第八十八話 ごかくのたたかい
金属と金属とが打ち合う、鈍く高い音が戦場に鳴り響く。
あまりにも素早く、あまりにも強烈な斬撃の応酬のため、撃ち合うたびに生じる衝撃波が肌を揺らす。
……って、何?
このバトル漫画の王道みたいな展開は?
白銀の鎧に身をまとうゼクスと、漆黒の鎧にて対峙する魔王。
その両者が、あるときは二十メートルほども離れて対峙し、また、あるときは両者が激しく激突し、さらにまた離れ、と目まぐるしく、その立ち位置を変え、その攻防がいつ果てるともなく繰り広げられている。
ゼクスの大剣の大振りを魔王が片手の直刀で横に受け、そしてその次の瞬間には、魔王が逆の手のひらから炎の弾丸を、まさに雨あられと発射して応戦をする。
しかし、間髪入れずにゼクスがその大剣を四方八方に振りかざし、その炎を掻き消す。
……って、ゼクスさん。その大剣から、ビームみたいな光線が出てません?
なんというか人間の戦いを軽く越えている。
目の前の戦いは、普段の私たちが目にしている戦いとは、次元が明らかに異なる。
この目の前の戦いに比べれば、まだ、ゴーレム軍団や、アンデッドたちが襲いかかってくることの方が割と地に足がついているように思える。
魔王様とゼクスの戦いの動きは、目で追うことができず、明らかに出演している小説を間違っていますよとアドバイスをしたくなる。
私は、そんな風に呑気に魔王様たちの戦いを眺めていた。
そうです他人事です。
そんな中、目の端に何かがきらりと光る。
ばしゅっ!
私に向かって幾筋もの炎の弾丸が飛んできた。
流れ弾とかそういうのではなく、まっすぐにこちらに向かってきている。
しかし、その炎は目の前で掻き消えた。
「……お怪我は?」
「大丈夫よ」
私の影から、するりと抜け出し、目の前には、私の忠実な下僕、少年の姿をした悪魔、べリアルの姿が顕現した。
私は、炎の弾丸が飛んできた方向をキッと睨む。
「……くくく」
そこには、私に向けて手をかざし、ニヤリと笑う三角帽子をかぶった魔女がいた。
「あ、あんた!」
「ここで会ったが百年目。……売女! この前の借りはきっちりと返させてもらうわよ!」
魔王の妹エミーがこちらに向けて、指差しをしながら、糾弾している。
こいつに付け狙われるのはいつものことだけど、借りっていったい何?
私は、こいつに何かしてはいないはずなのに?
「あんた、性懲りもなく! でも、借りって何のことよ。私にはいったい全体、なんのことか見当もつかないわ」
「売女! あんたの。あんたのせいで、私の皇帝補佐官と、議員の地位をお兄様に取り上げられてしまったわ! このままでは、お兄様のお役に立つことが出来ない。これも全てあんたの陰謀のせいよ!」
エミーは顔を真っ赤にして怒っている。
「そんなの知らないわよ!」
エミーの馬鹿はどうやら、何かその身に不都合が起こったらしいのだが、それらを全て、私の陰謀のせいだと勘違いしているらしい。
迷惑この上ないことだけども。
「……でもさすがね、売女。こんなところにも、飼い犬を連れてきて、ちゃんと私への切り札を用意しておくなんて」
「はぁ」
いや、これは魔王様からのアドバイスに従ったまでなんだけども。でもまあ、それをこの場で言うと、なんとなく、さらに火に油を注ぐことになりそうだけど。
「この前は失敗したけど、今回こそはお兄様に仇なす害虫を駆除してみせるわ!」
なぜか意気揚々だ。
「我が母の家名エルクソール家の名において、古来よりの契約によるその義務を果たせ……。其は暗き混沌より出でて、山羊を喰らう巨大なる崖にして山、山羊にて罪を運び去るもの。さあ、我の呼びかけに応えよ。出でよ、『アザゼル』!」
