第九十一話 ばれんたいんでー
ふっふっふ、ふふふーん♪
つい、鼻歌などを歌いながら、目の前のその黒色のものをかき混ぜる。
一応、私は前世?では一人暮らしが長かったからか、人並みには料理を作ることができる。
まぁ、料理の腕が良いなんて、自分ではこれっぽっちも思ってはいないけれども。
しかしなんと言いますか、この世界にもあるんですね……。
バレンタインデーが!
まぁ、ゲームの販促用のCGで、ハート型の大きなチョコレートを、ソニヤ姫がにっこり笑いながら、半裸で持っているという媚びた画像があったのを知っていたので、なんとなくあるかなー、なんて予想はしていたんだけど。
制作者の皆さん。もう少しこう、せっかくの中世風ファンタジーなのですから、世界観というものを大事にされたらいかがでしょうか。
でもまあ、そういうことなので、ご多分に漏れず、私もこうして王宮のキッチンを借りて、作っているわけです。
しかし、このチョコレート、めちゃくちゃ高価です。
城下のお店では、普段はチョコレートを扱っていない。
その理由として、当然、文化的なこともあるのかもしれないけれど、このカカオの値段も一つの理由なのかも。
あとは、流通量や、旬の時期の問題かもしれない。
そんなことを、考えながら、湯煎でチョコレートを溶かしていく。
基本、この世界のバレンタインデーも、女性から男性へと渡すものみたいなんだけど、なんとなく恥ずかしいので、お世話になっている人たち皆に配ろうかと思う。
ん。もしかしたら、この世界だと友チョコとかっていう概念がないのかしら?
でも、そうすると、女性に配ると、もしかしていらぬ誤解が……?
で、でもまあ、同時に皆にばらまけばいいか。
むしろ、私が流行を作ろう。うん。そうしよう。
きっと、世の女性たちは、流行のリーダーたる私についてくるはず、いや、ついてくるべきね!
……という想いを込めながら、湯煎で念入りにチョコを溶かしてみた。
あとは、これを型に入れて固めて……。
しばしチョコレートを落ち着かせて、固まったところで、その上に粉砂糖をさらさらとかける。
ちょっとだけ、絵柄を描く感じで、自分でいうのもなんだけと、オシャレだ。
ん、よし。かんせーい!
私は、しばし、完成したチョコを眺め、一人悦に浸る。
……でも、もしかしたら、砂糖と塩を間違えるとかいうベタなミスをしているやもしれないと思い、念のため一粒、チョコを口に入れてその味を堪能する。
ん。うまーい!
よし。これなら大丈夫。
あとは、これらを箱に入れて、デコってっと、はい、これで出来上がり!
◆◇◆◇◆
……ということで、城内で配って回ってみました。
「お父様、どうぞ」
「わ、わたしにもくれるのかい、ソニヤ! あ、ありがとう! 大事にするからね」
お父様は今にも泣き出さんばかりだ。
はて、そんなに、親不孝なことばかりしていたのでしょうか、過去に?
あと、大事にするって、早く食べてくださいよ。
「カミーナには、いつもお世話になっているからね」
「くっ、私めにチョコをいただける、と! もったいない、お言葉にございます!」
カミーナは、オーバーだなー。しかも、ちょっとだけ頬が赤いよ。
これは、友チョコという新しいスタイルだからね。これからはちゃんと覚えておきなさいよ。
「ほうほう。これはありがたい。……ところで、シュガークリーでは女性同士でもチョコを渡しあうことが普通なのかのう。それとも、これは、もしかしてわしを誘っておるのか?」
友達のナレンにも渡したところ、少しだけ頬を赤らめて、こちらに流し目をしてきた。実に艶っぽい。
ナレンには、いつもお世話になっている人への感謝のプレゼントだ、と伝えておいた。
よし。次は、どうしよう。
うーん、ゼクスのところに行ってみようかなあ。いつもお世話になっているし。
馬車をとことこと走らせて、ギルドの建物までやってきた。
「どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
いつもの通り、ギルドの敷地内にあるゼクスの館へと案内される。
館に到着し、ゼクスの執務室へと顔を出すと、想定外なことにアンジェ教皇と、その護衛のオクトーバー司教までいた。
うーん、余計なのがいっぱいいるなあ。数が足りるかしら。
しかし、それでも、笑顔でチョコを配る。
皆さんには、いつもお世話になっているので、チョコのおすそわけでーす。
一応、ゼクスには、大きめのいいやつをあげた。
本当に毎回お世話になっているしね。
「ありがとうございます。ソニヤ姫。今度お返しをいたしますね」
ゼクスが、笑いながらもらってくれた。三倍返しという風習があることをここでこと細かに説明すべきだろうか?
「こ、これは! つ、つまり、もう今から私たち挙式ってこと!?」
だまれ変態。
「私のような者にまで、姫のご慈愛をいただけるとは。感激に打ち震えております」
そういって、オクトーバーが、膝を折って恭しく私からチョコを受け取る。
いやいや。そんな大層なものじゃないし。
「で、では、次の用事がありますから……」
アンジェが私を、猛禽類のような獰猛な視線で射ぬいていたので、そそくさと失礼させていただいた。
これ以上ここにいるのも身の危険を感じるし。
「……べリアルいる?」
「はい。ここに」
そういって、私の忠実な僕である、悪魔べリアルが、私の影から、すーっと現れる。
「いつも、お世話になっているからね」
「ありがたき幸せ」
そういって、恭しく私からチョコを受け取った。
……あとは、魔王様のところかな。
私は、いつものように、白鷺亭へと向かった。
「失礼しまーす……あ」
扉を開けると、ちょうど魔王様が、妹のエミーから、特大のハート型のチョコを手渡しされた瞬間に立ち会ってしまった。
私と目があったエミーは、にやりと嗤い、(あまりない)胸を偉そうに反らせた。
こ、こいつガチなブラコンか!
私は、どうやらエミーを侮っていたようだ。
よ、よし。それならば私も。
「あ、あのー、マオール様?」
「むむ。あ、アインスか」
少しだけ魔王様が照れ臭そうにしてる。
こういう態度を取られると、少しだけやりにくいけども。
でも、腹をくくって、チョコを勢いよく差し出す。
「い、いつもお世話になっているお礼に、私のチョコも、できましたら受け取っていただきたいのですが!」
勢いよく言ってみた。
な、なかなかに恥ずかしい。
「お、おう。ありがとう。よろこんでいただくよ」
なんとか魔王様にチョコを手渡すことができた。
さすがにハート型にはできなかったけど、今回作ったなかでは、一番出来が良いやつです。
私は、渡し終えた満足感に浸りながら、ふと、机の上を見てみたら、チョコがぎっしりと積まれていた。
エミーの方を見てみる。エミーが頷いている。
「お兄様をたぶらかそうとする、不埒な害虫どもは、あなただけではない、ということよ」
どうやら、予想以上に魔王様の倍率は高いらしい。
「まぁ、でも、有象無象は、気にならないんだけど。でも、あなたともう一人だけは、どうにかしないとね」
そういって、エミーがぶつぶつと呟いている。
って、誰? もう一人って?
疑問が顔に出てしまったのか、魔王様が苦笑している。
「誰の話ですか?」
魔王様に聞いてみた。
しかし、ただ黙って、首をふるだけだった。
「……あれ? 吾輩のは?」
リッチーさんが、部屋の隅で膝を抱えていた。
「ごめんなさい。今ので最後です」
私は有罪を宣告する裁判官のように、厳格な声音で言い渡した。
というわけで更新です。今回は、さくさくと書けました。
次回も、来週中には更新したいなー、と。




