第九十話 やんでれるーと
「ところで、アインスよ」
「はい、なんでしょうか?」
……今、私たちは打ち上げと称して、魔王様の常宿『白鷺亭』にやって来ている。
魔王様と私の他にも、侍女のカミーナや友人のナレン、ゼクスとそのお付きのシルフィ、アンジェ教皇とその護衛のオクトーバー司教、それに、リッチーのヘイシルが部屋につめかけている。
さすがに、この人数で押し掛けると狭い。
部屋の奥では何かを期待する眼差しのアンジェが、ベッドの脇に腰掛けながら、ベッドをとんとんと叩いて、自分の横に座るようにと私を誘ってきている。
私は、さっと目をそらして丁重にその誘いを断る。
戦いの後始末をし、騎士団連合を解散し、早くも一週間が経っていた。
最近は、冷え込みがずいぶんと厳しくなってきており、時が経つのを早く感じる。
「ゼクスの八百長ゲームに、なぜ、今回もお前は、指揮官みたいに前線にいたのだ? 一応、戦闘に参加する可能性もあるやと思い、弓矢は事前に貸し与えておいたが。あくまでも付き添いだと思っておったのだが」
「え、えーと……」
「あの立ち振る舞いは本来、高級士官のそれであったのだが」
「え、えーとですね」
魔王様。細かいところに気がつきすぎですよ。
あの闘いの最中、そんなところまで観察していたとは。
どう説明しようかと、頭の中でぐるぐると考えていると、私の隣に座っているカミーナが助け船を出してくれた。
「前にも説明しましたが、アインスさんは、ソニヤ姫と背格好が似ておりますから、危険な場面などでよく、姫の影武者としてご活躍されているのですよ」
「む。そういえば、前にも影武者としてソニヤの代わりをしておったな。今回もそうなのか?」
「ん。あ、はい。まあ、そのようなものです……」
魔王様に聞かれたので、とっさに頷き答えておく。
「むむむ。ソニヤのやつ。自分の侍従を、何度も替え玉に使うというのは感心せぬな。奴には少しお仕置きが必要か……」
そんな物騒なことを魔王様が呟いている。
こ、こまる!
「い、いえ! ソニヤ様は今回も自分が前線に立つと健気にもおっしゃっていただいたのですが、私が無理を言って変わっていただいたのです」
「……ふむ」
「ソ、ソニヤ様に、万が一の事がありましたら、非常に問題ですから!」
「なるほど。だが、アインスよ。そなたももう少し自分の身を大事にせねばならぬぞ」
「あ、ありがとうごいます」
どうやら、これでこの話は終わったっぽい。ふー。
アンジェが、ニッコリとこちらに邪悪な笑みを浮かべているような気もするけど、努めてそちらはみないようにした。
……う。い、胃が痛い。
「そういえば、吾輩、マオール殿の妹君にまた、ひどい目に合わされたのである。謝罪を求めたいところなのであるが、今日は来ていないみたいであるな」
ヘイシルが、キョロキョロとあたりを見回している。
「む。エミーか。あいつには、ちょっとお灸をすえている最中でな。しばらくは表には出てこれないが、ちゃんと改心させるから安心してくれ」
魔王様がドヤ顔で断言なさっているが、エミーの性格からすると無理でしょう。私としてはもう、諦めている。
「……アンジェ様。あまり、無茶はなさらないでくださいね」
「別に大丈夫よ。いざとなれば、復活魔術で回復できるし」
オクトーバーからの忠言に、どこふく風といった体でアンジェが聞き流している。
そういえば、この人も最前線で戦っていたな。
「ですが、呪いの品の類いには、そういった魔術で対抗できないものもあるのですから」
「うるさいわねー。わかってるって言ってるでしょ」
小うるさい姑を邪険に扱うかのごとく、手振りでしっしっとやっているアンジェ。
そして、私と目があったら、また、こちらに流し目をしてくる。
私は、ついっと目をそらした。
「ゼクサイス様。そろそろ」
「そうですね」
シルフィが、ゼクスに話しかけると、ゼクスは一つ頷き魔王に話しかけた。
「マオールさん。今回の取引、まことにありがとうございました」
「なに。大したことなどしていない。お前が気にすることはないぞ」
「マオールさんならば、そうおっしゃると思ったのですが、ささやかながら、以前に僕たちにリクエストされていた逸品が実は先日手に入りましたので、こちらをお納め頂ければ」
そういって、白木の箱を取りだした。
「……。これは?」
箱の蓋を開けると、くねくねと曲がりくねった刀身を持ち、柄や鞘に色鮮やかな宝石を散りばめた黄金の短剣が入っていた。
「あっ!?」
「どうした。変な声を出して?」
魔王様が訝しそうな視線をこちらにむけてきた。
「あ、いえ。なんでもないです。不思議な短剣だな、と思いまして」
「……そうか」
……私には、実はこの短剣に見覚えがあった。
それと、その短剣にまつわる忌まわしいエピソードも含めて。
「……すまんなゼクス。恩に着るぞ。こいつは、俺たちも昔から探していたものなんだが、なかなか俺のところでは見つからなくてな。やはり、こちら側にあったか」
「はい。どうぞ、お納めください」
魔王様はしきりに頷きながら、箱を受け取っていた。
しかし、私は、その短剣が入った箱を見つめながら、唇がわなわなと震え、身体中にぶるぶると恐怖の感情が走るのを感じていた。
「どうかしたのかの、アインスよ?」
隣のナレンが、不審に思ったのか、そんなことを聞いてきた。
「……。いえ、なんでもないわ」
私は、ナレンの言葉に頭を振った。
ナレンは少しだけ不審そうな目でこちらを見つめていたが、一つため息をついて、目をそらした。
……私にはこの特徴的な短剣に見覚えがあった。
この黄金色に輝く曲がりくねった短剣は、ゲーム『鬼畜凌辱姫』のとあるシナリオ、ゲーマーたちの間では『ヤンデレルート』と呼ばれているシナリオにて、私こと、ソニヤ姫が使うことになる魔法の短剣だった。
そのシナリオにまつわる話はちょっと心の中で封印しておく。
うん。たぶん、私には関係ないはずだよね……。
とりあえず更新です。
次回は、一応、閑話の予定ですが、未定です。
来週中にはアップできるといいな、と思っております。