エミーがなにやら、身の丈よりも巨大な、赤黒い色の旗を地面に突き刺し、その後、間髪いれずに自らの腕を短剣にて切り裂き、その深紅の血が、旗をさらに、真っ赤に染め上げる。
「む……」
べリアルの顔つきが厳しいものとなっている。
「あ、あんた怪我……」
そう言っている間にも、赤黒い旗が突き刺さった大地から、なにやら、黒色の液体がごぽごぽと涌き出ている。
「さすがにあんたの切札を何とかしないとね。さあ、アザゼル。べリアルを捕らえなさい」
「ぐっ」
黒色の液体が、べリアルの身体中に絡み付き、その動きを止めにかかっている。
「くくく。アザゼル、久しぶりではないですか。私と遊びたいのであれば、もう少し気合いをいれなさい!」
べリアルがニヤリと嗤いかけると同時、身体中から黒色の炎が燃え上がり、絡み付く黒色の液体を蒸発させる。だが、その次の瞬間には、また液体が涌き出て絡み付く。
「む?」
「……ふふふ。アザゼルの自我は魔界においてきたままだから、知能はゼロだけど、その代わり生命力は極めて高いわよ。……さて、売女。やっと、私たち二人だけになれたわね」
実にうれしそうな顔をしている。
なんだか慈愛に満ちた聖母のような顔つきをしているが、たぶんこれは、私を葬れる、という確信を得たからだろう。
「私はあんたと二人きりになりたいとは思っていないけどね」
私は、ニヤリと笑いつつ、助けを求めて、そっとカミーナやナレンを目で探すが、彼女たちは、すでに戦乱のそのただ中で、死の舞踏を優雅に踊っている。
周囲には、破壊された魔法人形や、骸骨の破片などが散らばっている。
なんだかやけに楽しそうだ。
魔王様たちにも、目を向けてみるが、こちらも戦いに夢中で、こちらの様子に気がついている様子はない。
わたし、ピーンチ!
私は、そろり、と後ろに逃げようとするが、背後に炎の柱が現れ、退路を封じられた。
「ほーっほっほ。売女! さあ、これでやっとあなたと私の因縁も終わりよ。もしかしたら寂しいかもしれないけど安心なさい。遺骸はちゃーんと、豚の餌にしてあげるから!」
「あんた、本当にぶれないわね!」
ここまでの執念を見せられると、いっそ清々しい。
これが他人事だったら、金一封をあげているところではあるけれど、私事だ。困ったことに。
私は、じりじりと追い詰められながらも、いかにしてこの場から逃げるかを算段する。
……しかし、なかなかに良い案が浮かばずに、どうしようかなあ、と焦っているところに、ふらり、と人影が私の前へと現れ出でた。
……そう。こいつは、私のことを片時も見逃すことなく見ている。
その名は!
「そこのちびっこ! 私のソニヤに指一本でも触れたら許さなくてよ!」
アンジェ教皇が、私の目の前にて腕を組み、仁王立ちしている。
……私の期待と違うんですけど、この際、贅沢は言わない。
「くくく。人間風情が、我に逆らうとは愚かなり! 売女ともども亡きものにしてくれる! ……そして、そのあとは、お兄様と私の二人だけで! ……はぁはぁ」
「私のソニヤは、私の力だけで護ってみせる! ……そして、そのあとは、ソニヤと私の二人だけで! ……はぁはぁ」
「……」
あー、あなたたち。相討ちで共倒れしてくれないかなあ。
切実にそう思う。
というわけで更新です。
ちなみに、この世界だと、ベリアルと、ベルゼブブ、それにアザゼルは、だいたい同じレベル設定になっております。
ただ、不定形のアザゼルは、召喚というよりも、バインド系の魔術みたいな使われ方をしております。
さて、次回更新もなんとか来週中には書きたいなー、と思っております。では、また来週。




