。


「はん! つまらないわよ、アインス。お兄様。いえ、魔法帝国皇帝の后の地位を狙うのにそんな弱気なことでどうするのよ!」


もしかして激励してくれている?

あと、今、魔法帝国って、さりげなく爆弾発言したでしょ。

私は、エミーの爆弾発言は華麗にスルーしつつ、自分の心に問いかけた。


「私は、結局、どうしたいんだろう?」


これが、今の私の、嘘偽ざる正直な気持ちだ。


無事に更新しましたー。

そろそろ、締めに向けての動きが始まるかも。

次回更新も、なんとか来週中には。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんとにソニヤさんはどうしたいのか
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